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凡人がなるルイ16世  作者: 山口祐輝


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読まれた手紙

第六十八話 「読まれた手紙」

一七九一年九月。

パリ。

国民議会。

議場は、開会前から異様なざわめきに包まれていた。

議員たちの机の上には、二種類の新聞が置かれている。

一方の見出しには、こう書かれていた。

『国王、オーストリア皇帝へ救援を要請。』

もう一方には。

『国王、外国軍の介入を明確に拒絶。』

同じ日に売られた新聞だった。

同じ手紙について書かれた記事だった。

それにもかかわらず、内容は正反対だった。

一方の記事によれば、国王は表向き革命へ協力しながら、裏ではオーストリアと結んでいる。

もう一方には、国王が皇帝へ軍事介入を拒絶する親書を送ったと書かれている。

どちらが真実なのか。

議員たちは、それぞれの新聞を手に議論していた。

「国王の親書は、すでに議会へ提出されている。」

「ならば、外国軍を求めたという記事は誤報だ。」

「提出された手紙が、本当に皇帝へ送られたものと同じだと証明できるのか。」

「外務省の発送記録がある。」

「王室書記局の記録だろう。」

「議会の監査人も確認している。」

「監査人が見た後で、封筒の中身を差し替えることもできる。」

「そこまで疑えば、どのような証拠を出しても意味がない。」

「国王が外国軍と結んでいる可能性を、軽く考えることはできない。」

「可能性だけで裏切り者と決めるのか。」

「ピルニッツ宣言が出された直後だぞ。」

「偶然で済ませられるのか。」

議論は始まる前から二つに分かれていた。

ルイを信じようとする者。

ルイを疑う者。

証拠を確認してから判断すべきだとする者。

外国軍が迫ってからでは遅いと考える者。

誰もが、自分はフランスを守ろうとしていた。

だからこそ、互いに譲ることができなかった。

議長が木槌を鳴らした。

「静粛に。」

ざわめきが僅かに弱まる。

「本日の最初の議題は、国王陛下が神聖ローマ皇帝へ送られた親書について。」

議場の空気が変わった。

「国王陛下より、議会に対して直接説明したいとの申し出がございました。」

議員たちが入口へ視線を向ける。

扉が開いた。

ルイ十六世が姿を現した。

手には、一冊の記録簿と、数枚の紙を持っている。

護衛は議場の外へ残した。

ルイは一人で議場の中央へ進んだ。

多くの視線が、その身体へ突き刺さる。

歓迎する目。

疑う目。

憎む目。

恐れている目。

ルイの手は震えていた。

それでも、紙を落とさないように強く握った。

前世の裁判を思い出す。

机の上へ積み上げられた文書。

外国との連絡。

秘密の金庫。

王妃の手紙。

亡命者との関係。

一つ一つが、自分を裏切り者とする証拠に変えられていった。

何を説明しても、言い訳として扱われた。

すでに判決が決められた場所で、自分の言葉だけが空しく消えていった。

今は違う。

まだ裁判ではない。

自分は被告人として立っているのではない。

少なくとも、そう思わなければならなかった。

ルイは議長の机の前で立ち止まった。

「説明の機会を与えていただいたことに感謝する。」

議場は静かだった。

「現在、私が神聖ローマ皇帝へ秘密の救援要請を送ったという噂が広がっている。」

「その噂は事実ではない。」

早くも急進派の席から声が上がった。

「国王の言葉だけを信じろというのですか。」

「最後まで聞いていただきたい。」

ルイは答えた。

「今日、私は信じてほしいと頼むためだけに来たのではない。」

「確認できるものを、確認してもらうために来た。」

ルイは持ってきた記録簿を議長へ渡した。

「これは、外務省の外交文書発送記録である。」

「私が神聖ローマ皇帝へ送った親書には、通し番号が付けられている。」

「作成された日時。」

「封印された日時。」

「使者の氏名。」

「パリを出発した時刻。」

「予定されている経路。」

「そのすべてが記録されている。」

議長が記録簿を開く。

議会から選ばれた監査人も前へ進み、記載内容を確認した。

