↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火遊びの果て  作者: 山谷麻也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

〈上〉リベンジ

挿絵(By みてみん)


 その1 貧困


 恭子は家に帰るなり、ランドセルを投げ出した。

 ブラウスの下から小さなサツマイモが二個、土間に落ちた。水ガメの水を柄杓で汲み、サツマイモに付いた泥を洗い流した。思わず笑みがこぼれた。

 恭子は生のサツマイモに(かじ)りついた。噛み応えがあった。かすかな甘みか口中に広がる。しかし、味わっている場合ではなかった。父親に見つかると、味噌汁の具になるからだった。

 

 夕方、バイク音が聞こえた。父親は酒臭い息を吐きながら帰ってきた。また、(ふもと)の商店街の立ち飲み屋に寄っていたのだ。

 父親は手に買い物をぶらさげていた。量り売りの米だった。

「ほら。メシ、焚け」

 父親は上がりかまちに包みを置いた。


 農家といっても畑は狭く、母親が元気な頃は一人で野菜や雑穀類を育て、父親は日雇いに出ていた。家計は苦しかった。仕事があってもなくても、父親はつましい晩酌を唯一の楽しみにしていた。

 母親が入院してからは、畑は荒れ放題だった。父親は立ち飲み屋で飲むようになり、恭子は寂しく、夕飯のおかずや米を買って帰る父親を待った。

 母親が病気で亡くなると、父親の酒に歯止めが利かなくなった。母親の祖父から、酒を飲んでバイクに乗るのは危ない、といくら注意されても、耳を貸さなかった。バイクの運転には自信を持っていた。

 恭子の学校の帰り、商店街を抜けていると、たまに父親の姿があった。早くから飲んでいたのだ。小学校の上級に進むにつれて、そんな父親を恥ずかしく思うようになった。急ぎ足になっていると、呼び止められる。

「ちょっと、待っとけ」

 という。こんな日は決まって、恭子をバイクの後ろに乗せる。恭子は怖くて父親にしがみついていた。


 その2 意地悪婆さん


 恭子はその日、谷口の爺さん宅の下を歩いていて、道端にサツマイモの葉を発見した。茎を引っ張ってみると、小さなイモが二個ついていた。これで夕飯までの耐えがたい空腹はしのげる。


 サツマイモの発見現場の少し山手に、谷口の爺さん宅のゴミ捨て場があった。サツマイモがゴミに交じって捨てられ、芽を出したものと思われた。

 恭子がサツマイモをさっと洋服の下に入れた。その時、何かがパラパラと降ってきた。ゴミだった。手をかざして上を見ると、谷口の婆さんがほうきと塵取りを手に立っていた。

「食費は酒代に消え、ゴミを(あさ)るようになったんかいな」

 婆さんは声をあげて笑った。


 ゴミ捨て場近くを通るたびに、恭子は目を凝らした。

 いろいろな野菜が芽を出した。ジャガイモ、キウリ、ダイコン、ニンジン、トウモロコシ、スイカ、まくわ瓜など、気を付けて見ていると食べられる物はけっこうあった。しかし、そのたびに婆さんからゴミを投下された。


 婆さんは畑仕事のおりにも恭子を見かけると、よく草を投げつけた。

「家に植えとけ。草でも煮炊きしたら腹の足しにはなるわ」

 などと悪口の限りを尽くしたものだった。

 中学校に上がると、恭子もさすがに腹に据えかねるようになった。唇を噛んでにらみつけてやる。婆さんは負けずに、恭子の顔に畑の土を投げつけた。


 谷口家は昔、庄屋だった。総戸数二〇戸ほどの小さな村ながら、村の実力者、資産家であり、逆らえる村人はいなかった。

 婆さんも嫁にきた当初は大人しかったらしい。(しゅうとめ)にいじめられ、うっぷんのはけ口を弱く貧しい村人に求めるようになった。落ちぶれ果てた恭子の父親は、娘がどんな仕打ちをされても黙ってみているしかなかった。


 その3 セーフティネット


 中学を出て、関西地方の縫製工場に就職した。母の姉の嫁ぎ先だった。

 その年のお盆に帰省した。家の下を行く恭子を見て、谷口の爺さんが声をかけてきた。

「恭ちゃんか。べっぴんになったなあ」

 横で婆さんが舌打ちした。

「チェッ。小娘が。化粧だけは一人前にしとるわ」

 婆さんの顔には深い(しわ)が刻まれていた。目をしょぼつかせてはいても、悪口には磨きがかかっていた。


 婆さんの不愉快な記憶も薄れかけた九月末、父親がバイクの事故を起こしたという報せが届いた。いつものように飲んでバイクを運転していて、山道から転落したらしい。背骨が折れ、下半身がマヒしていた。やむなく、恭子は父親を介護するため田舎に帰った。

