03 ニセモノとホンモノ
ボンクラーノがブタフトッタの元を訪ねたのは、ちょうど朝の一杯を終えた頃であった。
通常、ブタフトッタの朝の時間を邪魔することは何人たりとも許されるものではない。
声をかけるどころか、視界に入ることすら厳禁とされている。
その禁忌を破った者がどうなるかは、言うまでもないだろう。
しかしボンクラーノは実の息子であり、今回はブタフトッタ自身が呼び寄せた関係で、お咎めはなかった。
ボンクラーノはシュル・ボンコスとともに、多くの使用人に案内されて、昇降機で塔をせりあがっていく。
昇降機が頂上に付く頃、シュル・ボンコスと使用人はサッと跪き、顔を伏せた。
勇者のナンバー2と相まみえるにあたっては、同じ高さにいることも、目を合わせることも許されないからだ。
ボンクラーノだけが昇降機を降り、山のような果物を抜けて、部屋の中央にある蓮の花へと近づいていく。
「……パパ、ボンですボン」
すると、ローションにまみれたセイウチのように、父はねばつく顔をあげた。
「おお、ボン、よく来たデュフ……!」
「パパ、今日はけ……け……」
言葉に詰まっていると、背後から、「頸飾です」とささやきが聞こえる。
「け……頸飾をボンにいただけるんですボン?」
「デュフッ、そうだったデュフ。ボンに例のものをあげるデュフ」
その一言で、蓮の傍らで正座をしていた幼子たちのうち、10人ほどがキビキビと立ち上がり、宝箱のような大きな箱を「んしょ、んしょ」と力を合わせてボンクラーノの元へと運んだ。
彼女たちはまだパインパックと同じくらいの歳の頃で、親に甘えていたいはずの年頃であろうに……。
その動きは実に統率が取れている。
腰あたりの高さにやってきた箱を、ボンクラーノが開いてみると……。
そこには赤い飾り台に乗せられた、黄金の金環あった。
それを、片手で無造作に持ち上げるボンクラーノ。
金環は多くの宝飾で飾られ、まばゆいほどに輝いていたが、さして興味もない様子で。
後ろに控えていたシュル・ボンコスに手伝ってもらい、首に通す。
金環は魔法練成の金属でできており、不摂生で首の太くなった坊ちゃんでも難なく着用できた。
「デュフフ……! ボン、よく似合っているデュフよ……! さらに男前になったデュフ……!」
父は、すぐに心にもないとわかる事を言った。
なぜならば、ボンクラーノの首まわりの贅肉のお陰で、せっかくの頸飾も埋まってしまい、外からはぜんぜん見えなくなっていたからだ。
「パパは、どんな頸飾なんですボン?」
息子が尋ねると、父は首に手を突っ込んだ。
己の身体ではるはずなのに、まるで泥沼をかき回すようにまさぐる。
太い金の鎖が、ずろりと糸を引いて出てきたあと、
……ねちょおっ……!
とペンダントにしては大きすぎる物体がぬめり出る。
粘塊まみれになったそれは、黄金の像であった。
ちなみにではあるが、準神級勇者の頸飾は、自由にデザインしてよいことになっている。
ブタフトッタは肥満により首が存在しないので、ペンダント状の頸飾を身に付けていた。
ボンクラーノは黄金像を目にした途端、ゴッドスマイルを模したものなのかと、胸をときめかせていたのだが、
「デュフフ……! 1/6サイズのぱいたんなんデュフ……!」
なんと、ホーリードール三姉妹を模したフィギュア……!
しかも、末っ子の……!
ブタフトッタの長年の想い人は、なんと自分よりもふたまわり以上も歳の離れた幼子であった。
パインパックを己のハーレムに迎えようとしていたが成功しておらず、日々、代替で欲望を満たしている毎日。
ボンクラーノはその想いを知ってはいたが、まさか勇者の証にまで投影させるとは思ってもみなかった。
黒い気持ちがこみあげてきたが、首を振って追い払う。
勇者というのは、階級が上になればなるほど頭のネジがブッ飛んでいるというか、そもそもネジすら存在していないような者が増えてくる。
準神級ともなれば、ブタフトッタ以外も人外としか言いようのないメンツばかり。
ゴッドスマイルが神と呼ばれているのも、その超然とした雰囲気からであった。
ボンクラーノは自分に言い聞かせる。
ゆくゆくは自分も、この父親のようにならなければと。
でなければ、神にはなれないのだと。
そして……自分が神になるために必要なものは、この首輪以外にも、もうひとつあることも知っていた。
「パパ……この頸飾のほかに、もうひとつ欲しいものがあるんですボン。それがあれば、ボンは大いなる成功ができて、100勇から助かることができるんですボン」
「デュフフ……いいデュフよ。欲しいものはなんでも言うデュフ」
ブタフトッタは、ボンクラーノの失態をすべて耳にしていたが、息子を責めることは一切しなかった。
我が子の勇者としての余命が30日を切っているという状況にあってもなお、納豆のように笑っていた。
ボンクラーノは夏休み終わりの前日のような焦りを感じていたが、父は不気味なほどに余裕たっぷり。
おそらく、いざとなれば秘策を用意しているのだろうが、頼ってばかりはいられないと、ボンクラーノは思っていた。
なぜならば、自分もいずれ、神になるのだから……!
――そのためには、このおねだりで、最後にするんだボンっ……!
ワガママ尽しのクソ坊ちゃんが、そうまでして欲したものとは、いったい……?
「パパ……! ボンは、新しい付き人が……! いいや、前の付き人を取り戻したいんですボンっ……! ボンが子供の頃に、少しの間だったけど、面倒を見てくれた、オッサンを……!」
これに驚いたのは、他でもないシュル・ボンコスだった。
「ええっ……!? ボンクラーノ様っ!? 付き人でしたら、このしゅるがいるではないですか……!」
しかしその言葉は届かない。
ボンクラーノはお釈迦様にすがる亡者のように、フラフラと蓮の花へと歩いていく。
「パパ、ボンはようやく気付いたんですボン!
ボンが幼い頃、少しの間だったけど、ボンの付き人をしてたオッサン……。
そのオッサンがいれば、ボンは最高の勇者になれるって!
パパがパインパッ……ぱいたんを欲しているように、ボンはオッサンを欲してるんですボン!
パパは、ニセモノのぱいたんで満足なのですかボンっ!?
ボンは、ホンモノが欲しいんだボンっ!
オッサン……! オッサン……! オッサン……!
オッサンがいれば、ボンはもうなにもいらないボンっ!
ボンはもう、ニセモノはたくさんなんだボォォォォーーーーンッ!!」
お礼を申し上げようと思ってずっと忘れていたのですが、誤字報告の機能を利用しての誤字脱字の指摘、毎回とても助かっております。
誤字脱字を指摘してくださる読者様、この場を借りてお礼をさせていただきます。
ありがとうございます!





