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凡人がなるルイ16世  作者: 山口祐輝


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破門

第六十六話 「ローマからの破門」

一七九一年七月。

ローマ。

教皇庁の一室には、フランスから届いた手紙が積み上げられていた。

数通ではない。

数十通でもなかった。

司教から。

教区司祭から。

修道院長から。

国外へ逃れた神官から。

そして、フランス国内に残りながら国家への宣誓を拒み続けている神官から。

差出人も、書かれた土地も異なっていた。

だが、その内容はよく似ていた。

『教会財産が国家に奪われました。』

『修道院が解散させられました。』

『神に仕える聖職者へ、国家に対する宣誓が強制されています。』

『宣誓を拒んだ神官は、教会から追放されています。』

『司教は教皇聖下の認可ではなく、民衆の選挙によって選ばれています。』

『教区はローマの同意なく作り替えられました。』

『国王はこれらの法律へ署名しました。』

『フランス教会は、ローマから切り離されようとしています。』

手紙の中には、事実も書かれていた。

誇張もあった。

意図的に省かれた事実もあった。

宣誓を拒んだ神官にも、私的な礼拝が認められていること。

国家が没収した教会財産の収入から、聖職者の俸給が支払われていること。

教会が担っていた施療院や救貧事業を、国家が引き継ごうとしていること。

ルイ十六世が、信仰の内容そのものへ国家が介入することを拒んだこと。

そうした事情は、ほとんど記されていなかった。

訴状の中のフランス国王は、教会を救おうとして苦悩する国王ではない。

革命家たちと手を組み、教会財産を奪い、神官を国家の役人へ変え、教皇の権威を否定した君主だった。

教皇ピウス六世は、机の上に置かれた一通の手紙を読んでいた。

それは、フランスを離れた高位聖職者から送られたものだった。

『聖下。』

『我々は、もはや自らの力でフランス教会を守ることができません。』

『国王陛下は、国民議会の要求へ次々と屈服されました。』

『陛下が御自身の意思で署名されたのか、脅迫によって署名されたのか、我々には分かりません。』

『しかし、理由が何であろうと、法律は執行されています。』

『教会の土地は国家の帳簿へ記されました。』

『その土地を担保に紙の証券が発行されました。』

『今やフランス国家の信用は、教会から奪われた財産の上に築かれています。』

『もし教皇庁が沈黙を続ければ、フランスで起きたことは他国でも繰り返されるでしょう。』

ピウス六世は手紙を閉じた。

部屋には数人の枢機卿が集まっている。

誰もすぐには口を開かなかった。

やがて、一人の枢機卿が言った。

「これ以上、沈黙を続けることはできません。」

別の枢機卿が反論する。

「すでに我々は、フランスの教会制度が認められないことを伝えています。」

「それでも、国王は法律を撤回しておりません。」

「国王には国民議会を抑える力がないのかもしれない。」

「ならば、国王の署名には何の意味もないと申されるのですか。」

「そうではない。」

「国王を断罪すれば、彼を革命家の側へ追いやることになると言っているのです。」

強硬派の枢機卿が、机の上の訴状を指した。

「すでに国王は革命家の法律へ署名しております。」

「教会財産の国家管理。」

「修道院の整理。」

「司教区の再編。」

「聖職者への宣誓。」

「我々は、あと何を待つのですか。」

「国王がローマとの関係を完全に断つまでですか。」

穏健派の枢機卿は首を横に振った。

「フランス国王は、宣誓拒否神官の私的な礼拝を認めています。」

「教義を国家が決めることも拒んでいる。」

「それは、まだ交渉の余地があるということです。」

「教会から財産と統治権を奪った後で、祈る自由だけを与える。」

強硬派の枢機卿は冷たく答えた。

「それを寛容と呼ぶのですか。」

ピウス六世は、両者の議論を黙って聞いていた。

教皇にとって、フランスは単なる一国家ではなかった。

長い間、フランス国王は「最もキリスト教的な国王」と呼ばれてきた。

ローマと対立することはあっても、カトリック世界を支える大国であり続けた。

そのフランスで、教会制度が国家によって作り替えられている。

これを認めれば、他国の君主も同じことを始めるかもしれない。

司教を国家が選ぶ。

教区を議会が決める。

教会財産を国庫が管理する。

聖職者へ国家への宣誓を求める。

教会は信仰の共同体ではなく、国家の一部門になっていく。

