第十六話 黒字だった筈
1787年2月22日。
ヴェルサイユ宮殿。
冬の冷気が、広大な宮殿の回廊にまで入り込んでいた。
暖炉には絶えず薪がくべられている。
それでも、ルイ十六世の指先から冷たさが消えることはなかった。
寒さのせいだけではない。
今日、この場所で王国の運命が決まる。
少なくとも、ルイはそう考えていた。
王の命によって、フランス各地から名士たちが招集されていた。
王族。
大貴族。
公爵。
侯爵。
元帥。
高位聖職者。
高等法院の司法官。
地方行政を知る有力者。
招集された者は、一四四名。
彼らは王国の中で最も富み、最も名誉を持ち、最も大きな影響力を有する者たちだった。
そして何より。
これからカロンヌが提案する改革によって、最も大きな負担を求められる者たちでもあった。
ルイは控えの間で、何度も演説の原稿を読み返していた。
同じ一行を読んでは、また最初へ戻る。
紙を持つ指に、知らず知らずのうちに力が入っていた。
(大丈夫だ。)
(彼らとて、フランス人だ。)
(王国が滅びようとしていると知れば、理解してくれる。)
そう自分に言い聞かせる。
しかし、胸の奥では別の声が囁いていた。
――本当に、そうか?
――彼らは自らの特権を手放すのか?
――自分の土地に税がかかると知って、それでも王国のために賛成するのか?
ルイの喉が小さく鳴った。
前世の記憶が、不吉な未来を見せる。
名士会の失敗。
カロンヌの失脚。
高等法院との対立。
三部会の招集。
そして、革命。
一つ一つの出来事が、階段のようにつながっていた。
その階段の先に何があるのか、ルイは知っている。
群衆。
処刑台。
首を押さえつける荒い木。
頭上で光る刃。
「陛下」
声をかけられ、ルイは肩を跳ねさせた。
振り返ると、カロンヌが立っていた。
財務総監シャルル・アレクサンドル・ド・カロンヌ。
いつもなら自信に満ちた微笑を絶やさない男だった。
だが、今日ばかりは、その顔にも隠しきれない緊張があった。
「そろそろ、お時間でございます」
「ああ」
ルイは原稿を折り畳んだ。
「カロンヌ」
「はい、陛下」
「彼らは理解するだろうか」
ほんの一瞬。
カロンヌは答えをためらった。
だが、すぐにいつもの力強い表情を作った。
「理解させます」
それは答えではなかった。
しかし、今のルイには、それ以上を尋ねる勇気がなかった。
名士会の会場には、華やかな衣装に身を包んだ者たちが並んでいた。
高価な絹。
金銀の刺繍。
胸元に輝く勲章。
聖職者たちの法衣。
司法官たちの赤い長衣。
フランス王国の権威と富が、そこへ集められたかのようだった。
だが、彼らの間に漂っているのは、祝賀の空気ではない。
警戒。
疑念。
そして、自分たちに何を要求されるのかという不安だった。
すでに噂は広まっていた。
財政総監カロンヌが、特権身分にも土地税を課そうとしている。
これまで免税されてきた貴族や聖職者にも、所有地から得る収入に応じて負担を求めるという。
名士たちは、それぞれ小声で言葉を交わしていた。
「政府は、我々の財産を狙っている」
「財政難の責任を押しつけるつもりだ」
「宮廷が浪費した金を、なぜ我々が払わなければならない」
「国王は本当に、この計画を認めておられるのか」
その囁きは、ルイが姿を現すと同時に止んだ。
全員が立ち上がる。
衣擦れの音が、波のように広がった。
ルイは玉座へ向かって歩いた。
一歩。
また一歩。
百を超える視線が、四方から突き刺さる。
足音がやけに大きく聞こえた。
玉座の前に立つ。
振り返る。
そこには王国で最も力を持つ者たちが並んでいた。
だがルイの目には、一瞬だけ、革命裁判所の群衆が重なって見えた。
責める目。
疑う目。
王の言葉を待ちながら、すでに王を信じていない目。
ルイは玉座の肘掛けを握った。
冷たい感触が、掌に食い込む。
(違う。)
(私は、まだ国王だ。)
