双葉、友達を守るッ!
双葉と斗真は、住宅街の歩道の真ん中で対峙していた。その様子を少し離れた位置から、綾香が心配そうに覗いている。
「僕の能力を知っているのは、この世界で君だけだ。そこでだ、僕の仲間にならないかい。何でも好きな物をあげるよ。本当は殺そうかと思ったんだけどね。君の瞳には、他の馬鹿とは違うものを感じるんだ。脅威は避けるに限る。どうだい。欲しい物を言ってごらん」
「俺は・・・・」
「何だ。どうせ、宝石とか服やバックだろ?」
「あんたは憑かれている。だから、そいつを今すぐ引き剥がしてやる」
双葉はポケットから、透明に光り輝く、オリハルコンのナイフを取り出して、斗真に向かって切り掛かった。斗真はそれを軽々と避けた。
「な・・・・」
双葉は思わず、足を止めた。今のはかなり速い一撃だったはずだ。何故、避けられたのか。彼女の疑問を嘲笑うかのように、斗真が手帳に何かを素早く書き始めた。
「させるか」
「遅い」
斗真は手帳から書いた紙を千切ると、それをひらりと、ハンカチを落とすようにアスファルトの上に置いた。双葉はその紙を避けて、再び、斗真に攻撃しようとするが、それよりも早く、紙が突然燃えた。そして、吹き出した炎が、まるで生き物のように双葉に襲い掛かってきた。
「くそ」
双葉はナイフで炎を切った。無意識の行動だったが、オリハルコンのナイフは、炎を真っ二つに切断して、彼女の活路を作った。
「今のを越えてきたか」
斗真が何か書こうとしたところを、双葉の拳が、彼の手帳を叩き落とした。
「ふん、考えたつもりか」
斗真は反対側のポケットから、紙切れを一枚取り出して、それを双葉の鳩尾にそっと当てた。紙には、「吹き飛べ」と書かれていた。
「ぐう・・・・」
双葉は前方から強い風に吹かれたかのように、反対側に吹き飛ぶと、そのまま電柱に腰を強く打ちつけた。
「あう・・・・」
双葉はそのままズルズルと、アスファルトの上に尻を付けた。
「ふん、他愛のない」
斗真がそのまま帰ろうとしたその時だった。傷付く双葉の姿を見た、綾香は無意識に隠れるのを止め、斗真の前にいた。
「何だと。見られていた」
斗真は手帳を素早く拾い、何かを書こうとしたが、すぐにそれを止めた。
「待てよ。彼女が死ぬように書くにも名前が分からないじゃないか。ならば、さっきの双葉と同じように、紙に命令するか」
斗真は紙に、「心臓止まれ」と書いて、それを綾香の胸に張り付けようとした。
「止めろ」
双葉は素早く起き上がると、斗真に足払いを喰らわせて、その場で転ばせた。そして綾香の腕を強引に引っ張って、斗真からなるべく離れた位置にまで走った。そして路地裏に、彼女と一緒に隠れ込んだ。
「はあ・・・・はあ・・・・」
二人とも制服を汗でビッショリと濡らしていた。綾香は傍らにいる双葉を、瞳を震わせながら見ていた。
(ああ、横顔可愛い)
双葉は真剣な眼差しで、外の様子を伺っていた。汗で髪の毛が頬にペッタリとくっついていた。そして顔を紅潮させながら、呼吸音をなるべく出さないようにしていた。
「綾香、平気?」
双葉は綾香の方を振り返った。先程は逃げるのに必死で、彼女のことをあまり思い遣ることができなかったからだろう。心配そうに綾香を見ていた。
「ええ、平気よ」
「良かった」
双葉は多くを語らずに、外の様子を観察していた。すると、遠くから斗真の姿を発見した。
「来たな。綾香はここで待っててね」
双葉は綾香をそのままにして、路地裏から飛び出した。そしてナイフで空を切りながら、斗真に向かって走った。しかし斗真の方は、眼が虚ろで、突然、手帳を地面に落として、右手で胸を押さえ、苦しみ始めた。
「何だ?」
「うぐおおおお」
斗真の背中から何本もの足とも手とも呼べる物が、服を突き破り、ウネウネと触手のようになっていた。双葉は思わずギョッとして、後ずさった。
「き、気持ち悪い。そう言えば、金山も、時間が経ったら怪物化していたな。ゼニスの能力なのか。長い間、憑依されるとああなるのか」
「書かせろおおおおお」
何本もの触手のような物が、双葉に襲い掛かった。双葉はそれを丁寧に、一本ずつ避けると、そのうちの一つに飛び乗り、怪物化した斗真の首を、ナイフで一閃、切断した。
「ぐおおおおお」
紫色の体液とも血とも分からぬ液体を迸らせながら、黒い煙を全身から放出、そのまま、大の字で倒れている斗真だけが、そこに残った。
「はあ、怪物を殺しても、本人が無事なのが救いだね」
双葉は疲れ果てて、そのままそこに座り込んでしまった。
その後、斗真は事件にまつわる記憶を全て失っており、ゼニスの呪縛からは完全に解き放たれたようだった。その後、彼はやはり小説を書いていた。
「おお、逆お気に入りユーザーが二人になったぞ」
小躍りして見ると、ユーザーネームは、結城双葉と書かれていた。
「ふん、あのガキ。味な真似をしやがって。しかし、本名をユーザー登録するのは危ないから、電話で教えてあげよ」




