act.4 さくら色のポピュラリティ。
風見桜から頼まれた変装道具を調達すべく、俺はコンサート会場の近辺にあるデパートに足を運んでいた。風見桜が、出会ったあの雷マークの建物の裏で一人待っていることを思えば、少しでも早く変装道具を調達して戻らなければならない。デパートに向かうまでの間に、風見桜を探していると思われるやけに慌てた様子の人たちに遭遇したことを考えれば、尚更。
とはいえ、変装道具といってもいったい何を買えば良いのだろうか。少なくとも、顔は真っ先に隠さなきゃならないだろう。風見桜は、それなりに有名なアイドルである『風見咲良』なのだから、顔を隠さないで外に出たりしたらすぐにバレてしまうに決まってる。
顔を隠すものとなれば……とりあえずサングラスか何かだろうか。それに、帽子もあった方が良いかもしれない。あとは適当にあの衣装の上から羽織れるような服と……あと靴も買わないとマズいだろうな。
そんなことを思いながら、デパート内を散策。そうして、とりあえず一通り変装道具を揃えた俺はデパートをあとに。……念のために化粧道具もちょっと買ってみたけど、これで大丈夫なんだろうか。男の俺は当然化粧なんて普段しないから、正直完璧に適当なチョイスだ。
急いでコンサート会場内のあの雷マークの建物の裏まで戻ると、風見桜は建物を囲うフェンスに寄りかかりながら地面を見るように俯いた状態で待っていた。そんな風見桜は俺に気づくと、心配そうな表情を見せながら話し掛けてくる。
「おかえり! ……私のこと、バレなかった?」
「あぁ、とりあえずは大丈夫そう。さくらんのこと探してるっぽい人は何人か見たけど」
「そっか、良かった……それで、変装道具は?」
「えっと、とりあえず色々買ってきたけど……これで大丈夫?」
「どれどれ、サングラスにキャスケットに……うわっ、この時期にコートかぁ。でもまぁ仕方ないよね。それと……あ、メイク道具もある。って、もしかして私の顔凄いことになってる?」
「う~ん……まぁその、ちょっと目の周りがね」
「うわっ、最悪! じゃあ準備するから貴彦くんはちょっと待ってて」
「た、貴彦くんって……」
「あれっ、名前で呼んじゃマズかった?」
「いや、別にそんなことはないけど……。さくらんに名前で呼ばれてると思うと、ちょっと不思議な感じがして」
「ふふ、そんなことよりこうして二人きりでいることの方がよっぽど不思議な気がするけどなぁ。何か『さくらくん』だと自分で自分を呼んでる気がして変な感じがするから、名前で呼ばせてね」
「あ、あぁ……わかった」
何だか妙な恥ずかしさを感じながらも、何とかそう返してからフェンスに寄りかかって一息つく。風見桜は買ってきたものが入った大きな紙袋を覗き込みながら俺と話していたけど、ふと何かを思い出したかのように俺に視線を向けてくる。
「あっ、そうそう。貴彦くんもさ、私のこと『さくらん』じゃなくて『桜』って呼んでくれると嬉しいな。今はアイドルの『風見咲良』じゃなくって、女子高生の『風見桜』でいたいからさ」
「な、何かやっぱり変な感じはするけど……とりあえずわかったよ。桜……さん」
「『さん』なんて付けなくて良いって。貴彦くん年上なんでしょ? ……あ、それじゃあ私も『貴彦くん』なんて呼んじゃいけないか。――『貴彦先輩』って呼んだ方が良いかな♪」
桜はやけに楽しそうにそんなことを言ってくる。……けど、正直言って『貴彦先輩』は強烈すぎる。桜は高校生で俺は大学生なんだから、『先輩』という呼称自体は何の間違いもない。でも、まるで同じ学校に通っている先輩後輩の間柄であるかのような錯覚を覚えてしまう。
そう思ってしまうと、俺の中で勝手な妄想が広がっていき、何かこう……自分がおかしくなってしまいそうな気がする。
「と、とりあえずわかったから、『先輩』ってのは勘弁してくれないかな」
「え~、折角だから『先輩』って呼びたかったのになぁ。……まぁいっか。それじゃあちょっと待っててね、貴彦くん」
桜はおどけてそう言うと、改めて袋の中を覗き込んで変装し始める。そんな桜に、俺は現実の世界と夢の世界の中間あたりをさまよっているような、そんな変な浮遊感を感じずにはいられなかった。
* * * * *
「さて、だいたいこんな感じかな。……どう? ちゃんと変装出来てるかな?」
目の前で、片手にサングラスを持ち腰にもう片方の手を当てポーズをとっている桜。その姿に、俺は見とれるのと同時に納得していた。
桜は今、俺がデパートで買い揃えた変装用のファッションをしている。チュニックの上からコートを羽織り、頭にはリボンの代わりにキャスケットを。靴も買ってきたものに履き変え、あのちょっと悲惨な状態だった顔のメイクもしっかりと整えられている。