ゆっくりと立ち上がった。
「諸君」
その声は、わずかに震えていた。
ルイは一度息を吸い、続けた。
「本日、諸君に集まってもらったのは、フランス王国の将来について意見を求めるためである」
「今、王国の財政は重大な危機に直面している」
会場の空気が張り詰める。
「これは、一人の財務総監を交代させれば解決するような問題ではない」
「一時的な借入によって、先送りできる問題でもない」
「王国の制度そのものを改めなければならない」
ルイは名士たちの顔を見渡した。
誰も動かない。
「これまでフランスの負担は、あまりにも不公平に分けられてきた」
「国家を支える者が貧しく、富を持つ者が、その富に見合う負担を免れることがある」
「この状態を放置してはならない」
前列の貴族たちの表情が変わった。
わずかに眉をひそめる者。
隣の者へ視線を向ける者。
露骨に不快そうな顔をする者。
ルイの口の中が乾いた。
それでも言葉を止めなかった。
「これは、特定の身分を罰するための改革ではない」
「貴族を敵とするものでも、教会を敵とするものでもない」
「王国に生きるすべての者が、その能力と財産に応じて国を支える」
「その原則を築くための改革である」
「諸君には、カロンヌが示す計画を聞き、王国を救うために力を貸してもらいたい」
演説が終わった。
拍手は起こらなかった。
ただ、重い沈黙だけが残った。
ルイはゆっくりと腰を下ろした。
心臓が激しく打っていた。
(まだだ。)
(内容を聞けば、分かってくれる。)
(これは彼らの財産を奪うためではない。国家を残すためだ。)
その祈るような期待を背負い、カロンヌが前へ進み出た。
カロンヌは、会場中央に用意された机の前に立った。
机の上には、膨大な帳簿と文書が積まれている。
歳入。
歳出。
借入。
利払い。
年金。
徴税請負。
軍事費。
宮廷費。
それらは、長年にわたって積み重ねられてきた王国の病巣だった。
カロンヌは会場を見渡した。
「諸侯、ならびに聖職者、司法官、王国の名士たる皆様」
「私はまず、誤解のないよう申し上げなければなりません」
「フランスには富があります」
「土地があります」
「農業があります」
「商業があります」
「人口があります」
「勤勉に働き、税を納める臣民がいます」
「この王国は、決して貧しい国ではありません」
何人かの名士が頷いた。
カロンヌは続ける。
「それにもかかわらず、国庫には支払いに必要な現金がない」
「今年支払わなければならない債務があり、来月支払わなければならない利息があり、明日にも支給しなければならない給与がある」
「借金の期限は、我々が制度を整えるまで待ってはくれません」
「債権者も、軍人も、役人も、年金受給者も、約束どおりの支払いを求めます」
「これが、現在の危機です」
カロンヌは帳簿の一冊を開いた。
「歳入が一切ないのではありません」
「問題は、恒常的な歳入では恒常的な支出を賄えず、その不足を新たな借入によって埋め続けてきたことです」
「古い借金を返すために、新しい借金をする」
「新しい借金の利息を払うために、さらに借金をする」
「そして借入を続けるには、王国が将来も返済できると債権者に信じてもらわなければならない」
「その信用が、今まさに失われようとしているのです」
会場のあちこちで、落ち着かない動きが広がった。
カロンヌは声を強めた。
「小さな節約だけでは、もはや救えません」
「一つの税を増額するだけでも救えません」
「財務官を一人罰し、徴税請負人を数人追放したところで、王国全体の構造は変わりません」
「必要なのは、普遍的な改革です」
カロンヌの背後で、書記官たちが改革案を配り始めた。
第一。
全国の土地から得られる収益を対象とし、身分による免除を認めない恒常的な土地課税。
第二。
地方の事情を知る者が行政と課税に参加する地方議会の設置。
