19 最大の誤算
「おっ、どうしたんだガキんちょ、死にそうな顔して。腐ったプリンでも食ったのか?」
「あっ、ランさん。じっ、実は……。あの……その……えっと……んっと……」
「なに奥歯にイカゲソが挟まったようなものの言い方してんだ! 言いたいことがあるなら、さっさと言えっ!」
「きゃっ……! は、はひ、すみませんっ……!」
プリムラはとうとう、しまい込んでいたモノを吐露する。
しかしそれは喉を詰まらせた赤ちゃんのような告白だったので、その都度ランはプリムラの背中を叩いて吐き出させた。
「なにぃ!? まだオヤジに言ってなかったのかよ!?」
「は、はひ、すみません……。つい、ウッカリしておりまして……」
「ウソつけ、ウッカリなんてありえねーだろ!」
「な、なぜですか?」
「オヤジに尖兵を頼むって言ってときのお前、花嫁みてぇなツラしてたじゃねーか! そんなツラして言ったことを、忘れるヤツがいるかよ! いるとしたら、お前の姉ちゃんぐらいのもんだ!」
「ううっ……!」
「とにかく、もうメソメソしているヒマなんてねぇだろ、行くぞっ!」
「えっ? どちらにですか?」
「この話の流れで、なんでそんな疑問が出てくるんだよ!? オヤジの所に決まってるだろ!」
「そ、そんな、今日は、お日柄が良くありませんので……」
「なにワケのわかんねぇこと抜かしてやがんだっ! こいっ!」
「ああっ!? ランさんっ!? あ~れ~!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃ゴルドウルフは、プリムラたちがいるのと同じ事務所の別室で、書類に目を通しているところであった。
「ここか、オヤジっ!」
……ズバーンッ!
ノックもせずに、扉を蹴破る勢いで、部屋に押し入ってくるラン。
その肩には、さらわれる村娘のように、肩に担がれたプリムラが。
その様は従業員というよりも、完全に押し込み強盗の類いであった。
しかしオッサンは、平然と応対する。
「はい、なんでしょう?」
「オヤジ! このガキんちょが、いっちょ前に話があるんだと! 聞いてやってくれよ!」
ランは一方的に用件を告げると、荷物のようにプリムラを降ろし、ぽすんとソファに座らせる。
「じゃあ、ちゃんと言うんだぞ! 途中で逃げたりしたら承知しねぇからな!」
誘拐した子供を脅すような口調で、プリムラの頭をグリグリとやったあと……さっさと部屋を出ていった。
しかしオッサンとふたりきりになっても、プリムラは又貸しされた子猫のように、身体を縮こめたまま。
見かねたオッサンは事務机から立ち上がると、対面のソファに座った。
「今日の弁当に入っていた卵焼き、いつもと違う味つけでした。あれは、プリムラさんが作ったんですよね?」
緊張しているとわかった相手に、世間話から始めるのは、オッサンのやり方のひとつである。
プリムラは顔を伏せたまま、「は、はひぃ……」と答える。
プリムラは、相手に失礼だからと、話すときは必ず相手の目を見るようにしているのだが……。
今は、それもできないほどにアガりまくっていた。
「とても美味しかったです。なにか、特別な調味料を使ったのですか?」
「あっ、は、はひ……! フォンティーヌさんから、異国の調味料を頂いたので、入れてみました……」
褒められて嬉しかったのか、親猫に舐められた子猫のようにピクンと身体を震わせるプリムラ。
それから他愛のないやりとりをしているうちに、プリムラの緊張も解けていく。
まだ顔は真っ赤であったが、ようやく目を見て話せるようになった。
オッサンはこのタイミングで、センシティブな話題をぶっ込む。
「新聞を見ましたよ。ユニコーンの角を手に入れるクエストに挑戦するんですね」
瞬間、プリムラは身を固くしたが、ぐっ、とこらえた。
「は、はい。あの、すみません、おじさまにご相談したあと、発表しようと思っていたのですが……」
「いえ、事後報告でも問題ありませんよ。私はすべてをプリムラさんに任せておりますので」
そう言われると突き放されたようで、プリムラはいつも一抹の淋しさを覚えるのだが……。
「しかし冒険ということであれば、私も協力します。アドバイスでもなんでも、私にできることがあったら、何でも言ってください」
今回は思わぬ提案を受けた。
なぜならば、今回のことは商売の話でもありつつも、冒険の話でもあったからだ。
『商売の話』では、オッサンは最低限の助力にとどめていたのだが……。
『冒険の話』ともなれば、生命にも関わることなので、オッサンはプリムラへのバックアップ度合を上げていた。
しかしいずれにせよ、これはプリムラにとっては、きらびやかに飾ったイカ釣り漁船……。
いやいや、豪華客船クラスの、助け船であった……!
「ほっ、本当に……。おじさまのお力をお借りしても、よろしいのですか?」
まだ信じられない様子で尋ねると、おじさまは「ええ、もちろん」と力強く頷き返してくれる。
これはもう、『結婚を前提にしたお付き合い』の承諾を得たも同然であった。
楚々とした少女にしては珍しく、鼻息が聞こえてくるほどに意気込んで、前のめりになる。
「で、では……! クエストに、尖兵さんとして、同行してくださいますか……!?」
――い、言えた……!
少女の視界はそれだけで斜がかかり、身体はここにあらずといった感覚に包まれる。
口から魂が漏れ出して、そのまま天に昇ってしまいそうなほどに、心がフワフワしっぱなし。
しかしその気持ちは、断頭台の刃が降りてくるような一言で、すべて断たれてしまった。
「いえ、それはできません」
……ズドバアアーーーーーーーンッ!!
死体のように、硬直するプリムラ。
もはや首から上がなくなってしまったかのように、すべての感情が消え去っている。
プリムラがオッサンを勧誘するのを先延ばしにしていたのは、理由があったから。
それは、そう……。
……断られたら、どうしましょう……!?
その一点が、どうしても重くのしかかっていたからだ……!
オッサンに断られるということは、少女にとっては死刑宣告に近かった。
もし断られたら、貝になって暮らそう、などと思ってしまうほどに。
オッサンの、このあとの言葉が、あとほんの少しでも遅れていたら……。
少女は本当に、心を閉ざしていたかもしれない。
少女の心を、焼きハマグリのように、パックリと開かせるに至った、その一言とは……!?
「ユニコーンは、清らかな乙女の前にしか姿を現しません。たとえわずかであっても、男性と接した気配があっては、彼らは出てきません。私もできれば同行したかったのですが……。たとえ途中までであっても、私が同行したら、クエストは失敗してしまうでしょう」





