権利の値段
第74話 「権利の値段」
一七九二年三月下旬。
パリ。
国民議会。
議長の机には、二つの書類が置かれていた。
一つは、領主的特権の放棄へ賛同する貴族たちの署名。
もう一つは、財産権の保護を求める貴族たちの請願書だった。
前者には、多くの名前が並んでいる。
だが、後者にも同じほどの名前があった。
議長が最初の書類を持ち上げる。
「身分に基づく権利の放棄を求める宣言です。」
続いて、もう一方を示す。
「こちらは、土地に付随する収入を一方的に廃止することへ反対する請願です。」
議場がざわついた。
同じ貴族でありながら。
同じフランスに残りながら。
彼らの意見は二つに分かれていた。
⸻
前話で特権放棄を宣言した若い貴族が演壇へ立った。
「諸君。」
「我々は、すべての財産を放棄すると言っているのではありません。」
「自ら購入した土地。」
「実際に貸し与えた土地から得る地代。」
「正当な契約によって生じた収入。」
「それらまで奪うべきだとは考えていません。」
彼は署名の並んだ書類を掲げた。
「我々が放棄すると宣言したのは、生まれた身分だけを理由に得てきた権利です。」
「農民へ領主の水車を使うよう強制する権利。」
「共同窯を使うたびに料金を取る権利。」
「農民の畑を荒らす獣よりも、領主の狩猟を優先する権利。」
「森へ入り、枯れ枝を拾うだけで罰金を科す権利。」
「これらは土地の所有ではありません。」
「身分による独占です。」
拍手が上がった。
だが、貴族席の一部は沈黙している。
やがて、年配の伯爵が立ち上がった。
前夜、署名を前に長く迷っていた男だった。
最終的に外国軍による特権回復を拒む宣言へは署名した。
しかし、すべての領主的収入を放棄することには同意していなかった。
「美しい区別だ。」
伯爵は言った。
「だが、現実はそれほど簡単ではない。」
「水車を建てたのは誰だ。」
「窯を維持してきたのは誰だ。」
「森を管理し、道を整え、堤防を修繕してきたのは誰だ。」
「領主だ。」
「その費用を、誰が負担する。」
若い貴族が答える。
「水車や窯の使用料を取ること自体へ反対しているのではありません。」
「領主のものしか使ってはならないという強制に反対しているのです。」
「では、農民が別の水車を使い、領主の水車が維持できなくなればどうする。」
「必要とされているなら、強制しなくても使われます。」
議場の一部から笑いが起こった。
伯爵の表情が険しくなる。
「君は都市の商人のように話す。」
「地方では、権利と義務が何世代にもわたって結びついている。」
「一本だけ引き抜けば、すべてが崩れる。」
急進派の議員が叫ぶ。
「崩せばよい。」
場内が騒然となった。
「農民は何世代にもわたり、生まれる前に結ばれた契約へ縛られてきた。」
「自分で選んだことのない義務を、なぜ子や孫まで守らなければならない。」
伯爵が振り返る。
「ならば、相続そのものを否定するのか。」
「親から土地を受け継ぐことも認めないのか。」
「土地と、人を支配する権利は違う。」
「君が違うと言えば違うことになるのか。」
怒号が飛び交う。
議長が何度も鐘を鳴らした。
「静粛に。」
「この議論は、特権と財産を区別するために行われている。」
「互いを略奪者と呼ぶためではない。」
議場は辛うじて静まった。
しかし、誰もが同じ問題へ直面していた。
どこまでが特権で。
どこからが財産なのか。
その境界は、一本の線では引けなかった。
⸻
書記官が、地方から届いた二通の請願書を読み上げた。
最初は、ブルゴーニュ地方の農民たちからだった。
『我々の村では、領主の水車を使うことを義務づけられています。』
『他の水車を使えば罰金を取られます。』
『水車が故障している時も、我々は使用料を支払わなければなりません。』
『これは土地の代金ではありません。』
『我々が農民として生まれたために支払わされている金です。』
傍聴席から賛同の声が上がった。
書記官は、もう一通を開く。
それはリムーザン地方に住む、貴族の未亡人からだった。
