40 ゴーストマート
「ひっ……!? ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
彼は来客であるガンハウンドとソースカンそっちのけで、病室を飛び出す。
まるで尻に火がついたかのような勢いで、ゴージャスマートの本部に向かうと、ガンクプフル小国全店にある『パッションポーション』の回収と、生産中止を命じた。
しかしそれに待ったをかけたのは、彼の第二の頭脳ともいえる人物であった。
「しゅるしゅる、ふしゅるるるっ……。お待ちください、ボンクラーノ様。それは大変危険です。なぜならば、本来の顧客であった魔導女たちからは、『パッションポーション』の正体がバレ、すでに愛想を尽かされています。それでも『パッションポーション』が売れているおかげで、ガンクプフルのシェアを獲得できている状態です」
シュル・ボンコスは追いつめられた武将を励ます軍師のように、熱く、しかし論理的に語り続ける。
「しゅるしゅる。今回の作戦の肝は、魔導女たちの信頼を失っても『パッションポーション』を売り続け、『スラムドッグマート』を撤退させることあります。そうすれば、冒険者の店は『ゴージャスマート』以外にはなくなり、魔導女たちも、否応なく利用せざるを得ない……。いえば『焦土作戦』というわけです。しかし焦土となる前に『パッションポーション』の供給を断ってしまえば、いっきに『スラムドッグマート』に巻き返されてしまうかもしれません」
要するにシュル・ボンコスは、ボンクラーノが魔王信奉者たちに苦しめられても、あと少しだから我慢しろ、と言いたいのだ。
しかし注射一本打つのに大暴れするようなお坊ちゃん勇者に、それは無理な話であった。
「ボンはもう苦しい思いをするのは嫌だボン! もう売り上げも、モテモテもどうでもいいボンっ! イメージキャラクターも降りるボンっ!」
「しゅるしゅる、ふしゅるしゅる……。ですがボンクラーノ様、本当によろしいのですか? 『パッションポーション』を発売中止にしてしまったら、いまのガンクプフルの『ゴージャスマート』は、壊滅的な打撃を受けてしまいます。下手をすると……」
「ああもう、うるさいボンっ! ボンがいいと言ったらいいんだボン!」
「そうじゃそうじゃ! ボンクラーノ様の決定はいつだって間違いがないんじゃ! 勇者でもないお前が口答えするなど、百年早いんじゃ!」
結局、わががままクソ坊ちゃんと、その太鼓持ちのおかげで……。
『パッションポーション』はガンクプフルの全店から回収となった。
といっても、ゴージャスマート各店には常に怪しげな男がたむろしていて、『パッションポーション』が入荷するなり全部買い占めていたので、1本も回収されることはなかった。
また彼らの存在も、本来の顧客である魔導女たちを遠ざける要因ともなっていた。
工房でも、『パッションポーション』の生産は打ち切られた。
しかしガンクプフルじゅうの工房をフル稼働させていたので、大量の在庫の山ができてしまう。
それらは出荷されることなく、定期廃棄まで倉庫で眠ることとなった。
そして……恐れていた事態が起こる。
クソ坊ちゃんのまわりからは、黒いローブの者たちは消えて、プライベートでは平穏が戻ったものの……。
かわりに仕事では、死神の使いのカラスのような、閑古鳥が押し寄せるっ……!
ゴージャスマートからは、怪しげな男たちの姿すらも、消え去り……。
ゴージャスマートならぬ、ゴーストマートと化すっ……!
無理もない。
魔導女たちは『パッションポーション』で、好きでもないクソ坊ちゃんを好きにさせられていたのだ。
クソ坊ちゃんは勇者であり、ボンボンでもあるので、好きになる相手としては悪くはない。
しかし好きになって、金がもらえるならともかく……。
金を巻き上げられたのでは、たまったものではない……!
その反動は、計り知れないものであった。
「なんかさぁ、『パッションポーション』って、思ってたのと違くない?」
「うん、私も思った! お目当ての勇者様じゃなく、ボンクラーノ様のことで頭がいっぱいになるんだよね!」
「うげぇ、それ、ヤバくない?」
「ボンクラーノ様は勇者として見たら魅力的だけど、男として見たらマジ勘弁!」
「ハーレムに入れてくれるっていうなら、考えなくもないけど……」
「そおぉ? 私はハーレムでも嫌だよ、あんな父ちゃん坊や!」
ボンクラーノは本来、ここまで悪し様に言われるタイプの勇者ではなかった。
しかしイメージキャラクターとして打って出たときの、勘違いナルシストっぷりが、魔導女たちの嫌悪感に火付けていたのだ。
そして一連の騒ぎにおいて、もっとも影響を受けていたのは……。
言うまでもなく『スラムドッグマート』である。
『オーバーリーチ』での赤字分と、『パッションポーション』攻勢で瀕死寸前だった、同店……。
しかしプリムラの、地味ではあるものの、誠実で堅実な商売が、ここにきて身を結び……。
魔導女たち信頼を、大きく勝ち得ていたのだ……!
しかも致命傷を覚悟で行なったガンクプフルへの全国展開も、手伝って……。
売り上げは、超V字回復っ……!
それはさながら、真っ白な鯉が、人知れず、ひたむきに滝を登り……。
落ちても落ちても、何度でも這い上がり……。
そしてとうとう、白き龍となって、天翔るような……。
奇跡ともいえる、大復活劇であった……!
しかしその白き龍は、決して驕ることはなかった。
今回の逆転劇は、『ゴージャスマート』側の自爆が要因となったに過ぎない。
自分は幾度となく心が折れかけていたが、まわりにいる人たちが励ましてくれたおかげで、耐えきることができた。
自分が滝を登り切ることができたのは、多くの大人たちの手によって、すくいあげられてきたから……!
そう、彼女は龍となってもなお、忘れることはなかったのだ。
自分はまだまだ未熟な、恋する鯉であることを……!
しかしだからといって、彼女自身の力が無かったわけではない。
彼女は『オーバーリーチ』の割引で損害を被った時でも、品質だけは決して下げることはしなかった。
安い材料を用い、工程を省いて原価を引き下げる提案もあったのだが、彼女は承諾しなかった。
「それをしてしまうと、お客様を騙してしまうことになってしまいます。『合同新製品発表会』で発表したものと、お店でお売りするもの差が出ないようにしてください。コストカットにつきましては、品質に影響のない程度にとどめておきましょう。すべては、割引を決定したわたしに責任があります。赤字分につきましては、わたしからおじさまにご説明しておきます」