第三。
国内交通と商業を妨げる関税や障壁の整理。
第四。
穀物取引を含む経済活動の自由化。
第五。
道路建設のための不公平な賦役を改め、より広く負担を分かち合う制度への移行。
第六。
徴税制度を整理し、国家の歳入が途中で失われる仕組みを改めること。
一つ一つだけを見れば、王国を近代化するための改革だった。
だが、その中心にある原則だけは、誰の目にも明らかだった。
――特権を持つ者も税を負担する。
これまで免除されてきた土地にも、課税の手が伸びる。
カロンヌは両手を机についた。
「この改革は、第三身分だけに新たな苦痛を与えるものではありません」
「これまで重荷を負ってきた者の負担を軽くし、これまで十分な負担をしてこなかった者にも協力を求めるものです」
「身分ではなく、財産と収益に応じて負担する」
「それが、公平というものではありませんか」
その瞬間。
会場の空気が変わった。
カロンヌが語った「公平」という言葉は、第三身分にとっては希望となり得る。
しかし、この場に集められた者たちにとっては、自分たちの権利を奪うための言葉にも聞こえた。
説明が終わる。
沈黙。
カロンヌは返答を待った。
ルイも玉座の上で待った。
誰かが賛成してくれる。
最初の一人が立ち上がれば、他の者も続くかもしれない。
少なくとも、財政危機そのものは理解してくれる。
そう信じたかった。
やがて、一人の大貴族がゆっくりと立ち上がった。
年老いた男だった。
その動作は落ち着いており、声にも怒りはなかった。
むしろ、冷静すぎるほどだった。
「陛下」
「何だ」
「恐れながら、申し上げます」
貴族はカロンヌの資料には目を向けず、自らが持ってきた一冊の本を掲げた。
「私は、財務総監殿の説明を理解することができません」
「何が理解できないのだ」
ルイが尋ねる。
貴族は掲げた本の表紙を、会場の者たちへ見せた。
その瞬間、ルイの背中に冷たいものが走った。
見覚えがあった。
見間違えるはずがない。
『国王への財政報告書』
――Compte rendu au Roi。
1781年。
ジャック・ネッケルが国民へ公表した財政報告書だった。
「ここに記されている数字によれば」
貴族は静かに言った。
「王国の通常収支は赤字ではありません」
「歳入は歳出を上回り、およそ一千万リーブルの余剰があると示されております」
会場がざわめいた。
別の名士が手元の本を開く。
一冊だけではない。
何人もの名士が、同じ報告書を持参していた。
「そのとおりだ」
「私も読んだ」
「王国財政は健全だと、国民へ示されたはずだ」
「公に印刷され、王国中で販売された報告書ではないか」
「六年前には黒字だったものが、なぜ突然、破綻寸前になるのだ」
声が次々に上がる。
ルイの指が玉座の肘掛けに食い込んだ。
爪の先が白くなる。
(来た。)
(やはり、これを持ち出された。)
予想していなかったわけではない。
それでも、実際に目の前へ突きつけられると、呼吸が浅くなった。
あの日。
ネッケルは言った。
国家の信用を守らなければならない。
フランスには返済能力があると、投資家に信じさせなければならない。
信用を失えば、公債を引き受ける者がいなくなる。
そうなれば戦争を続けることも、既存の債務を借り換えることもできなくなる。
だからこそ、通常会計の収支を示した。
戦時の莫大な臨時支出や、新たな借入によって得た資金を含む国家財政の全体像ではない。
王国の日常的な歳入と通常支出を取り出し、そこに余剰が存在するように見せた。
完全な捏造ではない。
だが、真実のすべてでもなかった。
そしてルイは、それを承認した。
市場を安心させるため。
借入を続けるため。
戦争を勝利まで導くため。
何より、王国が改革を実行するための時間を買うために。
だが、借金によって買った時間は、借金とともに消えていた。
別の名士が立ち上がった。
