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ユニゾンと横恋慕  作者: 不定音高ふたつ


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[第五話] 四面楚歌の道化者になる予兆

【登場人物】


小夜:星山小夜(( )ほしやま・さよ)。高校1年生。軽音楽部で、エレキギター担当。タクの幼馴染で、タクに片思い。



タク:水野拓(( )みずの・たく)。高校1年生。小夜の幼馴染。軽音楽部でドラムス担当。メイに恋を始める。



メイ:久米郁葉(( )くめ・いくは)。高校2年生。軽音楽部の先輩。エレキベース担当。大学生の彼氏がいるらしい。



ショージ:東海林ショージ(( )しょうじ・ショージ)。高校1年生。軽音楽部でキーボード担当。現実の恋に、ファンタジーを持ち込みたい。



ヤッ子:牧靖子(( )まき・やすこ)。軽音楽部の顧問であり、タクが町内のイベントで合奏する大人。渦中でうろたえている者を、外側の落ち着いた場所から俯瞰する。



♪ 今話の音楽用語は、このページを下にスクロールした「後書き」に記しました。



[第五話] 四面楚歌の道化者になる予兆




 文化祭用の曲を決める時、サンプル曲の中には、ライブでのメンバー紹介をする曲があった。


 タクの案で、メンバー紹介をオリジナル曲で行うことになった。タクの役目は、曲を盛り上げる構成を考えること。バランス良く、曲の流れがドラマチックになるように。


 それぞれのソロがあるが、タクとメイはユニゾンとなる。これは、サンプル曲が効果的だったので、流用した。


 ユニゾンの練習は、最初は楽譜に書いていたが、「机上の空論の楽譜」を実際に演奏しているうち、楽譜に反映という手間も省き、二人のアドリブが多くなった。


 ユニゾンだけでなく、呼応(( )コール・アンド・レスポンス)や掛け合いもアドリブし、気分次第でいつまでも続く。


 ショージは、タクとメイのアドリブが始まると、わざとらしく休憩の椅子で漫画を読む。これは、客を喜ばせるパフォーマンスで、ショージの案にメイが賛同した。


 アドリブの終わりは、タクがバスドラで拍子を取り、単調な拍にショージが両腕を上げて、手拍子する。こうすると、客もショージに合わせて手拍子する。


 手持ち無沙汰の小夜に、メイが提案。


「小夜ちゃんは、低音のチョーキングや、グリッサンドはできる?」


 小夜は、不機嫌を隠さず、答える。


「あ、はい、できます」


「そしたらさ、拍も調律も無視した、こんな弾き方はできる?」


 メイが、ベースで手本を演奏する。


「はい、できます」


「水野君が、バスドラの拍を刻んだら、その演奏で、入って来てよ」


 タクが賛同する。


「それ、いいな。小夜がそうやったら、お客さんは、「さあ面白くなるぞ」「何が始まるんだろう」「いよいよだな」なんて感じるから、盛り上がる。普通の演奏では使わない技術だから、「そんなこともできるんだ!」って喜ばれる」


「うん……、わかった」


「いつまでも続けていいから。ハーモニクスしながら、チョーキングしたりな。小夜ならできるはずだ」


「ハーモニクスと、チョーキング?」


「小夜は、クラシックギターでやっていただろう。右手で十二フレット目を触りながらハーモニクスを弾く。左手で一フレット目を押さえて、右手で十三フレット目でハーモニクス。それで、チョーキングもするんだ」


