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神崎と、女子高生ッ!

 ピンポーン、神崎と書かれた表札の前で、ピザ屋のアルバイトをしている若い女性がインターホン越しに、明るい声で愛想を振り撒いて来た。

「こんにちはー、ピザマイスターです。ご注文の御品をお届けに参りました。

「ああ、ありがとう」

 稔は女性を玄関に案内すると、ピザを受け取り、彼女にお金を支払った。その時に、女性の白いうなじがチラリと彼の視線を捕らえた。

(何て綺麗な肌だ。くそ、あの細い首を絞めたら彼女はどうなるんだ。白く美しい肌が紅潮するのか?)

「丁度お預かりします。ご注文ありがとうございました」

「ああ・・・・」

 稔は女性が門扉の外に出るまで見送ると、右手の甲にを思い切り前歯で噛みついた。ギリギリと血が出るまで強く噛みしめた。

(抑えろ、抑えろ・・・・)

 手の甲には血の歯形ができていた。そして血の塊を地面に吐き捨てると、彼はそのまま家の中に戻って行った。

「待てよ。気分転換に出かけるか」


 家にいると退屈でおかしな行動に出てしまいそうになる。稔は仕方なく、財布をポケットに入れ、外の空気を吸いに家から出た。そして見慣れた道を通りながら、近くの本屋に入り、適当な小説を買って、今度は学校帰りに寄る喫茶店に入った。

(今日はここで時間を潰すか)

 本屋で買った小説は先日ドラマ化が決定した人気作で、前から読みたいと思っていた物だ。

「アイスコーヒー、レギュラーサイズで頼む」

「はい、レギュラーサイズですね。かしこまりました」

 茶色のトレイの上に、透明なプラスチックの入れ物に注がれたアイスコーヒーを乗せて、店の外のピンクのパラソルの下、オシャレな白いテーブルの上で稔は本を広げた。

「ねえねえミサ。この前の男は結局どうなったのよ」

「ええ~、そんなこと言わなきゃいけないの?」

 隣から、肌を不健康なほどに黒く染めた金髪の若い女子高生二人が、稔の隣の席で何やら大声で会話を交わしていた。制服を見る限り市内の有名私立の物だが、二人からは知性というものが全く感じられなかった。


(ビッチどもめ。選別は無しにしてやる)

 稔は震える手で本のページをめくった。あれほど読みたかった本だというのに、全く興味が湧いて来ない。耳も眼も、あらゆる情報器官が二人の会話に釘付けになっていたのだ。

「でさー、そいつ金も大して持って無かったから、わざと他の男捕まえてキスしてやったの。そしたらそいつどうしたと思う?」

「どうしたの?」

「泣きながら、君と幸せになりたかっただの言いながら、男のくせに眼赤くして泣いちゃってさ。はっきり言ってドン引きよ。そういうところが重いっての」

「ぎゃははは、見たかったな~」

「写メ撮ったから見せたげる」


 不愉快だった。稔はコーヒーをグイッと飲み干すと、そのままトレイを片付けて店から出ようとした。こんな場所ではゆっくりできない。そう判断した稔はバス停でバスを待った。隣町に行けば、もっとオシャレなカフェがある。流石にコーヒーは飲み飽きたが、ここにいるよりは幾分かマシだろう。丁度自分の前には、別の女子高生が、やはり黒い肌を自慢気に露出させながら、バスを待っていた。

「ああ、ユキ。待った?」

 先程の女子高生二人が、稔の前に並んでいた女子高生に声を掛けると、後ろの人間達のことなど気にもせず列に割り込んで来た。

(こいつら、友人と待ち合わせしていたのなら、割り込むのではなく、列の最後尾に並び直せ)

「ねえ、美佳。あいつ見てよ。あのおっさん。さっき私達の隣にいた人だよね?」

「嘘、こっち見てるよ。キモいよ。まさかストーカー?」

「どうする。この人痴漢ですとか言って、警察に突き出しちゃおうか?」

 女子高生達は口々に勝手なことを言ってのける。

「そう言えばさ、美佳が前に警察に突き出したオヤジのこと覚えてる?」

「ああ、あいつね。ちょっと電車の中で話してただけで、電車の中では静かにしろだなんてウザいから、痴漢だって叫んでやったわ。今頃、会社クビになってんじゃない?」


 女子高生達は下品な笑いを浮かべていた。稔は自分の手の震えが、コントロールできなくなっていることに気付いた。このままではまずい。自分の感情が抑えられない。彼の額に汗の粒が浮かび上がった。

「あ、バス来た」

 バスが到着し、女子高生達はそれに乗り込んだ。最悪なことに稔の乗るバスと同じだった。

(くそ、何て一日だ。朝のニュースでは射手座が一位だったのに、何故こうも上手く行かんのだ)

 稔は女子高生達のすぐ後ろの席に座った。金髪の後ろ髪が憎らしく見えて来る。今にも後ろから首を絞めてやりたい。しかし、ここでは危険だ。自分の人生がこんなところで終わるなど許されない。彼は己の心と闘っていた。そこに、もう一人、望まぬ客がバス内にやって来た。

「あ、先生かよ」

 肩まで伸びたオレンジ色のセミロングヘヤーを水で濡らし、濡れて色が濃くなった制服のブレザーを身に着けた双葉が、タオルで濡れた髪の毛を拭きながら、稔の隣に座って来たのだ。外は元々曇っていて、小振りの雨が降っていたので、彼女が濡れていても別に違和感はないが、最悪なのは、こんなに気分の悪い時に、一番嫌いな生徒と乗り合わせたという事実だ。


「君は結城さんだね?」

「先生に言いたいことあるんだけど」

「ん、何だい?」

「この前のカツサンド返してよ」

 双葉は頬を膨らませると、両手を稔の前に突き出した。

(こいつ、それを言うためにわざわざ隣に座って来たのか)

「悪かったね。今度奢るよ。それで勘弁してくれ」

「絶対だからね」

「ああ・・・・」

 双葉は満足したのかそのまま顔を上げて、稔から視線を外して外の景色を見ていた。外は大量の雨が降っており、この短期間で曇りからこんなに降るなんて、今日はかなり不安定な天気のようだ。稔は己の精神状態と、今日の天気が似ていることに、思わず苦笑した。

 しばらくすると、目的の停留所に着いて、稔は双葉に別れを告げ、バスを降りた。すると先程の女子高生三人もそこで降りたようで、三人で他愛のない話をしながら、雨の中を、折りたたみ傘を差しながら歩いて行った。


「ビッチめ。今日は見逃してや・・・・」

 言い掛けたところで稔の体に異変が起こった。体内の血液が凄まじい勢いで流れて行く。

(限界だ。彼女らを殺さねば、私の精神が壊れてしまう・・・・)

 稔の異変に気が付いた女子高生達は、一斉に稔の方を振り向いた。

「ねえ、あのおっさん。まだ付いて来るよ」

「警察行こうよ」

「そうだね・・・・」

 三人は慌てて稔から逃げて行った。

(警察に行かせるわけにはいかない。僕の平穏な休日は誰にも邪魔させないぞ)

 稔は路地裏を抜けて、彼女らを先回りするために走った。



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