70 ローンウルフ4-9
ところかわって、ゴージャスマートの副部長室。
差し向かいになったふたりの副部長の間には、にわかに嫌なムードが漂っていた。
「バンクラプシーさん、これはどういうことなのですか? あなたがテコ入れをすると言って動き出した途端、ゴージャスマートのシェアがさらに下がってしまうだなんて」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! ノータッチちゃん、そんな怖い顔しなさんなって! ちょっとばかりミスっただけなんだからさぁ!」
「そうですか。聞くところによると『関連陳列』などという独自に編み出した陳列を各店に指示していたそうですね」
「そうそう。その『関連陳列』をやった商品の売り上げは伸びたのに、それ以外の商品はガクッと落ちちゃってさぁ! 施策としては成功してるのに、全体的には失敗っていう、わけがわかんない状態なんだよねぇ!」
「そうですか。そうやって下手に首を突っ込むからですよ。私はノータッチですから関係ありませんけどね」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 大丈夫だって! いままでのはウォーミングアップみたいなもんだから、次こそはうまくやるって!」
「そうですか。私はノータッチですから、どうでも良いことですが」
「って、新規開店のほうは考えてくれてないの!?」
「いえ、ちゃんと考えてますよ。いま、部下に立地調査をさせているところです」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! やっぱりやることはちゃんとやるんだねぇ!」
「いえ、やるかどうかはまだわかりません。新規店舗の初期の売上についてはノータッチというわけにもいきませんから、確実に利益が出ると判断できるようになるまでは、絶対に出店はしません」
「いまノータッチちゃんが必死に買いあさってる、『大陸間鉄道』の工事予定地みたいに!? うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
「当然です。現時点であれほど確実な儲け話など、この世界には存在しませんから。」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 相変わらず叩いた石橋しか渡らないんだから、ノータッチちゃんは!」
「そんなことよりも、このシェアをどう挽回するつもりなんですか?」
「大丈夫だって! さっきも言ったでしょ、ウォーミングアップだったって! さぁて、ここから『壊し屋』の本領発揮といきますか!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数日後、『のらいぬや』の事務所。
定例会議として、オーナーはエージェントたちから担当店舗の報告を受けていた。
「えーっと、担当店舗では高価な薬草がよく出ました。即日品切れが続いていまして、仕入れ量の拡大を提案しております」
「こちらはポーションが盛況ですね、同じく高価なもがよく出ています。仕入れ量の拡大を提案しました」
景気のいい話題が次々と飛び出し、オーナーは満足そう。
「今日は品切れの報告が多いですね、しかも利益率の高い高額商品が売れているというのは、とてもいい傾向だと思います。
こういった商品の在庫切れはチャンスロスにも繋がりますので、仕入れ量を見誤らないようにしてください。
在庫を切らしてしまうと大きな機会損失となってしまいますので……」
オーナーは「これでいいんですよね?」とばかりにチラリと末席の平社員を見やる。
しかしその平社員は、難しそうな顔をして、報告書を睨みつけていた。
「ゴ……ローンウルフさん、なにかありましたか?」
「はい、オーナー。仕入れ量については拡大せずに、従来と同じ量にとどめておいたほうがいいでしょう」
するとオーナーだけでなくエージェント全員が「ええっ!?」となった。
「高額商品が連日欠品だというのに、仕入れ量を見直さないだなんて……!? それはどういうことなんですか!?」
「動きがあまりにも不自然なんです。まず、商品が従来よりも動く場合、必ず『要因』があります。
たとえば近隣に毒を持った強力なモンスターが出現した場合、毒消しの薬草やポーションがよく売れるようになります。
しかし今回は、その『要因』となるものが見当たらないんです」
「それは、単に見落としているだけでないんですか? 仕入れは増やして、それから要因を探れば……」
「それはいけません。なぜならば、もうひとつおかしな点があるからです。
欠品している高額商品はすべて『消費期限のある消耗品』になっています。
これを大量に仕入れて、もし捌けなかった場合、不良在庫どころか処分しなくてはならなくなります。
そうなってしまった場合は、機会損失よりも大きな損害となるでしょう」
「でも、商品は現に動いているんですよ!? それなのに……!」
「いえ、この動きは一時的なものです。大量に仕入れた瞬間に、動きは止まります」
「ええっ!? 大量に仕入れたら動きが止まるだなんて、聞いたことがありません!」
「ええ、そうでしょうね。これは『特殊なケース』ですから。
ともかく、仕入れは増やさず、従来どおりの仕入れに留めておいてください」
ローンウルフからそう言われ、オーナーは渋々ながらも納得。
全エージェントに通達がなされたのだが……。
しかし、ひとりのエージェントが、やらかしてしまった……!
オーナーの決定を無視して、高価な薬草を10倍の量を仕入れるように、契約店舗に提案してしまったのだ……!
すると、どうだろうか……。
ローンウルフの指摘どおりに、その薬草の売れ行きが、ピタリと止まってしまった……!
やらかしたエージェントは、青い顔をして事務所に飛び込んできた。
「す……すいませんっ! 担当店舗が、薬草の在庫の山で……! 店主さんが死にそうなんですっ!」
オーナーとローンウルフがその店に駆けつけると、店主は今まさに首をくくろうとしていた。
「大儲けのチャンスだからって、貯金ぜんぶはたいてまで薬草を買いあさったのに……! それなのに、急に売れなくなっちまった……! もう、この店はおしまいだぁぁぁ!」
「待ってください、ご主人。今回はこちらの提案ミスでもありますので、薬草はすべて『のらいぬや』で買い上げさせていただきます」
「ほ……本当かっ!?」
ローンウルフは契約店舗を助けるべく、『のらいぬや』で損をかぶった。
それでひとつの個人商店の倒産と、ひとりの人間の命を救ったわけだが……。
しかし、気になる点は残ったままだ。
「あの、ローンウルフさん……。どうして大量仕入れをしたら動きが止まるってわかったんですか?」
「ああ、そのことですか……。オーナー、お教えしてもよいですが、ひとつ約束してください」
「はい、なにをですか?」
「これから私が教える『手口』は、決してマネしないと……!」