だが、ルイ十六世を教会から切り離せば、その影響も計り知れない。

国王へ従うべきか。

教皇へ従うべきか。

フランス中の信徒が二つに引き裂かれる。

国王を破門すれば、国王へ敵対するよう民衆を促したと受け取られる可能性もある。

「最後の機会を与えます。」

ピウス六世は言った。

枢機卿たちが教皇を見る。

「フランス国王へ、正式な警告を送ります。」

「四十日の猶予を与えます。」

「その間に、教会の権利を侵す法律の執行を停止するよう求めます。」

「宣誓を拒んだことだけを理由とする、聖職者への処分を撤回させます。」

「そして、フランス教会がローマ教皇との交わりに属することを、公に認めさせます。」

「国王が拒絶した場合は。」

強硬派の枢機卿が尋ねた。

ピウス六世は、積み上げられた訴状を見た。

「そのときは、教会の外に立つ者として扱わざるを得ません。」

⸻

数日後。

パリ。

テュイルリー宮殿。

ローマからの文書を読み終えたルイは、椅子へ深く腰掛けた。

机の前には、外務大臣と数人の聖職者が立っている。

教皇から突きつけられた条件は明確だった。

教会制度に関する法律の執行停止。

国家への宣誓を拒んだ神官への処分撤回。

フランス教会に対する教皇の権威の公認。

そして四十日以内の回答。

「すべてを受け入れれば、どうなる。」

ルイが尋ねた。

外務大臣は答えに迷った。

代わりに、国民議会へ参加している立憲派の神官が口を開く。

「聖職者制度に関する改革は、事実上停止いたします。」

「国家の俸給を受ける神官へ、国家への忠誠を求めることも難しくなります。」

「教区の再編も取り消さなければならないでしょう。」

「教会財産は。」

「教皇の文書では返還を直接求めております。」

「返せるのか。」

誰も答えなかった。

教会財産は、すでに国家の財政制度へ組み込まれている。

土地の収益は、聖職者の俸給だけではなく、施療院、孤児院、貧民救済にも使われていた。

さらに、その財産を信用の土台としてアッシニャが発行されている。

今になってすべてを教会へ返せば、国家の信用が揺らぐ。

アッシニャを受け取った商人。

給与として受け取った官吏。

兵士。

職人。

農民。

その全員が損失を恐れ、一斉に紙を手放すかもしれない。

「撤回はできない。」

ルイは呟いた。

「陛下。」

「今ここですべてを元へ戻せば、教会だけの問題では終わらない。」

「国家の信用が崩れる。」

「救貧も止まる。」

「俸給も払えない。」

「それでも、教皇の警告を無視すれば。」

立憲派神官は苦しそうに言った。

「陛下御自身が、教会の交わりから外される可能性がございます。」

破門。

その言葉を、誰も口にしなかった。

だが、全員が考えていた。

ルイは首へ手を当てた。

処刑台の記憶が蘇ったわけではない。

それとは違う恐怖だった。

死後の恐怖。

自分は神に背いたのか。

貧しい者を救おうとしたこと。

不公平な特権をなくそうとしたこと。

教会財産を、教会が担ってきた救貧と福祉へ使おうとしたこと。

それらは本当に、教会から追放されるほどの罪なのか。

「返書を書く。」

ルイは言った。

「教皇の宗教的権威は認める。」

「信仰と教義について、国家が勝手に決めるつもりはないと伝える。」

「宣誓拒否神官の私的な礼拝も、今までどおり認める。」

「だが、法律をすべて撤回することはできない。」

「それでは、教皇の要求を拒否することになります。」

「従えないものは、従えない。」

ルイは震える手で羽根ペンを取った。

「だが、なぜ従えないのかは説明する。」

⸻

返書の作成には、三日を要した。

ルイは、教会を敵とみなしていないことを書いた。

カトリックの信仰を捨てる意思がないことも書いた。

国家が教義、典礼、秘跡の内容を決めることはないと約束した。

宣誓を拒んだ神官にも、信仰に基づく私的な礼拝を認めると説明した。

教会財産から得られた収益が、聖職者の扶養、病人の治療、孤児の保護、貧民への食糧供給に使われていることも記した。

だが、最後の部分では譲らなかった。

『フランス国内の行政制度と、公職者の資格を決める権限は、フランス国民と国王に属します。』

『国家から俸給を受け、公的職務を担う者へ、国家の法律を守ることを求めるのは、信仰への迫害ではありません。』

『私は教皇聖下の宗教上の権威を認めます。』

『しかし、フランス国家の立法権をローマへ委ねることはできません。』

返書には、ルイ自身が署名した。

外務省の発送記録へ番号が記され、国民議会の監査人にも写しが渡された。

秘密の文書ではなかった。

