62 ローンウルフ4-1
「えーっと、屋号は『のらいぬや』。業種は……『輸入雑貨の卸売り』とありますが、これは具体的には?」
「はい、輸入してきた冒険者用の装備などを、個人商店に卸す商売です」
「エヴァンタイユ諸国の小国からの輸入は禁止されています。流通させると違法となりますから、その点だけは注意してくださいね」
「大丈夫です。北の国のほうからの輸入のみ行なう予定ですので」
「そうですか、それでは次に、経営者は……これは、ご本人様で?」
「はい、私が経営者です」
「あとは従業員数は1名、と。他になにか補足事項はありますか?」
「いえ、特には」
「わかりました。今回は個人商店が対象のようですので不要ですが、もし輸入したものを店舗や露店、屋台などで販売する場合は別途、営業許可が必要となります。その場合は忘れずに申請してくださいね」
「はい、わかりました」
「あとは、納税だけは忘れずに。こちらのパンフレットに諸々書いてありますから、目を通しておいてください。あとは営業許可証の発行となりますので、お名前をお呼びするまでお待ちください」
それから小一時間ほどして、セブンルクス王国の王都にある役所から、ひとりの人物が吐き出される。
その人物は、表にあるベンチに座っていた人物に近づいていった。
「ゴル……いや、ローンウルフさん、営業許可証をもらってきました」
「ご苦労様です。これで晴れて、あなたは『のらいぬや』のオーナーとなりました。さっそく事務所のほうに案内します。これからは、オーナーとお呼びしますね」
「オーナーだなんて、そんな……」
オーナーは一瞬だけ照れ笑いを浮かべたが、すぐに真顔に戻って。
「本当にありがとうございます。私のために、こんなことまでしてくださって……」
「お礼はいりません。私もセブンルクスに国籍を持つ人を探していたところだったので」
「はい、それでもローンウルフさんには感謝してもしきれません。なんとお礼を言ったらいいか……」
「お礼をしたいのであれば、『のらいぬや』が軌道にのったときにしてください。それでは事務所のほうに案内します」
ローンウルフとオーナーが向かったのは、王都のからだいぶ外れた場所にある、事務所とは名ばかりの倉庫であった。
だだっ広い空間のほどんどは木箱で占領されており、片隅に申し訳程度にパーティションで区切られた事務スペースと、応接スペースがある。
積み上げられた『のらいぬや』の焼印がおされた木箱を見上げ、オーナーは驚嘆の溜息をついた。
「これらは本当にすべて『スラムドッグマート』の……?」
「ええ。グレイスカイ島の工房で作られた商品です。ロゴは『のらいぬや』に変えてありますが、中身はスラムドッグマートに売られているものと、まったく同じものです」
「しかし、どうやってこの国に持ち込んだんですか? いまこの国ではドッグレッグ諸国からの輸入は全面禁止されていて、手荷物ひとつでも厳しくチェックされるのに……」
「検査が厳しいのは、ドッグレッグ諸国と繋がっている南側の国境だけです。他国と繋がっている北側の国境は検査が緩いんですよ」
「えっ、ということは……?」
「はい、グレイスカイ島からドッグレッグ諸国を経由するのではなく、迂回させて北回りのルートから、この国に運び込みました」
「それだと、かなりの運送費がかかったんじゃ……?」
「そうですね、通常だと赤字です。でも『スラムドッグマート』はグレイスカイ島の工房で大量生産しているおかげでかなりのコスト減ができています。収支としてはトントンという感じです」
「そうまでして、なぜいまセブンルクスで商売を……? もう少し待っていれば、この国とドッグレッグ諸国の関係改善がなされて、輸入が解禁されると思うのですが……?」
「それでは遅いのですよ。私としては今こそが、この国で商売をする絶好のチャンスだと思っています」
「そうなんですか……」
「さて、それではさっそく営業といきましょうか。私が何店か目星をつけておきましたから、今日はそこを回ってみましょう」
「す、すみません、何からなにまで……」
「いいえ、今回は店員ではなく、オーナーのノウハウを授けますから、しっかりついてきてくださいね」
「は……はいっ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
事務所を出たローンウルフとオーナーは、近くにある冒険者向けの個人商店へと向かった。
『冒険者の店 ビサビ』
ふたりは錆びた看板と、少し寂れた感のある店の外観を、ひととおり見回したあと、
「オーナー、まず私が勧誘してみせますから、よく見ていてください」
ローンウルフを先頭に入店した。
「いらっしゃい」の声もない店内を歩き、まっすぐ会計カウンターに向かうと、
「はじめまして、私はローンウルフというものです。この店のご主人はいらっしゃいますか?」
「主人なら俺だが、なんだアンタ?」
「あなたがご主人ですね。私は個人商店の経営アドバイザーをしております『のらいぬや』の者です」
すると主人は「はぁ?」と顔をしかめた。
どうやらローンウルフの言ったことが全く理解できなかった様子だ。
「簡単に説明しますと、このお店を今よりもっと繁盛させるためのアドバイスをさせていただきたいのです」
説明が終わるより早く、主人はプッと吹き出した。
「ぶっ!? 何の用かと思ったらアンタ、そんなことかよ!
この国がどんな国か知ってるかい? 『勇者の国』だよ!?
冒険者の店といえば『ゴージャスマート』だ!
いくらアドバイスしたところで、新しい客なんか来やしないよ!」
「ということは、常連さんだけでこのお店は持っているということですか?」
「ああ、ここいらで残ってる個人商店は、古くから先代が始めた店なんだ!
その頃のお得意さんが来てくれるからギリギリやってけるようなもんなんだよ!
あとは、勇者以外の学校からの教材とかだねぇ!
たまに通りがかった冒険者が店を覗くことはあるけど、何も買わずに出ていくんだ!」
「そうですか、ということは全く新規のお客様がいないというわけではないようですね。
それでは試しに、私たちにお任せいただけませんでしょうか?」
「いったい、何をしようってんだよ!?」
「店舗運営に関する全般的なアドバイスをさせていただきます。その通りにすれば、必ず新規顧客を掴むことができるでしょう」
「ハッ! そんなの何度もやったよ! でもそんな小手先の努力じゃダメだったよ! みいんな『ゴージャスマート』に取られちまうんだ!」
「物はためしと思って、お使いいただけませんか? いまはお試しとして、お代はいっさい頂きません。また、そのアドバイス遂行にまつわる手間や諸経費なども、すべてこちらで負担させていただきますので」
「ふーん、アンタ怖い顔をしてるワリに熱心だねぇ。まあいいや、そこまで言うならやってみなよ。どーせ無理だと思うけどさ、ハハッ!」
オッサンの出番があまりにも少ないのと、久々に商売っぽいネタをやってみたくなったので、急遽ねじこんでみました。
それと前回からちょっと書式を変えております。
今までは台詞の間は2行開けていたのですが、1行にしてみました。





