54話 夕食
紫恵パパの料理は非常に絶品であった。
和食メインの食事でかなり体に良さそうなものばかりで、味付けも濃すぎず薄すぎず、素材の旨味を活かしたものばかりであった。
そして何より、物凄い量を用意してくれていた。
紫恵パパも含め4人で食べ切るには多すぎる程の量の料理が用意されており、残してしまうかもしれないと言えば明日以降紫恵と一緒に食べるから大丈夫との事だった。
「いやー、それにしても紫恵が友達を家に連れてくるなんて珍しいなぁ、僕嬉しいよ」
「え、そうなんですか?」
てっきり俺はこういったことはよくやっているのだと思っていた。
紫恵は友達も多いし、何よりさっき俺達を誘う手口が非常に完成されたものだったので尚更珍しい事だなんて思っていなかった。
「……だって、お父さんがこんな感じって言ったら嫌がる人も居そうじゃん、そういうの嫌いな子だって居るし…………けど、2人なら大丈夫だと思ったからさ」
確かに紫恵のパパはちょっと変わった人だとは思う。
完成度が高すぎてもう女の子にしか見えないが、実際は男性なのだ、紫恵の友達の女の子からすれば少しゾッとするものもあるのかと思う。
だが、それを俺達がそんな事を思うはずが無い。
だって、まず俺の見た目がほぼ女の子で紫恵パパと似たような事をやってるわけだし…………ってまてよ、俺をこんな姿にしたのは紫恵パパな訳で…………あぁもう、わかんなくなってきた。
ともかく俺は大丈夫だ。
それに命もそういった感じの俺と仲良くしてくれている訳だしそういうのを嫌がるような子には見えない。
紫恵の言葉に紫恵パパはちょっと悲しそうな表情をする。
「あ、いや、お父さんを悪く言ってる訳じゃ…………」
「いや、いいんだよ、僕の勝手でやってる事だし、申し訳ないよ」
「そんな事…………」
紫恵が焦って言い返そうとしていると、紫恵パパの表情がいきなり明るくなり、紫恵の言葉を遮って話し始める。
「それよりも、やっぱり親子なのかな、うちの女の子はみんな僕みたいな女装してる男を好きになるんだねぇ、血は争えないって事なのかな?」
「え? 何言って…………っ!?」
紫恵パパのその言葉を聞いた瞬間、紫恵の顔は一瞬にして真っ赤になる。
俺はどういうことなのか分からなかったが、紫恵にとってはかなり恥ずかしいことだったらしい。
紫恵は動揺しながらも「ち、違うってば!」と否定するが、その声はどこか裏返っていて説得力がない。
「ん? じゃあ、何が違うのかな?」
紫恵パパはニコニコしながら意地悪そうに紫恵を見つめる。
その表情は完全に楽しんでいるもので、わざと紫恵をからかっているのが明白だった。
紫恵はそれが分かっているのか、さらに顔を赤くしながら「もう、お父さん黙って!」と強めの口調で言う。
「とにかく! それ以上はダメ! ほら、ご飯食べよう!」
紫恵は強引に話を終わらせるようにして箸を持ち、料理を口に運ぶ。
俺と命もその流れに乗るように食事を再開したが、紫恵パパは相変わらず楽しそうに笑っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「「「「ご馳走様でした」」」」
ご飯を食べ終わった頃にはもう時刻は10時半になっていた。
もういい子は寝る時間だ。
「じゃあ、僕達は帰らせてもらいます」
「えー、もう帰っちゃうの? 泊まっていけば良いのに」
「いえ、そういう訳にはいきませんよ、僕男ですし」
「…………へぇ」
紫恵パパは俺の事を見定めるようにそう言う。
先程までのおどけた態度と違って本当に真剣そうな、大人の視線だ。
「ま、分かったよ、命ちゃんをちゃんと送ってあげるんだよ?」
「あ、はい、勿論」
こんな夜中に女の子を1人で歩かせるなんて危なすぎる。
いつも学校から帰る時はもっと明るい大きな通りを通るから心配では無いが、ここからだと少し暗い道を通らなくてはならない。
特に話しては居なかったが家まで送っていく予定だった。
「それと、彩斗くん、ちょっこっち来て」
紫恵パパは俺は家の少し奥にある洗面所まで連れてきた。
そして、俺の方を向く。
「っ……」
俺の顔が強ばる。
何故なら、紫恵パパの表情が少し真剣なものに変わったからだ。
「……ま、君は心配ないと思うけど…………君は紫恵の友達なんだよね?」
「ま、まぁ、多分そんな感じだとは思います」
「…………本当にただの友達、なんだよね?」
「は、はい」
俺がそう答えると紫恵パパはその顔をふにゃっと緩め、先程までの笑みに戻した。
「ま、さっきの様子から見ても多分そうだと思ってたよ」
「は、はぁ」
何が言いたいのかが分からない。
紫恵と俺がちゃんと友達だってことを疑っていたのか?
紫恵に限って友達が少ないなんて伝えてるとも思えないし、なんでそんなことを聞くのだろうか?
「女の子二人のところに男の子が入るって普通ならちょっと信用ならないことだからさ、ちょっと警戒してたんだ」
「そんな、俺は変な事はしませんよ!」
「はは、だろうね、そんな勇気なさそうだもん」
くっ、そうだけど!
「……僕は断じてあなたの娘さんに危害を加えたりはしませんよ……友達ですから」
「友達…………ね」
そう言うと紫恵パパは少し寂しそうな顔をした気がした。
「うん、引き止めて悪かったね、命ちゃんを送ってあげなよ」
「…………はい」
解放された俺は命を連れて家まで帰るのだった。