「うん……、わかった。でも、それってエレキギターなら、やりにくいよ。クラシックギターよりも、弦とボディの隙間が狭いから」


 タクが残念そうな表情をしたので、小夜が代案を出す。


「あ、だったら、これはどう? ヤッ子先生に教えてもらったワザ」


 ピックを持った右手で弦を弾く時、小指側の手の肉で弦の端を少し触る。ミュート奏法だが、手の肉はすぐに弦から離す。


 ハーモニクスではないので、左手は十二フレット目の付近の、どこでもいい。右手の弾き方を工夫して、ハーモニクスっぽい音色になり、チョーキングもできる。


 メイが褒める。


「小夜ちゃん、さすがっ。ハーモニクスに聞こえるよ」


 小夜は、タクから演奏を期待されたことは嬉しいが、ユニゾンを見せられているので、喜びは萎んでいる。メイから褒められることも、素直に喜べない。


 ハーモニクスっぽい音や、グリッサンド、チョーキングなどは、効果的な演出に使える。スパイスや一発ギャグのようで、お客さんを喜ばせられる。


 ショージも、案を出す。


「星山さんが、そのアドリブを好きなだけしているうちは、僕がみんなと手拍子をするよ。星山さんがコードをエイト・ビートで刻んだら、僕がグリッサンドで加入する」


 タクとメイも賛同する。


「おおっ、それ、いい! ショージも、いい構成をするなあ」


「そこで、Cメロにつなげれば、いいね」


 褒められて、ショージは調子に乗る。


「水野のドラムスと、メイ先輩のベースがバトルして、互いに相手をねじ伏せようとして、デヤーッ、うぬぬ……、バコーン、ドガガガ、こいつ、本気で殺そうとしてるな、なんて互いに思っていて」


