06 尖兵の血
話は再び現在、『ゴージャスマート エヴァンタイユ諸国本部』に戻る。
「……というわけで、ボンは鼻息ひとつでモフモーフを倒し、そのマズい肉を食べて、パパと同じようにゴミ箱に捨ててやったんだボン」
マズいとわかっている生き物を殺し、わざわざ解体してまでその肉を食べ、ゴミ箱に捨てる……。
これほど人倫にもとる行為もない。
しかしそれを語っていたボンクラーノは、若い頃の武勇伝をひけらかす、飲み屋のオヤジのようなドヤ顔であった。
聞かされたフォンティーヌとシュル・ボンコスはドン引きであったが、ステンテッドだけは、大げさに驚いていた。
「すっ……すごい……! 『モフモーフ』を鼻息で倒すだなんて、さすがはボンクラーノ様! でも、ワシは薄々感じておりましたぞ! ボンクラーノ様の鼻息には、ただならぬ神気が宿っていることを! この善良なワシですら畏怖するのですから、邪悪なるモンスターなどイチコロでしょうなぁ!」
とうとう拍手喝采まで送りはじめる始末。
シュル・ボンコスは最初、ボンクラーノがウソ武勇伝を語っているのだと思っていた。
しかし、話のディテールが微妙に細かかったので、脚色はともかく、本当なのではないかと考えを改めつつあった。
しかし、どうにも納得がいなかい。
彼はひたすら思案する。
――『モフモーフ』といえば、『ユニコーン』にも匹敵するといわれる伝説の聖獣……。
その戦闘力は計り知れず、最高の戦勇者である、ディン・ディン・ディンギル様であったとしても、倒せるかどうか……。
戦勇者ですらないボンクラーノ様など、まさにモフモーフの鼻息だけで返り討ちにあうことでしょう。
もし倒したというのであれば、当時は相当な話題に……。
そこでふとあることを思いつくシュル・ボンコス。
おだてられて上機嫌のボンクラーノに向かって問う。
「ふしゅるふしゅる。まさかしゅるが仕える前に、ボンクラーノ様がそんな偉業を成し遂げているとは知りませんでした。となれば、当時は相当、新聞社などに取材されたのでしょうなぁ」
すると打てば響くような調子で、「そうだボン!」と返ってくる。
ボンクラーノは書斎机の引き出しから、ふたつの本を取りだしていた。
一冊は、ボンクラーノが『モフモーフ討伐』を果たした時の新聞記事のスクラップブック。
もう一冊は、『ボンクラーノ様、モフモーフを倒す』というタイトルの絵本であった。
勇者が偉業を達成したときに、その活躍が演劇や小説、そして絵本になることはこの世界では一般的である。
そして意外なる証拠の登場。
絵本とスクラップブックが机の上に広げられると、部下たちは我先にと覗き込んだ。
絵本には確かに、ボンクラーノがいかにしてモフモーフを倒したかの一部始終が描かれていた。
しかしこちらは多大なる脚色が施されているのが、ひと目でわかる。
なにせボンクラーノと魔導女と聖女、たった3人のパーティでモフモーフに挑んでいるからだ。
しかも魔導女と聖女はあまり役に立っておらず、ボンクラーノの独壇場。
ページの最後は、魔導女と聖女から頬にキスをされる、美化されすぎたボンクラーノのどアップ。
気に入らないことがあればカーペットに寝転がって暴れ回る、今のボンクラーノとはかけ離れた姿であった。
しかし新聞のほうは、脚色するにも限界がある。
どの新聞にも真写つきで、ボンクラーノの勇姿があった。
モフモーフの死体を踏みにじっている姿や、肉を食べて吐いている姿、ゴミ箱にダンクシュートしている姿が、これでもかと……!
それは生き物、そして食べ物への冒涜ともいえる、見るに堪えないものであった。
お嬢様はあからさまに顔をしかめている。
そして、シュル・ボンコスは……。
真写に映っていた、ある人物に釘付けになっていた。
「しゅるしゅる、ふしゅるるる……。ボンクラーノ様が、『モフモーフ討伐』をされた際……。もしかして、この真写に映っている男性が、尖兵同行したのではないですか?」
枯木のような指で、真写の隅に見切れている人物を指さすシュル・ボンコス。
「どれどれ」と覗き込んだ坊ちゃんは、すぐに顔をあげると、
「そうだボン! この名前もわからないオッサンが、討伐のときの尖兵だったボン! というか、当時のボンの付き人だったボン! しかしこのオッサン、とんでもない役立たずだったボン! 移動中も真っ先に疲れてダウンしたし、モフモーフとあった時なんて、オシッコを漏らして泣き喚いていたボン!」
ステンテッドも「おお!」と唸っていた。
「コイツなら、ワシも知っておるぞ! 勇者であるこのワシを、『なんとかマート』とかいう三流の店に引っ張ろうとしたヤツです! 名前は、なんといったかなぁ、ええっと……。でもまぁ、ボンクラーノ様のおっしゃる通りの役立たずじゃから、コイツのことなんて、どうでもいいじゃろう!」
勇者は基本的に、他人の名前など覚えない。
パーティにいる魔導女や聖女ならともかく、尖兵は使い捨てなので、名前を覚えてもしょうがないのだ。
さえないオッサンなら、なおさら……!
しかしついこのあいだ、このオッサンと会ったばかりのステンテッドが、名前を思い出せないのは不思議な話である。
まるで勇者になると、このオッサンの名前だけが、頭から消えてしまうかのようであった。
いずれにしても、勇者にとってこのオッサンは、『どうでもいい』存在である。
例えるなら、見ず知らずの野良犬同然。
野良犬には名前などないし、飢えていようが野垂れ死んでいようが、気にならないのと同じである。
しかし、シュル・ボンコスは違った。
代々、勇者に仕える尖兵の家系に育った、彼にとっては……。
このオッサンは、遺伝子に刻み込まれているほどの……。
倶に天を戴かせないほどの、敵っ……!
「……やりましょう、ボンクラーノ様……! しゅるたちの手で、偉業を成し遂げるのです……! 『モフモーフ討伐』以上の、偉業を……! しゅるしゅる、ふしゅるるるるるるるるるるっ……!」
いつもは沈着なはずのその声は、震えていた。
いつも袖の端すら動かないその身体も、震えていた。
まるで内なるところに火が、それも業火が燃え上がったかのように、蛇のような頭から、湯気が立ち上っていた。
立場としては『反対』で、どうやってボンクラーノをあきらめさせようか思案してた彼。
でも今は違っていた。
圧倒的、『賛成』っ……!
これで、フォンティーヌの提案した、ロンドクロウ小国での『ゴージャスマート』のプロモーションが決定した。
そう……!
『伝説のクエスト達成を達成し、顧客である戦士たちに、武器の優位性をアピールする』……!
プリムラとランの凸凹っぷりを、遙かに超越する……。
歪すぎる面々の冒険者パーティが、今ここに誕生したのだ……!
次回は、プチざまぁです!