国民議会でも、全文が読み上げられた。

急進派議員からは、教皇へ譲歩しすぎているという批判が出た。

保守派神官からは、教皇の要求を拒絶したに等しいという批判が出た。

どちらも、ルイの返書に満足しなかった。

それでもルイは、妥協の余地が残っていると信じようとした。

教皇も、国王を破門することの重大さは理解しているはずだった。

教会と国家の双方が一歩ずつ譲れば、完全な断絶は避けられるかもしれない。

だが、ローマに届いたのはルイの返書だけではなかった。

亡命神官たちから、新たな訴状が相次いで届いた。

『国王は教皇の権威を信仰の中へ閉じ込めようとしています。』

『教会から財産も組織も教育も救貧も奪い、祈ることだけを許そうとしています。』

『これは信仰の自由ではありません。』

『教会を国家の牢獄へ閉じ込める行為です。』

教皇庁では、ルイの返書が細かく検討された。

信仰への敬意は書かれている。

教皇の宗教的権威も否定していない。

しかし、問題となった法律を撤回するとは書かれていない。

宣誓制度を廃止するとも書かれていない。

教会財産を返還するとも書かれていない。

フランス教会に対する教皇の統治権を認めるとも書かれていない。

「国王は、我々の言葉を聞いていません。」

強硬派の枢機卿が言った。

穏健派は反論する。

「聞いた上で、妥協を提案しているのです。」

「教会の権利を奪った状態を維持することが、妥協なのですか。」

「国王を破門すれば、フランスの教会は完全に分裂します。」

「すでに分裂しています。」

「破門によって、その亀裂を修復できるとお考えですか。」

「少なくとも、何が正しく、何が誤りであるかは明らかになります。」

議論は何日も続いた。

ピウス六世は決断を先延ばしにしようとした。

しかし、四十日の期限を自ら定めた以上、何もせずに終わらせることはできなかった。

教皇の警告が無視されても処分が下されないとなれば、ローマの権威そのものが傷つく。

やがて、四十日目が訪れた。

⸻

一七九一年八月。

ローマ。

教会の鐘が鳴った。

枢機卿。

司教。

各国の外交官。

ローマに滞在するフランス人亡命者。

多くの者が、教皇の宣告を聞くために集まっていた。

ピウス六世は、ゆっくりと文書を読み上げた。

フランスで制定された教会制度は、教会の権利と秩序を侵すものである。

国家の選挙によって選ばれ、教皇の承認なく職務へ就いた司教は、正統な司教とは認められない。

国家への宣誓によって教皇との交わりを否定した聖職者は、誓いを撤回するまで職務を停止される。

そして。

警告を受けながら、これらの法律を制定し、承認し、執行し続ける者は、教会の交わりから外れる。

文書には、国民議会の立法者たちの責任が記されていた。

宣誓を行った高位聖職者の名もあった。

そして最後に。

フランス国王ルイ十六世の名が読み上げられた。

「ルイ十六世は、最もキリスト教的な国王として教会を守る責務を負いながら、警告を受けた後も、教会の権利を侵す法律の執行を停止しなかった。」

「よって、悔い改め、当該法の執行を停止し、教会との和解を果たすまで、教会の交わりから除かれる。」

静寂が広がった。

一人の君主が。

カトリック王国の国王が。

ローマ教皇から破門された。

その知らせは、使者によってローマを出た。

北へ。

西へ。

アルプスを越え。

各国の宮廷へ。

各地の教会へ。

そしてフランスへ。

⸻

パリ。

テュイルリー宮殿。

破門の知らせを受け取ったとき、ルイは国民議会へ提出する法案を読んでいた。

報告に来た外務大臣は、なかなか本題を口にできなかった。

「陛下。」

「何だ。」

「ローマより、正式な文書が届きました。」

ルイは顔を上げた。

外務大臣の表情だけで、結果を悟った。

「そうか。」

「教皇聖下は、陛下を教会の交わりから除くと宣告されました。」

ルイは何も言わなかった。

机の上へ視線を戻した。

だが、文字を読むことはできなかった。

羽根ペンを握る手から力が抜ける。

ペン先が紙へ落ち、黒い染みを作った。

「陛下。」

「一人にしてくれ。」

外務大臣たちが退出する。

扉が閉まる。

誰もいなくなった執務室で、ルイは椅子に座り続けた。

処刑されたとき、彼は祈っていた。

神が自分を見捨てていないことを願った。

首へ刃が落ちる直前まで、祈りを捨てなかった。

それなのに今、自分は教会から追い出された。

「私は。」

声が震えた。

「何をした。」

教会を滅ぼそうとしたわけではない。

神を否定したわけでもない。

神官を殺したわけでもない。

教会が持っていた土地を国家の管理下へ置いた。

