40 分かれた明暗
スラムドッグマートとゴージャスマートのクエスト対決から、一夜明けて翌朝。
ロンドクロウ小国は、いつもニワトリの賑やかな鳴き声とともに目覚めるのだが、今日にかぎっては……。
……うげぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!
各地のいたるところで、悲鳴のようなえづきが起こっていた。
冒険者たちは毎朝、酒場で新聞に目を通しながら朝食を摂る。
冒険者といえばブルーカラーな印象が強く、スポーツ新聞が似合いそうなのではあるが……。
今日の新聞は計らずとも、スポーツ新聞の裏面のように肌色一色だった。
そう……!
勇者たちの、くすみきった肌色で……!
各紙はこぞって、昨日の『勇者サゲ祭り』を全面で取り上げていたのだ……!
しかも、無修正で……!
……おげぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!
っとなってしまうのも、無理はなかろう。
「な……なんだ、この気持ちの悪いオヤジどもはっ!?」
「なんで朝っぱらから、こんなおぞましいモノを見せられなきゃなんないんだよっ!?」
「こいつら、素っ裸でケンカしたり、泥まみれになったり、引きずり回されたりしてるぞ!?」
「新手の処刑風景か!?」
「どうやらこのオヤジども、モフモーフに挑戦した勇者様らしいぜ!」
「ってことは、クエストに失敗して仲間どうしで争ってるってことか!」
「なんだとぉ!? でも俺たちが知りたいのは、勇者のケツの穴がどうなってるかじゃねえ! 伝説挑戦の結果が知りてぇんだよっ!」
「どっちも失敗したみたいだぞ! スラムドッグマートのほうは、ぜんぜん書いてねぇけど!」
「なんだそりゃ!? それじゃこんな新聞、何の価値もねぇ! ケツ拭く紙にもなりゃしねえよっ!」
戦士たちは怒りに任せて新聞を引きちぎろうとしたが、そこに、
……はらり。
と羽衣が翻るように、一枚の紙が落ちた。
それは、折り込みチラシだったのだが……。
チラシによくある安い紙ではなく、絹のような手触りの、上質の紙だった。
そして色使いも、目立たせるためだけのケバケバしいものではなく、柔らかで落ち着いている。
思わず誰もが拾いあげてしまうと、紙からふわりといい香りが漂ってくる。
肝心の紙面には、
『スラムドッグマート クエスト失敗ごめんなさいセール』
とあって、申し訳なさそうにしている聖女や、テヘペロとしている聖女、聖女たちをなぐさめているギャル魔導女などが写っていた。
むくつけき男たちのハートが、キュンと高鳴る。
そして、身につまされる。
「よく考えたら……。俺たちだって、クエスト失敗なんてしょっちゅうだよな……」
「ああ……。でも、えらい違いだよな……」
「ゴージャスマートの勇者様たちは、クエストに失敗して、醜く争いあってるっていうのに……」
「スラムドッグマートの聖女や魔導女たちは、お互いを励まし合ってる……」
「同じ失敗したってのに、そのあとは、えらい違いだよな……」
「俺……いつもはゴージャスマートでクエストのための買い物をしてたんだけど……今日は、スラムドッグマートに行ってみようかな……」
「俺も……なんか、セールやってるみたいだしな」
……昨日、クエストに失敗したプリムラは、矢のような速さで帰還した。
真っ先にゴルドウルフのいる事務所に飛び込んだ少女は、スライディング土下座をしようとしたのだが、待ち構えていたオッサンに抱きとめられてしまう。
その横を、自分も抱きとめてもらいたくて、マザーやビッグバン・ラヴなどの、いつもの面々が横滑りしていく。
プリムラは思わぬラッキースケベに、おじさまの腕のなかで、すっかり呆けてしまっていた。
ちなみにではあるが、この聖少女にとっての『ラッキースケベ』の定義は、とてもハードルが低い。
たとえばカルタ遊びなどで、同じ札を取ろうとして、手が触れ合っただけで、
――うれしはずかしっ……!
と鼻血を吹いてしまいそうになるのだ。
こんな調子なので、オッサンに抱きとめられた日にはもう大変。
髪についていたユニコーンのたてがみの毛を、オッサンがそっと取ったこと気付いていない。
プリムラは少しの放心をおいて、我に返ると、
「すみま」
しかしようやく発した言葉は、ひとさし指で遮られてしまった。
「プリムラさん。クエストの結果については、報告の必要はありません。大切なのは、その結果を持って、どのようにお客様と接するかです。クエストはあくまで手段であって、本来の目的である『プロモーション』を忘れてはいけません。プリムラさんができることは、まだまだたくさんありますよ」
「わたしにできることは、まだまだ、たくさん……?」
「はい。たとえクエストに失敗しても、プロモーションにも失敗したと思い込んではいけません。それは、転んだからといって、もう立てないと悲しむようなものです。大事なのは、タダでは起きない気持ちです」
「タダでは起きない、気持ち……」
そうつぶやく少女の足元で、
「ああん! ママ、転んじゃったぁ! ゴルちゃんがおっきさせてくれるまで、おっきしなーいっ!」
と駄々っ子のように転げ回る姉の姿が。
オッサンは苦笑いする。
「……いい例かはわかりませんが、あの精神を見習ってみてください」
そう。
プリムラはオッサンからのアドバイスを受け、『スラムドッグマート クエスト失敗ごめんなさいセール』を思いつく。
突貫でチラシを作り、翌日の新聞にチラシとしてねじ込んだのだ。
しかも手抜きはせず、お詫びの意味を伝えるために、真摯な気持ちをしっかりと込めて。
これが、勇者たちの醜態だらけの新聞のおかげで、意外な効果を発揮することとなる。
便所紙以下だと揶揄された、新聞紙の上にある、いい匂いのする上質紙に写った美少女たち。
それはさながら、肥溜めの上を優雅に飛ぶツルのように、輝いていたのだ……!
これはプリムラ的には狙ったものではなかったのだが、偶然にも最良の『火消し』となっていた。
そして勇者側にとっては、最悪の『大炎上』となる。
例えるなら、失態を犯したアイドルグループがふたつあったとしよう。
かたや記者会見の場で、自分は悪くない、悪いのはまわりだと叫ぶばかりで、頭ひとつ下げず……。
挙句の果てには、仲間どうしで殴り合いを始めてしまったグループ。
もう片方は、謝罪を行なうだけでなく、罪滅ぼしまでしっかりと考えているグループ。
しかも、仲間どうしで揃って、丁寧に。
どちらが好感度アップするかは、比べるまでもないだろう……!
その日、ロンドクロウ小国のスラムドッグマートは、開店以来の大盛況を見せることとなった。