「財務総監殿にお尋ねしたい」
その視線はカロンヌへ向けられていた。
「ネッケル氏の報告書は、誤りだったのですか」
カロンヌは口を開こうとした。
しかし、その前に別の者が声を上げる。
「あるいは、現在の説明が誤りなのですか」
「ネッケル氏は王国が黒字であると言った」
「カロンヌ殿は王国が破綻すると言う」
「どちらを信じろというのだ」
「六年の間に、いったい何が起きたのか」
「どれだけ借り、何に使ったのか」
「我々に新たな税を認めさせたいのであれば、まず帳簿をすべて示すべきではないか」
疑問が疑惑に変わる。
疑惑が非難に変わる。
カロンヌは拳を握り締めた。
それでも声の平静を保った。
「ネッケル氏の報告書は、王国財政の全体を示したものではありません」
騒ぎが少し収まった。
カロンヌは一語ずつ区切るように説明した。
「そこに示されたのは、主として通常会計です」
「恒常的な歳入と通常の行政支出を比較した数字であり、アメリカ戦争に伴う臨時支出、新たな借入、将来にわたって支払わなければならない利息と年金、そのすべてを明瞭に示したものではありません」
「ネッケル氏は、王国の日常的な収支には余力があると主張した」
「しかし、国家の債務全体まで消えたわけではない」
「報告書が示した黒字と、国庫に現金があることは、同じ意味ではありません」
一人の侯爵が立ち上がった。
「それは、言葉のすり替えではないか!」
声が会場に響いた。
「国民は、あの報告書を読んで王国財政が健全だと信じたのだ!」
「債権者も、貴族も、聖職者も、陛下の政府が公表した数字を信じた!」
侯爵は報告書を机へ叩きつけた。
乾いた音が響く。
ルイの肩がわずかに震えた。
「通常会計だけだった?」
「戦争費用を含んでいなかった?」
「それを今になって言うのか!」
「では、我々が見せられたものは何だったのだ!」
別の名士も声を上げる。
「王が国民へ示した報告書は、偽りだったということか!」
「我々は騙されていたのか!」
ざわめきが爆発した。
「説明を求める!」
「完全な帳簿を公開せよ!」
「これでは課税を認められない!」
「誰が真実を語っているのだ!」
ルイの耳の奥で、声が混ざり合う。
名士たちの言葉が、別の言葉に聞こえてくる。
――暴君。
――裏切り者。
――祖国の敵。
――ルイ・カペーに死を。
視界の端が暗くなった。
玉座の間が、一瞬だけ革命裁判所に変わった。
目の前にいる名士たちの顔が、処刑台を取り囲む群衆の顔と重なる。
ルイは必死に肘掛けを握った。
(違う。)
(まだ、そこではない。)
ルイは立ち上がった。
「静まれ!」
普段の彼からは想像できないほど大きな声だった。
会場が静まり返る。
自分自身が最も驚いていた。
膝が震えている。
胸の奥では、心臓が逃げ場を求めるように暴れていた。
それでもルイは、立っていた。
「諸君の疑問は、もっともである」
誰も口を開かない。
「ネッケルの報告書が、王国財政の全体を示していなかったことは事実だ」
カロンヌが振り返った。
名士たちの間にも、驚きが走った。
ルイは逃げなかった。
「当時、我々はアメリカにおける戦争の最中にあった」
「莫大な軍事費が必要だった」
「艦隊を整え、兵を送り、武器と食糧を調達しなければならなかった」
「それを支えるには借入が必要だった」
「だが、信用を失えば、誰も王国へ金を貸さなくなる」
「そのため政府は、通常収支を示すことで、フランスには債務を支える力があると証明しようとした」
前列の司教が尋ねる。
「陛下は、その内容をご存じだったのですか」
問いかけは穏やかだった。
だからこそ、逃げ道がなかった。
ルイは一度目を閉じた。
否定することはできる。
すべてネッケルの責任だったと言うこともできる。
王は詳細を知らなかった。
財務総監に欺かれた。
そう答えれば、自分だけは責任から逃れられるかもしれない。
