第01話 はじまりは赤い実
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本作は作者がプロット・設定を作成し、生成AIによる文章生成と推敲支援を経て、手動で加筆修正を重ねて執筆した作品です。
全23話(第一章)、毎日22時に1話ずつ更新予定です。
放課後を告げる鐘が鳴ると、僕は誰よりも早く教室を飛び出した。
石造りの廊下には、まだ授業の余韻を引きずるようにチョークの粉と羊皮紙の匂いが漂っている。
窓の外では、剣術科の生徒たちが訓練場で声を張り上げ、その向こうの空には、初級魔法の演習でもしているのか、小さな光の球がいくつも浮かんでは消えていた。この学園では、放課後の風景そのものが、ちょっとした魔法の展示会のようなものだ。
もっとも、この光景を見られるようになったのは今年からだ。
十二で入学して、六年かけて卒業する。そのうち前半の三年は、ひたすら基礎を叩き込まれる期間で、魔法らしい魔法にはほとんど触れさせてもらえない。
僕らは今年、その三年目にあたる。
早足で廊下を曲がったところで、後ろから足音が追いついてきた。
「フェイ、また薬草園か」
キアリーだった。木剣を担いだまま、追い抜きざまに呆れた顔でこちらを見る。
「今日は新しい配合を試すんだ。図書室で見つけた本に、ミズナ草とカイエンの実を一緒に煮出すと相性がいいって書いてあった」
「相変わらずだな。薬草のことになると、よく喋るじゃないか」
「キアリーだって剣の型のことになると早口になるだろ」
「それは……まあ、そうだけど。俺はいつか、村の外れに出る魔物くらい、剣一本で倒せるようになりたいんだ。じいちゃんが昔、旅の剣士に助けられたことがあるらしくてさ。俺もそんな風になりたい」
そんな話を、キアリーは照れくさそうに、でも誇らしげに語る。彼の夢を聞くたび、僕は自分の夢を思い出す。回復薬を作りながら世界中を旅して、その土地でしか食べられないものを味わう――子供っぽい夢かもしれないが、僕にとっては本気の目標だった。
「お前も旅に出るなら、少しは走れるようになっとけよ」
キアリーが僕の腹のあたりを木剣の先で軽くつついた。
「余計なお世話だ」
「この前の体力測定、下から三番目だったろ」
「三番目ってことは、二人には勝ってる」
「そこ誇るのかよ」
腹が出ているつもりはない。ただ、人より少しだけ、丸いというだけだ。仕方がない。美味しいものを前にして我慢する理由が、僕にはひとつも思いつかないのだから。
「頑張れよ、剣士様」
「お前もな、薬師様」
軽口を叩き合って、キアリーは鍛錬場のほうへ駆けていった。彼の背中を見送りながら、僕は薬草園への道を急いだ。
そもそも僕が調合を始めたきっかけは、正直に言えば、食い意地だった。
六つか七つの頃の話だ。
近所の路地の突き当たりに、赤い実をたわわに実らせた木があった。艶やかで、いかにも甘そうで、僕は迷わず手を伸ばした。
三つか四つ、口に放り込んだと思う。
広がったのは、想像していた甘さではなかった。舌の縁がじんわり痺れるような、妙な味。それでも「こういう味の実なのかもしれない」と思って飲み込んでしまったのが、間違いだった。
その晩から、三日寝込んだ。
腹を抱えて唸っている僕を、母は半泣きで背中をさすり続けていた。町の医者は往診の順番待ちで、いつ来られるか分からないと言う。
代わりに母が引っ張ってきたのが、たまたま町を通りかかっていた旅の薬師だった。
日に焼けた顔の、大きな革鞄を背負った人だった。その人は僕の口の中と瞼の裏を覗き込むと、鞄から小さな瓶を取り出し、匙で中身をすくって僕の口へ流し込んだ。
苦かった。
薬なんてそんなものだと思っていたけれど、その苦みの奥に、刈りたての草みたいな青い香りが混じっていた。飲み下した後、喉の奥にしばらく残るその香りが、なぜだか嫌ではなかった。
半日ほどで、腹の痛みが引いた。
「……これ、なんですか」
寝床から顔を出して尋ねると、薬師はもう鞄を背負い直しているところだった。
「解毒薬だ。あの木の実には、これがよく効く」
「作れるんですか、こういうの」
「作れるさ。材料と手順さえ知っていればな」
それだけ言って、その人は出ていった。名前も聞かないままだった。