『夫は国外へ逃亡しておりません。』
『二人の息子も国民衛兵へ参加しております。』
『我が家に大きな館はなく、所有する土地もわずかです。』
『近隣の農家から支払われる地代が、私と幼い娘の唯一の収入です。』
『すべてを特権と呼び、無償で取り上げられれば、我々は生活できません。』
『国外へ逃れた者ではなく、国内に残った者だけが代償を払うのでしょうか。』
先ほどまで声を上げていた議員たちが黙り込んだ。
急進派の一人が立ち上がる。
「困窮しているなら、他の国民と同じように救済を受ければよい。」
貴族席から怒号が上がった。
「先祖から受け継いだ財産を奪った後で、施しを受けろと言うのか。」
「農民は何百年もそうしてきた。」
「だから次は貴族の番だというのか。」
再び議場が荒れ始めた。
穏健派の議員が演壇へ進む。
「復讐を法律と呼んではならない。」
「貴族が過去に不当な特権を持っていたからといって、今度は貴族なら何を奪ってもよいということにはならない。」
「しかし。」
彼は農民の請願書を指した。
「古い文書に記されているというだけで、あらゆる義務を正当な財産と呼ぶこともできない。」
「我々が決めるべきなのは。」
「誰を罰するかではない。」
「何が権利として残るに値するのかだ。」
⸻
同じ頃。
テュイルリー宮殿。
ルイ十六世は、財務大臣と内務大臣を前にしていた。
机の上には、領主的権利を分類した一覧が置かれている。
狩猟権。
水車と共同窯の独占。
森や牧草地の使用。
土地から得られる地代。
収穫量に応じて納める貢租。
起源の分からない定額の支払い。
婚姻や相続の際に領主へ納める金。
地方によって名称も、内容も違っていた。
「全部で、いくつある。」
ルイが尋ねた。
内務大臣は困ったように答える。
「正確には分かりません。」
「同じ名称でも、地方ごとに意味が異なります。」
「では、法律で一つずつ列挙することはできない。」
「難しいかと。」
「基準が必要だ。」
ルイは一覧へ線を引いた。
「身分だけを理由とする権利。」
「土地の所有から生じる権利。」
「実際の契約から生じる権利。」
「まず、この三つに分ける。」
財務大臣が慎重に言った。
「身分に基づく権利を無償で廃止したとしても。」
「土地へ付随する貢租を買い戻すには、莫大な費用が必要です。」
「農民へ全額を負担させれば、これまでと同じだ。」
「ですが、国家にも余裕はありません。」
「アッシニャの価値は安定しておりません。」
「国有地の売却収入にも限界があります。」
「すべてを国が買い上げれば、財政が再び崩れます。」
ルイは黙って計算した。
何年分の収入を補償するのか。
誰が正当な権利の所有者か。
焼かれた帳簿をどう扱うのか。
虚偽の申告をどう防ぐのか。
廃止すると宣言するだけなら簡単だった。
しかし、一つの権利を消せば、その収入を前提に生活していた者がいる。
借金の担保にしていた者もいる。
土地を購入した際、その権利の価値まで含めて代金を払った者もいる。
正義という言葉だけでは、帳簿の数字は消えない。
「困窮する者への救済は行う。」
ルイは言った。
「ただし、貴族だったから補償するのではない。」
「生活できなくなるから救済する。」
財務大臣が顔を上げる。
「通常の貧民救済と同じように、でございますか。」
「ああ。」
「小さな土地しか持たない者。」
「未成年の子どもを抱える者。」
「高齢者。」
「収入の大半を失う者。」
「身分ではなく、生活の状態によって判断する。」
「貴族の未亡人も、農民の未亡人も、同じ基準で救済する。」
内務大臣が尋ねる。
「それを貴族たちが受け入れるでしょうか。」
「受け入れない者もいるだろう。」
「施しを受けるくらいなら、権利を残せと言う者もいる。」
「だが、誇りを守るために別の家族へ支払いを続けさせることはできない。」
ルイは次の紙を取った。
「土地の貸借による地代は守る。」
「強制的な水車や窯の独占は廃止する。」
「狩猟を理由に、農作物への被害を放置する権利も廃止する。」
「身分を理由に課される婚姻や相続の支払いも廃止する。」