だが、それを口にすれば、今度こそ王政府の信用は完全に崩れる。
ルイは目を開けた。
「知っていた」
会場の空気が凍りついた。
「報告書が通常会計を中心に構成されていることを、私は知っていた」
「そして、その公表を認めた」
小さなどよめきが起こる。
国王が、自らの責任を認めた。
ルイの脚は、今にも力を失いそうだった。
それでも続ける。
「弁解はしない」
「最終的に許可したのは私だ」
「責任は、国王たる私にある」
その言葉に、カロンヌが顔を強張らせた。
「だが、諸君」
ルイは声を振り絞った。
「我々が何のためにそうしたのかは、理解してもらいたい」
「国家の信用が失われれば、その瞬間に資金調達は止まる」
「軍への給与を払えない」
「役人も動かせない」
「穀物を買い付けることも、災害に備えることもできない」
「債務の返済が滞れば、フランス国王の署名そのものが価値を失う」
「国家は、敵軍に攻め込まれなくとも止まるのだ」
ルイの脳裏に、過去の決断が浮かんだ。
アメリカへの参戦。
艦隊の派遣。
公債の発行。
勝利。
そして、その代償。
「私は、時間を買おうとした」
ルイは言った。
「戦争を終わらせ、改革を行い、王国を再建するための時間を」
「その判断が正しかったと言うつもりはない」
「結果として、借金は増えた」
「改革は遅れた」
「そして今、諸君にこれほど重い負担を求めなければならなくなった」
「それでも、あの時の私には、王国を突然停止させるよりほかに選ぶべき道があるとは思えなかった」
沈黙が落ちた。
それは同意の沈黙ではなかった。
王の告白を、名士たちが測っている沈黙だった。
やがて、一人の司教が立ち上がった。
「陛下のお苦しみは理解いたします」
丁寧な口調だった。
しかし、その眼差しは冷たかった。
「しかし、時間を買うために借金を重ね、その時間の間に根本的な改革が実現されなかったのであれば」
司教はカロンヌの改革案へ目を落とした。
「我々は、さらに借金を増やすための時間を与えただけではありませんか」
その言葉は、刃よりも鋭かった。
ルイは返答できなかった。
実際、そのとおりだった。
時間は買った。
だが、買った時間を使い切る前に、改革は成し遂げられなかった。
テュルゴーは追われた。
ネッケルも去った。
後任者たちは短期間で交代した。
宮廷費を削り、徴税制度を改めようとしても、抵抗に阻まれた。
そして戦争は、想定を超える金を飲み込んだ。
勝利しても、財政は救われなかった。
王国の威信は回復した。
だが、国庫は空になった。
カロンヌが一歩前へ出た。
「だからこそ、今なのです!」
その声には、もはや普段の余裕はなかった。
「過去の責任を論じても、一リーブルの歳入も生まれません!」
「ネッケル氏を非難しても、明日の支払いはできません!」
「私を罷免しても、借金は消えません!」
「陛下を責めても、満期を迎える公債は待ってくれないのです!」
カロンヌは改革案を持ち上げた。
「この計画は、単なる増税ではありません」
「税を支払う者を増やし、第三身分に集中している負担を広く分かち合う」
「地方議会を設け、地方の者自身に税の配分へ参加させる」
「国内の障壁を取り除き、商業を活発にする」
「王国の歳入を、借金ではなく、生産と公平な負担によって支える」
「今ここで改革を始めなければ、数か月後には選択肢そのものがなくなる!」
カロンヌは名士たちを見渡した。
「皆様は、政府が信用を失ったとおっしゃる」
「その批判は受けましょう」
「ならば、信用を取り戻すための改革に力を貸していただきたい!」
「過去の誤りを理由に未来の改革まで拒むならば、いったい誰がこの国を救うのですか!」
一瞬。
本当に一瞬だけ、会場が静かになった。
しかし、最初に返ってきたのは賛同ではなかった。
「財政の全容を示せ」
後方から声が上がる。
