05 オッサンとクソ坊ちゃん
これは、ボンクラーノが成人する前の話。
彼は当時、実家で暮らしていた。
実家といっても、のどかな山あいにあるような一軒家などではない。
山の上にあるのは違いのだが、それは山稜に住まう神々を彷彿とさせる神殿。
そう、彼は世界でも指折り数えるほどしか存在しない、『神殿住まい』だったのだ。
この世界で神殿に居を構えることが許されるのは、神そのものか、神の化身と認められた者のみ。
それは、たとえ勇者であっても、ほんのひと握りしかそんざいしない。
勇者組織では『神行役員』と呼ばれる、上層部のみ。
彼の父は、その『神行役員』にして、勇者組織のナンバー2。
そして、『ほとんど神』と呼ばれる、準神級の勇者……。
ブタフトッタ・ゴージャスティスだったのだ……!
『ほとんど神』ということは、当然、崇拝の対象になっている。
神の住まう山には、頂上にある神殿を中心にして、八つの参拝道が放射状に伸びているのだが、そのすべてが参拝客でごったがえしていた。
その誰もが馬車や牛車などに乗り、山積みの荷物を持参している。
荷物の中身はほとんどが食べ物で、ブタフトッタへの神饌である。
食べ物以外の荷物は、着飾った器……。
この『器』を使った食事風景は、世にもおぞましいものなのだが、それに表立って不快感を表せる者はいない。
なにせ相手は『ほとんど神』なのだから……!
その、女王アリの巣に角砂糖を運ぶ、働きアリのような参拝客を見下ろしながら育ったのが、ボンクラーノである。
そんな彼のヒマつぶしはもっぱら、『読書』であった。
神殿内には3000万冊をほこる蔵書の図書館がある。
しかもそれが彼だけのために揃えられたというのだから驚きである。
といっても、彼が利用していたのは『キッズスペース』と呼ばれる子供向けの本が揃えられた、ごくごく一部の空間のみ。
そこでも1000冊ほどの本があったのだが、それ以外の29999000冊は、一切手に取られることがなかったというのだから、壮大なムダである。
彼が読むのはもっぱら絵本、しかも付き人に語らせて、自分は聞くのみであった。
「……邪悪なるモンスター、モフモーフが勇者ブタフトッタ様に襲いかかってきました。でもブタフトッタ様は、鼻息だけでモフモーフを吹き飛ばし、倒してしまったのです」
甘くて苦いコーヒーのような、渋めの低音が、ふたりだけの図書館に静かに響く。
かと思いきや、不躾なクチャクチャ音が混ざる。
ボンクラーノは神饌で供された、世界中から集められたお菓子を貪りながら、付き人の読み聞かせを聞いていた。
「くちゃっ、くちゃっ、さすがはボンのパパだボンっ! くちゃっ、くちゃっ、それで、どうなったボン!?」
躾のなっていない坊ちゃんをたしなめることもせず、付き人は語り続ける。
「ブタフトッタ様は、モフモーフの皮を剥いで、肉をそぎ落として、ステーキにして食べました。しかしモフモーフの肉はとってもまずく、食べられたものではありませんでした」
「くちゃっ、くちゃっ、なんだぁ、モフモーフの肉はマズかったのかボン! そんなの、ゴミ箱に捨ててしまえばいいボンっ!」
「哀れモフモーフは、ブタフトッタ様からひと口も食べてもらえず、ゴミ箱に捨てられてしまいました。あの世でモフモーフは泣いています。『えーんえーん、ブタフトッタ様から食べてもらえなかったよう。えーんえーん』」
「ざまぁみろだボン! まずい肉のモンスターだなんて、捨てられて当然ボン! 泣いて当然ボン!」
「ブタフトッタ様は口直しに、あたらしいお肉を食べ、そして言いました『お肉はやっぱり、■■■■■■■■■■だね!』」
■で覆われた単語は、検閲にあって塗りつぶされてしまった部分である。
ブタフトッタの活躍を描いた絵本のオチはいつも同じで、当該箇所の台詞はすべて修正されている。
なので、ボンクラーノも伏せ字のことは気にも止めない。
しかし、とんでもないことを言い出した。
「ボンも、モフモーフと戦って、肉が食べてみたいボン! さっそく冒険の旅の準備をするボン!」
「ええっ、そんな、ご冗談を……。モフモーフは普通のモンスターと違って、聖獣と呼ばれるモンスターなのですよ?」
「聖獣なんかじゃないボン! 邪悪なるモンスターボン! ボンもパパみたいに、絵本になるような活躍をしてみたいボン!」
「でしたら、同じモフモーフではなく、他のモンスターを討伐してはいかがですか? ゴブリンとか……」
このクソ坊ちゃんは、いちど言い出したらきかない。
今回も本気で、モンスター討伐の冒険をするつもりであろう。
しかし付き人もそのことはわかっていたので、中止ではなく、さりげなく最弱モンスターにすり替える提言をしていた。
モフモーフは聖獣なので、いる場所を見つけること自体がまず困難。
それに討伐ともなれば、かなりの手練れを揃えなくてはならない。
それらの準備が万端だったとしても、パーティが全滅する可能性のほうが高い、強力モンスターである。
しかし相手がゴブリンであればそこらじゅうにいるし、下級クラスのパーティでも、準備を怠らなければまず命を落とすことはない。
でもクソ坊ちゃんは、巻き込まれる者たちのことなどお構いなしであった。
「ダメだボン! モフモーフを倒すんだボン! そして肉を食べるんだボン!」
「ボンクラーノ様、どうしてそこまでモフモーフにこだわるのですか? モフモーフの肉はまずいと絵本に書いてあったではないですか」
「パパと同じ活躍がしたいんだボン! パパと同じモンスターと戦って、パパと同じで鼻息ひとつで倒して、パパと同じ肉を食べて、パパと同じくゴミ箱に捨ててやるんだボンっ!」
「そんな、食べるためならともなく、捨てるためにモンスターを殺すだなんて……。モフモーフは怒ると狂暴になりますが、本来は人間に害を加えない、やさしい聖獣なんです。それに仲良くなれば、蜜をわけてくれるんです。……あっ、では、こうしたらどうでしょうか? 討伐ではなく、蜜の採取にすれば……。モフモーフの蜜は、とっても甘くておいしいんですよ」
「ダメだったダメだボン! ボンは、モフモーフの肉をゴミ箱に捨てるんだって決めたんだボン! いますぐ冒険の準備をするボンっ!」
結局、押し切られる形で……。
付き人は、モフモーフ討伐の尖兵として、同行するハメになってしまった。





