25 オッサンの影響
モフモーフを探しに洞窟に入った勇者たちには、1パーティにひとつ、魔導装置が手渡されていた。
これは一種のトランシーバーのようなもので、持ち運べる伝声装置である。
受信側の装置は大規模なものになってしまうが、離れた相手から音声を受け取ることができるので、非常に便利なアイテムである。
ボンクラーノをはじめとするパーティ一行、すなわち今回の『本隊』とも呼べる面々は、まだ洞窟の外にいた。
オープンテントに設えられた受信装置の前で、先行隊の連絡を待っていたのだ。
ボンクラーノたち本隊は、先行隊といっしょになって探索するのではなく、先行隊の発見連絡を受けて、その場に急行する手筈となっていた。
しかし、受信装置から聴こえてくるのは、
「ぎゃあああっ!? 助けてっ! 助けてぇーーーーーっ! オッサン、オッサーーーーンッ!!」
「いやあっ! 死ぬっ! 死ぬっ! 死んじゃうぅぅっ!? オッサン、オッサーーーーンッ!!」
「あああっ、神よっ! いいえ、オッサンよ! お助けを! オッサン、オッサーーーーンッ!!」
「オッサンは、バケモノだったんっすぅぅぅ! 助けてぇ! オッサン、オッサーーーーンッ!!」
怒号と悲鳴。
そして謎の、『オッサンコール』……!
洞窟の中に入った勇者たち、50組が揃いもそろってオッサンに助けを求めるその様は、不自然であった。
さながら、ヤラセだらけの探検隊ドキュメンタリーのように……。
そして、ただただ不気味であった……!
ボンクラーノたちは首をかしげる。
「洞窟の中にいるのは、モフモーフじゃなくてオッサンなのかボン?」
総勢で200名のにものぼる冒険者たちを、ひとりで窮地に追い込むオッサンがいるとしたら、たいしたプレデターっぷりである。
「声からすると、オッサンという人物の重要性に気付いて、後悔しているように聴こえますわね」
「そんなわけあるか! なんで50名もの勇者が、ひとりのオッサンに助けを求めるんじゃ! 常識で考えてありえんじゃろう! 女の脳味噌はクルミくらいの大きさしかないんじゃから、黙っておれ!」
この世界を支配している勇者たちが、名もなきオッサンに助けを求める……?
たしかにそれは、常識ではありえない話であった。
しかしシュル・ボンコスは、世界滅亡の予言を聞かされたかのように、ひとり震えていた。
「しゅるしゅる、ふしゅるるる……! 我らボンコス家の、選りすぐりの尖兵……。それも50名が、あのオッサンに劣ることなど、ありえないのです……!」
彼は、自分の身体よりも遙かに大きい卵を飲み込んでしまった蛇のように、苦しげな表情で言った。
「ふしゅるるるるるっ……! ボンクラーノ様、我々も洞窟へと参りましょう……! このしゅるが、必ずやモフモーフを見つけ出してごらんにいれます……! そして勇者様にとって必要なのは、オッサンなどではなく……我らボンコス家であることを、証明してみせましょう……! しゅるしゅる、しゅるるるっ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ボンクラーノ一行が洞窟への突入を決めた頃、対するプリムラ一行は、ユニコーンのいる森へと到着していた。
ユニコーンがいるという森は、ロンドクロウ小国の王都から東にある森。
ロンドクロウの西部を覆うほどの広大な森なのだが、その近くには、隣国であるハールバリーと繋がる国道がある。
国道は整備されていているので、森の近くまでは馬車で楽に行くことができた。
森も開拓されている所までは馬車で進み、途中からは徒歩となる。
モフモーフのいる洞窟よりも遙かに進軍は楽だったが、こちらの森には手強いモンスターが多いという特徴があった。
そのため、30名の騎士団たちが、プリムラたちを囲むようにして、用心深く進む。
モンスターたちはウヨウヨいたので、何度も遭遇し、あわや戦闘かと思う局面が、幾度となくあった。
しかし、モンスターたちはプリムラたちの馬車を見るなり、死神の葬列に出くわしたかのように逃げ去っていく。
彼らは、村ひとつを軽く滅ぼせるほどの、実力派のモンスター揃いなはずなのに……。
これは、『錆びた風』と『空の骸』が協力して、あらかじめ森のモンスターたちに、ヤクザのごとき脅しを入れていたためである。
おかげでプリムラたちは、遠足のようにあっさりと、ユニコーンのいるという地域まで到着することができた。
そしてその領域まで達すると、モンスターの姿は一切なくなる。
なぜならば、聖獣であるユニコーンのナワバリには、邪悪なモンスターは入ることができない。
森は自然が守られ、花や果物、動物や精霊であふれ、息を呑むほどに美しかった。
「うわぁ……! マジ、超キレイじゃなくなくなくないっ!?」
「ふーん、悪くないじゃん」
「本当ねぇ、空気もとっても気持ちいいわぁ」
「すっげぇいい匂いがするなぁ、なんの花だ、コレ!?」
「動物もいっぱいいるわねぇ! アレ、狩っちゃダメなのかしら」
「わうぅっ!? 森の動物は、神様のつかいなのです!」
「わぁ、リンゴがなってますよ! おいしそう~!」
「こんな所になってるのは、間違いなく毒リンゴのん。触っただけで即死するのん」
「うーん、それよりもせっかくひと暴れできると思ったのに、モンスターが全然いないではないか!」
パインパックはプリムラに抱っこされたまま、芸術を爆発させるようにスケッチに余念がない。
同じく黙々と風景を真写におさめ、手帳に所感をメモするグラスストーン。
一行は、ユニコーンの森を進んでいく。
森は、覆い被さるような木々で蓋をされているのに、どこも明るかった。
蛍のようにふわふわと舞う光の粒子で満たされ、花は葉は自らが発光するようにツヤツヤと輝いている。
しばらく進むと、大きな湖に出た。
水の中は非常に透明度が高く、森の景色を鮮明に映しだしている。
水面にもうひとつの世界が広がっているかのような景色は、この世のものとは思えないほどに清廉としていて、幻想的であった。
そしてつい、女性陣の本音が漏れてしまう。
「う……わぁぁぁぁぁーーー! ご覧になってください、おじさま!」
「見て見て、ゴルちゃん!」「ごりゅたん、みうー!」
「おおおっ! すっげぇ、オヤジ、見ろよ! こんな所で一杯やったら最高だろうなぁ!」
「マジ、ヤバくなくなくないっ!? ゴルドウルフさん!」「ふーん、これは、バーちゃんのついでじゃん」
「すごいわねぇ、ゴルドウルフ! もっとよく見たいから、肩車しなさいよ!」「じゃんけんするのん」「じゃーんけーん、やった! 勝ちましたぁ!」
「なっ、なんだ、みんなして!? 私はゴルドウルフではないぞっ!?」
気付くと女性陣たちは、体格的にゴルドウルフにいちばん近いクーララカにまとわりついていた。
そして別人だと気付くと、
「なんだ、クーララカ(さん、ちゃん)か……」
一方的に失望して離れていく。
嗚呼……!
なんたる皮肉であろうか……!
彼女たちもまた、勇者と同じように、気付いてしまったのだ……!
いや、彼女たちのほうは、見えざる手によるエスコートがあったので、まだマシなほうなのだが……。
いや、だからこそ余計に、感じてしまったのかもしれない。
オッサンのいない冒険は、コーヒーとコーヒークリームのない、コーヒーであるかのような、味気なさだということに……!
ようは、ただの『白湯』っ……!