「そうだ。すべての帳簿を調査すべきだ」
「宮廷費はいくらなのだ」
「王室の年金はどれだけある」
「財務総監殿自身が、就任以来どれほど借り入れたのか」
「無駄遣いを続けながら、我々に負担を求めるのか」
「政府に信用がない以上、新税を認めることはできない」
カロンヌの顔から血の気が引いていく。
彼は反論しようとした。
「支出削減だけで補える額ではありません!」
「では、なぜもっと早く公表しなかった!」
「危機がそれほど深刻なら、なぜ宮廷は平静を装っていた!」
「王国全体にかかわる恒久税を、この名士会だけで承認してよいのか!」
その言葉に、会場の空気が再び変わった。
問題は、改革の中身だけではなくなった。
誰に、新税を承認する権利があるのか。
国王か。
名士会か。
高等法院か。
それとも、長く招集されていない三部会か。
ある司法官が立ち上がった。
「身分を問わず適用される恒久的な課税は、王国の根本にかかわる問題です」
「そのような税を、我々の助言だけで正当化できるのでしょうか」
別の名士が続く。
「国民全体の同意を必要とするのではありませんか」
誰かが、はっきりと言った。
「それを決められるのは、三部会ではないのか」
三部会。
その言葉を聞いた瞬間、ルイの呼吸が止まった。
遠い鐘の音のように、その三文字が頭の中で繰り返された。
三部会。
1789年。
第三身分。
国民議会。
球戯場の誓い。
バスティーユ。
革命。
そして、ギロチン。
ルイの首筋が冷たくなった。
まだ1787年だ。
まだ二年ある。
いや。
もう二年しかない。
(ここまで来てしまった。)
(歴史は、私を待ってなどくれない。)
名士たちは、王に反逆しようとしているわけではなかった。
少なくとも、この時点では。
彼らは財政危機を否定しているのでもない。
改革の必要性を、まったく理解していないわけでもない。
地方議会に賛同する者もいた。
徴税制度の不合理を認める者もいた。
国内関税の整理を支持する者もいた。
だが、自らの特権に直接触れる土地課税には慎重だった。
そして何より、信用を失った政府に、新たな税を自由に扱わせることを恐れていた。
彼らにとって、問題は単純ではない。
改革か反改革か。
愛国か利己心か。
その二つだけではなかった。
政府は本当に正しい数字を示しているのか。
新しい税は公平に運用されるのか。
宮廷は自らを律するのか。
一度認めた税が、際限なく増やされることはないのか。
その保証を、誰が与えるのか。
しかし、国庫の支払い期限は、彼らが保証を得るまで待ってくれない。
政府には時間がない。
名士たちには政府への信頼がない。
そして政府は、信頼を取り戻すために必要な時間を、すでに借金とともに使い果たしていた。
その日の会議が終わったとき、外はすでに薄暗くなっていた。
名士たちは、いくつもの小部会に分かれて審議を続けることになった。
改革案が直ちに正式否決されたわけではない。
だが、会議の最初の日から、カロンヌの思惑が外れたことは明らかだった。
彼は、選ばれた名士たちなら王の改革に権威を与えてくれると期待していた。
ところが名士たちは、承認者ではなく、追及者となった。
彼らは財政資料を求めた。
借入の内訳を求めた。
宮廷費の削減を求めた。
そして、カロンヌ自身の責任を問い始めた。
名士会を利用して改革への抵抗を抑えるはずだった。
だが今や、名士会そのものが抵抗の中心になろうとしていた。
会議室から人が去った後。
カロンヌは椅子へ崩れるように腰を下ろした。
机の上には、誰にも受け入れられなかった改革案が散らばっている。
「陛下……」
声はかすれていた。
「申し訳ございません」
ルイは返事をしなかった。
窓の前に立ち、曇った空を眺めていた。
庭園には薄い霧が広がっている。
遠くの景色は、灰色の中へ溶けていた。
「彼らは、財政危機を理解していないわけではありません」