「え?」「なんで?」


 メイとタクが、同時に疑問符。


「あたしは、ただ楽しいからだよ」


「俺も、メイ先輩が応えてくれるのが気持ち良くって」


「あ、いや、俺はただ、二人のユニゾンが、ジャッキーチェンっぽくて……」


 ショージは、単に自分の感性の言い訳をしただけだが、そのセリフが、小夜の片思いに対して「中間評価として極めて不利」だと言われたように感じた。


 ドラムスとベースが、魅力的なデュオからユニゾンになる例は多い。クラシックギターが独奏楽器であるように、エレキギターはバンドのメインであり、伴奏楽器でもある。


 誰かに相談したら、きっと応援の気持ちで「必ずそうだというのではない」と言われるだろう。それは、珍しい成功例を用いているから、応援にはならないのに。


 バンドで、ドラムスとギターが絡む例は少ない。小夜は、タクに関することでは「後で考えると、これが最適」から離れたことをしてしまうことが多い。


「(( )どうして、ギターだったんだろう。どうして、ベースじゃなかったんだろう)」




● ●




 文化祭も近くなっている。


 これで、何度目なのか、ショージの歌詞の議論。


 小夜は、歌詞の「恋は罪」に、納得できない。


「これは、夏目漱石の『こころ』からの引用なんだ。登場人物の先生が、若い学生、あ、若い書生だ、書生に「恋は罪悪ですよ」と言ったんだ」


「だから、何なの?」


 夏目漱石だから、許されるとでも思っているのか。小夜の機嫌は直らない。


「恋が罪だというのは、恋を最優先し、それ以外を差し置くから」


「それは、あんたが、いつもいつも、エロいことばかり、考えて、いるから、でしょ!」


 小夜は、読点の度に、ショージを強く指さす。


 メイが、年上のお姉さんのような口調で割り込む。


「ショージ君、羨ましいね。恋に憧れているんだ」


「そうですよ、メイ先輩。僕はまだ、恋をしていない、ピュアな少年なんです」


「なぞなぞの、答えを先に知ることもなく、まだ問題文も読んでいないんだ」


 小夜が驚く。


「恋は、なぞなぞですか? 駆け引きですか? そんな、戦いのような恋なんて、テレビドラマのフィクションだと思います。恋は楽しいものだって、決まっています」


「そうね、きっと本当の恋は、素敵でしょうね」


 メイは微笑んで軽く鼻で笑った。タクが初めてメイと会った、軽音楽部員の勧誘の時にも、この笑い方をした。嘲笑なのか色香なのか、タクには区別も確認もできない。


 小夜にとって、タクとの恋が成就することは、何よりも大切。下手ではあっても、愚鈍であっても、何とかしたい。


 夏目漱石の話を出すことで、ショージは、成長段階で見栄っ張りなのが明らかになった。


「お邪魔しても、いいのかな?」


 ヤッ子が入って来た。


 小夜は、ショージに対して怒っているところなので、表情をどうすればいいのか、迷う。


「ヤッ子先生。ショージの歌詞が、エロくて、困ってるんです」


「エロじゃない、ファンタジーだ!」


「ファンタジーなの? エロなの? どっちかなあ」


 いつものように、ヤッ子の言葉遣いは、おかしい。言葉そのものというより、言い方が不自然。


 タクが簡単に説明する。


「最初から相思相愛の男女がいて、男が望むように女が振舞うのが、二人の幸せという歌です」


「ふうん、そうなんだ」


「男は、女に「笑顔でいて」「甲斐甲斐しく世話をする」などを望んでいて、女もそれに応えることに喜ぶとか、具体的なことが書かれています」


「んーんっ」


 ヤッ子は軽く首を傾げる。


「君たち、高校生の恋愛を、歌っているのかな?」


「そうです。僕達の、等身大の恋愛の歌です」


「だから、等身大じゃなくて、あんたにとっての、エロロロの、ファンタジーでしょっ」


「よし、愉快な仲間たちには入れない顧問として、アドバイスしよう」


 小夜は、解決に向かうことを期待する。


「歌詞も小説も絵画も、アイディアが枯渇しているのを、これで完結したと勘違いすることはある。そんな時、視点を変えたり、視点を広げると、作品が発展する」


「? 僕は、今の歌詞でいいと思っていますが」


「高校生同士ではなく、相手の女の子が恋愛関係ではない、うーん、そうだなあ、二〇歳くらいの大人お姉さんと、中学生の男の子だとして、恋愛関係でもないのに、お姉さんが男の子を、からかうつもりで、ギュー」