神官へ国家への忠誠を求めた。

教会の救貧事業を国家でも支えようとした。

それが間違いだったのか。

貧しい者へパンを与えるためでも、教会財産へ手を付けてはならなかったのか。

国民全員を同じ法律の下へ置くためでも、神官へ宣誓を求めてはならなかったのか。

国王として正しいと考えたことが、信徒としての自分を教会から追放した。

ルイは両手で頭を抱えた。

やがて扉が静かに開いた。

マリーだった。

彼女は何も言わず、ルイの隣へ座った。

「聞いたのか。」

「はい。」

「私は、破門された。」

「ええ。」

「最もキリスト教的な国王が。」

ルイは笑おうとした。

だが、声が喉で詰まった。

「私は、神に見捨てられたのだろうか。」

マリーはすぐには答えなかった。

彼女自身も、敬虔なカトリックだった。

教皇の宣告を無意味なものとして退けることはできない。

「私には分かりません。」

マリーは正直に答えた。

ルイの肩が落ちる。

「ですが。」

彼女はルイの手を取った。

「教皇聖下に見捨てられることと、神に見捨てられることが、まったく同じだとは思いません。」

「なぜ、そう思える。」

「あなたが何を考えていたかを、私は知っています。」

「教会を憎んでいたのではありません。」

「病人を救おうとした。」

「孤児へ食べ物を与えようとした。」

「誰が神官になれるかを、金や家柄だけで決めないようにしようとした。」

「それが正しかったかどうか、私には判断できません。」

マリーはルイの手を強く握った。

「ですが、あなたが何のためにそれをしたのかは、神も御存じのはずです。」

ルイは俯いた。

涙が机へ落ちた。

「怖い。」

「ええ。」

「処刑とは違う。」

「死んだ後に、どこへ行くのか分からない。」

「ならば、祈りましょう。」

「破門された者が祈ってよいのか。」

「誰が祈ってはならないと決められるのですか。」

マリーは椅子から降り、ルイの前で膝をついた。

「私も一緒に祈ります。」

ルイも床へ膝をついた。

二人は手を合わせた。

教皇から教会の外へ置かれた国王と、その妻が、誰もいない執務室で神へ祈った。

⸻

破門の知らせは、フランス全土へ広がった。

都市では新聞が売られた。

農村では、教会の説教台から読み上げられた。

だが、すべての神官が同じ言葉で伝えたわけではない。

宣誓を拒んだ神官は言った。

「教皇聖下の判断は明らかです。」

「国王は、誤った法律を撤回するまで、教会との交わりを失いました。」

宣誓した神官は反論した。

「我々は神を捨てていない。」

「国家への忠誠を誓っただけです。」

「教皇は、フランスの事情を正しく知らされていません。」

信徒たちは混乱した。

「破門された国王へ、税を納めてよいのか。」

「国王の名で任命された神官から、洗礼を受けてよいのか。」

「宣誓神官が執り行った結婚は、神の前で認められるのか。」

「宣誓拒否神官の葬儀を受ければ、国家の法律へ逆らうことになるのか。」

一つの村に、二つの教会が生まれた。

同じ聖書を読み。

同じ神へ祈り。

互いを正しくない信仰と呼んだ。

家族の中でも意見が分かれた。

夫は宣誓神官の教会へ行く。

妻は宣誓拒否神官の礼拝へ行く。

子どもへ、どちらの神官から洗礼を受けさせるのか。

死者を、どちらの祈りで葬るのか。

それまで行政制度の問題だと考えられていた改革が、人々の魂と死後の救いへ入り込んでいった。

⸻

国民議会でも、破門を巡る激しい議論が始まった。

「これはローマによるフランスへの内政干渉だ。」

急進派議員が叫ぶ。

「外国の聖職者が、フランス国王を裁く権利などない。」

保守派議員が反論する。

「教皇聖下は外国の政治家ではない。」

「カトリック教会の最高権威だ。」

「フランスがカトリックの国であるなら、その判断を無視することはできない。」

「では、フランスの法律はローマで決めるのか。」

「信仰に関わる法律は、教会の同意なく決めるべきではない。」

「教会財産を誰が管理するかは、信仰そのものではない。」

「司教を誰が任命するかは、明らかに教会の問題だ。」

議場は二つに割れた。

一部の急進派は、この機会にローマとの関係を完全に断つよう求めた。

一方、穏健派は国王と教皇の再交渉を提案した。

ルイは議場へ出席した。

顔色は悪かった。

それでも、声を震わせないよう努めた。

「私は、教皇聖下の宣告を軽く考えていない。」

議場が静まる。

「私はカトリックの信仰を捨てない。」

「教皇聖下を侮辱するつもりもない。」

「だが、国民議会とともに定めた法律を、外国からの命令だけで撤回することもできない。」