 もとより貯えなどなかった。恭子が働きに出ようにも、父親から目が離せなかった。

 親子が途方に暮れているところに訪ねてきたのが、谷口の爺さんだった。

 民生委員と懇意にしていて、生活保護が受給できるようにしてやる、ということだった。親子は行為に甘えることにした。


 谷口の婆さんは相変わらずだった。恭子一家の不幸を嘲笑(あざわら)っているかのようだった。

 父親は目に見えて衰弱してきた。谷口の爺さんが足しげく様子を見にくるようになった。時にはお菓子などの差し入れもあった。

 恭子が台所に立ってお茶をいれている時だった。背後に気配を感じた。爺さんが恭子の首筋に唇を近づけ、胸に手を回した。

 初めての体験だった。逃げようにも、恭子の全身が固まっていた。

「な、悪いようにはせんから」

 爺さんは耳元でささやいた。

 

 爺さんは恭子を訪ねると、父親の目の届かない場所で愛撫するようになっていた。恭子は身を任せながら、密かに考えた。

「このままでは済まさないよ」


 その4 ムラ社会


 谷口の婆さんが畑仕事をしていた。髪はさらに白くなり、背中も曲がり始めていた。

「あらあ、年寄りのサルがおるわ」

 恭子が言うと、婆さんは草を引いて投げつけた。

「そんなことより、しっかり爺さん、見張っといた方がええよ」

 恭子は婆さんを諭すように言った。


 父親が呼びかけに反応しなかった。脈を診ようとして手を取ると、冷たくなり始めていた。

「どうした」

 谷口の爺さんが部屋に入ってきた。

 型通りの検死が終わり、父親はダビに付された。

 初七日が過ぎるのを待ちわびたかのように、谷口の爺さんが転がり込んできた。爺さんは恭子の体を激しく求めた。

「やっと、二人きりになれた」

 爺さんはしばらく、恭子の体を離さなかった。


 谷口の爺さんが恭子のもとに通っていることは、村中の話題になった。

 婆さんは爺さんの衣類をすべてゴミ捨て場に捨てた。恭子は当てつけに、それを拾って洗濯し、爺さんに与えた。

 恭子に対する村の衆の風当たりが強くなってきた。恭子は村の衆まで敵に回すつもりはなかった。

「もう、うるそうて、かなわん。街に引っ越したいなあ」

 恭子が甘えながらねだると、爺さんは一も二もなく賛成した。爺さんも村が棲みにくくなっていたのだ。


 その5 交換条件


 市の中心部に近いマンションを買ってもらった。家具や電気製品はすべて新調した。恭子は生まれ変わった気分だった。

 よく外食した。流行遅れだからと言っては洋服や靴、アクセサリーなどを買わせた。爺さんが金を出し渋っていると、恭子は肢体をくねらせて爺さんを懐柔した。老いてますますセックスにのめりこむ爺さんとは対照的に、恭子はいよいよ冷めてきていた。


 爺さんの息子夫婦が叔父を伴って、マンションを訪ねた。恭子には席を外してくれ、という。

 恭子はデパートへ買い物に行った。(しゃく)に障り、派手に散財した。

 夕方、マンションに戻ると、爺さんがしょんぼりしていた。

「婆さんも弱ってきたし、家に帰れって。もちろん、突っぱねたよ。けんど、財産は生前贈与しろというのには参ったなあ」


 世故(せこ)(うと)い恭子にも、息子たちの魂胆がなんとなく分かった。

「何よ、それ。そんなら、ウチがあんたの財産しゃぶり尽くすとでも言いたいの」

 爺さんは首を横に振った。


 恭子が他人行儀になってきた。爺さんは仕方なく印鑑と預金通帳を恭子に渡した。恭子は黙って受け取っておいた。

 爺さんの老いが目立ってきた。動作が鈍い。加齢臭もひどい。恭子は寝付けないからと、寝室を別にした。爺さんはもう恭子の体を求めなくなっていた。


「ウチ、この間からずっと考えとったんやけど、あんた、そろそろ婆さんと仲直りしたら。意地悪婆さんやったけど、あんな片田舎で干からびて死んでいくのはあまりにも可哀そうや」

 爺さんは目を剥いた。何か言おうとするのを恭子は遮った。

「ウチ、警察に行ってもええんよ。爺さんがウチの父ちゃんの口、ハンカチで塞ぐところ見とったんよ」


 その6 ロマンス


「恭子、お前と言う女は…」

 歯ぎしりして、つかみかかろうとする爺さんに、恭子は印鑑と通帳を投げつけた。

 定期預金はことごとく解約され、普通預金も残高がゼロになっていた。

 爺さんに残るのは家屋敷と田畑、森林だけだった。今の時代、財産価値は限りなくゼロに近かった。


 恭子はマンションの廊下に出て、携帯電話を取り出した。

「あ、私です。終わりました。今夜、お会いできますか」

 相手は先日デパートで声をかけられた男だった。

 誠実そうな青年だった。二回目に会ってホテルに行った。寝物語に、恭子の境遇を包み隠さず話した。恭子は男の心変わりを心配した。しかし、理解を示して、優しく抱きしめてくれた。


 爺さん以外の男を知らなかった。歓喜の瞬間だった。恭子は心も体も溶けるような感覚を味わった。

 独身の青年実業家と言っていた。共同経営者になることを持ちかけられている。そんなことより、恭子の関心は妻の座だった。

(貧しかった田舎娘の苦労が、やっと報われようとしてるんだ)

 恭子は携帯にキスをした。

この作品はフィクションです

登場人物等は実際のものとは関係がありません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。