「親書の写しは。」

議員の一人が尋ねる。

「ここにある。」

ルイは紙を掲げた。

「国民議会へ提出した写し。」

「外務省へ保管された写し。」

「王室書記局へ保管された写し。」

「三通を照合してもらって構わない。」

「原本は、すでに国外にある。」

別の議員が指摘した。

「写しが同じでも、皇帝へ送られた原本が同じとは限らない。」

「そのとおりだ。」

ルイは認めた。

議場にざわめきが広がる。

「陛下は、原本が別の内容である可能性を認められるのか。」

「可能性という言葉だけを使えば、どのようなことも否定できない。」

ルイは答えた。

「使者が途中で封筒を開き、中身を差し替えた可能性。」

「外務大臣が、私の知らない手紙を入れた可能性。」

「皇帝が受け取った後で、手紙を書き換えた可能性。」

「すべて、想像することはできる。」

「では、どうやって真実を確認するのです。」

「皇帝へ照会すればよい。」

議員たちが静まった。

「フランス政府から、正式な外交文書として照会する。」

「私の親書を受け取ったか。」

「そこに、どのような内容が記されていたか。」

「皇帝の回答と、議会へ提出した写しを照合すればよい。」

「皇帝が国王陛下と口裏を合わせる可能性は。」

急進派議員が尋ねた。

「あると言おうと思えば、ある。」

ルイは、その議員を正面から見た。

「だが、それでは何を提出しても同じだ。」

「私が手紙を見せれば、別の秘密書簡があると言う。」

「発送記録を見せれば、記録されていない使者がいると言う。」

「皇帝が内容を認めれば、二人が口裏を合わせたと言う。」

「存在しないものの存在を、私は証明できない。」

議場の一部から、同意する声が聞こえた。

だが、急進派議員は引かなかった。

「国王陛下は、これまで外国の君主と一切連絡を取っていないと断言できますか。」

「できない。」

議場が大きくざわめいた。

「静粛に。」

議長が木槌を鳴らす。

ルイは続けた。

「外国の君主と連絡を取ること自体は、外交である。」

「フランス国王が、他国の君主へ一通も手紙を送らないということはあり得ない。」

「問題は、連絡を取ったかどうかではない。」

「何を伝えたかだ。」

「では、陛下は神聖ローマ皇帝へ何を伝えられたのです。」

ルイは親書の写しを広げた。

「全文を読む。」

誰も声を上げなかった。

ルイは、震える手で紙を持った。

「神聖ローマ皇帝レオポルト二世陛下へ。」

「ピルニッツにおいて発表された宣言について、私は深い憂慮を抱いております。」

「陛下が、我が妃とその家族を案じてくださっていることには、心より感謝いたします。」

「しかし、フランス国王の状態をヨーロッパ諸君主共通の問題とする言葉は、我が国民の間に強い警戒を生じさせています。」

「フランス国民は、この宣言を我が国への軍事的威嚇として受け取りつつあります。」

ルイの声だけが、議場へ響いていた。

「私は、オーストリア、プロイセン、その他の外国軍による介入を求めておりません。」

「フランス国境へ軍隊を集結させることも望んでおりません。」

「私の名において国外で活動する者たちへ、軍事援助を要請する権限を与えた事実もありません。」

「我が国とヨーロッパ諸国の平和を守るため、貴国がフランス国境へ軍を集結させることなく、亡命者たちの軍事行動を抑制されるよう求めます。」

「我が家族の安全を願って行われる軍事的準備が、かえって我々を国民の敵と見せることを、どうか御理解ください。」

「私を守るという名目で、私の国を脅かさないでいただきたい。」

読み終えたルイは、紙を下ろした。

しばらく誰も話さなかった。

親書の内容は明確だった。

救援要請ではない。

介入拒絶だった。

亡命者の軍事行動を抑えるよう求める手紙でもあった。

穏健派の席から拍手が起こった。

改革派の一部も机を叩く。

しかし、急進派議員は立ち上がったままだった。

「この文面が本物ならば。」

「本物だ。」

「ならば、なぜ亡命者たちは、陛下が救援を求めたと確信しているのです。」

「彼らが内容を知らないからだ。」

「知らない者が、なぜ確信できるのです。」

「自分たちが信じたいものを信じている。」

ルイの声に怒りが混じった。

