六百六十リーブル足りない
第五十三話 「六百六十リーブル足りない」
1790年4月。
サン=マルタン地区。
公的徴税制度の試験運用が始まってから、最初の納期限を迎えていた。
かつて徴税請負人の地方出張所として使われていた建物には、新しい看板が掲げられている。
『サン=マルタン地区公的徴税所』
建物は同じだった。
窓も、扉も、石造りの壁も変わっていない。
だが、内部の仕組みは大きく変えられていた。
入口の壁には、税率と納期限が掲示されている。
基礎人頭税。
地租。
商工業税。
誰が、何を基準として、いくら払うのか。
納税延期を申請する方法。
税額に異議を申し立てる方法。
徴税官が受け取ることを許されていない手数料。
すべてが、大きな紙に書かれていた。
窓口には、通し番号の入った領収書が用意されている。
一枚を納税者へ渡し、同じ番号の控えを徴税所に残す。
徴収した金は、その日のうちに帳簿と照合する。
金庫には二つの鍵があり、一つを徴税官リュシアン・デュフールが、もう一つを会計官エティエンヌ・モレルが管理していた。
どちらか一人だけでは、金庫を開くことができない。
納期限の日。
最後の納税者が帰ったあと、デュフールとモレルは扉を閉めた。
二人は机の上へ領収書の控えを並べる。
銅貨。
銀貨。
小額紙幣。
納められた金を種類ごとに分け、一枚ずつ数えていく。
若い書記官が、金額を読み上げた。
「五千九百四十リーブル。」
モレルは帳簿を見る。
領収書の合計も、五千九百四十リーブル。
数字は一致している。
しかし、机の端には二スーが残っていた。
デュフールが首をかしげる。
「数え間違いではないか。」
三人でもう一度数える。
結果は同じだった。
領収書の合計より、現金が二スー多い。
書記官は安堵したように笑った。
「不足ではありません。」
「多いのですから、国庫へ入れておけばよいのでは。」
モレルは首を振った。
「不足だけが間違いではない。」
「多すぎることも間違いだ。」
「しかし、二スーです。」
「二スーであっても、法律にない金を国庫へ入れれば税になる。」
モレルは領収書の控えを最初から確認した。
受付を担当した職員を呼び、納税者が支払ったときの様子を一人ずつ聞く。
やがて、一人の農民が税額より二スー多く差し出していたことが分かった。
「何の金だ。」
デュフールが尋ねる。
受付の職員は気まずそうに答えた。
「筆記料だと思います。」
「新制度では禁止されている。」
「私は求めておりません。」
「ですが、あの農民は以前から、領収書を受け取る際に二スーを払っていました。」
「机へ置いて、そのまま帰ってしまったのです。」
デュフールは二スーを封筒へ入れた。
「明日、返そう。」
モレルが頷く。
「返したことも帳簿へ残す。」
「そこまでするのか。」
「そこまでしなければ、次は四スーになる。」
「その次は、一リーブルになる。」
翌朝。
徴税官は農民の家を訪れ、二スーを返した。
農民は困惑した。
「領収書を書いてもらった金です。」
「領収書は税に含まれている。」
「ですが、以前は払っていました。」
「以前の徴税人は、もういない。」
デュフールは農民の手へ二スーを握らせた。
「これからは、掲示された額だけを払え。」
「それ以上を求められたら、私か監査官へ知らせてくれ。」
農民は二スーを見つめた。
それは、ごく小さな金だった。
パン一つを買えるかどうか。
だが。
新しい徴税制度が古い制度と違うことを、その農民が初めて実感した瞬間でもあった。
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徴税所へ戻ったモレルは、帳簿を開いた。
余分な二スーは持ち主へ返した。
現金と領収書の合計は、完全に一致した。
五千九百四十リーブル。
金庫の金は、一スーも不足していない。
徴税官による横領もない。
領収書の紛失もない。
二重に使われた番号もない。
会計処理だけを見れば、新しい徴税制度は正しく機能していた。
だが、モレルの表情は晴れなかった。