やっぱり桜は人気アイドルなんだなぁと、改めて思う。俺なんかが適当に見繕って買ってきたものなんかでも、しっかりと着こなしているのだから。
「あ、うん。それでサングラスをかければバッチリだと思うよ」
「本当に! 良かった~。それじゃあ、早速ここから外に出よっ!!」
言いながら、ニコッと微笑んでサングラスをかける桜。――って、
「えっと、外に出るのはいいけど、いったい何処に行くつもり? まさかとんでもなく遠くまで行く気なんじゃ……」
「まさか、そんな遠くまで行くつもりなんてないよ。言ったでしょ? 『ほんのちょっとでも良い』って。近くで十分だよ。貴彦くんに迷惑かけるわけにはいかないもん。……って、もう十分迷惑かけちゃってるか」
「いや、それはもう気にしなくて良いんだけど……近くって言ったら、結構行く場所限られてくると思うよ? 遊ぶんだったらカラオケとかゲームセンターとか。ゆっくりするならファミレスとかかな。あまり高いお店は正直キツいし」
「それだけ候補あれば十分だよ。そうだなぁ……じゃあ、しばらく行ってないからまずゲームセンター行こっ!」
衣装のリボンと靴が入ったデパートの紙袋を持った桜はそう言うと、俺の手を掴んで一気に走り出す。
そんな大胆な行動とったらすぐにバレてしまうのではないかと一瞬不安になったけど、桜の楽しそうで生き生きとした姿を見たら、そんなことを告げる気にはなれなかった。
――桜が『桜』で居られる時間を、少しでも充実したものにしてあげたい。……そんな気持ちが生まれてきたように思えた。
コンサート会場を出てすぐの大通りには、ポツポツとアミューズメントスポットやら買い物や食事の出来る店が存在している。変装道具を買ったデパートもそうだし、カラオケやゲームセンターもこの通り沿いにある。
桜のことを探している人たちに気付かれることなく何とかコンサート会場の外へと出ることに成功した俺たちは、そのまま通り沿いにあるゲームセンターへと足を運んでいた。
入り口近くの柱にある案内図を見る限りこのゲームセンターは三階建てで、一階はUFOキャッチャーのフロア。二階は一般的なアーケードゲームのフロアで、三階は通信対戦に対応したゲームのフロアらしい。
……なんて、案内図を確認していた俺のことなど気にも留めずに、桜はとあるUFOキャッチャーのもとまで駆け寄って中の景品に釘付けな様子。
周りの様子を気にしながら桜のもとに近付いていく。どうやら桜の視線を釘付けにしている景品は、手にはめてパペットとして使えるウサギのキャラクターみたいだ。
「あれが欲しいの?」
「うん。可愛いし、ウサギ好きだもん! ……貴彦くんあれ取ってよ」
「えっ、桜じゃなくて俺がやるのか?」
「だって私お金持ってないも~ん♪」
隣に居るのがただの友達だったりするなら『何寝ぼけたこと言ってんだよ』くらいのことは言えそうなものだが、残念ながら今隣に居るのは超絶可愛い年下の女の子。しかも俺の肩に手を乗せてピョンピョン跳ねたりしてる。……ある意味いじめだ、これは。
ただ、いくらそんな風に感じていても嬉しく思ってしまっている自分もいるわけで。
「仕方ないな……。上手く取れるかはわからないけど、とりあえずやってみるよ」
「やったぁ! 貴彦くん頑張って!!」
そう言って財布に手を伸ばす俺に対して、心底嬉しそうに手を叩いている桜。……完敗である。
兎にも角にも、お金を入れてウサギパペットへの挑戦がスタート。ボタンを押して、UFOキャッチャーのアームを操作する。
普段UFOキャッチャーをすることなんてほとんどないから全くもって自信はなかったけど……案の定、アームはウサギパペットを撫でただけで何も掴まずに元の場所に帰ってきた。
――そして不満げな表情を見せる桜に、結局俺はウサギパペットをゲットするまで何度もUFOキャッチャーにお金を投入することになるのである。
「やっぱり可愛いよね~、このウサギ」
そう言いながら、笑顔で俺がゲットしたウサギパペットを抱いている桜。結局千円もの投資をする羽目になった俺の前で少しも悪びれることなくそんなことを言いのけているものだから、流石にちょっとムッと――。
「ありがとう貴彦くん! これ、大事にするね♪」
――することも出来ない俺は、やっぱりどこかおかしいのだろうか。
「ハァ……ま、無事取れて良かったよ。……で、この後はどうする? 何か別のゲームしてもいいし、他の場所に移ってもいいけど」
「そうだなぁ……。とりあえず貴彦くんにコレ取ってもらったから、ここはもう満足かな」
「それじゃあ別の場所行こうか。まだ遊ぶならカラオケ、ゆっくりするならファミレスって感じだろうけど……」
「それじゃあカラオケ行こっ! 貴彦くんの歌声を披露してもらうことにしよう!」
「お、俺はそんなに歌上手くないんだけど……」
