犯人は亀(猫)
「あれ?」
白波ルームの囲炉裏端にて、白波が困惑した声を上げた。
「どうしたの?」
「あ、いえ…何も……」
訪ねて来ていた緑花が問うと、白波は何も無いと首を横に振った。
そんな白波に緑花は軽く眉を顰める。
「やーね!そんな声を上げておいて、何もないってことは無いでしょう?何があったのよ?」
「え……あ、でもたいしたことでは無くて……たぶん僕の勘違いかと……」
「その割に眉間にしわ寄ってるけど?」
「え?」
緑花に指摘されて白波は自分の額に手をやり、そこの皺を伸ばすようにさわさわと指でこする。
「で?どうしたの?」
再度緑花に聞かれ、白波は諦めの息を吐いて答えた。
「袱紗が一枚見当たらなくなってまして……」
「袱紗?」
「ええ、緑色のが一枚……」
そう言って白波が壁際に置いてある棚に視線を向ける。
木製の棚に茶器や碗が並んでいて、碗のいくつかは袱紗に包まれている。
「あの棚の真ん中に置いてある白土の碗……僕の一番のお気に入りで、この前スズメが手に入れて来てくれた緑色の美しい袱紗に包んでおいたのですが……」
碗はちゃんとあるけれど、包んでいた袱紗が見当たらない――。
「緑色の袱紗……スズメが手に入れてきたって……。え?もしかして萌のヤツ?」
「はい…すみません……」
申し訳なさそうに白波が俯く。
萌――緑花の守護する家の子が染めた糸で織られた袱紗だった。
萌はさすが座敷童の守護付き故か、順調に様々なコンテストで賞を取り続け、今では「若手芸術家のナンバーワンだ!」と呼ぶ人までいるそうだ。
当の本人は「私は単なる染色家。職人よ」と言っているが、周囲は若く美しい萌を放っては置かない。
色々な媒体で取り上げられ、萌の作品は今やかなりの金額で取引されるようになっていた。
そして天狗になってもおかしくない、そんな環境の中でも態度や姿勢、制作に対する真摯さがずっと変わらない萌は、緑花にとっては何よりも自慢の種――。
は、さておき……。
萌の作品は人の手に入りにくくなっているのだが、それを何かの拍子に耳にした白波が「見てみたい……」と何気にこぼした声をスズメが拾い、その結果、どうやってか手に入れてきたのが件の袱紗……。
絶妙な色合いと手触りで、見ているだけ、手にするだけでほっとした気持ちが湧きあがる名品だ。
白波はそれをとても気に入って、自分の一番のお気に入りを包んで飾るほど大切にしていたのだが……。
白波が目をむけた棚にはお気に入りの碗はあるが、棚の上にも下にも後ろにも……袱紗の姿は無い――。
「袱紗が勝手になくなるわけないでしょう?あれはまだ付喪神が宿るほどでも無いはずよ?」
いくらここが特殊な空間であるとはいえ、無機物である袱紗が意思を持てるほどの時間は経っていない。
スズメが手に入れてきたのはつい先ごろのことなのだ。
「はい……。だから僕の勘違いじゃないかと……。千年以上生きているお爺さんですし……」
「そんなわけないでしょう!」
気弱に言う白波の言葉を、緑花は腕組みの仁王立ちポーズで却下する。
「ですよね……」
千年生きてはいるが、それは普通の人の時間より遅く年をとっていると言うだけで、老化現象は出ていない。
「ふざけないの!萌の作品なのよ!」
緑花、ぷんぷんである。
こうなることが分かっていたので、白波としては誤魔化したかったのだが……。
「今日のお茶の準備のために外して、どこかに仕舞ったってことは無いの?」
緑花が問うた。
「今日のお菓子は揚げ餅なので、お茶をたてる予定はないのです……」
「そうなのね……」
揚げ餅は揚げたてをハフハフしながら食べるのが美味しい。
それに合うのは気軽に飲めるほうじ茶や玄米茶。味としてはおうすも合わなくはないが、シチュエーションが合わない。
うーんと考えていた緑花がふっと顔をあげ声を上げた。
「亀は!?」
「はい?」
「亀はどこに居るの?」
問われて白波はきょとんとする。
「緑花が来たとき、入れ違いに土間に行きましたよ」
「は?」
「多分、今日はあまり構われたくない気分なんだと思います」
何と言っても猫である。
構われたくてまとわりついてくることもあるが、そんな気分で無いときに座敷童の誰かが訪ねてくると、そっと土間に出てその梁の上に隠れてしまうのだ。
「もうっ、呑気ね!私が言いたいのは、亀が袱紗を持っていったんじゃないの?ってことなの!」
「え、どうして?」
猫に袱紗なんか必要無いと言う白波。
「知らないわよ、そんなの亀に聞いてちょうだい!」
ぷん!と緑花が言う。
「だって、それしか考えられないじゃない?」
白波ルームに入れるのは、主である白波とスズメ、座敷童などの人外、そして白波が拾った亀――。
この中で、白波に何も言わず袱紗を持ち出す可能性があるのはスズメか亀だが……。
「こっちではないぞ」
いつの間にか棚の上にスズメが居た。
「スズメ……」
「さっき入って来たわよ」
白波は気がついていなかったが、緑花はスズメに気がついていたらしい。
「美味そうな気配がしたのでな。こっちの揚げ餅には黒糖の粉をまぶしてくれ」
「……」
今日のお菓子につられたようだ。
「ねえ、スズメ。亀が袱紗持ってったかどうか知らない?」
緑花がスズメに聞く。
「知らぬ。だが、あの猫ここに居らぬぞ」
「は?」
「外に出たようだ」
「ええっ!どうして!?」
「そんなこと、こっちは知らぬ」
叫ぶように言った白波にスズメは羽をすくめる。
「これ絶対亀が犯人よ」
緑花が自信満々に言い切った。
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