この地区で、第一期に徴収する予定だった税額は六千六百リーブル。
実際に集まった金額は五千九百四十リーブル。
差額。
六百六十リーブル。
徴収予定額の、ちょうど一割だった。
デュフールが腕を組む。
「試験問題と同じだな。」
公的徴税官の採用試験で出された問題。
『ある地区の年間課税額は二万六千四百リーブルである。』
『税は四回に分けて徴収する。』
『第一期に集まった金額は五千九百四十リーブルであった。』
『第一期分の滞納額を求めよ。』
答えは六百六十リーブル。
モレルは試験で、迷うことなくその数字を書いた。
「まさか。」
モレルは帳簿を見つめた。
「あの問題は、この地区の数字だったのか。」
「財務委員会が、試験運用の途中経過から作ったらしい。」
デュフールは苦笑した。
「試験では、引き算をするだけだった。」
「現実では。」
モレルは滞納者名簿を開いた。
「なぜ六百六十リーブル足りないのかを、調べなければならない。」
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二人は、未納者を一人ずつ確認した。
最初の名簿には、納税延期を認められた者たちが並んでいた。
病人。
失業者。
不作によって収入を失った農家。
主要な働き手を亡くした家庭。
その中には、以前ルイが村を訪れた際に会った寡婦、マリー・ルフェーヴルの名もあった。
彼女には、病気の子どもがいる。
六か月の納税延期が正式に認められていた。
モレルは金額を合計した。
「一八〇リーブル。」
デュフールが尋ねる。
「取り立てるか。」
「取り立てない。」
「審査委員会が延期を認めている。」
「では、滞納ではないのか。」
「今期に入らなかったという意味では滞納だ。」
「だが、納税拒否ではない。」
モレルは名簿の横へ書いた。
『生活困窮による承認済み延期。一八〇リーブル。』
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次に調べたのは、住民台帳だった。
徴税官が一軒ずつ訪ねると、すでに亡くなった者の名が残っていた。
前年に別の地区へ移った者。
同じ人物が、結婚前と結婚後の姓で二重に登録されている例。
隣接する二つの村で、同時に課税されている者。
成人として登録されているが、実際にはまだ課税年齢に達していない者。
「全部で一二〇リーブル。」
デュフールは顔をしかめた。
「これは、どうする。」
「台帳から削除する。」
「削除すれば、予定税収が減る。」
「死者から税は取れない。」
「別の村へ移った者から、この地区が税を取ることもできない。」
「だが、帳簿上では六千六百リーブルが入る予定だった。」
モレルは首を横に振った。
「入るはずのない金を予定に入れたのが間違いだ。」
『住民台帳の誤り。一二〇リーブル。』
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三つ目は、地租への異議申立てだった。
丘陵地にある葡萄畑。
冬の霜で木が傷み、今年の収穫が大きく減ると見込まれている。
川沿いの農地。
前年の洪水で土が流され、一部が耕作不能になった。
所有者たちは、地租を免れたいとは言っていない。
ただ、平年と同じ収益が得られるという前提で課税されたことへ異議を申し立てていた。
別の農家では、実際に耕していない荒れ地まで葡萄畑として評価されている。
異議申立ての対象となった金額。
一六〇リーブル。
「審査が終わるまで、徴収できない。」
デュフールが言う。
モレルは頷いた。
「だが、いつまでも止めるわけにはいかない。」
「評価委員会へ、回答期限を設けるよう求めよう。」
「税額のすべてを争っているわけではない者には。」
「争いのない部分だけ、先に払ってもらう。」
『地租評価への異議申立て。一六〇リーブル。』
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最後に残ったのは、二〇〇リーブルだった。
納税能力がない者ではない。
台帳の誤りでもない。