僕はもともと、食べることが好きだった。
食べるのが好きだから、当然、作るのにも興味があった。けれど台所に立とうとするたび、母には止められた。
「危ないから。包丁も火も、まだ早いの」
それでも諦めきれずにうろうろしていた僕が見つけたのが、調合だった。
道具は、欠けたコップと、縁の割れた皿と、木のスプーン。材料は、庭の隅に生えている雑草。千切って、水に浸して、混ぜる。それだけ。
母はそれを見ても、何も言わなかった。
「また泥遊びしてるの」
たぶん、ままごとの一種だと思っていたのだろう。包丁を握ろうとすれば飛んでくる小言が、こちらには一度も飛んでこなかった。
おかげで僕は、誰にも咎められないまま、毎日それを続けることができた。
そして、すぐに気づいた。
同じ草でも、指で千切るのと、石で潰すのとでは、水に溶け出す色が違う。日向に置いておくと変わる。一晩置くと、また変わる。
――面白い。
料理は作らせてもらえなかったけれど、これなら作れる。
あの日、僕の腹の痛みを半日で消してしまった、あの苦くて青い匂いの薬。あれと同じものを、いつか自分の手で作れるようになるかもしれない。
そう思った瞬間から、僕はもう抜け出せなくなっていた。
共同薬草園は学園の裏手にある、石垣に囲まれた小さな畑だ。生徒なら誰でも使えるが、実際に足を運ぶのは薬学志望のごく一部だけで、この時間はいつも僕ひとりだった。
いや、正確には、ひとりとひと匹だ。
「コロン、いる?」
声をかけると、ミズナ草の葉陰から緑色の小さな光がふわりと浮かび上がった。羽虫のような姿をしているが、これでも精霊らしい。
出会ったのは、十二で入学したすぐ後のことだった。薬草園の隅にしゃがみこんで観察日記をつけていたら、葉の隙間から緑色の光がちらちらと動いているのに気づいた。最初は変な虫か何かだろうと思って、手で払いのけようとした。
『失礼な。虫と一緒にするな』
いきなり頭の中に声が響いて、僕は本気で悲鳴を上げそうになった。混乱のまま「誰!?」と辺りを見回したのを覚えている。しばらく問答を繰り返して、ようやくそれが精霊で、しかも言葉を話せるのだと理解したときには、驚きよりも先に「これは面白いことになった」という気持ちのほうが勝っていた。それ以来、コロンには調合のことでよく話しかけている。
『今日は何を作る?』
コロンの声は頭の中に直接響く。感情のこもらない、けれど不思議と親しみのある声だ。
「回復薬。前よりも吸収がよくなるやつを作りたいんだ」
『ミズナ草だけじゃ足りない。カイエンの実は、右奥の株が一番熟れてる』
「本当に? 見た目じゃ分からないよ」
『匂いで分かる。お前たち人間は鼻が悪い』
失礼な物言いだが、コロンの言うことは大抵当たっている。僕はカゴを片手に、教えられた株へと向かった。
右奥の株は、確かに他より実の色が深かった。
摘み取って、指先で軽く潰してみる。ぴりっとした香りが立ち上った。鼻の奥を刺すような、けれどどこか甘さを含んだ匂い。
「……これ、煮詰めたら美味しいんじゃないかな」
『薬の材料だぞ』
「いや、でも。この香り、肉に合うと思う。焼いた腸詰めに、この実を潰して煮たやつを塗ったら、絶対いい」
『……お前は本当に、そればかりだな』
「食べられるものかどうかは、大事なことだろ」
そう言いながらも、僕はちゃんと材料としてカゴに入れた。さすがに学園の薬草園の作物を勝手に食べるわけにはいかない。
それでも、頭の片隅では、腸詰めのことを考えていた。焼いて、皮がぱりっと弾けて、中から熱い肉汁が――
「……だめだ、腹が減ってきた」
『採集に集中しろ』
日が傾き始める頃には、カゴは半分ほど埋まっていた。
石垣に腰かけて一息つくと、遠くの鍛錬場から、木剣がぶつかり合う乾いた音が聞こえてくる。キアリーもまだやっているのだろう。
明日の昼は何を食べようか。学園の食堂の、あの固いパンにも慣れてきたけれど、たまには町の焼き串が食べたい。
そんなことを考えながら、僕はカゴを抱えて立ち上がった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
明日の22時に第02話を更新します。
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