表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

710/806

52 1巻発売記念番外編 旋風と太陽32

 『白き音符と赤き線譜スムーズ・ムズムズ・リズム』は、『かゆみ』を与える奇跡である。

 大聖女の持つ奇跡にしてはショボいと思われるかもしれないが、侮るなかれ。


 かゆみというのは、人の集中力を奪う。

 どんなに大事な局面であったとしても、そのムズムズ感に意識を持っていかれてしまうのだ。


 これは余談になってしまうのだが、インキチは集中力がものをいうゲームの場合、たとえばテーブル下からこっそりとこの奇跡を行使する。

 相手を酷い水虫にして、相手の心をかき乱すのだ。


 そしてこの奇跡の出力が最大ともなると、耐え難きかゆみが襲う。

 そうなると、もはや正気すらも危うくなる。


 この『白き音符と赤き線譜スムーズ・ムズムズ・リズム』は、音符のような白カビを肌に浮かび上がらせる。

 被術者は我を忘れてかきむしるのだが、その爪痕が真っ赤な線譜を残すのだ。


 その様はさながら、生ける楽器。

 悲鳴という名の狂想曲を、我が身を削って爪弾く弦楽器のようであるという。


 そしてそれは、楚々として美しい聖女であればあるほど、よい音色を奏でるという……!


 場内はリインカーネーションの、死のソロステージと化していた。



「あああああんっ!? かゆいかゆいかゆいっ!? かゆいいいいいいーーーーーーーっ!!」



 焼けた鉄の上で踊らされているように、肢体をくねらせている。

 ドレスを自らの手でもみくちゃにし、今にも剥ぎ取りそうな勢いであった。


 まるで貞淑な新妻が乱れているような背徳感があり、観客席からは悲鳴があがる。

 しかしそれは、嬉しい悲鳴などではなかった。



「うげっ!? 見ろよ、リインカーネーションの身体っ!」



「まるで、カビが生えてるみたいじゃねぇか!」



「ああっ、せっかくのお餅のような肌が、だいなしに……!」



「あれでは本当に、カビの生えた餅ですわ!」



「なんという、いい気味……いいえ、おいたわしいお姿なのでしょう!」



 司会者は、衝撃的なシーンにステージ上を走り回って大喜び。



『全身がかゆくなるとは、なんという恐ろしい技じゃぁぁぁ~~~んっ! これまで無敗だったホーリードール家も、ついに敗北してしまいそうじゃぁぁぁぁ~~~んっ! リインカーネーション様っ! 負けたらせっかくの優勝賞品がなくなってしまうじゃん! お姉さんになにか一言じゃんっ!!』



 ステージ上でハラハラしているプリムラに向かって、ニヤニヤと拡声棒を向ける司会者。

 口汚い罵りが飛び出すのを罵期待していたのだが、



『だ、大丈夫です! お姉ちゃんは、負けません! がんばってくださいっ! お姉ちゃんっ!』



 プリムラはステージから飛び降りて、姉に駆け寄りたい気持ちでいっぱいだった。

 しかしそれをしてしまうと、前のゲームと同じくルール違犯になってしまうと思い、ぐっとこらえる。



『お姉ちゃん! お姉ちゃんも、ホーリードール家に伝わる、秘技を使ってくださいっ!』



 しかしプリムラのアドバイスは、嘲笑によって遮られた。



「ヌフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフっ! おリインカーネーション様は、どんな怪我でも一瞬にしてお治しあそばされるという、秘技をお持ちのようで! しかし、無駄なのでござます! わたくしの秘技は『かゆみ』……! 聖女様の『治癒』は、一切効かないのでございますっ!」



「くうううっ……!」



 しかしそれでもリインカーネーションは、呻きながらひとさし指をつくった。



「お無駄! お無駄! お無駄! お無駄でございますぅぅぅぅっ!! わたくしのかゆみを止めるには、身体を掻きむしりになるしかございません! しかしそれも、ほんの一時……! 完全にかゆみを止めるには、命をお絶ちになるしかないのでございますっ! ヌフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフっ!!」



 ……彼女は知っていた。


 自分の技は、どんな大聖女の『治癒』を持ってしても、治すことができないことを。


 それは動かしようのない、純然たる事実であった。


 ……そして彼女は思っていた。


 自分こそが絶対無敵の太陽であり、旋風ごときに吹き消される存在ではないと。

 むしろ風を吹き付けられれば吹き付けられるほど、より強く燃え上がるのだと。


 それも間違いない、確かなる真実であった。


 しかし……彼女は知らなかった。


 『旋風』は、自分に取り憑いた厄災を、鎮めようとしているわけではないことを。

 そして旋風は、祈らないということも。


 旋風はただ、吹き荒れるのみであることを……!


 そして、そしてっ……!


 彼女の技は、『治癒』などではないことをっ……!!



「かっ……かゆいのかゆいの……!」



 ……バッ!



 リインカーネーションがひとさし指をかざした瞬間、



 ……シュォォォォォォォォォ……!



 肌にはびこっていたカビが、まるで磁石に吸い寄せられる白い砂鉄のように、指先へと移動する。


 それは、インキチにとっても初めて目にする光景だった。

 彼女の顔から、みるみるうちに笑顔が消える。



「ヌフフフフフ……ぬっ!? ヌフゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 雲間に生き埋めになっていくかのような驚愕。

 それが、彼女が自分の意思で操ることのできた、最後の感情であった。



「……かゆいのかゆいの、とんでけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 ……どばしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!



 リインカーネーションの指先から、ブリザードのような結晶の群れが放射され、インキチを包んだ。

 もうもうとたちのぼる白煙のなかに、暗黒太陽のようなシルエットが浮かび上がる。


 そして、太陽は(たお)れた。



「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!? かゆいかゆいっ!? かゆいのでございますぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 煙の中から転がり出たインキチは、まるで小麦粉を全身に浴びたように真っ白になっている。

 生きたままパン粉をまぶされ、熱せられた油のなかに放りこまれた魚のように爆悶(ばくもん)していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  伏線回収お見事です。最初の話の奇跡はこういうことだったんですね。  あと、前回のイン〇ンネタもさりげなく勇者ざまぁで笑えます。隠れミッキーのような風情がありますね。  リインカーネーショ…
[良い点] …ああ、なるほど。 『治癒は』効かないのね。 『治癒は』効かないけど、『転移術』は有効なのね。
[一言] 自らに跳ね返ったか!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