「彼らは、私が改革へ協力するはずがないと決めている。」

「私が外国軍を拒絶すれば、議会に言わされたのだと言う。」

「パリに残れば、囚われているのだと言う。」

「逃げる意思はないと伝えれば、本心を語る自由がない証拠だと言う。」

「彼らにとって、私の意思は必要ない。」

「自分たちの望みを、私の名によって語ることができればよいのだ。」

「それは、亡命者だけでしょうか。」

別の議員が尋ねた。

「何が言いたい。」

「王妃陛下です。」

議場の空気が変わった。

ルイの手が強張る。

「王妃陛下は、神聖ローマ皇帝の妹君であられる。」

「ピルニッツ宣言について、どのようなお考えなのです。」

ルイは答えなかった。

答えを知っている。

マリーは介入に反対していない。

むしろ、兄が助けてくれることを期待している。

外国軍が近くにいれば、自分と子どもたちを守れると考えている。

ルイの親書にも署名しなかった。

それを議会へ正直に伝えれば、王妃への疑いはさらに強まる。

だが、マリーも介入を拒絶していると答えれば、嘘になる。

「陛下。」

議員が繰り返した。

「王妃陛下も、この親書と同じお考えなのですか。」

ルイは紙を握り締めた。

前世の恐怖が蘇る。

王妃を守らなければならない。

一言、同意していると答えればよい。

マリーも外国軍を求めていない。

そう答えれば、議場は一時的に落ち着くかもしれない。

だが、それは真実ではない。

ルイは深く息を吸った。

「違う。」

議場が騒然となった。

「静粛に。」

議長が木槌を鳴らす。

だが、ざわめきは収まらない。

「王妃は介入を望んでいるのか。」

「やはりオーストリアと通じている。」

「国王夫妻の意見が分かれているのか。」

ルイは声を張った。

「王妃は、外国軍が近くにいることによって王家が守られると考えている。」

議場が静まり始める。

「王妃は、過去に宮殿へ群衆が押し寄せたことを恐れている。」

「自分だけではない。」

「子どもたちが危険にさらされることを恐れている。」

「兄である皇帝が、自分たちを見捨てていないと信じたいと思っている。」

急進派議員が叫ぶ。

「ならば、王妃は外国軍をフランスへ呼び込もうとしている。」

「そこまでは言っていない。」

「同じことではありませんか。」

「違う。」

ルイは強く答えた。

「外国軍に助けてほしいと思うことと、実際に軍事介入を要請することは同じではない。」

「王妃陛下は、皇帝へ手紙を送られたのですか。」

「私が知る限り、送っていない。」

「陛下の知らないところで送られる可能性は。」

「可能性についてなら、私には答えられない。」

「なぜ、王妃陛下へ確認されないのです。」

「確認する。」

「では、確認するまで王妃陛下の外国との連絡を停止するべきです。」

保守派議員が立ち上がった。

「王妃陛下は囚人ではない。」

「私的な手紙まで議会が検閲するのですか。」

急進派が反論する。

「相手は外国の皇帝だ。」

「単なる兄妹の手紙ではない。」

「ならば、すべての王族の私信を外交文書として扱うのか。」

「外国軍の介入が問題になっている今は必要だ。」

議場は再び二つに割れた。

王妃の私信を検査すべきだとする者。

それは王家を事実上の囚人にすると反対する者。

家族間の手紙と、国家間の外交を分けるべきだとする者。

王妃と皇帝の関係では、その二つを分けられないと考える者。

ルイは、議論の中心で立ち尽くしていた。

マリーの考えを隠さなかった。

だが、その結果として、彼女への疑いが議場全体へ広がった。

これでよかったのか。

夫として、妻を守るべきではなかったのか。

しかし嘘をつけば、後で明らかになったとき、さらに大きな裏切りとして扱われる。

「静粛に。」

議長が何度も木槌を鳴らした。

「国王陛下への質問を続けます。」

一人の穏健派議員が立ち上がった。

「陛下。」

「王妃陛下と意見が異なるにもかかわらず、なぜそれを我々へ正直に話されたのです。」

ルイは、その質問の意味を考えた。

「王妃を疑わせることは、陛下にとって不利なはずです。」

「ああ。」

「ならば、なぜ。」

ルイはマリーの顔を思い浮かべた。

昨夜の口論。

兄を信じたいと言った声。

子どもたちを守りたいと訴えた表情。

