28 黒き炎
『スラムドッグマート』と『ゴージャスマート』の伝説クエスト挑戦は、奇しくも似通っている箇所が多かった。
そして皮肉にも、伝説のアイテムをゲットする手法まで同じであった。
両陣営とも、対象の聖獣を殺して奪い取るのではなく、仲良くなって分けてもらうというスタンス。
しかしその考え方の根幹には、若干の違いがある。
『スラムドッグマート』側は、ユニコーンの角を力ずくで奪うのは可哀想だという理由から。
『ゴージャスマート』側は、モフモーフを怒らせてしまうと、目的の蜜が毒になってしまうので、しょうがなくという理由から。
そして、両陣営にはもっと大きな違いがあった。
それは、聖女を取り巻く仲間たちの性格である。
プリムラと同行したパーティメンバーは、誰もがユニコーンと仲良くなる作戦に賛成してくれた。
しかしフォンティーヌに同行した、ダメ男どもは……。
作戦などそっちのけで、好き放題に……!
モフモーフの巣に到着してから、フォンティーヌとバーンナップとシュル・ボンコスは、歓迎パーティの準備をしていたのだが……。
ボンクラーノとステンテッドは手伝いもせずに遊びまわっていた。
「おおっ、この巣にある敷き藁、とっても気持ちがいいボン! ボンが寝ているベットよりふかふかだボン!」
「こんな見事な敷き藁にモンスターを寝かせておくなんてもったないないですなぁ! どうでしょう? この藁もいっしょに、持ち帰ってみては!?」
「おおっ、それは名案だボン! さっそく藁を集めるボン!」
「ははーっ! おい、そこの雑魚ども! さっきから何をやっとるんじゃ! わけのわからん飾り付けなどやめて、ボンクラーノ様のために、藁を集めるんじゃ!」
雑魚と呼ばれた3名は、ステンテッドの呼びかけを無視して歓迎パーティの準備を続ける。
しかしそれが良くなかった。
ステンテッドが藁を掘り起こした矢先に、とんでもないものが見つかる。
それは……!
「おやっ!? ボンクラーノ様、ご覧になってください! おおきな卵がありますぞ!」
「おおっ!? それは、モフモーフの卵ボン!」
「モフモーフというのは卵から生まれるのですか! さすがはボンクラーノ様、博識ですなぁ! そうだ、この卵たちを持って帰ることができたら、蜜以上の成果となるのではないですかな!?」
「その通りだボン! ステンテッドは冴えているボン! さっそく卵を取るボンっ!」
「では卵を抱えているボンクラーノ様の勇姿を、このステンテッドめが真写におさめましょう!」
ステンテッドは思い出したように記録玉を取り出す。
ボンクラーノは漬物石くらいある卵を持ち上げていたが、重くて途中で手を離してしまい、足に落してしまった。
……ゴシャッ!
タンスのカドに足の小指をぶつけたように、片脚を持ち上げて跳ね回るクソ坊ちゃん。
なにを思ったのか、腰に携えていた剣を引き抜くと、
「このっ、卵がボンに牙を剥いてきたボンっ! 許せないボンっ!」
激情のままに振り下ろしたっ……!
……グシャァァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!
大上段からの一撃を受け、粉々に飛び散る卵。
モフモーフの卵というのは本来、石よりも硬い。
クソ坊ちゃん程度の力ではキズひとつ付けられないのだが、ゴージャスマートの最高級の魔法剣のおかげで、ニワトリの卵のように簡単に潰すことができた。
「おおっ、これは面白いボン! 固い卵が簡単に壊せるボン!」
クソ坊ちゃんは遊び半分で、これから生まれようとしていた命を次々と砕いていく。
ステンテッドはその様を、真写におさめていた。
「おおっ! 素晴らしいですぞ、ボンクラーノ様! 伝説の聖獣も、ボンクラーノ様の正義の一撃には、ゴミのようですなぁ! がっはっはっはっはっはっ!」
ふと、バカ殿とバカ家臣が、大いなる影に覆われる。
「グルル……!」
唸りだけで微振動がおこり、ただならぬ重圧を感じる。
まさか……!? と振り返ったバカコンビが、目にしたものは……!
黒き炎っ……!
全身を燃えるように逆立たせる、モフモーフであった……!
もちろん実際に燃えているわけではないのだが、身体から放たれた豪熱は蜃気楼を起こし、あたりの風景を歪めるほどであった。
「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」
それまで飾り付けに夢中で、モフモーフに背を向けていたフォンティーヌたち。
突如としておこった爆音に、心臓が口から飛び出しそうになった。
張り飛ばされるように振り返ると、そこには……。
爆音のような咆哮に吹っ飛ばされたバカコンビが、足元に転がってきていた。
「「ひっ……ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
バカコンビは死人のような顔で這い逃げ、岩陰に隠れる。
ふたりとももう失禁していて、汚い軌跡の筋を残しながら。
フォンティーヌは怒りに燃えているモフモーフと、そのそばにあったグチャグチャの卵たちを見て、すぐに察した。
怒鳴りつけてやりたい気持ちでいっぱいになったが、今はそれどころではない。
バカコンビの隠れている岩に向かって、手をかざすと、
「……アン・ドゥ・トロワ!」
三重のマナシールドが、岩ごと守るように現れた。
マナシールドというのは通常、ひとつしか張れないものだが、優秀な魔導女であるお嬢様に、そんな常識は通用しない。
――このシールドは維持するのも大変で、他のことは一切できなくなるのですけれど……。
いくら聖獣でも、破れないはず……!
あの子をなんとかなだめて、落ち着かせないと……!
しかしお嬢様の希望的観測は、一瞬にして打ち破られる。
……ドオンッ!
モフモーフが怒りに任せ、地面に両手を叩きつけると、
……ドドドドドドドドドドドッ!!
地面の中に龍が這っているかのように土煙があがり、バカコンビが隠れている岩に向かっていった。
そしてマナシールドを3枚とも紙のように破り、岩ごと、
……ドゴォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
バカコンビを宙に舞い上げていた。
お嬢様は息を呑む。
――なっ!? わたくしのトロワシールドが、一発で……!?
シールドが通用しない相手なら、平和的解決は望めそうにありませんわ!
あの子には気の毒ですけれど、わたくしの大魔法で……!
と、モフモーフのほうを見やったフォンティーヌ。
さらなる衝撃展開に、息が止まりそうになる。
なんと、モフモーフはフォンティーヌに向かって第2波を放とうとしていた。
しかしその懐にバーンナップが潜り込み、叩きつけられようとしていた熊手を、チャルカンブレードで受け止めていたのだ……!
「バーンナップ!? あなた、なんということをっ!?」
「に……逃げて……逃げてくださいっ……! フォンティーヌ様っ……!」
「あなたを置いて逃げるなんて、できるわけがありませんわ! あなたこそ、早くそこから離れるのです! でないと……!」
次の瞬間、モフモーフの丸太のような腕が唸る。
ひとつひとつが鎌のような鋭さを持つ爪が、小さな身体を軽く薙いでいった。