税額への正式な異議申立ても出していない。
払えるのに、払っていない者たち。
その中には、ベルモン子爵の名があった。
以前、子爵は所有する水車小屋の名義を従兄へ移していた。
だが、実際には水車小屋から得られる賃料を受け取り続けている。
名義だけを変え、地租を逃れようとした可能性が高いとして調査されていた。
子爵に課せられた第一期分。
一二〇リーブル。
もう一人は、町で穀物を扱う大商人だった。
彼は国民議会によって旧税が廃止されたのだから、新税も憲法が完成するまで払う必要はないと主張している。
未納額。
八〇リーブル。
合わせて二〇〇リーブル。
デュフールが確認する。
「二人とも、払えるだけの財産がある。」
「ある。」
「正式な異議申立ても。」
「出していない。」
「では。」
デュフールは滞納者名簿を閉じた。
「これは、払えない者ではない。」
「払わない者だ。」
モレルは最後の欄へ書いた。
『支払い能力を有する者による意図的な未納。二〇〇リーブル。』
四つの数字が並んだ。
生活困窮による承認済み延期。
一八〇リーブル。
住民台帳の誤り。
一二〇リーブル。
地租評価への異議申立て。
一六〇リーブル。
意図的な未納。
二〇〇リーブル。
合計。
六百六十リーブル。
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数日後。
パリ。
国民議会。
サン=マルタン地区の徴税報告が提出された。
議員たちが最初に見たのは、最後の数字だった。
予定額。
六千六百リーブル。
徴収額。
五千九百四十リーブル。
不足額。
六百六十リーブル。
「一割も足りない。」
「公的徴税は失敗ではないか。」
「徴税請負人なら、契約額を国庫へ納めていた。」
「徴税官の給料を、徴収額に応じて決めるべきだ。」
「多く集めた者ほど、多く受け取るようにすればよい。」
別の議員が叫ぶ。
「不足分は徴税官に弁償させるべきです。」
「徴税官が自分の財産を失うとなれば、必死に集めるでしょう。」
「村全体へ連帯責任を負わせる方法もあります。」
「一人が払わなければ、他の住民が補う。」
「そうすれば、村人同士で滞納者を監視します。」
ルイの表情が強張った。
以前の直接税徴収では、村の徴税担当者が不足分を負わされることがあった。
徴税担当者は、自分が破産しないために近隣住民へ迫った。
払えない家から羊を奪う。
農具を持ち去る。
不足分を、他の住民へ上乗せする。
徴税請負人を廃止しても、同じ仕組みを公的徴税官へ押し付ければ、結果は変わらない。
「認めない。」
ルイが言った。
「しかし、陛下。」
「徴税官へ不足分を弁償させれば。」
「徴税官は不足を隠すようになる。」
「払えない者からでも奪う。」
「死者の家族へ税を請求する。」
「税額に正当な異議を申し立てた者まで滞納者として扱う。」
「村全体へ連帯責任を負わせれば。」
「貧しい者の不足を、別の貧しい者へ負わせるだけだ。」
議員が反論する。
「では、六百六十リーブルを諦めるのですか。」
「諦めるとは言っていない。」
ルイはモレルへ視線を向けた。
「報告せよ。」
緊張した面持ちで、モレルが演壇へ立った。
染色職人の息子。
織物商会の元会計係。
試験によって選ばれた、最初の公的会計官の一人。
国民議会で報告するのは初めてだった。
手にした紙が、わずかに震えている。
それでも、モレルは一つずつ数字を読み上げた。
「六百六十リーブルは、一つの理由で不足したのではありません。」
「一八〇リーブルは、病気、不作、失業によって、正式に納税延期を認められた者の分です。」
「一二〇リーブルは、死亡、転居、重複登録など、住民台帳の誤りです。」
「一六〇リーブルは、土地評価への異議申立てが審査中です。」
「残る二〇〇リーブルが、支払い能力を持ちながら納税を拒んでいる者の分です。」
議員たちは、配られた報告書へ目を落とした。
同じ六百六十リーブル。
だが、四つに分けられたことで、その意味はまったく違って見えた。
ルイが言う。
「一八〇リーブルは、今は待つべき金だ。」