「嘘をつきたくないからだ。」

議場が静かになる。

「王妃が私と同じ考えだと答えれば、今日だけは安心してもらえたかもしれない。」

「だが、後で異なる意見を持っていたと分かれば、今日の説明すべてが嘘になる。」

「私が提出した親書まで疑われる。」

「だから、王妃と意見が異なることを隠さない。」

「陛下は、王妃陛下の考えを認めておられるのですか。」

「政治的には反対している。」

「外国軍の接近は、王家を守るのではなく危険にすると考えている。」

「だが、王妃がなぜそう考えるのかは理解している。」

「王妃は、国民を敵と考えているのではありませんか。」

その質問に、ルイの表情が曇った。

「恐れている。」

「敵だと考えていることと、恐れていることは同じではない。」

「宮殿へ群衆が押し寄せた経験がある。」

「罵声を浴び続けている。」

「自分の命だけではなく、子どもたちの命を案じている。」

「恐怖を抱くなと命じることはできない。」

「しかし、恐怖によって外国軍を招くことは認めない。」

ルイは議場全体を見渡した。

「私も恐れている。」

その言葉に、議員たちが僅かに動いた。

「前にも話したように、群衆の声を聞くと身体が動かなくなることがある。」

「馬車の音だけで、逃亡の夜を思い出すこともある。」

「外国の軍隊が来て、すべてを終わらせてくれればよいと考えたことがないとは言わない。」

「だが、思うことと、実際に行うことは違う。」

「恐怖は罪ではない。」

「恐怖を理由に国民へ外国軍を向けることが、問題なのだ。」

議場の空気が少しずつ変わっていった。

王妃が介入に期待しているという事実は消えない。

だが、国王がそれを隠さず、同時に介入を明確に拒絶していることも事実だった。

急進派の一人が尋ねる。

「では、陛下はピルニッツ宣言をどのように分析しておられるのです。」

ルイは机の上に置かれた宣言文を取った。

「すぐに軍事侵攻が始まるという宣言ではない。」

議場から不満の声が上がる。

「外国の脅威を軽く見るのですか。」

「軽く見てはいない。」

「文面を正確に読んでいる。」

ルイは宣言の一部を指した。

「オーストリアとプロイセンは、他の主要国と足並みを揃えて行動すると書いている。」

「すべての列強が同意する場合に、必要な措置を取る。」

「つまり。」

「しばらく様子を見るということだ。」

「根拠は。」

「イギリスが、フランス王権を回復させるためだけに大陸戦争へ参加するとは限らない。」

「ロシアにも、東方での事情がある。」

「スペインやサルデーニャが賛成しても、それだけでヨーロッパ全体の共同介入にはならない。」

「レオポルト二世は、他国が動かなければオーストリアも動かないための条件を付けたのだと考えている。」

「皇帝を信じるのですか。」

「信じるかどうかではない。」

ルイは答えた。

「オーストリアの利益を考えている。」

「戦争には金がかかる。」

「兵士が必要だ。」

「補給も必要だ。」

「オーストリアが、妹一人を救うためだけに国全体を危険へさらすとは考えにくい。」

「では、ピルニッツ宣言は空文だと。」

「空文とは言っていない。」

ルイは首を横に振った。

「我々が過剰に反応すれば、本物の軍事行動へ変わる。」

「フランスが先に国境へ大軍を集めれば、オーストリアも軍を集める。」

「我々が亡命者を攻撃すれば、ドイツ諸侯は領土を侵されたと考える。」

「双方が相手の動員を理由に兵を増やし続ければ、最後には誰かが撃つ。」

「では、何もするなというのですか。」

「違う。」

ルイは持っていた別の書類を掲げた。

「国境情勢調査委員会の設置を提案する。」

「オーストリア軍の兵力。」

「プロイセン軍の移動。」

「亡命者が集めている部隊の数。」

「武器と資金。」

「国境要塞の状態。」

「すべて調べる。」

「噂ではなく、事実によって判断する。」

軍事委員会の議員が尋ねた。

「動員が確認された場合は。」

「国境守備隊を増強する。」

「要塞へ食糧と弾薬を補充する。」

「だが、外国領へ先に侵入することはしない。」

「敵が完全に準備を整えるまで待つのですか。」

「防衛と先制攻撃は違う。」

「準備はする。」

「戦争を始めるためではない。」