「陛下は、破門を受け入れるのですか。」

一人の議員が尋ねる。

「受け入れるという言葉が何を意味するのか分からない。」

ルイは答えた。

「私は、破門されたという事実を否定しない。」

「だが、正しいと考えた政策まで否定することはできない。」

「ならば、教皇との交渉は。」

「続ける。」

「教会との和解を諦めるつもりはない。」

「しかし、恐怖だけを理由に、すべてを元へ戻すこともしない。」

その言葉に、改革派から拍手が起こった。

しかし、保守派神官の席は静まり返っていた。

彼らの一人は、ルイを見つめながら小さく十字を切った。

まるで、すでに死者を見るような目だった。

⸻

同じ頃。

ライン川沿い。

亡命貴族と亡命神官が集まる屋敷では、ローマから届いた文書の写しが回覧されていた。

一人の神官が、満足そうに言った。

「ついに教皇聖下が御決断なされた。」

だが、貴族たちの表情は複雑だった。

国王が破門された。

それは、国王の宗教的権威を大きく傷つける。

王権神授を信じる民衆の中には、ルイへ従うことをためらう者も現れるかもしれない。

「これは、我々にとっても危険なのではないか。」

若い貴族が尋ねた。

「破門された国王を旗印に、誰が立ち上がる。」

年配の神官が答えた。

「国王陛下御自身の罪として扱ってはならない。」

「では、誰の罪だ。」

「革命政府の罪だ。」

部屋にいる者たちが神官を見る。

「国王陛下は自由な意思で教会改革へ署名されたのではない。」

「議会とパリの群衆によって、署名を強制された。」

「教皇聖下の破門は、陛下が教会の敵であることを示すものではない。」

「陛下が革命政府の囚人であることを示すものだ。」

若い貴族は困惑した。

「だが、国王陛下は自ら改革へ協力すると公言している。」

「それも強制された言葉だ。」

「外国軍を求めていないとも。」

「それも同じだ。」

「では、国王陛下の言葉は、何一つ信じないのか。」

神官は迷わず答えた。

「自由になられた後の言葉だけを信じる。」

それは、国王を救うという名目のもとで、国王の意思を完全に無視する理屈だった。

「ウィーンへ使者を送る。」

年配の貴族が言った。

「破門によって、状況は変わった。」

「これはフランスだけの問題ではない。」

「カトリック教会の問題だ。」

「ヨーロッパすべての君主の問題でもある。」

「皇帝は前回、国王本人が軍事介入を拒んでいることを理由に動かなかった。」

「ならば、その拒絶も強制されたものだと訴える。」

「皇帝が信じなければ。」

「プロイセン国王へ訴える。」

「それでも駄目なら。」

年配の貴族は、ローマから届いた文書を折り畳んだ。

「二人の君主を同じ場所へ集める。」

⸻

一七九一年八月。

ザクセン。

ピルニッツ城。

エルベ川のほとりに建つ宮殿へ、ヨーロッパの君主と外交官が集まっていた。

神聖ローマ皇帝レオポルト二世。

プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム二世。

二人が協議すべき問題は、フランスだけではなかった。

ポーランド。

オスマン帝国。

オーストリアとプロイセンの対立。

ドイツ諸邦の均衡。

ヨーロッパには、フランス以外にも多くの問題があった。

レオポルトは、フランスとの戦争を望んでいなかった。

革命によってフランスが弱体化していることは、オーストリアにとって不利益ばかりではない。

戦争を始めれば、莫大な費用がかかる。

ロシアやプロイセンが、その隙に東方で勢力を広げる可能性もある。

何より、妹マリーから署名入りの手紙が届いている。

軍をフランス国境へ集めないでほしい。

外国軍の圧力は、王家を救うどころか危険へさらす。

その言葉を無視して兵を動かすことは、妹を助けることになるのか。

会談の途中、アルトワ伯と亡命者たちがピルニッツへ到着した。

正式に招かれたわけではなかった。

それでも彼らは、フランス王弟という立場を使い、二人の君主との面会を求めた。

レオポルトは迷った末、短い謁見を認めた。

アルトワ伯は、二人の君主の前で深く頭を下げた。

「兄と王家をお救いください。」

レオポルトは静かに答えた。

「フランス国王本人は、軍事的な救援を拒んでいる。」

「兄は自由ではありません。」

「国民議会へ出席し、自らの意見を述べている。」

「監視された議場でございます。」

「外国軍を望まないという書簡には、王妃も署名している。」

アルトワ伯の表情が一瞬だけ揺れた。

だが、すぐに答えた。

「姉上も、パリの人質となっておられます。」

レオポルトの目が険しくなる。

