双葉、ヤンキーに絡まれるッ!
「ふあああ」
双葉は欠伸をしながら学校に向かって行った。学校へは長い坂道を越えて行かなければならない。日曜日の夜から憂鬱になるほど、その坂はキツかった。
「よお、双葉ちゃん」
背後から肩を叩かれ、振り返ると、坊主頭で、首から下にカメラをぶら下げた軽そうな男子が立っていた。
「高須か・・・・」
「おっと、俺の名を覚えてくれているとは」
「いや、ほら、留学した方の結城双葉から聞いてたから」
「へえ、あいつが。俺のこと何て言ってた?」
「ああ、頭の軽い奴だって」
「何だと。あの野郎。帰って来たら殺す」
公平は瞳にメラメラと炎を宿していた。最も、彼程度の人間に巻ける双葉ではないが。
「じゃあ、お先に」
公平が双葉を追い抜かして、一足先に学校へ行こうとしたその時だった。突然、同じ中学の制服を着た、がたいの良い男子生徒と激突して、カメラを落としてしまった。
「ああ、俺のカメラが・・・・。おい、こら、弁償しろよな・・・・」
言い掛けたところで、公平の顔が引き攣った。そこに立っていたのは、学校内でも有名な不良として知られている。金山だったからだ。彼は自身の制服を手で軽く払うと、その鋭い眼を、公平に向けた。
「か、金山君・・・・」
「おい、お前舐めてんのか。俺の制服に、てめーの汚えフケやら唾液やらが付いちまっただろうが」
金山は、まるで丸太のような太い脚で公平を蹴り上げた。
「がは・・・・」
公平は近くの木に背中をぶつけると、そのままうつ伏せに倒れた。
「雑魚が。女の前で情けない面でも晒しな」
金山は倒れている公平に近付くと、まだ足りないのか、さらに蹴りの連打を加えた。彼の顔がボロ雑巾のようになっても、血を吐いても、彼の蹴りは止まらなかった。すると、そこに双葉が現れ、自分の鞄を金山の後頭部目掛けてぶつけた。
「ああ?」
周囲の空気が凍り付いた。周りの登校している生徒も、思わず足を止めて、二人の様子をじっと見つめていた。
「お前、何か文句あんのか?」
「その辺にしとけよ」
双葉は落ちた鞄を拾うと、倒れている公平に駆け寄った。彼は原形を失うほどに顔を腫らしていた。
「おい、平気か?」
「へへ、くそ、双葉ちゃんに格好悪いところ見せちゃったな」
公平は笑っていたが、そこに金山の足が再び、公平の右の頬を蹴り上げた。
「がは・・・・」
公平はそのまま倒れて気を失った。
「悪いな。足が滑った」
金山は下品に笑った。すると、突然、双葉が立ち上がり、彼のとは圧倒的に違う。鋭い眼で金山を睨み付けた。それはメンチを切るとか、因縁を付けるとか、そういう遊びのレベルではない。本当の殺意が込められた灰色の眼だった。
「な、何だよ」
金山は無意識に後ずさった。双葉は灰色の眼で金山を捕らえると、彼の五感を支配したように、彼の自由を奪っていた。この小さな少女は何かを持っている。本能で彼は気付いた。
「このクソガキ。よくもやりやがったな」
双葉は地面を蹴って走った。そして金山が気付くよりも早く、彼の首筋にカッターナイフの刃を当てた。
「お、お前・・・・」
「悪いけど。こっちは殺しのプロだから。喧嘩なんてしたことないんだ。まあ、家柄がそうなだけで、俺は人なんて殺したことないけど」
双葉はカッターナイフの刃をしまうと、そのままポケットの中に押し込めた。
「でも、殺し方だけは知ってる。合理的な殺し方、不合理な殺し方。あんたはどっちが良い?」
「う、うるせえ」
金山は双葉から離れると、そのまま走って逃げるように学校の方へと向かって行った。そのスキに双葉は、倒れている公平を抱えて、市の総合病院に向かった。