 空中で、抱きしめる仕草。


「笑わせないでください。よだれが出ました」


 タクが、口を拭いている。


 小夜がショージを嘲笑する。


「ほら、あんたの好きな、嬉しいエロのファンタジーだよ」


「僕が中学生だったら、もうガマンできません」


 メイが、感情を込めない、解説文のような言い方をする。


「まだ恋愛感情も交際経験も無い中学生は、下ネタは手軽に笑いを得られる便利な道具であり、おもちゃ。だから、コメディの雰囲気もある」


「さすが、久米さん」


 ヤッ子がメイを褒めた。いつものことだが、メイを除いた三人は、メイの本名の「久米郁葉」に接すると、違和感がある。


「これが、視点を広げるということ。次に、視点を変えるなら、こうなる」


 ヤッ子は、挑戦的な表情でショージに言う。


「恋愛関係でもない、二〇歳と中学生の関係の、男女が交替したら?」


 ショージは、歌詞のアドバイスに使えるのか、わからない表情をしている。


 再び、メイが解説文のような言い方をする。


「下品なことを言って、喜ばれるのが少なくなったら、大人になり始めている。本人が子供のままでも、周囲は大人であることを求めている」




● ●




 小夜とタクが登校する電車は、いつもの時刻、いつもの車両、いつもの乗降口。特に、相手を待つことも無く、相手が来なくても心配しない。


 小夜とタクが下校する電車は、いつものように、別々。


 幼馴染であることは、諸刃の剣。一緒にいるだけで生き続ける糧になるのが小夜。タクにとっては、一緒にいることに価値があるのだろうか。


 昨夜のテレビの話もしない。相手を喜ばせる新しい情報も無い。


 朝の登校時に一緒に電車に乗るのは、痴漢対策だと、タクが申し出てくれた。


 夕方の帰宅時は混雑していないので、待ち合わせることはない。いつものように、小夜が一人で座っていた。


 タクが近付いて来た。小夜がギターを脚で支えて座っているのを、隣の車両から見付けて、わざわざ移動して来た。


「なんだ、こんな所にいたんだ」


 イヤホンで耳を塞いでいた小夜は、タクのズボンと靴に気付き、顔を上げた。急いでイヤホンを外した。


「あ、タクちゃんも、この電車だったんだ」


 タクはそっと隣に座った。


 しばらく無言。


「爪、伸ばしていないんだな」


「当たり前でしょ。エレキギターだよ。クラシックギターじゃないんだから、自前の爪は切ったよ」


「しばらくの間、両方を弾いていただろう」


「うん。いきなり、弾き慣れたクラシックギターをやめるのは、気持ちの区切りができなくて」


 また、しばらく無言。


 そういえば、小学生の頃、小夜の爪が割れたせいで、事故が起きた。その時、タクちゃんが助けてくれたんだ。


 下車して、並んで歩いていると、タクが突然、コンビニに誘った。


「買い食いしようぜ」


「いいけど、どうしたの? 急に」


「ポテチとコーラを、小夜と一緒に食いたくなってな」


 意味不明ながら、コンビニに寄り、近くの公園のベンチで食べた。プチデートのような気分。


「今日が卒業した日だな」


「ん? 卒業? 何の?」


「小夜が爪を切った日。卒業式の日」


 クラシックギターをやめて、爪を切った日。小夜は、日付なんて覚えていなかった。単なる「卒業」ではなく「卒業式の日」。


「まっ、卒業っていっても、永遠に終わるんじゃなく、また爪を伸ばしたら、いつでも弾けるけど」


「そうだね」


 嬉しくなった。やっぱり、ただの幼馴染ではなく、気にしてくれてるんだ。


「あたしも、クラシックギターをやめたつもりじゃないよ。できることの全部はできないってこと」


 タクは微笑んでいる。


「どっちも好きだし、だから、迷うんだよね。エレキギターに誘ってくれて、ありがと」


 大きな口でポテチを食べて、タクに笑顔を見せた。


「好きなことが多いって、幸せだな。俺は、幸せそうに何かを食べる小夜を見るのが好きなんだ」


「えっ」


「メシもお菓子も、笑って食べるもんだ。ショージのこともそうだけど、泣きながら何かを食べるなら……」


 指をなめていた小夜は、驚いてタクに振り返る。


「あたしもっ、タクちゃんのために」


「俺のために?」


「何かを食べる時、笑えるように」


 タクは唇を閉じてにっこりし、親指を立てて「Good」を見せた。


 この笑顔。自分の味方でいてくれる笑顔。改めて、小夜は恋を深める。




● ●




 軽音楽部が、学校外で集まることになった。文化祭の衣装用小物を買うため。舞台装置での演出ができないので、せめて衣装で目立とうということ。


 家を出る前の小夜は、気合を入れている。できるだけタクに余計に接触しよう。そうすることで、ショージから言い寄られることを断る気持ちを示すため。


 問題は、メイがタクに、どのように接するか。メイに負けないためには、どうするか、それを考えながら身支度した。


 この日のために、新しい服を買った。まだ暑い季節。華美にならないようなワンピースを選んだ。薄く化粧をするだけで、新しい服だから、タクは喜ぶだろう。


「(( )変な隙間から、ショージにブラジャーを覗き見されないように、しないとね)」


 昨日から、鏡の前で笑顔の練習。今日も笑顔の練習。芸能人になるような美人ではなくても、笑顔の自分を見ると、自己肯定感、多幸感、そして、これからの希望に、心が膨らむ。


