64 愛のおわり4(ざまぁ回)
ジュニアは今まで、父親に殴られたことがなかった。
これが、生まれて初めての受けた暴力。
それは愛情に満ちあふれるどころか、一片の情けも感じさせなかった。
太陽の恵みがいっぱい詰まったオレンジのように、悪意がぎっしりと詰まった、憎悪の果実。
しかもその果実は、鉄のように硬かった。
なんと拳には、鋼鉄のメリケンサックが嵌められていたのだ。
このことからもわかるように、この一撃は親から子への体罰などではない。
完全に、敵対する者を破壊するために放たれた、殺意の一撃であった。
やさしかった父親の面影はもうどこにもない。
悪鬼羅刹のごとくの形相で、倒れた我が子を睨み据えている。
ジュニアは曲がった鼻から、壊れた水道管のように鼻血を吹き出しながら叫んだ。
「な……なにすんだよっ、このクソ野郎っ!?」
すると返事のかわりに、
……バッ!
と手が振りかざされる。
思わずジュニアは、ビクッ! と身体をすくめた。
しかし身体に訪れたのはさらなる衝撃ではなく、
……バサッ!
新聞紙であった。
そこには、クラスメイトに公開し、彼らにくれてやった厄災四天王の醜態が一面で取り上げられていた。
そのスクープ対象のひとりであるオヤジは、爆発寸前の爆弾のように真っ赤な顔で怒鳴る。
「これは、貴様が撮った真写だろう!? この新聞は検閲で引っかかったから良かったものの、もし公開されていたら、ワシは堕天どころではすまなかったわ!!」
新聞の見出しの横には、『発行不可』の赤いスタンプが。
「そ……それが何だってんだよ!? 小天級も堕天もたいして変わらねぇじゃねぇか! 情けなく勇者の座にすがりつきやがって! まるでハゲかけのテメェの髪みてぇじゃねぇか!」
すると、ジュニアを大いなる影が覆った。
ボディプレスのように飛び込んできた父は、息子に馬乗りになる。
そして、
……ガスッ! ドスッ! グシャッ! バキィ!
パンチの雨を降らせた。
一撃ごとに、憎しみが迸る。
「貴様がっ! 撮った! この真写が! 上層部の! 目に!触れなければ! ワシは! 大天級のまま! いられたんじゃ! あと少しで! すべてを! ステンテッドの! 毒のせいに! できる! ところじゃったのにっ!!」
勇者というのは、基本的に打たれ弱い。
強気だったジュニアも、すぐに血の涙を溢れさせた。
「ぐっ! がっ!? ひぎいっ!? ゆっ、ゆるひて! ゆるひてパパァ! おっ、俺……! ぼ、僕が悪かったよぉ! ちょ、ちょっとしたスキンシップ、だっ! たのにぃ! がはあっ!?」
勇者というのは、基本的に打つのも弱い。
オヤジはすぐにバテてしまい、ぜいぜいと肩で息をはじめる。
「はぁ、はぁ、はぁ……! もう貴様など、ワシの息子ではないわ……! この家から、出ていけっ……!」
これはジュニアにとっては、寝耳に血が混ざるような慮外の一言であった。
「え……!? ええっ!? う、ウソでしょ、パパっ!? 僕がいなくなったら、パパなんて一生ヒラ勇者のままだよっ!?」
「ああ、そうだろうな……! だからワシは、勇者をやめることにした……!」
「えっ……!? ええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「ワシは、お前を売り飛ばすことにした……! ちょうど、お前を買ってくれる勇者を見つけたんじゃ……! 是非とも、お前を従者にしたいとな……! ワシはその元手を使って、商売を始めるんじゃ……!」
「そっ……!? そんなっ!? パパっ!? 実の子を売るだなんて……!(ドガスッ!) がはっ……!」
「ワシがなんにも知らんと思っているのか! 貴様は学校で、ワシをバカ扱いしておったそうじゃな! それも、ワシが降格したのは自分の差し金だと抜かしておったそうではないか!」
「どっ……どうしてそれを……!?」
「貴様を買い取ってくれる勇者が教えてくれたんじゃ! 息子から聞いたからとな!」
「く……くそっ! チクリやがったんだな!? だ、誰なんだよ、その勇者って!?」
「それはな……ワシが子供の頃、さんざんいじめてきたダメ勇者じゃ! このワシが脅したら、高く買い取ってくれたわ!」
「ふ……ふざけんなよっ! そんなことが許されるわけがねぇだろ! たっ……助けろ! 助けろ衛兵ーーーーっ! こ、ここに、人さらいがいるぞぉーーーーーーっ!!」
「いくら衛兵を呼んでも無駄じゃ! なぜならばこれは、この国の司法手続きに則った、れっきとした商行為なんじゃからな!」
「じ……自分の子供を売るのが許されるだなんて、そんな……!?」
「ヌクヌクと育ったケツの青い貴様にはわからんじゃう! この国には親から売られたガキが大勢おるんじゃ! 今から貴様も、その仲間入りというわけじゃ! がっはっはっはっはっ!」
高笑いに合わせるかのように、屋敷の前にガラガラと馬車が横付けした。
それは長大かつ豪奢で、金細工で彩られた馬車の後ろには、動物を入れる檻のようなものが牽引されている。
御者席から、屈強そうなふたりの男が降りてきた。
「おお、ちょうどお迎えが来おったわ! おおい、コイツじゃ! このクソガキを持っていってくれい!」
まるで粗大ゴミのような扱いに、ジュニアは我を忘れる。
「やっ……!? やだあっ!? やだやだやだっ!? これは僕へのお仕置きで、本当は売り飛ばしたりなんかしないよね!? ぱ、パパ! 僕、いい子になるからっ! パパに言うことはなんでも聞く! 立派な勇者になって、パパに楽をさせてあげるからっ!」
「いまさら心を入れ替えたフリをしても、もう遅いわ! 貴様はこれから勇者ではなく、従者として生きていくんじゃ!」
しかも御者たちは『奴隷の焼印』を手にしていた。
これはかつてゴルドウルフがセブンルクスに潜入したときに、押されていたものと同じ。
そしてステンテッドが追放の際に頬に押されたものと同じ、魔法の焼印である。
魔力によって赤熱するそれを見て、オヤジの声は弾んだ。
「おお、どうやら貴様は従者ではなく、奴隷として使われるようじゃのう! がっはっはっはっ! クソガキにお似合いの一生じゃ!」
「やっ……!? やだやだやだやだっ!? いやだいやだいやだっ! いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ジュニアは門柱にしがみつき、歯医者を嫌がる子供のように断固拒否していたが……。
皮肉にも、それが押印にはちょうどいいポーズとなっていた。
そのまま、門柱に両手両足を縛り付けられ、頭を押さえつけられたあと、
……ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
奴隷の刻印、完了……!
地獄の業火に焼かれるように、門前でのたうち回る我が息子を見て、ファイヤーヘッドは大喜び。
まるで熱湯風呂のバラエティ番組を楽しんでいるかのように、腹を抱えて爆笑していた。
「がっはっはっはっはっ! 愉快愉快! 最近嫌なことばかりじゃったから、ことさら痛快じゃ! ゴミを処分して金を貰えるんじゃから、笑いが止まらん! がっはっはっはっはっ! 腹が痛い! 腹が痛いわ!」
しかし、痛いのは腹だけではなかった。