「起源の確認できない貢租は、地方委員会の審査が終わるまで徴収を停止する。」
「地方委員会には。」
「裁判官。」
「農民の代表。」
「土地所有者の代表。」
「地方議会の代表。」
「四者を入れる。」
「一方だけで決めさせてはならない。」
財務大臣は案を書き留めながら尋ねた。
「焼かれた帳簿は、どう扱いますか。」
「焼かれたというだけで、すべての債務が消えたことにはしない。」
「それでは帳簿を焼いた者が利益を得る。」
「だが、領主側が後から都合のよい数字を書くことも認めない。」
「過去の納付記録。」
「土地の売買契約。」
「村役場の記録。」
「住民の証言。」
「複数の資料が一致したものだけを認める。」
大臣たちは頷いた。
完全な解決ではない。
だが、少なくとも。
炎に残された灰だけで、誰かの権利を決めるよりはよかった。
⸻
夕刻。
国王夫妻の私室。
マリー・アントワネットは、ルイが作成した法案の草稿を読んでいた。
「本当に、補償なしで廃止するのですか。」
「身分だけに基づく権利は。」
「ええ。」
「暴動の直後に。」
ルイは答えなかった。
マリーは草稿を机へ置く。
「館を襲い、帳簿を焼いた直後に、農民が求めていたものを与える。」
「それでは。」
「暴力を使えば政治を動かせると証明することになりませんか。」
「放火した者は裁く。」
「略奪した者もだ。」
「だが。」
ルイは草稿へ手を置いた。
「火をつけた者を裁くことと、燃えた理由を考えることは両立する。」
「理由があれば、火をつけてもよいのですか。」
「違う。」
ルイは首を振った。
「不正な法律を直すことと、その法律に怒って犯罪を犯した者を裁くことも、両立する。」
マリーは納得していない様子だった。
「もし、暴動が起きる前に同じ案を出していたなら。」
「私は迷わなかった。」
「だが、今出せば。」
「譲歩に見える。」
「ああ。」
「それでも出すのですか。」
「今出さなければ。」
ルイは静かに答えた。
「暴動が起きたという理由で、不正な権利を永遠に残すことになる。」
「それは、次の暴動を待つだけだ。」
マリーは窓の外へ目を向けた。
庭園の向こうには、パリの街が広がっている。
「国内に残った貴族たちは。」
彼女が言った。
「私たちを見捨てなかった人々です。」
「国外へ逃げず。」
「革命へ耐え。」
「法律へ従ってきた。」
「その人々まで、亡命者と同じように扱われるのですか。」
「同じには扱わない。」
「正当な土地の所有は守る。」
「契約も守る。」
「困窮すれば救済する。」
「だが、国内に残ったことへの褒美として、農民を従わせる権利を残すことはできない。」
マリーは目を閉じた。
「あなたは変わりました。」
「以前の私なら、守っただろうか。」
「以前のあなたは。」
彼女は少し考えた。
「何が正しいのか分からず、決めることを先延ばしにしたと思います。」
ルイは苦く笑った。
否定できなかった。
「今も、分からないことは多い。」
「だが、何も決めなかった結果なら知っている。」
ルイの脳裏に、かつての八月四日の夜が浮かんだ。
熱狂の中で特権が放棄され。
翌朝には例外と補償を巡る争いが始まり。
農民は廃止されたはずの貢租を払い続けた。
宣言だけでは、人々の生活は変わらなかった。
「今回は。」
ルイは言った。
「夜に美しいことを言って終わらせない。」
「朝になっても意味の変わらない法律にする。」
⸻
翌日。
国民議会。
ルイの法案が読み上げられた。
『身分のみを根拠とする個人的特権は、補償なく廃止する。』
『領主による水車、窯その他の施設の強制的独占を廃止する。』
『狩猟権は土地所有者の利益より、耕作者の作物を保護する権利を優先する。』
『土地の貸借に基づく地代は、通常の契約として保護する。』
『起源または内容に争いのある貢租は、地方委員会の判断が下るまで徴収を停止する。』
『廃止によって生活が困難となる者には、身分を問わず救済を行う。』
議場はすぐに騒然となった。
「不十分だ。」
急進派議員が叫ぶ。