「私の妹が、自らの言葉で書いた手紙だ。」

「陛下。」

「それを偽物だと言うのか。」

「偽物とは申しません。」

アルトワ伯は慎重に言葉を選んだ。

「自由な意思によるものではないと申し上げています。」

「では、国王と王妃が何と言えば、自由な意思だと認める。」

アルトワ伯は答えられなかった。

代わりに、同行していた亡命神官が一歩前へ出た。

「教皇聖下の御判断をご覧ください。」

彼は、破門宣告の写しを差し出した。

「フランス国王は、本来ならば教会を守るべき御方です。」

「その陛下が、教皇聖下から破門された。」

「これは、陛下が御自身の意思を奪われている何よりの証拠です。」

「国王本人の罪ではないのか。」

プロイセン国王が尋ねた。

亡命神官は首を横に振った。

「革命政府によって、罪を犯すことを強制されたのでございます。」

「陛下をパリから解放し、自由な状態で教会と和解していただかなければなりません。」

レオポルトは破門文書を受け取った。

ローマ教皇がルイを断罪する。

亡命者は、その断罪をルイ救出の理由にする。

矛盾している。

だが、政治では矛盾した理屈が、多くの人間を動かすことがある。

「兄は、改革以前の制度へすべてを戻すことを望んでいない。」

アルトワ伯の顔が強張った。

「それも、革命家から吹き込まれた考えです。」

「国王が自ら望んでいるとしたら。」

「あり得ません。」

「なぜだ。」

「王が、自ら王権を手放すはずがないからです。」

レオポルトは、そこで理解した。

アルトワ伯たちが守ろうとしているのは、ルイ本人ではない。

彼らが正しいと信じる王権だった。

たとえ国王本人が改革を望んでも、王はそのようなことを望むはずがないと否定する。

彼らにとって、現実の国王より、理想の王政の方が重要だった。

アルトワ伯は続けた。

「兄個人の一時的な意思ではなく、フランス王家と君主制そのものをお守りいただきたいのです。」

それは、兄に従う弟の言葉ではなかった。

兄の意思に反してでも、自分が正しいと考える王政を守ろうとする者の言葉だった。

⸻

謁見が終わった後、レオポルト二世とプロイセン国王は協議を続けた。

「軍を動かすつもりか。」

レオポルトが尋ねる。

プロイセン国王は答えた。

「オーストリアが単独で動くのであれば、状況は変わる。」

「私は単独では動かない。」

「ならば、我が国も急いで戦争を始める理由はない。」

二人とも、フランスの革命を好んではいなかった。

王権が制限される。

身分制度が廃止される。

教会財産が国家に没収される。

その思想が自国へ広がることは警戒している。

しかし、警戒していることと、直ちに戦争を始めることは同じではない。

戦争には金が必要だった。

兵站が必要だった。

他の列強の協力も必要だった。

とりわけイギリスが参加しないまま、オーストリアとプロイセンだけがフランスへ介入することは危険だった。

レオポルトは、亡命者たちを満足させながら、実際の戦争を避ける言葉を探した。

「すべての主要国が同意した場合に限る。」

彼は言った。

「何がだ。」

「フランスに対して共同の措置を取る条件だ。」

プロイセン国王は意味を理解した。

イギリスが簡単に同意しないことは分かっている。

ロシアも、自国の利益にならなければ軍を西へ動かさない。

スペインやサルデーニャだけが賛成しても、ヨーロッパ全体の共同介入とは呼べない。

すべての主要国が同意した場合。

それは強い言葉に見える。

だが、実際には行動しないための条件でもあった。

「声明だけを出すのか。」

「ああ。」

「国王と王家の安全に関心を持っていると示す。」

「教会の分裂と、国王の破門を憂慮する。」

「他国が同意するなら、必要な措置を取る用意があると宣言する。」

「亡命者たちは、それを勝利と呼ぶだろう。」

「呼ばせておけばよい。」

レオポルトは答えた。

「軍を動かさずに彼らを満足させられるなら、それが最も安い。」

二人の君主は、宣言の文面を整えた。

そこには、フランス国王の状態がヨーロッパ諸君主共通の関心事であると記された。

国王が完全な自由を取り戻し、王権とフランス国民の幸福を両立させる統治制度を確立できるよう求めるとされた。

さらに、他の列強が同意するならば、オーストリアとプロイセンも必要な措置を取る準備があると宣言された。

必要な措置。

その言葉が何を意味するのかは、明確に書かれていない。

外交的な圧力。

経済的な制裁。

国境への軍隊集結。

あるいは戦争。

どのようにも読めた。

レオポルトにとって、それは戦争を避けるための曖昧な言葉だった。

アルトワ伯にとっては、列強が革命を武力で潰すと約束した言葉だった。