カロンヌが言った。
「理解しているからこそ、責任を負うことを恐れているのです」
「それだけではない」
ルイは窓の外を見たまま答えた。
「彼らは我々を信じていない」
カロンヌは黙り込んだ。
「ネッケルの報告書だけが原因ではない」
ルイは続ける。
「何十年も積み重なった不信だ」
「財務総監が代わるたびに、違う数字が示される」
「政府は危機を隠し、金が必要になったときだけ真実を語る」
「そして今度は、国家を救うためだと言って特権を差し出せと求める」
ルイは自嘲するように笑った。
「信じろという方が、無理なのかもしれない」
「しかし、陛下」
カロンヌは立ち上がった。
「彼らが信じるまで待っていれば、国庫が尽きます」
「ああ」
「改革を撤回すれば、借入は続けられません」
「ああ」
「このままでは、本当に国家の支払いが止まります」
「ああ。分かっている」
ルイの声が震えた。
分かっていた。
分かっているからこそ、恐ろしかった。
改革を進めれば、特権身分が抵抗する。
改革を退ければ、財政が崩壊する。
税を増やせば、民衆が苦しむ。
借金を増やせば、信用が死ぬ。
支出を削れば、宮廷も軍も官僚も反発する。
三部会を招集すれば、革命への扉が開く。
招集しなければ、課税を正当化できない。
どの道を選んでも、その先に処刑台が見えた。
カロンヌが静かに尋ねる。
「名士会は、改革案を認めるでしょうか」
ルイは答えようとした。
大丈夫だと言いたかった。
まだ交渉できる。
小部会で説明を重ねれば、理解を得られる。
王族や高位聖職者の中にも、改革の必要性を認める者はいる。
修正を受け入れれば、合意へたどり着けるかもしれない。
だが、その言葉は喉から出なかった。
代わりに出たのは、かすかな声だった。
「分からない」
国王が、財務総監の前で初めてそう認めた。
「私には、もう分からない」
カロンヌは目を伏せた。
ルイは自分の腕を抱いた。
暖炉の火が燃えているのに、体の震えが止まらなかった。
「陛下」
「まだ、終わってはおりません」
カロンヌがそう言った。
今度は彼が王を励まそうとしていた。
ルイはゆっくりと首を振った。
「ああ。まだ終わってはいない」
窓の外へ視線を戻す。
ヴェルサイユの空は、黒い雲に覆われていた。
「だが、カロンヌ」
「はい」
「我々が思っていたよりも、ずっと時間は残されていなかった」
名士会は、その日だけでカロンヌの改革案を正式に葬ったわけではなかった。
審議はその後も続いた。
地方議会など、個別の改革に理解を示す者もいた。
財政危機を認め、何らかの新しい負担が避けられないと考える者もいた。
しかし、名士たちは政府の数字を信用しなかった。
完全な会計の提示を求めた。
宮廷の節約を求めた。
課税を正当化する権限が名士会にあるのかと疑った。
そして、自らの特権を脅かす恒常的な土地課税には、強い抵抗を示した。
王は、名士たちの権威によって改革を正当化しようとした。
だが、名士たちは、その権威を政府への追及に用いた。
国家を救うために招集された会議は、政府の信用がすでに失われていることを、王国中へ示す舞台となった。
そして人々は、同じ疑問を口にするようになる。
――黒字だったはずではないのか。
その問いに、政府は誰もが納得する答えを示せなかった。
追い詰められたカロンヌは、やがて世論へ直接訴えようとする。
名士たちを、特権を守るために改革を妨げる者として批判する。
しかし、その反撃は彼を救わない。
名士会の抵抗。
宮廷内部の敵意。
財政報告をめぐる疑惑。
それらはすべて、一人の財務総監へ向けられていく。
改革を実現するために名士会を招いたカロンヌは、その名士会によって失脚へ追い込まれようとしていた。
そしてルイ十六世は、また一人、財政を救おうとした大臣を失うことになる。
革命まで。
あと二年。