「戦争を始めなくても済むようにするためだ。」

急進派の席から反論が上がった。

「外国の王たちは、フランス革命そのものを敵視している。」

「こちらが平和を望んでも、向こうが攻めてくる。」

「その可能性はある。」

「ならば、先に打つべきだ。」

「可能性だけで戦争を始めれば。」

ルイの声が低くなる。

「相手にも、我々を攻撃する理由を与える。」

「フランスが国境を越えた瞬間、オーストリアは自国を守る戦争だと主張できる。」

「プロイセンも参戦しやすくなる。」

「今は参加を迷っている国まで、我々を侵略者と見るかもしれない。」

「革命を守るための戦争です。」

「戦争を始めれば、革命が守られるとは限らない。」

ルイは、前世の記憶を思い出していた。

開戦。

北方軍の敗走。

命令を聞かない兵士。

殺される将軍。

敵と通じていると疑われる王妃。

敗北の責任を押しつけられる国王。

戦争が革命を守ったのではない。

戦争が疑念を増幅し、王家と議会を決定的に引き裂いた。

「戦争が始まれば。」

ルイは言った。

「最初の敗北で、誰かが裏切ったと言われる。」

「将軍か。」

「大臣か。」

「王妃か。」

「国王か。」

議場が静かになった。

「勝つために始めた戦争でも、最初から勝てるとは限らない。」

「軍隊の数だけではない。」

「将校と兵士の信頼。」

「食糧。」

「馬。」

「弾薬。」

「命令系統。」

「国境の道路。」

「それらが整っていなければ、兵士を集めても軍にはならない。」

「陛下は、フランス軍が弱いとお考えなのですか。」

「弱い部分がどこにあるかを知らずに、強いと言い切る方が危険だと考えている。」

軍事委員会の議員たちが互いに顔を見合わせた。

国王の言葉は、外国に屈服せよというものではない。

防衛準備を進めながら、先制戦争を避けようとする提案だった。

それでも、議場の全員を納得させることはできなかった。

外国君主の威嚇へ、強い態度を示すべきだとする者。

戦争によって国内の反革命派をあぶり出せると考える者。

革命の理念を国外へ広げようとする者。

亡命貴族を放置すれば、いずれ大軍となって戻ると恐れる者。

彼らにとって、時間は必ずしもフランスの味方ではなかった。

議長が木槌を鳴らした。

「国王陛下の親書について、議会として確認すべき事項を整理します。」

書記官が立ち上がる。

「第一。」

「国王陛下が神聖ローマ皇帝へ送られた親書の内容と、議会へ提出された写しが同一であることを、正式な外交経路によって確認する。」

「第二。」

「国王陛下及び王室の名を用いて、国外で軍事援助を求めている者が存在するか調査する。」

「第三。」

「今後、国王または王室の名において外国政府へ送られる政治的文書について、その存在と発送日時を外務省の記録へ残す。」

「第四。」

「国境付近における外国軍及び亡命者部隊の動向を調査する委員会を設置する。」

一人の議員が立ち上がった。

「王妃陛下の私信についても、すべて登録すべきです。」

議場が再びざわめく。

別の議員が反論する。

「すべての私信を検査するのか。」

「兄である皇帝へ送るものに限る。」

「家族への手紙と外交文書を、誰が区別する。」

「内容によってだ。」

「ならば、内容を読む必要がある。」

「王妃陛下の手紙を、議会が開封するというのか。」

「外国軍の介入が問題になっている以上、必要だ。」

議長が木槌を鳴らす。

「王室私信の扱いについては、別途審議とします。」

「本日は、国王陛下の親書と国境情勢について決議を行います。」

採決が行われた。

国王の親書について、神聖ローマ皇帝へ正式な照会を送ること。

亡命者による国王名義の活動を調査すること。

国境情勢調査委員会を設置すること。

三つの提案は、いずれも可決された。

一方、即時の総動員と外国への最後通告は否決された。

差は大きくなかった。

議会は、戦争を選ばなかった。

だが、平和を確信したわけでもない。

調べることを選んだだけだった。

⸻

議会を出たルイは、テュイルリー宮殿へ戻る馬車に乗った。

沿道には、多くの市民が集まっていた。

「外国軍を呼ぶな。」

「国王の手紙を見せろ。」

「亡命者を止めろ。」

怒声が聞こえる。

一方で。