そしてフランスの革命家にとっては、外国君主による宣戦布告に等しい言葉となった。

一七九一年八月二十七日。

ピルニッツ宣言が発表された。

⸻

宣言の写しは、ただちに亡命者たちの手によって各地へ送られた。

彼らは「すべての主要国が同意するならば」という条件を小さく扱った。

代わりに、次の言葉を強調した。

『フランス国王の状態は、ヨーロッパすべての君主に共通する問題である。』

『必要な措置を取る用意がある。』

亡命者たちは祝杯を上げた。

「ついに皇帝とプロイセン国王が動いた。」

「フランス国境へ軍が集まる。」

「国内の忠臣たちも立ち上がる。」

「革命は終わる。」

実際には、進軍の日付も決まっていない。

兵力も決まっていない。

他国の同意も得られていない。

それでも、彼らにとって宣言は勝利だった。

国王本人が拒絶した外国介入を、国王救出の名目でヨーロッパの外交問題にすることに成功したからである。

⸻

数日後。

パリ。

国民議会。

議場には、ピルニッツ宣言の翻訳文が置かれていた。

議長が読み上げるにつれ、議員たちの表情が険しくなっていく。

「必要な措置とは何だ。」

一人の議員が叫んだ。

「軍事侵攻以外に、何がある。」

「国王を救うという名目で、フランスへ軍を入れるつもりだ。」

「我々の憲法を、外国の君主が決めるのか。」

「フランス国民を、外国兵の銃剣へ従わせるつもりか。」

穏健派議員が、宣言文を持ち上げた。

「待っていただきたい。」

「ここには、他の列強すべてが同意する場合と書かれている。」

「イギリスが同意するとは限らない。」

「直ちに戦争が始まると決まったわけではない。」

急進派議員が反論する。

「軍隊が国境を越えてからでは遅い。」

「彼らはフランス国王の状態を、ヨーロッパ共通の問題だと宣言した。」

「つまり、我が国の政治へ介入する権利があると主張しているのだ。」

別の議員が立ち上がる。

「国王陛下は、本当にこの宣言を求めていないのか。」

議場が静まった。

再び、すべての視線がルイへ向けられた。

ルイは議場の前方に座っていた。

手には、ピルニッツ宣言の写しがある。

指が震えていた。

自分は、外国軍を求めていないと公表した。

レオポルト二世にも、軍を国境へ近づけないよう頼んだ。

国民議会へ書簡の全文を提出した。

それでも、宣言は出された。

「求めていない。」

ルイは答えた。

「陛下の弟君であるアルトワ伯が、ピルニッツで列強へ介入を求めたとの報告があります。」

「私の命令ではない。」

「亡命貴族たちは、国王陛下の救出を目的としていると主張しています。」

「私は、救出を頼んでいない。」

「では、皇帝とプロイセン国王の宣言を拒絶されますか。」

ルイは立ち上がった。

膝が震える。

議場にいるすべての者から、疑われているように感じる。

前世の記憶が胸の奥で騒ぎ始める。

外国との内通。

王妃の書簡。

亡命貴族。

戦争。

裏切り者と呼ばれる国王。

やがて訪れる裁判。

だが、今回は違う。

自分は手紙を隠していない。

逃げてもいない。

外国軍を求めてもいない。

「拒絶する。」

ルイは言った。

「フランスの国境へ、外国軍が圧力を加えることを拒絶する。」

「フランスの法律を、外国の君主が決めることも拒絶する。」

「私を救うという名目で、フランス国民を脅すことを認めない。」

議場がざわめいた。

ルイは宣言文を持ち上げた。

「私は、オーストリア皇帝へ軍を動かさないよう求めた。」

「それでも、この宣言は出された。」

「ならば、これは私のための宣言ではない。」

「王家のためでもない。」

「外国の君主と亡命者が、自分たちの望むフランスを作るための宣言だ。」

一人の保守派議員が叫んだ。

「陛下は、教皇聖下から破門されたのです。」

「それでもなお、誤りを認めないのですか。」

ルイの顔が歪んだ。

破門という言葉は、今でも胸へ突き刺さる。

「教皇聖下との和解は求める。」

「だが、外国軍の力で信仰を取り戻すつもりはない。」

「銃剣によって受け入れさせられた信仰を、神が望まれるとは思わない。」

今度は、議場の広い範囲から拍手が起こった。

急進派も。

穏健派も。

立憲王政派も。

理由は異なっていた。

それでも、外国軍による干渉を拒絶するという一点では一致していた。

しかし、全員が同じことを考えているわけではなかった。

外国の君主から脅された以上、フランスも軍備を整えなければならない。

国境へ兵を送らなければならない。

亡命者の拠点へ圧力を加えなければならない。

そして、必要ならば先に攻撃すべきだ。

