act.6 楽園気分コンフュージョン。
大した距離ではないコンサート会場の前までの道のりが物凄く遠く感じるほど、俺と桜はとにかく周囲の様子を気にしながらゆっくりと歩みを進めていた。おそらく風見咲良が居るかもしれないという噂を聞いたのであろう人たちが、視線をキョロキョロさせながら大通りを行き来していたんだ。
そんなわけで、かなりの疲労感を感じながらも何とかコンサート会場の前まで辿り着いた俺達。流石にコンサート会場の真ん前に風見咲良がいるとは思っていないのか、幸いなことにここに風見咲良捜索隊は存在しない。
「ふぅ、何とかここまで来れたな」
「そうだね。まさかあんなに私のこと捜してる人がいるなんて……」
「当然だよ。あの人気アイドル『風見咲良』が近くに居るかもしれないってなれば」
「ふふ、風見咲良ってそんなに人気あるんだ」
「そういうこと。人気者なんだよ……桜がね」
そんな俺の言葉の意図を理解してくれたのか、桜はサングラスの隙間からはにかんだ笑みを浮かべて小さく頷く。これはきっと、桜の意識が変わってきている証拠だろう。
そう思うと、桜のことを少しでも手助け出来たのだと思えて、何とも言えない安堵感が広がっていった。きっと思い込みなんかじゃない。この桜の笑みを、作り物だなんて思いたくない。
「……貴彦くん?」
物思いにふけていた俺のことを心配するように、桜が肌が触れる程近づいて見上げてくる。手を伸ばせば、桜の身体を包み込める程の至近距離――。
「あっ……ゴメン、ちょっと考え事してた。……とにかく、見付からないうちに中に入らないとね」
沸き上がる衝動を何とか抑えつつ、視線を逸らして言葉を返す。……そう、視線を逸らしていないと何をしてしまうかわかったもんじゃない。
奇跡的な桜との出会いからは、まだ数時間程度しか経過していない。でもその僅かな時間の間に、桜はこれでもかというくらいに俺を桜色に染めていたんだ。
これでキスなんてしようものなら、まさに『さくら色Lips』ってところだろうか。
……自分から促したのは重々承知しているが、いざこれで『桜』とお別れかと思うと、何だかやりきれない気分になる。
――って、俺は何てことを思っているのだろうか。少しでも早くコンサート会場に戻ることが、今の桜にとって一番大事なことなはずだろ。
そもそも、桜は俺の隣なんかに居るべき子ではないんだ。桜は、沢山のファンに元気や癒しを与えるアイドルなのだから――。
「――貴彦くんってば!!」
気が付くと、桜は頬をプクッと膨らませて俺のことを呼んでいた。これだけ至近距離からの声に気付かなかっただなんて……どうやら俺は、相当精神的に追い込まれてるみたいだ。
「えっ? な、何?」
「……やっぱり全然聞いてなかったでしょ、私の話ぃ」
「えっ? ……んと、ゴメン」
「もぅ、私すぐ行かなきゃいけないんだから、ボーッとしてないでよぉ。あのね、時間無いから急いでほしいんだけど、貴彦くんのケータイの番号とメアド教えてよ」
「……お、俺の?」
「うん。本当は通信でパパッと交換しちゃいたいところだけど、私今ケータイ手元に無いからさ。何かにメモってくれると嬉しいんだけど、紙とか持ってる?」
「えっと、多分あると思うけど……」
言いながら、肩掛けバッグの中を漁る。大学に行くときも使ってるバッグだから、筆記用具くらい入っているはず――あった。
すぐさまルーズリーフに電話番号とメールアドレスを書いて桜に渡す。
「へへ、ありがとっ♪」
目の前で、本当に嬉しそうに笑う桜。サングラスを紙袋にしまって俺に差し出しながら、「私も教えるから貸して」と、ルーズリーフとボールペンを要求してくる。
そんな桜に、俺が紙袋を受け取ろうとした――その時だった。
「おい、あそこ! あれ違うか!?」
「遠くてよくわかんねぇよ!」
「ほら、あそこだって!」
遠くに、こちらに視線を向けている二人組の姿が見て取れた。
間違いない。あの二人組は、風見咲良捜索隊だ。
「桜っ! 早く会場の中にっ!!」
「えっ!? でも、私のケータイの――」
「――それどころじゃないだろ! 急げっ!!」