 姿見(( )大きな鏡)の前で、姿勢の確認。


「(( )歩く時は後ろで手を組んで、少し顎を上げると、胸が強調されるんだよね)」


「(( )ワンピースでも、夏用で丈が短いから、綺麗に広げるには、上半身、下半身の順に、さっと回るのがいいんだよね)」


「(( )靴下は、やっぱり紺にしようかな。いや、白のままでいいか。薄いピンクの刺繍があるヤツにしようか)」


「ああーん、時間が無い」


「(( )変に走って、汗をかいたらまずい)」


 まずは、駅で小夜とタクが待ち合わせる。この後、電車で移動して、四人で現地集合。


 タクは、小夜を見ても、特に驚かない。


 小夜「今日は、ちょっとオシャレしちゃった」


 タク「ショージのためか?」


 小夜「違う! タクちゃんのため!」


 小夜が、タクに手を繋ごうと提案するが、タクは鼻で笑う。


「デートでもなく、遊びに行くんじゃないし。部活なんだぞ。見られたら困る」


「いいじゃないのぉ。仲良しの幼馴染なんだからさっ」


 小夜には、タクの「見られたら困る」の意味が、「恥ずかしい」なのか「メイが誤解する」なのか、判断できない。


 四人の待ち合わせ場所には、もうメイとショージが着いていた。ショージは、メイに阿るような(( )おもねるような)仕草。メイは、ショージを無視はしていないが、事務的な応対。


 小夜は、服選びに「華美ではない」「さり気ない模様がある」「女の子として、魅力的」を心掛けた。


 しかし、メイはもっとシンプルだった。いつもの制服のワイシャツに似た、少し大きめの無地のカジュアルシャツの裾を、スリムな白パンツ(( )デニム)に入れている。真っ黒のスニーカーは、紐も黒。


 いつもと違うのは、髪型だけ。ボブヘアー(( )襟に掛からない程度の短髪)の、左側だけ上げてピン留めし、透明なピアスは小さいが揺れている。


 小夜にとって、メイは美人ではないと思うが、決してライバルに対する意地悪ではない評価。しかし、メイの、片脚に重心を偏らせ、両足の爪先を広げた立ち方は、女の小夜から見ても格好いい。


 メイのその姿は「あらゆる困難を、自力で乗り越えた女」ではない。「不遇なこともあり、自分にとって不可能なこともあるが、それを認識しながら、身の丈にあった努力と結果に、満足ではないが納得」に感じられた。


 メイのファッションに、少なからず憧れを持った小夜が、メイに、まず「素敵な着こなしですね」と言った。


 メイは、左耳のピアスを、指先で揺らしながら「彼氏にはなれない大学生が、色々と教えてくれたの」と答えた。


 メイの言葉に、小夜は違和感を持った。「彼氏ではない」「彼氏じゃない」「彼氏になれない」「彼氏にはなれない」と、言い回しが違うからだとは、小夜は気付かない。


 季節の割には、生地の厚いシャツだ。服飾に注目した小夜だけが気付いた。ブラジャーは、肌と似た色だ。透けていることが気付かれにくい。気付かれなければ、タクもショージも思い出さない。メイが白と黒以外を用いている、唯一のアイテム。


 四人で、広い生活雑貨店を散策しながら、いつの間にか小夜とメイが並んで歩く状態になった。


 小夜は、メイに尋ねる。


「いつから、タクちゃんを好きになったんですか?」


「夏の練習の時。あたしが意地悪で、ユニゾンを長引かせたら、水野君がバテたでしょ」


「はい。テンポが乱れて、次にどれを叩くのか迷った後、止まりましたね」


「そう、その時。上を向いて、両腕は垂れ下がって、「ああーっ、もう、ダメだぁ」って言った」


「タクちゃんが、あんなに頑張るなんて、初めて見ました」


「その時だよ。がむしゃらで、自分の限界を知らないふりをして、結局は倒れちゃう。あたしの前で、見栄っ張りで、手加減しないのに、正直に弱音も吐ける」


 小夜は、メイの「あたしの前で」に、反応する。


「いたいけで健気(( )けなげ)よねー。それまではね、たった一学年の先輩として、水野君を、ガラス板の向こうにいるというか」


「境界線を感じていたんですか?」


「そう。ディスプレイの二次元にアニマ、命を与えるという気分だった。でも、バテた姿を見て、水野君も生身の人間なんだと気付いた途端、かわいくなっちゃって」


「弟のように、ですか?」


「その時までは、弟のようにって、思っていたけど、上から「護りたい」じゃなくなった。一緒にユニゾンして、一緒に何かをする。自分でシニカルな逃げもしない。楽しむことに手抜きをしない」