その考えが、議員たちの間で生まれ始めていた。

レオポルト二世は、戦争を避けるために曖昧な宣言を出した。

だが、その曖昧さが、フランス人の最も恐れる意味へ読み替えられようとしていた。

⸻

その夜。

テュイルリー宮殿。

ルイは一人で机の前に座っていた。

机の左には、教皇による破門宣告。

右には、ピルニッツ宣言。

一方は、信仰の名によってルイを教会から追放した。

もう一方は、王家を守るという名によってフランスへ圧力を加えた。

どちらも、ルイのためだとは書かれていない。

だが、どちらもルイの名を中心として動いていた。

マリーが部屋へ入ってきた。

「兄の宣言を読みました。」

「ああ。」

「兄は、戦争を望んでいるのでしょうか。」

「おそらく、望んでいない。」

「では、なぜあのような宣言を。」

「亡命者を満足させるためだ。」

「他の君主へ、何もしていないと思われないためだ。」

「そして、実際には動かなくても済むように、全列強の同意という条件を付けた。」

マリーは宣言文を見た。

「ですが、フランスでは戦争の脅しだと受け取られています。」

「ああ。」

「兄は戦争を避けるために書き。」

「パリは戦争へ備えるために読む。」

ルイは両手で顔を覆った。

「言葉が、書いた者の手を離れている。」

「教皇の破門も。」

「兄の宣言も。」

「亡命者の訴えも。」

「誰もが自分に都合のよい意味へ変えている。」

マリーはルイの隣へ座った。

「これから、どうするのですか。」

ルイは答えられなかった。

前世では、ピルニッツ宣言の後、フランス国内で外国への警戒が高まった。

戦争を望む者が力を得た。

亡命者を排除するため。

革命を守るため。

外国の王たちへ自由を広めるため。

理由は異なっていても、多くの者が戦争という一つの結論へ近づいていった。

そして戦争は、王家への疑いをさらに強めた。

敗北すれば、国王が敵へ情報を渡したと疑われる。

勝利しても、革命の熱狂が高まる。

前世と同じ道が、形を変えて目の前へ現れていた。

ヴァレンヌ逃亡は起こらなかった。

国王一家は捕まらなかった。

共和政を求める大規模な請願も、あの日には生まれなかった。

それでも、国外の亡命者は動いた。

神官たちはローマへ訴えた。

教皇はルイを破門した。

亡命者は破門を利用した。

オーストリアとプロイセンは、戦争を避けるために宣言を出した。

そしてフランスでは、その宣言を理由に戦争を求める声が生まれ始めた。

「歴史は。」

ルイは震える声で言った。

「一つの道を塞いでも、別の道を探す。」

マリーは、机の下で震えているルイの手を握った。

「それでも、同じ道ではありません。」

ルイは顔を上げた。

「以前のあなたは、外国へ助けを求めたのでしょう。」

「ああ。」

「今は、外国の介入を拒絶しました。」

「だが、宣言は出された。」

「それでも違います。」

マリーは言った。

「少なくとも、あなたは国民へ嘘をついていません。」

「その違いが、何かを変えるでしょうか。」

「変わると信じなければ、何も選べなくなります。」

ルイは教皇の破門宣告を見た。

次に、ピルニッツ宣言を見た。

そして、その二枚の間へ白い紙を置いた。

「何を書くのですか。」

マリーが尋ねる。

「議会への提案だ。」

「どのような。」

「国境の兵力。」

「亡命者の部隊。」

「オーストリアとプロイセンの動員状況。」

「噂ではなく、事実を調べる。」

「戦争を始めるためですか。」

「戦争を避けるためだ。」

ルイは羽根ペンを取った。

「脅威を小さく見せれば、備えが遅れる。」

「大きく見せれば、恐怖から先に攻撃してしまう。」

「だから、正確に知らなければならない。」

紙の上へ、最初の文字を書く。

『国境情勢調査委員会設置案。』

マリーは、その文字を黙って見つめた。

ローマ教皇は、教会を守るためにルイを破門した。

亡命者たちは、ルイを救うためにその破門を利用した。

外国の君主たちは、平和を守るために軍事的な宣言を出した。

誰もが、自分は正しいものを守っていると信じていた。

だが、その結果として。

フランスとヨーロッパは、戦争へ向かって一歩進んだ。

ルイは、戦争を止めるための文書を書き始めた。

窓の外では、パリの教会の鐘が鳴っていた。

破門された国王のために鳴らされた鐘ではない。

ただ、いつもの時刻を告げる鐘だった。

それでもルイには。

その音が、遠くから近づいてくる軍靴の響きのように聞こえていた。

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