03 懲りない面々
初期施策の失敗と、イメージキャラクター不在。
ロンドクロウ小国に展開した『スラムドッグマート』は、前途多難であった。
迎え撃つ王者、『ゴージャスマート』の上層部たちは、ライバルの状況をどう思っていたかというと……。
第1試合で敗退した時の反省をふまえ、兜の緒をさらにきつく締めているかと思ったら、そうでもなかった。
場所は、セブンルクス王国にある、『ゴージャスマート エヴァンタイユ諸国本部』。
その本部長室では、ふたつのバカ笑いが重なりあっていた。
「わっはっはっはっはっ! スラムドッグマートはロンドクロウで大苦戦しているボン! せっかく店を出したというのに、地を這うような売り上げが続いているボン!」
「がっはっはっはっはっ! いやはや、まったく! たまたまラッキーパンチの連続でうまくいっただけなのに、調子に乗ってしまったんでしょうなぁ!」
声の正体は言うまでもなく、ボンクラーノとステンテッド。
ガンクプフル小国での戦いでは、さんざん足を引っ張ってきた、ふたりの勇者。
どちらも酷い目に遭ったはずなのに、すでに嵐は去ってしまったかのような余裕のリアクションであった。
ちなみにではあるが、ステンテッドは降格してしまったうえに、犯罪者の烙印を押されてしまっている。
烙印は大きめのマスクをして隠しているのだが、その事実はすでに周知である。
そのため、本来は上層部だけしか許されないこの場に、いることはできないはずなのだが……。
ステンテッド自身は、自分の能力がボンクラーノに認められたのだと勘違いしていた。
しかし本当は、シュル・ボンコスが陰で口添えしてくれたおかげで、留まることができていたのだ。
シュル・ボンコス自身は、ステンテッドのことを全く認めていない。
それどころか、早く堕天させたいと考えているほどだ。
ならばなぜ、残留を提案したのか……?
それはこのあと、明らかになるであろう。
そのシュル・ボンコスは、苦い顔をしていた。
隣にいるフォンティーヌも、苦い顔をしていた。
フォンティーヌは、一時はプロデューサー降板まで行きかけたのだが、彼女もまたシュル・ボンコスによって救われた者のひとりである。
『パッションポーション書き換え事件』で失意のまま出勤を取りやめていたのだが、持ち前の鋼メンタルで、すぐに復帰した。
そんなわけで、ゴージャスマート側はあれだけのことがあったものの、ひとりも欠けることなく第2試合に臨むことができていたのだ。
それが幸か不幸かは……。
もはや、言うまでもないだろう。
今回も選手であるお嬢様は、コホンと咳払いをひとつすると、
「相手が低迷しているからとって、油断は禁物ですわ! ロンドクロウの地に根を張る前の、芽のうちから摘み取ってしまうのですわ!」
すると、ステンテッドが痰を吐く前触れのように唸った。
「かぁ~っ! まぁた、でしゃばりおって! お前のせいで、ガンクプフルを撤退することになったが、まぁだわからんのか!? 役立たずなうえに自覚も悪いとは、始末に負えん! 女に任せられる仕事なんて、お茶くみくらいのもんなんじゃ! わかったら、さっさと茶を持ってこんか!」
そしてそれをいさめるのは、もうシュル・ボンコスの役目になっていた。
「しゅるしゅる、ふしゅるる……。まぁ、フォンティーヌ様にはなにかアイデアがあるようですから、伺ってみようではありませんか。フォンティーヌ様、スラムドッグマートを摘み取るために、なにをお考えですかな?」
フォンティーヌは壁に貼ってある売り上げ比較のグラフの前に立つと、ダンと叩いた。
「ロンドクロウでのゴージャスマートの売り上げから見て、顧客である戦士たちが、消去法で選んでいるのは間違いない事実ですわ!」
「しゅるしゅる、なぜ、そう思われたのですか?」
「わたくしはこの国に着任してから、いくつかの冒険者パーティと、いっしょにクエストをこなしたからですわ! 彼らは新しい冒険者の店を開拓するよりも、酒を飲むことに夢中なのです!」
「ふん! そんなこと、ワシはとっくに知っておったわ! だからこそ、静観しておったんじゃ! 冒険者たちは慣れ親しんだ店を離れることはないから、スラムドッグマートに客を取られることはないとな!」
「なんだ、そういうことなら何もする必要はないボン!」
「ふしゅるる。いえ、フォンティーヌ様がおっしゃりたいのは、彼らはゴージャスマートに愛着があるから利用しているわけではない、ということでしょう。もしスラムドッグマートを利用するだけの価値を見いだせば、すぐにでも鞍替えする。そしていちど店を変えてしまったら、簡単には取り戻せない……」
「その通りですわ! ですから今のうちに、顧客の戦士たちに、ゴージャスマートしかないと思わせるだけのインパクトを植え付けておく必要があるのです! それをスラムドッグマートにやられてしまう前に!」
「ふん、だったら簡単じゃ! 戦勇者をイメージキャラクターに据えて、アピールすればいいだけのことじゃろう! この位のことも思いつかんとは、オツムがカラッポな証拠じゃ! オッパイばかりか頭まで無い女など、存在価値ゼロではないか!」
存在価値ゼロのオヤジにいいように言われても、お嬢様はキレることはなかった。
それでも無視くらいはするだろうと思われたが、律儀に反論する。
「それは逆効果ですわね! なぜなら、この国にいるのは、男の戦士……! 彼らは勇者に手柄を横取りされて、勇者のことを誰よりも嫌っているのですわ!」
「勇者を嫌うじゃと!? そんなことが許されてたまるかっ! 不敬罪として、ワシが斬りすててくれるわっ!」
「しゅるるる。落ち着いてください、ステンテッドさん。勇者不敬罪は、このセブンルクスでは通用しても、新女王の統治するロンドクロウでは適用されません」
「まず、そこが気に入らん! なんでメスガキなんぞが、王になれるんじゃ! このワシのほうが、よっぽど優秀だというのに……!」
ステンテッドが絡んでくると、話はさながら、テロリストに支配された暴走特急のようになる。
彼が事あるごとに話の操縦桿を奪って、ひたすらに脱線させようとするのだ。
そしてついに、鶴の一声が入る。
「黙るボン、ステンテッド! それでフォンティーヌ、お前はなにを考えているボン?」
それでフォンティーヌはようやく、本題を切り出すことができた。
「はい、それは、イメージキャラクター以外の手段で、『ゴージャスマート』をアピールするのです。具体的には……!」
彼女の口から発表されたのは、ロンドクロウ小国における、『ゴージャスマート』側の施策、第1弾……!
それは例によって、とんでもないものであった……!