「一二〇リーブルは、最初からこの地区が受け取るべきではなかった金だ。」
「一六〇リーブルは、正しい税額を決めるために止まっている金だ。」
「最後の二〇〇リーブルは。」
「払える者から、法律によって集めるべき金だ。」
改革派の議員が尋ねる。
「しかし、台帳から一二〇リーブルを削除すれば、歳入見積りが減ります。」
「減らす。」
ルイは即座に答えた。
「存在しない税収を帳簿に残しても、国庫が豊かになるわけではない。」
「帳簿の上で集めた税で。」
「兵士へ給料を払うことはできない。」
「パンを買うこともできない。」
「借金の利息を払うこともできない。」
⸻
ネッケルが立ち上がった。
「陛下のお考えは正しい。」
「ですが。」
その一言で、議場の空気が変わった。
ネッケルは別の計算書を掲げた。
「理由が異なることを確認しても。」
「国庫へ入った現金が六百六十リーブル少ない事実は変わりません。」
「これは試験地区一つの数字です。」
「もし、二億リーブル分の税について同じ割合の不足が生じれば。」
ネッケルは計算結果を読み上げる。
「不足は、二千万リーブルになります。」
議場が騒然となった。
二千万リーブル。
徴税請負人から受け取っていた前金もない。
請負契約による定額納付もない。
公的徴税では、実際に集まった金しか国庫へ入ってこない。
病人を待つこと。
誤った台帳を直すこと。
異議申立てを審査すること。
すべて正しい。
だが、その正しさは、今日必要な現金を生み出してはくれない。
「二千万。」
誰かが繰り返した。
「それでは軍へ給料を払えない。」
「国債の利息が止まる。」
「また国家破産だ。」
机を叩く音が、議場のあちこちから響いた。
ルイの肩が跳ねた。
その音が、太鼓の音へ変わる。
胸の奥が冷たくなる。
視界の端が暗くなる。
二千万。
国家破産。
軍の反乱。
民衆の怒り。
処刑台。
頭の中で、数字が一つの結末へ結びついていく。
息が苦しい。
ルイは机の上の紙を見た。
六百六十。
一八〇。
一二〇。
一六〇。
二〇〇。
一つずつ、数字を目で追う。
これは未来の宣告ではない。
原因の分かった数字だ。
原因が分かれば、対応を分けられる。
ルイは大きく息を吸った。
そして、ゆっくり吐いた。
「だからこそ。」
震えを押さえながら、口を開く。
「賦課した額と。」
「実際に入った現金を、別に記録しなければならない。」
ネッケルが頷いた。
「予算上の税収と、国庫の現金を分けるのですか。」
「そうだ。」
「六千六百リーブルを課したからといって。」
「今日、国庫に六千六百リーブルあるとは限らない。」
「国庫は、十三週間先まで。」
「いつ、いくら入るのかを予測する。」
「納税延期の一八〇リーブルは、支払予定を後ろへ移す。」
「台帳誤りの一二〇リーブルは、歳入見積りから削る。」
「異議申立て中の一六〇リーブルは、争いのない部分だけ先に集める。」
「意図的な未納二〇〇リーブルは、直ちに法的手続きを始める。」
「それでも今月足りない現金は。」
ネッケルが尋ねる。
「移行準備金を使う。」
「ただし、兵士の給与、病院、食料、公債利払いなど、止められない支出に限る。」
「通常の支出を、すべて準備金で賄うことはしない。」
「公的徴税の不足を、紙幣の追加発行で隠すこともしない。」
議場は静まっていた。
「公的徴税とは。」
ルイは続ける。
「不足がなくなる制度ではない。」
「不足を、徴税人の暴力で隠さない制度だ。」
「だが。」
「理由を説明しただけで、金が増えるわけでもない。」
「公平と資金繰り。」
「国家は、その両方を守らなければならない。」
⸻
サン=マルタン地区。
ベルモン子爵の屋敷へ、正式な督促状が届けられた。
子爵は書類を一瞥すると、机へ放り投げた。
「私は地租の額に異議がある。」
徴税官デュフールは答える。
「異議申立書は提出されておりません。」
「今、口頭で伝えた。」
「正式な申立てにはなりません。」
「書記官を呼び、書類を作らせる。」
「提出はできます。」