「う、うん!!」
俺の必死さが伝わったのか、桜は紙袋を持ったまま会場の方へ向かっていく。
桜並木の道を進む中、時折猫のようにこちらを向く桜。でも、俺が都度手で合図していると、もうこちらを向くことはなくなる。
会場の明かりに照らされた桜の花びらが、ふと吹いた強い風に散っていく。……そして、俺の視界からその姿が消える。
まだ満開ではない桜が散っていく様は、俺に確かな事実を伝えようとしているかのように見えて……。
――こうして、夢の時間は何とも呆気なく終わりを迎えたのだった。
* * * * *
『風見咲良デビュー一周年記念コンサートツアー"さくらんさくら"@TOKYO』は、予定時刻を二時間も押してしまったにも関わらず無事開演していた。『風見咲良』という存在と、ずっと待っていたファンの熱意あってのことだろう。
桜と別れた後、俺もようやく出すことのできたチケットを使って会場内へと足を運んでいた。そして程なく開演すると、あの雷マークの建物の裏で初めて出会った『桜』の衣装を着たさくらん――風見咲良が姿を現す。
駆け巡る歓声、沸き上がる熱気。でも、耳をつんざくような叫び声を上げるような人はいない。――これが、さくらんのコンサートだ。
そんなファンたちの声援に応えるように、さくらんは笑顔を振り撒く。緩やかなメロディーに合わせるように、ツインテールをふわっと舞わせてステップを踏む。
歌声に合わせて、時折ファンたちの合いの手が入る。さくらんが小さく手を振り、会場が一体となる。……いや、一体にはなっていなかったかもしれない。
――なぜなら、そこに俺が存在していたから。
目の前に居るのは俺の良く知るさくらんであり、それはすなわち目の前に居るのが桜であるということ。それは、間違いない。
さくらんと桜は同一人物なのだ。少し前まで一緒にいた桜は、間違いなくさくらんなのだ。
それは、俺自身が桜に対して言ったことでもある。
『やっぱり、桜は風見咲良なんだよ。ファンの人たちは桜を待ってるんだ!』
――確かに俺は、そう言った。
実際、ファンの人たちは風見咲良である桜のことを待っていた。だからこそ、今こうしてコンサートは盛り上がっている。
桜が本来居るべき場所に戻れて、ファンの人たちも盛り上がっている。それは当然、とても良いことだろう。
でも、俺は素直にそのことを喜べずにいた。……自ら桜を促したというのに。
――少し前まですぐ隣にいて、俺に輝くような笑みを見せてくれていた桜が、近いようでこんなにも遠い存在なのだということを見せつけられているように思えてならなかったから。
「……はは」
思わず自嘲してしまう。
俺は何を考えているんだ。当たり前じゃないか。
あの人気アイドルの『風見咲良』だぞ? 俺なんかの隣に居るような、そんな存在なわけないじゃないか。
そう……当たり前のことじゃないか。
折角のコンサートだというのに心から楽しむことが出来ないまま、『風見咲良デビュー一周年記念コンサートツアー"さくらんさくら"@TOKYO』は『お詫びの再々アンコール』を含め全て終了。
帰宅すべく大移動を始めた人波にまぎれて、俺はコンサート会場を出てすぐの大通り沿いにあるファミレスに向かったのだった。
* * * * *
あまりに心の中がこんがらがりすぎて、まともに動く気になれなかった。否が応にも桜のことが頭をよぎって、俺の心は錯乱する一方だ。
そんな状況を少しでも打開すべく、ファミレスの大通りを臨む窓際の席に陣取った俺。窓外を見れば、コンサート帰りの人たちの姿が窺える。
「みんな、楽しそうだったよな……」
――適当に注文したパスタに手をのばすわけでもなく、結局そんな桜の関連ワードが口から出てくるわけで。
「そんな簡単に無かったことに出来るわけない……よな」
思わずそんなことを呟いてしまう。
あの桜と過ごした時間を無かったことに出来るのならば、この苦痛と言っても良い程の感情からは逃れることが出来るだろう。