「土地に付随する永代貢租も、すべて無償で廃止すべきだ。」
「それを認めれば、名前を変えた特権が残る。」
反対側から声が上がる。
「これは財産の没収だ。」
「国王案はすでに譲りすぎている。」
「契約を審査する地方委員会が、所有者へ不利な判断をするに決まっている。」
「農民の代表だけではない。」
「土地所有者の代表も入る。」
「村では農民の方が多い。」
「人数が多ければ、法律を曲げてよいのか。」
議論は何時間も続いた。
言葉の定義。
審査の期間。
救済の財源。
委員の選び方。
すべての条文が争われた。
前話の若い貴族が再び立ち上がる。
「諸君。」
「この法案は完璧ではない。」
「私が望んだものとも、すべて同じではない。」
「だが。」
彼は貴族席を振り返った。
「我々が今決めなければ、村ごとに炎が決めることになる。」
「ある村では、すべての帳簿が焼かれる。」
「別の村では、兵士が農民へ発砲する。」
「そのどちらも、法ではない。」
年配の伯爵が尋ねた。
「君は、この法案に賛成するのか。」
「賛成します。」
「祖先からの権利を失っても。」
「祖先が持っていたという理由だけでは。」
若い貴族は答えた。
「今の国民へ義務を負わせる理由になりません。」
伯爵はしばらく彼を見つめた。
やがて、静かに言った。
「私は反対する。」
議場がざわつく。
「だが。」
伯爵は続けた。
「外国軍に、この権利を取り戻してもらおうとは思わない。」
「この法案が可決されたなら。」
「私はフランスの法律へ従う。」
若い貴族は深く頭を下げた。
意見は一致しなかった。
それでも。
相手を裏切り者と呼ばずに、異なる選択をすることはできた。
⸻
採決が始まった。
一人ずつ。
議員が賛成か反対を表明する。
急進派の中には、不十分だとして反対する者もいた。
保守派の中には、財産権を侵害するとして反対する者もいた。
両端から反対されながら。
法案は、わずかな差で可決された。
議場から大きな声が上がった。
「領主的特権は終わった。」
「農民は自由だ。」
しかし議長は鐘を鳴らす。
「すべての地代が廃止されたわけではない。」
「土地の所有が否定されたわけでもない。」
「法案の内容を正確に伝えなければならない。」
それは必要な注意だった。
だが、議場の外へ出た言葉は、すぐに短くなった。
『特権廃止。』
『領主への支払いは不要。』
『国王も認めた。』
法律よりも単純な言葉が、法律よりも速く地方へ向かおうとしていた。
⸻
テュイルリー宮殿。
法案が運び込まれた。
ルイは一条ずつ、議会で加えられた修正を確認した。
地方委員会は三か月以内に最初の判断を出す。
審査中の強制徴収は禁止。
虚偽の申告には罰則を科す。
放火や帳簿の破壊によって債務が自動的に消えることはない。
困窮者への救済は、従来の身分ではなく現在の収入によって判断する。
ルイは羽根ペンを取った。
手は震えていなかった。
法案へ署名する。
ルイ。
それだけで、数百年続いてきた権利の一部が終わった。
「公布文へ、私の言葉を加えたい。」
ルイは侍従へ言った。
「どのような言葉でございますか。」
ルイは少し考えた。
「フランスの法律によって廃止された特権を。」
「外国の軍隊が回復することはない。」
「それを明記する。」
侍従が顔を上げる。
「外国への宣言でもあるのですか。」
「ああ。」
「農民へ伝えるためでもある。」
「亡命者へ伝えるためでもある。」
「そして。」
ルイは署名した法案を見た。
「私自身が忘れないためでもある。」
⸻
数日後。
ブルゴーニュ地方。
村の広場で、新しい法律が読み上げられた。
領主の水車を使う義務はなくなる。
共同窯の強制利用も終わる。
狩猟によって作物が荒らされた場合、農民は追い払うことができる。
争いのある貢租は、委員会の判断まで徴収されない。
農民たちは静かに聞いていた。
「本当に、もう払わなくてよいのか。」
一人が尋ねる。
役人は答えた。
「土地を借りている地代は払わなければならない。」
「だが、領主の家に生まれたというだけで取られていた金は、払う必要がない。」