「ただし、争いのない基礎人頭税と商工業税については、納期限が過ぎております。」
子爵は笑った。
「以前の徴税人なら、もう家畜を数え始めていただろう。」
「国の徴税官は、随分と弱い。」
「私は、陛下の命令なしには何もできないのではないか。」
デュフールは首を振った。
「国王個人の命令では動きません。」
「法律によって動きます。」
「七日以内に支払いがなければ、地区裁判所へ徴収命令を申請します。」
「私の屋敷へ押し入るのか。」
「いいえ。」
「水車小屋から子爵へ支払われる賃料を調べました。」
子爵の笑みが消えた。
「裁判所の命令が出れば。」
「滞納額に達するまで、その賃料を地区金庫へ納めてもらいます。」
水車小屋を壊す必要はない。
粉挽き職人から道具を奪う必要もない。
子爵の屋敷から家具を運び出す必要もない。
子爵が受け取る収入から、税を徴収すればよい。
「私の従兄が所有者だ。」
「登記上は、そうなっています。」
「ですが、賃料は子爵が受け取っています。」
「その記録も提出します。」
デュフールは一礼した。
「七日後、裁判所でお会いしましょう。」
⸻
穀物商人にも、同じように督促状が渡された。
商人は、憲法が完成するまで新税は無効だと主張した。
だが、国民議会が新税を法律として可決し、国王も承認している。
支払いを拒む法的な根拠はなかった。
商人は軍への小麦納入代金として、国庫から一〇〇リーブルを受け取る予定になっていた。
裁判所は、そのうち八〇リーブルを納税へ充てることを認めた。
子爵の水車小屋賃料。
一二〇リーブル。
穀物商人への支払予定金。
八〇リーブル。
意図的に未納となっていた二〇〇リーブルは、家財を運び出すことなく徴収された。
最初の徴収額。
五千九百四十リーブル。
追加徴収。
二〇〇リーブル。
合計。
六千百四十リーブル。
それでも、当初予定より四百六十リーブル少ない。
一八〇リーブルは延期。
一二〇リーブルは台帳から削除。
一六〇リーブルは審査中。
不足は消えなかった。
だが。
誰から取るべき金か。
誰から今は取るべきでない金か。
どの金が、そもそも存在しなかったのか。
国家は初めて、それを区別して記録した。
⸻
その夜。
テュイルリー宮殿。
ルイは、サン=マルタン地区の修正報告書を読んでいた。
予定額と現金収入が、別の欄に書かれている。
延期分には、次の支払予定日が記されている。
台帳誤りは、歳入見積りから削除されている。
異議申立てには、審査期限が付けられている。
意図的な未納分には、徴収手続きと入金日が記されている。
ネッケルが言った。
「帳簿上の歳入は減りました。」
「だが。」
ルイは報告書を閉じる。
「国家が本当に使える金額は、以前より分かるようになった。」
「はい。」
「正しくない黒字より。」
「理由の分かる不足の方が、まだ対処できます。」
そのとき。
廊下から足音が聞こえた。
書記官が、一通の封書を持って入ってくる。
「陛下。」
「ルーアンへ派遣されたヴァルニエ監査官補佐から、急報です。」
ルイは封書を受け取った。
蝋封を割る。
中には報告書と、小さな紙片が入っていた。
紙片の端は黒く焼け焦げている。
ルイは報告書を読み進めた。
『焼け跡から回収された紙片を確認しました。』
『紙には帳簿用の罫線も、頁番号もありません。』
『失われた補助簿に付いていたはずの真鍮製の留め具も、焼け跡から発見されておりません。』
『市門の通行記録によれば、火災の約二時間前、徴税倉庫から覆い付きの荷車が一台出ています。』
『通行証へ署名したのは、ルーアン徴税区の責任者です。』
ルイの目が、最後の一文で止まった。
『結論。』
『焼かれたのは、帳簿ではありません。』
『古い表紙へ白紙を挟んだ、偽物です。』
『本物の帳簿は、火災前に持ち出されたと考えられます。』
ネッケルが尋ねる。
「何と。」
ルイは、焼け焦げた紙片を机へ置いた。
「帳簿は、灰になっていなかった。」
六百六十リーブルの不足には、それぞれ違う理由があった。
そして。
消えた一冊の帳簿にも。
消さなければならない理由があった。




