33 震える少女
少女の世界は、かつてないほどに震えていた。
震撼しているといってもよいほどに。
吹き抜ける穏やかなのに、額を流れる汗でヒヤリとする。
いくつもの瞳が、いつになく真剣な眼差しを帯び、射貫くように見ていた。
少女は薄い唇を動かそうとして、はたと思いなおす。
胸に『失望』という言葉がよぎったからだ。
――いま、わたしが考えていることを、口にしたら……。
きっとみなさんは、わたしに対して呆れ、失望することでしょう。
ああ……!
わたしはいったい、どうすればよいのでしょう……!?
「おい、ガキんちょ! なにボーッとしてんだよ、なんとか言えよっ!」
頬を張り飛ばされるような声に、少女はハッと我に返る。
そして、思わず口にしていた。
「ま……待ってください、ランさん。今回のクエストは、剥奪ではなく、お裾分け……。ユニコーンさんたちにお願いして、角を分けていただく作戦だったはずです」
「ハアァ? この状況で、まだそんな夢みたいなこと言ってるのかよ! 相手はモンスターなんだぞ!? モンスター相手にお願いするなんて、バカじゃねぇのか! 寝ている今以上に、角を奪うチャンスなんてねぇんだ!」
ユニコーンの角を剥奪する手段としては、ユニコーンを殺害するなどの手段がある。
しかしユニコーンを殺すには、勇者を例に考えるなら、まともな勇者パーティが50組は必要とされる。
もちろん勇者という存在が、世の中にはびこるイメージどおり、マトモであるという前提条件が付くが。
いずれにせよ、かなり困難なことだと思って間違いない。
ランの言うとおり、いまは千載一遇のチャンスなのだ。
しかし少女は、「でも……」と口ごもるばかり。
そして仲間たちの苛立ちが募っているのを肌で感じていた。
――ああ……!
やはりみなさんに、失望されてしまった……!
やっぱりここは、ランさんの言うとおり、ユニコーンさんの角を……!
でも、無理やりだなんて、よくありませんっ……!
ああっ……!
本当に、本当にどうすればよいのでしょう……!?
こんなときに、そばにおじさまがいてくださったら……!
おじさま、おじさまっ……!
しかし、心の中でいくら叫んでも、虚しく響きわたるばかり。
かわりに、追い討ちをかけるような刺々しい声が、胸に飛び込んでくる。
「おいガキんちょっ! おやさしいのもいいが、いい加減にしろっ! お前の生ぬるい考えで、どれだけの人間が迷惑するのかわかってんのか!? ユニコーンの角が手に入らなかったら、ゴージャスマートに負けちまうんだぞ!? そうしたら、ロンドクロウのスラムドッグマートは大失敗だ! 多くの従業員が路頭に迷い、お前に『失望』するだろうなぁ!」
……グサグサグサッ!
ロンドクロウにいる店員たちの顔、忘れもしない彼らの顔が、蔑みのナイフとなって少女のハートに突き刺さる。
「うっ」と胸痛のように胸を押える少女。
効き目を実感したランは、ことさら残念がるように、肩をすくめた。
「あ~あ、今度こそゴルドウルフにも愛想を尽かされるだろうな! ゴルドウルフは一生懸命やったヤツは絶対に叱らねぇけど、手を抜いて失敗すると叱るんだ!」
……ズバアアアアアッ……!
オッサンの形をした太刀が、少女の身体をまっぷたつにした。
「ううっ……!」
少女は腹をかっさばかれたように、思わず蹲ってしまう。
すぐ目の前には、ユニコーンの安らかな寝顔と、そして角。
この寝顔を壊すだけで、おじさまに叱られることはなくなるのだ。
――おじさま……。
おじさまはわたしに、大切なお店のすべてを任せてくださいました……。
いいえ、おじさまだけではないのです。
いまわたしの手には、従業員の方たちの生活まで、かかっているのです……。
もしユニコーンさんの角が手に入らなかったら……。
そのすべてが、壊れてしまう……!
ああ……おじさま……!
おじさまはこんな時、どうされていたのでしょうか……!?
たすけて……!
たすけてくださいっ、おじさまっ……!
おじさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
絶命寸前にまで追い込まれた、いや、自分を追い込んでしまった少女。
彼女の頭のなかには、愛しの君との思い出が、走馬灯のように走っていた。
ふと、とある光景が、スロットマシーンのように揃う。
それは、ジャックポットのように、少女の中でピカピカと輝いた。
「はっ……!?」
と顔をあげる少女。
水を張ったように潤み、光を失った瞳。
乾いた唇から、かすれた声が、ひとりでに出ていた。
「お……おじさまは、おっしゃっていました……。『商売人というのものは、商売人である前に、人間であれ』と……! 商売人の心だけで、お客様に接すると、お客様のことが、ただのお金にしか見えなくなってしまう……。だからこそ、根底には人間の心を持ちづづけ、人間としてお客様に接しなくてはならない、と……!」
熱い涙が、頬を伝う。
水に映ったように揺らぐ瞳に、月のようなかすかな光が戻る。
「人間としてお客様に接するからこそ、家族のように大切にすることができ、親身になって接することができる……。より多くお金を頂くことよりも、生きて戻ってきてくださるよう、商品をお勧めすることができる……!」
少女はカッと目を見開くと、照らすように仲間たちを見た。
涙も蒸発するほどの、太陽のような熱い瞳で。
「わたくしはおじさまのおっしゃるとおり、商売人である前に、ひとりの人間でありたいんです……! お客様を大事にするように、ユニコーンさんも大切にしたい……! それがわたしの、正直な思いです……!」
彼女はうつむいて、安らかな幼子たちに視線を移す。
「パインちゃんはいつも、おじさまかお姉ちゃんか、わたしが寝かしつけてあげないと眠らないんです。会ったばかりの人……いいえ、ユニコーンさんといっしょに眠るだなんて、初めてのことです。そんな子たちが悲しむことは、わたしにはできません」
すると、なぜか仲間たちは安堵したような様子を見せた。
ランだけは「やってらんねー」と吐き捨てながら、ナイフを落とす。
そして……信じられないことが起こった。
……むっくり……!
と、ユニコーンたちが、一斉に膝から離れ、起き上がったのだ……!