「何がどちらか分からない。」
「だから委員会を作る。」
「委員会が決めるまで、争いのある支払いは止める。」
「領主が勝手に取り立てることも。」
「村人が勝手にすべての借金を消すこともできない。」
農民たちは顔を見合わせた。
完全に満足した者はいなかった。
すべての支払いがなくなると期待していた者もいる。
領主館の土地まで分け与えられると思っていた者もいる。
それでも。
古い帳簿へ書かれているという理由だけで、直ちに支払いを命じられることはなくなった。
広場の端に積み上げられていた鍬や鎌が、一つずつ持ち主へ返される。
農民たちは武器としてではなく。
再び畑で使う道具として、それを持ち帰った。
⸻
別の村。
小さな領主館。
未亡人となった貴族の女性が、新しい法律を読んでいた。
議会で請願書を読み上げられた女性だった。
向かいには村長と農民の代表が座っている。
「水車の独占権は放棄します。」
彼女は言った。
「森の枯れ枝を拾う者から罰金を取ることもやめます。」
農民の代表が尋ねる。
「地代は。」
「実際に貸している土地の分は、委員会へ提出します。」
「勝手に増やしはしません。」
「帳簿を見せてもらえますか。」
女性の表情が強張った。
以前なら、農民へ帳簿を見せることなど考えられなかった。
だが、彼女はやがて立ち上がった。
戸棚から帳簿を取り出す。
「すべて、ここにあります。」
村長が帳簿を受け取る。
「お暮らしが難しくなる場合は、地方の救済委員会へ申請できます。」
女性は顔を伏せた。
「貴族が、貧民救済を受けるのですか。」
「貴族としてではありません。」
村長は答えた。
「この村の住民としてです。」
女性はしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく頷いた。
かつての身分を失うことより。
他の住民と同じ一人として扱われることの方が、彼女には受け入れにくかった。
それでも。
外国軍へ助けを求めるよりはよかった。
⸻
すべての村が平穏になったわけではない。
ある地方では、領主の管理人が法律を無視して貢租を取り立てようとした。
だが今度は、武装した農民ではなく、地方委員と国民衛兵がそれを止めた。
別の地方では、すべての地代が廃止されたという噂を信じた住民が、地主の倉庫を襲った。
彼らは新しい法律に基づき、裁判へ送られた。
法律は領主だけを守らない。
農民だけを守るのでもない。
少なくとも。
そうなるように作られていた。
遅れてきた大恐怖は、少しずつ勢いを失い始めた。
街道の柵が撤去され。
夜ごとの見張りが減り。
鐘が鳴る回数も少なくなった。
恐怖が完全に消えたわけではない。
だが、恐怖の燃料となっていたものの一部は、確かに取り除かれていた。
⸻
同じ頃。
神聖ローマ帝国領。
コブレンツ。
亡命貴族たちのもとへ、フランスから新しい法律の報告が届いた。
一人の伯爵が紙を握り潰す。
「国王陛下が裁可しただと。」
「特権の廃止を。」
部屋にいた者たちは信じられない様子だった。
「強制されたのだ。」
誰かが言った。
「当然だ。」
「陛下が自由な意思で、貴族の権利を奪うはずがない。」
「国内に残った貴族も署名している。」
「革命派に脅されたのだ。」
「領主館が焼かれている。」
「家族を守るため、署名するしかなかったのだろう。」
どのような事実が届いても。
彼らの結論は変わらなかった。
国王が法律へ署名すれば、強制された。
貴族が特権を放棄すれば、脅された。
農民が武器を置けば、革命政府に騙された。
自分たちが信じる物語に合わない意思は、すべて存在しないものとして扱われた。
年配の亡命貴族が言った。
「これで明らかになった。」
「革命政府は、王権だけではなく、すべての正当な財産を破壊しようとしている。」
「ウィーンへ知らせるべきだ。」
「何と書く。」
「国王は囚われている。」
「国内の貴族は暴力によって財産を放棄させられている。」
「フランス国内の法だけでは、もはや秩序を守ることができない。」