……でも、そんなこと出来るはずがない。今俺の心の中で渦巻く感情が心地良いとは到底思えないが、それでも桜と過ごした時間を忘れたくないと思っている自分がいるのも、紛れもない事実なのだから。
だからこそ、こんな心の中がごちゃごちゃな状態でも、桜と過ごした時間のことはしっかりと思い浮かべることが出来る。
『私達今、二人きり……なんだよ?』
『お願い! 今頼れるのはあなたしかいないの!!』
『ありがとうっ!』
『ありがとう貴彦くん! これ、大事にするね♪』
『だって私、彼女なんでしょ? ねっ、貴彦くん♪』
『貴彦くんはちゃんと私のことを見てくれてると思ったのに!!』
『そっか、貴彦くんは今の私の方が好みなんだぁ』
『それじゃあコンサート会場までのエスコートよろしくねっ♪』
――そんな桜の言葉たちが、しっかりと俺の心に刻まれている。
あの桜と過ごした時間を忘れることなんて、出来るわけないじゃないか。
「ん? メールか。……んだよアイツ。こんな時にこんなメール送ってきやがって」
また、偶然受信した友達からのケータイメールの件名が『コンサートどうだった?』だったりするもんだからもう。
ダメだ。いくら足掻いたって、少なくとも今日は桜のことが頭から離れることはない。とりあえず素直に諦めて、桜色に染められたままでいよう。
小さくため息を吐きながら、ケータイメールの返信メッセージを打ち始める。正直コンサートそのもののことより桜のことで頭がいっぱいだから、まともな返信が出来るかどうかは怪しいが――と、
「おっと!」
返信メッセージを打っている途中に、いきなりバイブレーションが作動しだした。ケータイの画面に映し出されたのは、電話帳登録のされていない見たことのない番号だ。
誰とも知れない相手からの電話に出るのは抵抗があったけど、しばらく放置していても相手は切らずにいたからとりあえず出てみることにする。すると――。
「……もしもし?」
「あ、やっと出た! もしもし貴彦くん?」
「……えっ?」
――聞こえてきたのは、全く以って予想していなかった声だった。だからこそ、俺はそんな呆けたような声を出してしまう。
俺のことを『貴彦くん』と呼ぶこの声。……間違えようがない。
「――桜……なのか?」
「そうだよ。……まさかもう私の声忘れちゃったのぉ?」
可笑しそうな声で返してくる桜。そう、間違いなく桜だ。
俺の心を桜色にして錯乱させている桜だ。
「いや、そんなことはないんだけど……まさか桜が電話掛けてくるとは思わなくて」
「ふふ、ビックリした?」
「あ、あぁ……ビックリした。でも、何で……」
「あのね、貴彦くんの忘れ物を届けたいと思ってるんだけど、今どこに居る?」
「忘れ物? 何か忘れたっけ……っていうか『届けたい』って、まさか桜が届けに来る気じゃ!?」
まさかとは思いながらも、『もしかしたら』という不安の中そう返すが、そんな俺の気持ちなんて知る由もないのだろう。桜は少しも口調を変えずに告げてくる。
「ふふ、ホントはそうしようと思ったんだけど、流石にそれはマズいと思うからマネージャーにお願いしようと思ってる」
「そ、そうか。それで、忘れ物って一体……」
「あぁ……えっと、貴彦くんに買ってもらった変装道具だよ。流石にもらうわけにはいかないもん」
「いや……別にかまわないんだけど。だいたい、俺が持ってても着れないものばかりだし。無理に届けてもらわなくても大丈夫だよ」
「そ、そういうわけにはいかないの! それに、忘れ物は変装道具だけじゃないし……。とにかく居る場所教えて!!」
さっきは全然変化の無かった口調が、今度はやけに焦ったものに変わる。何か桜を焦らせるようなこと言っただろうか。それに、変装道具以外の忘れ物って一体……。
まぁ何にしても、せっかく電話してくれた桜を困らせるようなことはしたくない。
そう判断した俺は、とりあえず大通り沿いのファミレスの窓際の席に居ることを桜に伝えた。
場所を伝えた後も、桜はコンサートのことや会場の控室での出来事を話してくれた。
「コンサートでいつもよりちょっと素の自分を出せたんだぁ」とか、「控室で散々説教食らっちゃったよぉ。……まぁ当然だよね」だとか。