「陛下は議会へ説明した。」

「手紙も公開した。」

「まだ裏切り者と決まったわけではない。」

そう話す者もいた。

馬車へ石を投げる者はいなかった。

進路を塞ぐ者もいない。

それでもルイは、膝の上で両手を握り締めていた。

議会では説明できた。

手紙の全文も読んだ。

外交記録も提出した。

王妃と意見が異なることまで隠さなかった。

だが、それで疑念が消えたわけではない。

「陛下。」

同乗していた侍従が尋ねた。

「お身体の具合が。」

「大丈夫だ。」

ルイは窓の外を見た。

新聞を持った市民がいる。

親書の全文を載せた新聞。

秘密の救援要請があると主張する新聞。

人々は、どちらも読むことができる。

真実を示すことはできる。

だが、どちらを信じるかまで命じることはできない。

⸻

テュイルリー宮殿。

国王夫妻の私室。

マリーは、ルイの帰りを待っていた。

「議会で。」

彼女は立ち上がった。

「私が介入に賛成していると話したのですね。」

「ああ。」

「なぜです。」

「尋ねられたからだ。」

「私を守るために、違うと答えることはできなかったのですか。」

「それでは嘘になる。」

「夫なら、妻を守るために嘘をつくこともあるでしょう。」

ルイの表情が歪んだ。

「私も、そうしたかった。」

「ならば。」

「だが私は、夫としてだけ議場に立っていたのではない。」

「国王として説明していた。」

「だから、私を国民へ差し出したのですか。」

「違う。」

「同じです。」

マリーの声が震えた。

「明日の新聞には、王妃は外国軍を望んでいると書かれる。」

「またオーストリア女と呼ばれる。」

「兄と共謀していると言われる。」

「分かっている。」

「分かっていて話したのですか。」

「ああ。」

マリーの目に涙が浮かんだ。

「あなたは、私より議会を選ぶのですね。」

「違う。」

「何が違うのです。」

「私は、今日だけ君を守るために嘘をつけば、後で君をもっと危険にすると考えた。」

「後で何があるのです。」

「君が兄へ手紙を書けば。」

マリーの表情が固まった。

「書くつもりなのでしょう。」

長い沈黙が流れた。

マリーは目を逸らした。

「まだ書いていません。」

「これからは。」

「分かりません。」

「もし、私が議会で君も介入へ反対していると答えた後で、君の手紙が見つかったら。」

ルイは言った。

「私は国民へ嘘をついたことになる。」

「私の親書も。」

「今日の説明も。」

「これまで守ってきた約束も。」

「すべて疑われる。」

「だから、先に私を疑わせた。」

「君が恐れていることを隠さなかった。」

「恐れているだけでは罪ではないとも話した。」

「議員たちは、そう受け取ったでしょうか。」

「分からない。」

ルイは正直に答えた。

マリーは涙を拭った。

「あなたは、いつも分からないと言います。」

「未来が分かると信じて失敗したからだ。」

その言葉に、マリーは黙った。

ルイは前世の知識に従い、何度も道を選んだ。

だが、歴史を避けようとした選択が、別の形で破滅へつながったこともある。

今は、自分が必ず正しいとは考えられない。

それでも、選ばなければならない。

「議会は、すぐには戦争を選ばなかった。」

ルイは言った。

「国境の状況を調べることになった。」

「兄は。」

「他国と足並みを揃えるまで、しばらく様子を見るだろう。」

「あなたの考えが間違っていたら。」

「そのときは、国境守備を強める。」

「兄が本当に私たちを助けるために動いたら。」

「フランスへ侵入しないよう求める。」

「それでも入ってきたら。」

ルイは答えられなかった。

マリーは、その沈黙を見て悲しそうに笑った。

「やはり、何も決められないのですね。」

「今、決めている。」

「何を。」

「今日、戦争を始めないことを。」

「明日のことは。」

「明日決める。」

マリーは窓の外を見た。

「一日ずつしか、歴史を変えられない。」

「以前、そう言いましたね。」

「ああ。」

「ですが、外国の軍隊は、一日で国境へ現れるかもしれません。」

「だから調べる。」

「私は、調べ終わるまで待てるでしょうか。」

ルイは返事をしなかった。

マリーも、それ以上は話さなかった。

