18 史上最大のピンチ
両陣営は、マスコミを通じてクエスト挑戦を発表し、本格的に伝説達成に向けて動きはじめた。
偶然にも同日の発表となってしまったものの、お互いにいい刺激を与えあったといえる。
フォンティーヌは、モフモーフの討伐を、『蜜の剥奪』に切り替えた。
しかしこのことは、マスコミには公表しなかった。
『蜜の剥奪』発表を受けたプリムラ側が、対抗してそれ以上の伝説に挑戦するのを阻止するため。
表向きは討伐のままにしておいて、戦利品として蜜を持ち帰るという、サプライズを狙っていたのだ。
フォンティーヌは密かにモフモーフの情報収集を行ない、蜜を得るための算段を練り上げる。
その準備の一環として、『生体魔法』の接種を行なった。
『生体魔法の接種』というのは、この世界の医療技術と魔法技術を合わせたもの。
採血を行ない、採った血に魔力を与え、再び身体に戻す。
こうすることにより、人体に魔法の効果を与えることができる。
掛けられる魔法には制限があるものの、詠唱により人体に向かって掛けるよりも効果が強く、持続時間もかなり長くなる。
今回はその技術を利用して、モフモーフの持つ毒に備えたのだ。
モフモーフの毒『七年殺し』は、犯されたあとでは除毒できない。
しかし『生体魔法』で『耐毒』の力を得ていれば、通常の毒消しでも対応が可能となる。
『生体魔法』技術は一般的ではないので、費用などは高額となる。
冒険者の間では経済的な理由により、受けるものはほとんどいない。
また欠点は他にもあって、『生体魔法』は強力すぎるあまり、他の『通常魔法』の効果を弱めてしまう。
たとえば『耐毒』の力を得ているときに麻痺をしてしまうと、麻痺を治す魔法が効かない場合があるのだ。
しかも、『生体魔法』の効果持続は、下手をすると数十年に及ぶ場合がある。
戦う相手が、常に毒が脅威なモンスター限定なのであれば、何ら問題はないのであるが……。
様々なモンスターと戦わなくてはならい冒険者にとっては、そうはいかない。
そのため、『生体魔法』というのは、まさに聖獣クラスの特別なモンスターを倒す場合限定といってよかった。
ちなみにではあるが、体内にある『生体魔法』は、『魔法解除』の『生体魔法』を上書きすることにより、効果を打ち消すことができる。
フォンティーヌは今回のクエストにあたり、モフモーフの『七年殺し』に耐えられるようにと、スペシャルカスタマイズした『生体魔法』を準備。
パーティメンバー全員に、接種を義務づけさせた。
また、装備についても抜かりはない。
お嬢様は、魔法技術を駆使して作られた、最新鋭の武器を用意。
この時のために新たに作られたものだなのだが、クエスト達成の暁には、『ゴージャスマート』の新製品として、大々的に売り出すものでもあった。
『ゴージャスマート』サイドは、冒険者的にも、商人的にも準備万端……!
あとはクエストに出かけて、向後抜かりなく首尾をこなすだけとなった……!
そしてその頃、『スラムドッグマート』サイドはというと……。
発起人であるプリムラの元には、『良い報せ』と『悪い報せ』の両方が届いていた。
『良い報せ』というのは、店への客足が、僅かではあるものの増えてきたこと。
先日、新聞誌上で伝説挑戦発表を行なったところ……。
顧客である戦士たちの間で、『スラムドッグマート』の存在が認知されるようになったのだ。
これは、ゴージャスマートの発表とカチ合ったことが要因であろう。
なぜならば普通、クエスト挑戦の発表など、新聞社は大きく取り扱わない。
達成したのならともかく、挑戦の宣言など絵に描いた餅でしかないからだ。
しかし今回に限っては、ホーリードール家とパッションフラワー家の確執として取り扱われた。
さらに、ケツにブッ刺すなどという過激なマイクパフォーマンスがあったとなれば、なおさら……!
そしてこれは、育ちの良いプリムラにとっては、カルチャーショックのような概念であった。
「お尻に、刺す……っ!?」
お尻ペンペンすらされたことのない少女にとって、お尻になにかする、という時点で未知の領域。
そのような行為は、頭のおかしい究極のサディストが考えた、人智を越えた拷問レベルなのである。
お尻を刺したりしたらどうなってしまうのだろうと、想像しただけでプリムラの身は寒ブリのように引き締まるのであった。
これが、プリムラにとっての『悪い報せ』……?
いやいや、そんなわけはない。
今回の『悪い報せ』というのは、プリムラにとっては、お尻になにか刺さったうえに、その上からペンペンされるような、とにかく最悪のことだったのだ。
それはいったい、何かというと……。
『クエスト挑戦のことを、まだ、いちばん大切なひとに言っていない』……!
『いちばん大切なひと』というのは、言うまでもないだろう。
そう、『おじさま』……!
件のおじさまは、新聞には毎日目を通しているはずなので、クエスト挑戦のことはもう知っているだろう。
しかし、肝心なのはそうではない、そうではないのだ。
『あの……おじさま……。わたしの、尖兵さんになっていただけませんか?』
この一言がまだ、まだ言えていなかったのだ……!
本来であれば、真っ先にやっておかなければならない、この勧誘を……。
プリムラは、後回しにして、しまっていた……!
なぜならば、おじさまをパーティに勧誘するというのは、彼女にとっては……。
プロポーズするのと同等の勇気を必要とする、一世一代の行為であったから……!
言うなれば彼女は、相手の承諾を得ずに、結婚式の準備をしていたも同然だったのだ。
彼女は連日、こんな感じであった。
「おじさまに、尖兵さんになっていただかなくては。あっ、そういえば今日は、お出かけになっているのでした」
「もうあまり時間がありませんので、今日こそ、おじさまにお願いしなくてはなりません。あっ、ミスミセスさんも、おじさまに御用なのですか? では、お先にどうぞ。あっ、いえ……。わ、わたしは世間話に伺っただけですので……」
「今日こそ、今日こそおじさまに言わなくては……! あ、でもカラスさんが鳴かれましたので、明日に……」
などと、ズルズルと先延ばしに……!
彼女は本来、おじさまの許可を得てから、クエストの挑戦をマスコミに発表しようと思っていた。
しかし、例のおもらしによって、その意図は脆くも崩れ去ってしまう。
結果、少女は……。
相手もいないのに、電撃結婚を発表した、芸能人同然に……!
聖少女プリムラ……史上最大の、ピンチっ……!?