「一緒に、ユニゾン、……ですか……」


 ここまでの小夜とメイの会話は、タクとショージには、聞こえていない。


 タクが面白いアイテムを見付けた。また四人で会話。


 買い物が終わり、帰路の前に、トイレ。トイレには小夜とメイだけで、他の人はいない。


 二人で並んで手を洗い、化粧を整える。


「メイ先輩。あたし、やっぱり、タクちゃんが好きです」


「それって、クラシックギターからエレキギターに誘ってくれた、お礼?」


「いいえ、タクちゃんが、いなくなることが、考えられないからです」


「ふーん。でも、あたしと水野君は、きっと相思相愛だよ」


「そんなこと、わかってます!」


 そう、小夜は知っている。タクからはメイを好きであることを聞いていて、メイからはタクを好きであることを聞いた。そして、二人はまだ告白していないことも知っている。


「でも……あたしの生活に、タクちゃんがいるのが、当たり前なんです」


「水野君とあたしは、今は部活仲間でしかないけど、そんな「閉じた世界」からは、いつでも簡単に出られるよ」


「そう、ですね。簡単でしょうね」


 慣れた手つき、素早くはないが淀みない動きで、メイは化粧道具を片付ける。魔法のように、小さなバッグに全部が収納された。


「あたしと水野君のユニゾンに、小夜ちゃんが割り込むと……」


 メイは小夜の耳に口を近付けるが、目は鏡越しに小夜を見て、小声で言う。二人は目を合わせている。


「……横恋慕になっちゃうよ」


 まるで催眠術にかけられたように、鏡越しのメイが視界のすべてを占めた。あらゆる外界が遮断された。


 この「横恋慕になっちゃうよ」は、映像化(( )実写でも、アニメでも)の際は、環境音が消えて、メイの声のパン(( )ステレオ効果)は、広がりを持ちながら、小夜の耳の方に少しだけ寄る(( )寄り過ぎない)。


 小夜の右耳に言うなら、少しだけ右側から聞こえるようにする。


 メイは、トイレから出る。


 小夜はその場で、どうしようもなく口角が下がり、洗面台につかまって、しゃがむ。洗面台の独特の感触によって、自分が今も現実世界に生きていることを認識できた。


 化粧を整え終わっていたが、泣いた。声を出さずに泣いた。目を強く閉じて、口を大きく開けて、声を出さずに泣いた。


 床に尻を付き、泣いた。




● ●



次回は …… [第六話] 模擬店のクレープ


♪ 今話の音楽用語


グリッサンド:メイが説明

ピアノは鍵盤を上から押すよね。でも、たくさんの鍵盤を縦断するように、「ダララララ……」と上がったり、逆に下がったりするのを、見たことはないかい? ハープでは、美しく聞こえるよね。

これが、グリッサンドだよ。

ギターでもできるっ、ベースでもできるっ。弦を左手で押さえるけど、押さえる場所を高い音の方に滑らせたり、逆に低い方に滑らせたりする。これもグリッサンドだよ。

滑らせるスピードは、ゆっくりだったり、速かったりで、雰囲気が違う。

ギターでは、乾電池に似た形の「スライドバー」を使って、グリッサンドをすることもあるんだ。スライドバーを使わないと「ダラララ……」で、使うと「ドヤィーン」って感じになる。

チョーキングとグリッサンドを、同時にしたら、わざと調律を外した感じにもできるよ。


チョーキング:小夜が説明

エレキギターの面白い演奏方法です。「キュィーン」や、細かく「ウィンウィン……」と聞こえるようにします。

方法は簡単。弦を押さえた左手で、弦を押さえたまま、真っ直ぐな「一」の字の弦が「へ」の字になるように曲げます。弦をくねくねさせるんですね。こうすると、弦の張りが強くなり、少し高い音が出ます。