二人は同じ部屋にいた。

同じ子どもたちを守ろうとしていた。

同じ処刑の未来を恐れていた。

それでも、その未来を避けるために選ぼうとしている道は違っていた。

⸻

その夜。

マリーは自室の机へ座った。

目の前には白い紙がある。

宛名は、まだ書いていない。

兄へ。

レオポルト二世へ。

自分たちを見捨てないでほしい。

軍隊を遠ざけないでほしい。

少なくとも、助けられる準備だけは続けてほしい。

そう書きたい。

だが、一度書けば、それは妹から兄への手紙では終わらない。

フランス王妃から神聖ローマ皇帝への要請になる。

ルイの説明を否定する証拠として使われるかもしれない。

マリーは羽根ペンを取った。

インクへ浸す。

紙の上へ運ぶ。

だが、書くことができなかった。

廊下の向こうから、子どもたちの笑い声が聞こえた。

その声を聞いた瞬間、手が動いた。

『兄上。』

最初の二文字を書いたところで、マリーは再び止まった。

ルイは議会で、自分が介入に期待していることを隠さなかった。

それによって、自分は明日の新聞で攻撃される。

だが、もしルイが嘘をついていたなら。

自分が兄へ手紙を書いた瞬間、ルイは国民を欺いたことになる。

マリーは紙を見つめた。

やがて、二つに折った。

燃やさなかった。

続きを書くこともしなかった。

机の引き出しへ入れ、鍵を掛けた。

⸻

同じ頃。

国民議会の外務委員会では、神聖ローマ皇帝へ送る照会文が作成されていた。

『フランス国王ルイ十六世より送付された親書について、貴国が受領した原文の内容を確認したい。』

『とりわけ、フランスへの軍事介入、国境への軍隊集結、亡命者への支援に関する要請が記されているか否か、正式な回答を求める。』

照会文には、国民議会議長。

外務大臣。

議会監査人。

三者の署名が加えられた。

もはや、国王の言葉だけを信じるのでもない。

新聞の噂だけを信じるのでもない。

相手国の記録と照合する。

国家と国家の間で、同じ文書が存在することを確認する。

それでも、完全に疑いを消すことはできないかもしれない。

だが、疑いが消えないからといって、調べることを諦めるわけにはいかなかった。

使者が、照会文を持ってパリを出発した。

その馬車が東へ向かう。

今度は、その事実を外務省が直ちに公表した。

『国民議会は、国王親書の内容について神聖ローマ皇帝へ正式な照会を行った。』

秘密にしなければ、噂は生まれない。

誰もが、そう期待した。

しかし、その告示を見た市民の一人が言った。

「わざわざ皇帝へ確かめなければならないほど、国王は信用されていないのか。」

別の者が答えた。

「それとも、議会はすでに秘密書簡がある証拠を掴んでいるのではないか。」

調査を始めたことさえ、新しい疑いの理由になった。

⸻

ルイは、その報告を執務室で聞いた。

机の上には、また別の橋の修繕報告が置かれている。

目の前の紙を読もうとする。

だが、同じ一行を何度も目で追うだけだった。

「陛下。」

侍従が心配そうに尋ねる。

「少しお休みになられますか。」

「いや。」

ルイは首を横に振った。

「続ける。」

「ですが。」

「国王がオーストリアへ何を書いたかで、王国中が騒いでいる。」

ルイは橋の報告書へ目を落とした。

「その間にも、橋は壊れたままだ。」

「小麦を運べず困っている者がいる。」

「私が疑われているからといって、その者たちの生活まで止めるわけにはいかない。」

ルイは羽根ペンを取った。

手はまだ震えている。

それでも、修繕費の確認を求める指示を書いた。

神聖ローマ皇帝から回答が届くまで、時間がかかる。

その間、噂は消えない。

王妃への疑念も消えない。

オーストリア軍が動くのかどうかも分からない。

それでも。

今日、戦争は始まらなかった。

今日、議会は国王を拘束しなかった。

今日、ルイは自分の言葉を説明することができた。

一日だけ。

少なくとも、この一日は守ることができた。

だが、その夜。

マリーの机の引き出しには。

『兄上。』

その二文字だけが書かれた手紙が、燃やされずに残されていた。

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