「外国の介入が必要だと。」
誰も国王へ確認しようとは言わなかった。
国王はすでに、外国軍による特権回復を拒むと明記している。
だが彼らにとって、その拒絶こそが。
国王が自由ではない証拠だった。
⸻
数日後。
テュイルリー宮殿。
外務大臣が、一通の封書を持って執務室へ入ってきた。
「陛下。」
ルイは地方委員会から届いた報告書を読んでいた。
「何かあったか。」
「ウィーンからの回答です。」
ルイの手が止まった。
封書には、ハプスブルク家の紋章が押されている。
兄レオポルト二世を失ったばかりのフランツが統治する宮廷。
以前、ルイが外国の介入を拒む親書を送った相手でもある。
「内容は。」
外務大臣が文書を開いた。
「オーストリアは、フランス国内で国王一家の自由と安全が十分に保証されていないと考えております。」
「また、正当な財産と旧来の権利が、暴力と一方的な立法によって侵害されていると。」
ルイの表情が硬くなる。
「今回の法律のことか。」
「明記はされておりません。」
「しかし、亡命貴族や帝国諸侯から、多数の訴えが届いているようです。」
外務大臣は続きを読んだ。
「フランスが軍備を進め。」
「王家と正当な所有者への脅威を取り除かない限り。」
「オーストリアも国境付近の軍備を解除することはできない。」
「プロイセンを含む他国との協議も継続する。」
ルイは手紙を受け取った。
一行ずつ読む。
オーストリアが直ちに侵攻するとは書かれていない。
だが、侵攻しないとも書かれていない。
軍備を解除する条件は、曖昧だった。
王家の安全。
正当な所有者の権利。
フランスの軍備停止。
どれも、オーストリア側が満足したと判断するまで終わらない条件だった。
「国内を鎮めるために、特権を整理した。」
ルイは呟いた。
「それが今度は。」
「外国が軍を置き続ける理由になるのか。」
外務大臣は何も答えられなかった。
「議会は、どう受け取る。」
「事実上の拒絶だと。」
「そして、開戦を求めるでしょう。」
ルイは窓の外を見た。
地方から届いた報告では、武器を置く農民が増えている。
国内の恐怖は、ようやく静まり始めていた。
だが国境の外では。
フランスが自分たちの法律で問題を解決することそのものが、脅威として扱われている。
マリー・アントワネットが部屋へ入ってきた。
外務大臣の表情を見て、足を止める。
「ウィーンからですか。」
「ああ。」
「フランツは、何と。」
ルイは手紙を差し出した。
マリーは読み進めるうちに、顔を青ざめさせた。
「彼らは。」
「私たちを守るためだと思っているのですね。」
「そうだろう。」
「そして、貴族たちの財産を。」
「ああ。」
マリーは手紙を持ったまま、椅子へ座った。
「私は以前。」
彼女は小さな声で言った。
「オーストリアの軍が来れば、私たちを助けてくれると思っていました。」
ルイは黙って聞いていた。
「でも、その軍が。」
「廃止した特権を戻せと言って進んでくれば。」
「農民たちは抵抗する。」
ルイが答えた。
「国民衛兵も。」
「議会も。」
「そして、私も。」
マリーは目を伏せた。
「助けだけを受け取れると思っていた。」
「その後に何を求められるのか、考えていなかった。」
ルイは彼女の隣へ座った。
机の上には、二つの報告書が置かれている。
一つは、農民が武器を置き始めたという国内からの報告。
もう一つは、オーストリアが軍備を解除しないという国外からの回答。
「特権を残せば。」
ルイは言った。
「国内で恐怖が続く。」
「特権をなくせば。」
マリーが続ける。
「外国が秩序の破壊だと非難する。」
二人は、ウィーンから届いた手紙を見つめた。
国内では。
権利を手放すための値段が議論されていた。
国外では。
その権利を守るための値段として、戦争が求められようとしていた。
ルイは机の上の暦へ目を向けた。
三月は、もう終わろうとしている。
次に議会が求めるのは。
どの特権を廃止するかではない。
国境の向こうにいる王へ。
戦争を宣言するかどうかだった。