散々説教食らったと聞いて心配になったけど、桜はずっと明るい口調で話してくれていたから、きっと大事には至らなかったんだろう。
そんなことをだらだらと、でもとても暖かな気分の中話していると、あっという間に時は過ぎていく。電話し始めた瞬間の時刻を確認したわけではないが、少なくとも十五分くらいは話し続けているはず。
桜と話すのは当然楽しいし嬉しいけど、流石にずっと桜を拘束しているわけにはいかない。
「なぁ、とりあえずそろそろ――」
だから俺は、桜との会話を終わらせようとそう切り出したんだけど、
「ねぇ貴彦くん、ちょっと窓の外見てみて」
桜は突然、そんな意味不明なことを告げてきたんだ。
『窓の外を見てみて』って言われても、見たところでそこにあるのは大通りとそこを通る車や人の姿だけなはず。
そうは思いながらも、別に少し首をひねれば良いだけのことだから素直に応じて窓外に視線を向ける――と、
「――――えっ?」
窓外の光景に、明らかにおかしな点が存在していた。
車や人影の窺える大通り。大通りの先に見える建物。
――そして、窓の端からぴょこっと顔を出したウサギ。
それを見た瞬間、俺はすぐさま立ちあがって歩き出していた。「おつりは後で!」と言いながら仮の会計を済ませ、店外へ。
そして、俺が座っていた席の窓がある地点まで駆けていくと、
「――忘れ物を届けに来たピョン♪」
見覚えのある変装の格好をして、手に俺がUFOキャッチャーでゲットしたウサギパペットをはめ、もう片方の手に紙袋を持った桜がそこに居た。
ウサギパペットを操りながら、明るい口調で話し掛けてきた桜。
……見間違えるはずなどない。確かに目の前に桜が居る。
「な、何で桜が……」
「へへ、やっぱり私が届けることにしちゃった♪」
「……………」
「……もしかして、怒ってる?」
あまりのことに呆然としている俺の姿を見て勘違いしたのか、桜は手の届く距離まで近づいて不安そうな仕草を見せる。
何とか首を横に振って否定すると、桜はホッとした様子を見せながらサングラスを外した。
「だ、大丈夫なのか? こんなところに一人で来て」
「う~ん……多分。抜け出して来ちゃったから良くわかんない」
「ぬ、抜け出して来たって……」
「大丈夫だって! それに、貴彦くんに会うことは私にとって凄く大事なことなんだから」
そんなことを言いながら、ファミレスの明かりをスポットライトにした桜が笑みを浮かべる。
俺と会うことが大事だと言ってくれている桜。……嬉しくないわけがない。
でもその事実は、俺にとってあまりに非現実的なことすぎて逆に不安になってくる。もしかしてこれは、物凄くリアルな夢なんじゃないかとすら思ってしまう。
思わず手の甲をつねってみるが……痛い。
「ふふ、何やってるのもぅ。……さて、とにかく忘れ物をちゃんと渡さないとね」
「あっ、でも着ちゃってるから無理なんじゃ……」
「うん、だからこっちは後回し」
「こっちは……って?」
本当に意味がわからなかったから素直にそう尋ねると、桜は質問に答えることなくウサギパペットを外して俺の手を握ってきた。そして、今日何回目かという上目遣いを見せる。
「あのね、貴彦くん。私、本当に貴彦くんに出会えて良かったって思ってる。貴彦くんのおかげで気持ちの整理をつけることが出来たから。貴彦くんに出会えたのは偶然かもしれないし、私の悩みなんて実はとっても些細なことなのかもしれない。……でも、やっぱり私にとってはとっても大きなことだった。本当に……感謝してるんだよ?」
「桜……」
「それに、貴彦くんに『俺の彼女なんだよ』って言ってもらえて、嬉しかったなぁ」
「そ、それは……」
「……だからね、届けるのは貴彦くんの忘れ物じゃなくて、私の忘れ物」
「えっ? どういう――さ、桜!?」
桜が、つま先立ちになってより俺に近づいてきていた。そのいきなりの急接近に、俺はただ驚いて身体を硬直させることしか出来ない。
呆然とした俺の表情を映す瞳に、まるで挑発してるかのように艶めく唇。
桜の瞳がゆっくり閉じられ、そして――。
――そして、確かな実感と共に触れ合う唇。
