04 シンデレラ・ボーイ
頸飾の授与を終えたボンクラーノを、再び屋敷の寝室へと送り届けたシュル・ボンコス。
長い廊下をフラフラと歩く彼の鼓膜には、ある絶叫がこびりついて離れなかった。
「ボンはもう、ニセモノはたくさんなんだボォォォォーーーーンッ!!」
……ニセモノはたくさんなんだボォォォォーーーーンッ!!
……ニセモノはたくさんなんだボォォォォーーーーン!
……ニセモノはたくさんなんだボォォォォーーーーン……
網膜には、欲しかったおもちゃはこれじゃない、と言わんばかりの表情で指さす、主の顔が。
――この、しゅるが、ニセモノ……?
あのクソガキに仕えてきて、数年……。
しゅるは、今まで数え切れないほどの功績を、あのクソガキにもたらしてきたというのに……。
しゅるは、今まで数え切れないほどの失態を、あのクソガキから守ってきたというのに……。
なのに、なのに……。
……ニセモノっ!?
……あの……あのオッサンが、ホンモノっ!?
バカなっ! ありえませんっ!!
ニセモノはむしろ、あのオッサンのほう……!
長きにわたってゴッドスマイル様にへばりついてきた、寄生虫……!
ようやく『捨て犬』に成功して、ボンコス家が勇者一族の隣の席を確保したというのに……!
このままでは、あのオッサンはまた、戻ってくることに……!
なんという……なんということでしょう!
これではまるで、悪魔の犬人形ではないですかっ!?
捨てても捨てても、何度でも戻ってくる……!
壊しても壊しても、何度でもよみがえる……!
しかも、このしゅるの失態に付け込まれて、あのオッサンが、再び勇者一族のそばに戻りでもしたら……。
しゅるは、ボンコス家の恥さらしとなってしまう……!
それだけは、何としても阻止せねば……!
それまでは、あのクソガキにへばりついて……!
寄生虫とも呼ばれようとも、戦い抜かなくてはっ……!!
シュル・ボンコスとしては、ボンクラーノにこれ以上仕えるのはガマンの限界であった。
でも、やむを得ない。
なぜならば、子は親を選べないように、付き人は主を選ぶことができないからだ。
しかし、心を安らかにしてくれる要素もあった。
まず、これまでのスラムドッグマートとの戦いで、連敗の要因を作っていた人物がいなくなっていたこと。
ステンテッドはもうボンクラーノに近づくこともできない立場まで落ちぶれたので、次の戦いでは邪魔されることもないだろう。
そして、もうひとつは……。
あのクソ坊ちゃんは、何もわかっていないということ……!
――しゅるしゅる。
あのクソガキは、まだブタフトッタ様の子供のつもりでいるようです。
ブタフトッタ様は今もなお、新しいお世継ぎをお創りになられているというのに……。
しかもこのあとブタフトッタ様は、本物のパインパック様との間に子を生すのは、必定でしょう。
そうなれば、きっとその子が正式なる跡継ぎになるのは間違いありません。
あのクソガキは、それまでの保険でしかないというのに……。
我が子が『100勇』を宣言して、余命あとわずかだというのに、ブタフトッタ様にいっさい慌てた様子がないのが、何よりもの証拠でしょう。
あのクソガキは、なにもわかっていないのです。
今こそまさに、千尋の谷に突き落とされている、真っ最中であることを……!
しかも這い上がったところで、帰る家などないことを……!
次の戦いに勝ったところで、あのクソガキが智天級でいられるのも、そう長くはない……!
本来ならば、このしゅるが手助けをして、あのボンクラを跡継ぎでいられるようにするつもりでした。
でも、それはやめにします。
次の戦いまでは手助けをさせていただきますが、それっきりです。
それが終われば、ハイさようなら……!
そこから先は、ヤツは一生、離れにある小屋で生きていくしかないのです……!
ブタフトッタ様、パインパック様、そしてその子供たちをお世話させていただく、このしゅる……。
一家が幸せに暮らす居間を、窓の外から見つめながら……。
惨めにひとり寂しく、生きていかなくてはらないのです。
余生というにはあまりにも長い、残りの人生を……!
オッサンなどという、悪魔の犬人形を求めたる者に、ふさわしい末路ではないですか……!
しゅるしゅる、ふしゅるるるるる……!
……人間の運命というのは、それぞれが独自に持っているものではない。
たとえるなら、個々の家の庭にある、ちいさな池などではないということ。
人間の運命というのは、ひとつに集まった、おおきな湖。
ひとたび自分の領域で波紋が起これば、それはまわりの運命にも影響を及ぼす。
その逆も、またしかり。
今回、勇者組織が行なった、『頸飾の授与』……。
これは、多くの者たちに波紋を投げかけることとなった。
その波紋を受けた者のひとり、ボンクラーノ。
彼は頸飾を受け取った際、父親にオッサンをねだった。
その行為により、波紋はさらに大きくなり、さざ波となって広がる。
シュル・ボンコスはそのあおりを受け、長年付き添った主である、ボンクラーノと決別を決意するに至った。
ボンクラーノをブタフトッタの跡継ぎにする道をあきらめ、踏み台にする道を選んだのだ。
もちろん影響はそれだけではない。
さざ波を受けたブタフトッタこそが、さらなる波乱を巻き起こすこととなる。
息子から、オッサンをねだられたブタフトッタ。
彼はオッサンを手に入れるために、どうしたかというと……。
信じられない発表を、勇者組織を通して世に送り出したのだ。
それは、ゴッドスマイル生誕1千年を記念して、『新たなる改革』と銘打たれた。
その内容は、なんと……!
民間からの、勇者の登用……!
しかも、いきなり熾天級(副社長)扱いという、超破格の待遇……!
以前行なわれた『ニセ勇者の昇格』は、今回のための予行練習だったといわんばかりの、満を持しての新人事。
しかも今回のは、小天級の勇者を昇格させるのではなく、庶民を勇者にするという、さらにアグレッシブなものであった。
その、ステーキ以上にいきなり選ばれた、幸せなシンデレラボーイは、いったい誰なのか……!?
そう……!
……ゴルドウルフ・スラムドッグ……!!