「それは私が実際に聞いて判定してあげま~す♪ だいたい、自分で『上手くない』っていう人に限って結構上手かったりするもんなんだから」
「いや、本当に上手くないから。……ま、とにかく行こうか」
「うん!」
全く、どうしていちいち桜はこうも可愛いのだろうか。いや、まぁアイドルなんだから可愛いのは当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど。
ただ、アイドル『風見咲良』の可愛さとは違った可愛さのような気もする。少なくとも、今の桜から清純派のイメージは浮かんでこないし。むしろ元気で活発なイメージだ。……まぁどちらにせよ可愛いことに変わりはないのだけど。そんなことを思いながら、桜に手を引かれてゲームセンターをあとにする。
目指すカラオケボックスはここから通りに沿って数分歩いた先にある。コンサート会場からは更に離れることになるが、それでも大して遠い場所ではない。
しっかりと桜と手を繋ぎながら通り沿いを歩いていると、電信柱やビルの壁などに張られたポスターが度々目に留まる。信号待ちで止まっている今も、すぐ近くにそのポスターが張られた電信柱がある。
――穏やかな微笑みを見せる、『風見咲良』のコンサートのポスターだ。
それに、そんなポスターを見た人たちが『風見咲良』のことを話している姿も目に留まる。
『そう言えば今日さくらんのコンサートやってるんだっけ』
『可愛いよなぁさくらん。俺、結構タイプなんだよなぁ』
『俺も俺も。歌もわりと上手いし、あんな彼女いたら最高だよな』
『そりゃそうだ。……ま、そんなの無理な話だろうけどな。何せ人気アイドルの風見咲良だぜ? 彼女どころか、普通に話せたりしただけでも奇跡だよ。そもそも、そんな幸運なやつ滅多にいないだろうけどな』
――いや、自分で言うのも何だけど、その『幸運なやつ』がここにいるんですけど。
なんて、思わず突っ込みたくなってくる。
……そう、改めて思えばもの凄く幸運なことが起きてるんだよな、今。隣を向けばそこに風見咲良が居て、それどころかしっかりと手を繋いでいる状態。俺のことを『貴彦くん』なんて呼んでくれるし、風見咲良が見せない本当の『桜』の姿も見せてくれている。
『あ~あ、俺もコンサート見に行きたかったなぁ』
『んなの俺だってそうだよ。何かあれだよな、風見咲良って見た目だけだったら似たようなアイドル居そうだけど、どこか他のアイドルと違うところを持ってるみたいな、そんな感じするよな』
『そうだよな。何かこう、惹かれるものがあるっていうか。素直に応援したくなる』
『うんうん、俺もそんな感じ。きっとこれからもっと人気出て、国民的アイドルになるぜ!』
ポスターを見ながら、そんなことを楽しそうに話す二人組。……やっぱり人気あるんだよな、風見咲良は。
ふと視線を隣に向けると、桜は俯いて何やら考え込んでいるような表情を見せていた。……まぁ、サングラス越しだからハッキリと確認は出来ないけれど。
でもその様子を見ていると、桜は本当に悩んでいるんだなと思う。
本当の自分を出せずに嘘をつき続けていることに悩んでいる桜。でも、けして桜はファンの人たちのことを裏切りたいと思っているわけではない。だからこそ、こうして自分のことを好きでいてくれている人たちの声を聞いて悩んでいるのだろう。……もしかしたら、心の中で自分自身を責めているのかもしれない。
――桜は今、こんなところで俺の横を歩いていて良いのだろうか。
何か、そんな考えが自然と頭をよぎっていた。
桜の願いを叶えてあげたいという気持ちは、もちろんある。自分の意志が通らないのは良くないと思うし、その思いがあるからこそ今こうして桜と一緒にいるわけだし。
でも、やっぱり桜はアイドルの『風見咲良』なんだ。コンサート会場では、今も大勢のファンが桜のことを待っているはず。きっと桜自身も大切に思っているはずの、大勢のファンが。
桜は素の自分を見せることがファンへの裏切りだと思っているのかもしれないけど、俺にはそんな風に思えない。風見咲良のことを本当に好きでいてくれているファンならば、むしろ素の自分をさらけ出してくれた方が嬉しいのではないだろうか。もちろん何もかもというわけではなく、公私をしっかりと分けた上での素を。
だとしたら、俺は――。
信号が青に変わり、再びゆっくりと歩き出す。
「なぁ桜。あのさ、今更だけどやっぱりこんなところに居る場合じゃ――」
相変わらず俯いている桜。そんな桜に、俺は少し迷ったものの自分の考えを口にしようとした――その時だった。
「なぁ、あの子、風見咲良じゃね?」
――前からこちら側に向かってきていた俺と同じくらいの歳だと思われる三人組の男のうちの一人が、桜を指さしながらそんな言葉を放っていた。