何が起きたのかよくわからなかった。……いや、俺と桜の唇が触れあったというのはわかる。でもそれが本当に真実なのか、全く実感が持てなかったんだ。
……とはいえ、未だ唇は触れあったまま。全身のほとんどが硬直してるというのに、桜と繋がった唇だけは異様なほど敏感になっている。
時が、ゆったりと流動していく。
「……ゴメン。これだけはどうしても忘れたままにはしたくなかったの」
唇を離した桜は、俯いてそんな言葉を呟いていた。さっきまでの威勢の良さはどこへやら、やけに不安そうな口調だ。
そんな桜に、俺は何の言葉も掛けられずにいた。……情けないことに、俺は未だに硬直したまま呆然と桜の姿を見ていることしか出来ずにいたんだ。
でも、それでも顔を上げた桜が放った言葉で、俺は――。
「貴彦くん。私……まだ貴彦くんの彼女でいて良いかな?」
「……えっ?」
「ん~ん、もしダメでも私……貴彦くんの彼女になりたい!」
桜の気持ちのこもった言葉と必死そうな表情。……さっきまでの硬直状態が嘘のように、自然と身体が動きだす。
――俺は言葉を返すことなく、しっかりと桜を抱きしめた。
すると、一呼吸おいて桜も俺の背に手を回してくれる。
「OKと思って……良いのかな?」
「桜こそ……俺なんかで良いのか?」
桜は俺の言葉を聞くと、身体を離して怒った表情を見せる。
そして俺に、『トドメの一撃』を見舞った。
「『俺なんか』だなんて言わないでよ。……貴彦くんだから良いの。私のことをちゃんと見てわかろうとしてくれた貴彦くんだから! 貴彦くんに『俺の彼女なんだよ』って言ってもらったときから、私は貴彦くんの彼女なんだからっ!!」
もうどうなっても良いと思った。
桜は人気アイドル『風見咲良』であって、俺はただのどこにでもいるようなしがない大学生。どう考えたって、釣り合うことはない。
でもその桜が、まだ出会って一日どころか数時間しか経っていない俺の彼女になりたいと言ってくれている。他の誰でもない……俺の。
アイドルと付き合うとなれば、きっと色んな障害にぶつかることになって錯乱する日々を過ごすことになるのだろう。中々会うことだって出来ないだろうし、それこそデートなんて相当入念に計画を立てなければ不可能だろう。
でも、そんなの関係ない。……俺だって、間違いなく桜のことが好きなのだから。『桜』と出会う前より、今の方がずっと桜のことが好きなのだから。
――身体中を、何とも形容しがたい感情が駆け巡った。
「とりあえず、これからどっか行こうか。――付き合うことになった記念に……さ」
言いながら、桜の手に指を絡める。そして桜が満面の笑みを見せて頷くのを確認してから、行く先を決めることなく一歩を踏み出した――その時だった。
「いたぞ、あそこだっ!」
「ったく懲りずに勝手に出歩いてっ!!」
突然聞こえてきた叫び声。その声に、桜の表情が一変した。
その桜の表情と聞こえてきた声の内容で、何となく状況は理解出来る。
「な、なぁ桜、もしかして……」
「あちゃ~、もう見つかっちゃった。あれ、マネージャーとコンサートの責任者さん」
「やっぱり……って、それ思いっきりマズいじゃないか!!」
とにかく現状を何とかしないとと思った俺は、特に策も思い浮かばぬ状態で桜の手を握ったまま駆けだしていた。『捕まったらアウト』ということだけが頭の中にあって、それがこの行動に繋がったのだろう。
軽くうめき声をあげながらも、しっかりとついてくる桜。結構なスピードで走りだしたにも関わらず、その表情は笑顔だ。
「おい待てっ!」
「いい加減にしろ桜っ!!」
「お客様! おつり~っ!!」
聞こえてきた声の中にファミレスの店員さんのものと思われる声が混ざっていたことに若干驚いたけど、今はそれどころじゃない。逃げ出した以上、捕まるわけにはいかない。
きっとこれからは、今みたいなことも含めて桜に振り回される日々を過ごすことになるのだろう。
……でも、それでも良い。
――満面の笑顔を見せてくれて、頼ってくれて、好きでいてくれる桜と一緒なら、こんな日々も悪くはないさっ!