エレキギター以外でもできますが、使う頻度はエレキギターよりも少ないようです。

ヤッ子先生のアドバイスの「泣き」の表現もできますし、他には「突き進めー!」といった表現にも使えるんですよ。


ユニゾン:ショージが説明

簡単に言えば、「同じことを、一緒に」ってことさ。口で歌いながら、歌と一緒に机を「コッココ……」と叩くのもユニゾンしていることになる。

タクがドラムスを、メイ先輩がベースを、同じに「ダダダ、ダダッダ」と鳴らすのも、ユニゾンさ。タイミングがぴったり合うと気持ちいい。

同時ではなく、直後に真似するのは「コール・アンド・レスポンス」で、これも気持ちいい。


コール・アンド・レスポンス:ショージが説明

童謡の『森のくまさん』『こぶたぬきつねこ』のように、同じことを直後に真似することさ。

コール・アンド・レスポンスと掛け合いは、似ているから、同じ意味で使うこともあるよ。

ステージから「元気かーい!」と呼び掛け、客席から「はーい!」と答えると、掛け合いになるんだ。でも、この掛け合いもコール・アンド・レスポンスと言うことはある。

掛け合いは、演奏なら、ドラムスが「ダダッダ」として、続けてベースが「ボゥンボ」とかのセット。よく似た掛け合いが二セット以上になると、「ああ、掛け合いだ」って、印象的になるな。


ハーモニクス:メイが説明

弦楽器の演奏方法のひとつだよ。

ギターでは、左手で弦を「押さえる」のが普通の弾き方だよね。弦を軽く触るのは、普通は「鳴っている音を止める」ことになるよね。でも、「軽く触って弾く」っていう、特別な弾き方もあるよ。

弦の長さの二分の一の箇所を、そっと触って弾いたら、弦が「8」の字で振動する。面白いよね。

弦の長さの三分の一の箇所や、四分の一の箇所を、そっと触って弾いたら、「8」の字が細かなネジネジのように振動する。

いつもと違う音色だから、効果的に使いたいね。


アポヤンド:タクが説明

クラシックギターの演奏方法のひとつだ。

クラシックギターでは、自分の爪を伸ばして、爪で弦を弾くよね。実は、弾き方は三種類もあるんだ。

爪の背で弦を弾くのが一種類、指の肉と爪の間に弦を入れた状態から弾く方法が二種類、合わせて三種類の弾き方がある。小夜は、これをを使い分けることができるんだ。

爪を引っかけて、引っ張るように弾くのが「アルアイレ」で、普通にギターを弾くのを想像すると、これになる。

爪を引っかけて、弦を押しながら、爪をずらして弾くのが「アポヤンド」だ。弦を押すから、鳴らした瞬間に、隣の弦に指が着地するんだ。

「え? 隣の弦を邪魔するの?」と、不思議に思うよね。だから、使える場面は限定的だけど、それ以上の効果があるということだね。


バスドラ:メイが説明

ドラムスは、大きさの違う太鼓、各種シンバルがセットになっているよね。その中で、最も低い音が鳴る、大きな太鼓がバスドラだ。

正面から見て目立つから、ここに何かを書いたり飾るのも、かっこいいよね。

足でバスドラを蹴ることはない。ペダルを踏んで演奏するけど、「キックドラム」と呼ぶこともあるんだ。


スネア(( )スネアドラム):メイが説明

ドラムスは、大きさの違う太鼓、各種シンバルがセットになっているよね。その中で、鋭い音が鳴る太鼓が、スネアドラムだ。

「ドラムロール」といって、「発表します! ……………………」と待っている間に「ドロロロロロ……」と鳴るのは、これを使う。わくわくするね。

スネアドラムと似ていて、少し低い音の「タム」と鳴るのは「タムタム」で、これらを合わせて、ドラムスでは多彩な演奏ができるんだね。



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