「なぁ桜!」
「何っ?」
「俺……アイドルのさくらんも桜のこともやっぱり好きだ!」
「貴彦くん――」
「――私も……私も貴彦くんのこと、だ~いすきだよっ♪」
『さくらんさくら』、いかがでしたでしょうか。
この作品は『書き込み寺』という書くことと読むことが好きなオンライン作家の集まるサイトでの企画作品として書いたものです。
このときのテーマは「恋愛シチュ」。「桜」と「恋愛シチュ」の2つがあったのですが、このときはなんと「恋愛シチュ」のシチュエーション内容を私が提案することになってしまったので、是が非でもこちらのテーマで書かねばという状況でした(笑)
ちなみに「恋愛シチュ」のテーマ詳細は下記のような感じ。
* * * * *
指定された<シチュエーション>を使って恋愛ものを書く
時代:指定無し(現代、未来、過去なんでも可)
場所:会場近辺(ライブ会場、舞台など)
年齢:男性=普通に自分で会場に足を運べる年齢(遠出という意味でも、お金の面でも)女性=男性とあまり年の差が出なければOK
二人の関係:ファン(男性)とアイドルとか役者とか、そんなの(女性)
あらすじ:男性にはお気に入りのアイドル(とか役者とか、そんなの)がいて、その女性に会うためにしょっちゅう「場所」に顔を出していた。あるとき、偶然にも人気のない「場所」の片隅で泣いている女性を見かけた男性は……。
* * * * *
――はい、我ながら難しかったです(笑)
だって、ホントはこれ4つ提案した中で遊びで提案したやつだったのに、まさかこれが採用されるとは思ってなかったんですもん!
……って、そんなの言い訳にしかならないのでこれ以上語らないことにしますがw
そうそう、本作のタイトル『さくらんさくら』には、一応意味を持たせています。
・『佐倉』&『桜(咲良)』で『さくらんさくら』
・『さくらん』のコンサートツアー名に合わせて『さくらんさくら』
・『佐倉』くん(貴彦くん)が錯乱するから『さくらんさくら』(笑)
と、まぁこんな感じに。
あ、あと各actの名前の頭を繋げると『さくらんさくら』になるって……気付きました?
さ … さくら駆けるトワイライト。
く … 狂いさくらティアドロップ。
らん … 乱暴なスウィートバレット。
さ … さくら色のポピュラリティ。
く … 下されたレゾリューション。
ら … 楽園気分コンフュージョン。
気付いてくれた方がいらっしゃったら結構嬉しいかも。
まぁ何はともあれ、内容はどうであれ形にすることが出来て良かったです。
本作は『さくらん』を少しでも可愛く感じてもらえれば、それで良いかなと思ってますので。
……って、もしかしてそれも危うい!?(笑)
最後まで読んで下さってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです!
2012.09.23 深那 優




