表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

583/806

40 ゴーストマート

「ひっ……!? ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 彼は来客であるガンハウンドとソースカンそっちのけで、病室を飛び出す。


 まるで尻に火がついたかのような勢いで、ゴージャスマートの本部に向かうと、ガンクプフル小国全店にある『パッションポーション』の回収と、生産中止を命じた。


 しかしそれに待ったをかけたのは、彼の第二の頭脳ともいえる人物であった。



「しゅるしゅる、ふしゅるるるっ……。お待ちください、ボンクラーノ様。それは大変危険です。なぜならば、本来の顧客であった魔導女たちからは、『パッションポーション』の正体がバレ、すでに愛想を尽かされています。それでも『パッションポーション』が売れているおかげで、ガンクプフルのシェアを獲得できている状態です」



 シュル・ボンコスは追いつめられた武将を励ます軍師のように、熱く、しかし論理的に語り続ける。



「しゅるしゅる。今回の作戦の肝は、魔導女たちの信頼を失っても『パッションポーション』を売り続け、『スラムドッグマート』を撤退させることあります。そうすれば、冒険者の店は『ゴージャスマート』以外にはなくなり、魔導女たちも、否応なく利用せざるを得ない……。いえば『焦土作戦』というわけです。しかし焦土となる前に『パッションポーション』の供給を断ってしまえば、いっきに『スラムドッグマート』に巻き返されてしまうかもしれません」



 要するにシュル・ボンコスは、ボンクラーノが魔王信奉者(サニタスト)たちに苦しめられても、あと少しだから我慢しろ、と言いたいのだ。

 しかし注射一本打つのに大暴れするようなお坊ちゃん勇者に、それは無理な話であった。



「ボンはもう苦しい思いをするのは嫌だボン! もう売り上げも、モテモテもどうでもいいボンっ! イメージキャラクターも降りるボンっ!」



「しゅるしゅる、ふしゅるしゅる……。ですがボンクラーノ様、本当によろしいのですか? 『パッションポーション』を発売中止にしてしまったら、いまのガンクプフルの『ゴージャスマート』は、壊滅的な打撃を受けてしまいます。下手をすると……」



「ああもう、うるさいボンっ! ボンがいいと言ったらいいんだボン!」



「そうじゃそうじゃ! ボンクラーノ様の決定はいつだって間違いがないんじゃ! 勇者でもないお前が口答えするなど、百年早いんじゃ!」



 結局、わががままクソ坊ちゃんと、その太鼓持ちのおかげで……。


 『パッションポーション』はガンクプフルの全店から回収となった。


 といっても、ゴージャスマート各店には常に怪しげな男がたむろしていて、『パッションポーション』が入荷するなり全部買い占めていたので、1本も回収されることはなかった。

 また彼らの存在も、本来の顧客である魔導女たちを遠ざける要因ともなっていた。


 工房でも、『パッションポーション』の生産は打ち切られた。

 しかしガンクプフルじゅうの工房をフル稼働させていたので、大量の在庫の山ができてしまう。


 それらは出荷されることなく、定期廃棄まで倉庫で眠ることとなった。


 そして……恐れていた事態が起こる。


 クソ坊ちゃんのまわりからは、黒いローブの者たちは消えて、プライベートでは平穏が戻ったものの……。

 かわりに仕事では、死神の使いのカラスのような、閑古鳥が押し寄せるっ……!


 ゴージャスマートからは、怪しげな男たちの姿すらも、消え去り……。

 ゴージャスマートならぬ、ゴーストマートと化すっ……!


 無理もない。

 魔導女たちは『パッションポーション』で、好きでもないクソ坊ちゃんを好きにさせられていたのだ。


 クソ坊ちゃんは勇者であり、ボンボンでもあるので、好きになる相手としては悪くはない。


 しかし好きになって、金がもらえるならともかく……。

 金を巻き上げられたのでは、たまったものではない……!


 その反動は、計り知れないものであった。



「なんかさぁ、『パッションポーション』って、思ってたのと違くない?」



「うん、私も思った! お目当ての勇者様じゃなく、ボンクラーノ様のことで頭がいっぱいになるんだよね!」



「うげぇ、それ、ヤバくない?」



「ボンクラーノ様は勇者として見たら魅力的だけど、男として見たらマジ勘弁!」



「ハーレムに入れてくれるっていうなら、考えなくもないけど……」



「そおぉ? 私はハーレムでも嫌だよ、あんな父ちゃん坊や!」



 ボンクラーノは本来、ここまで悪し様に言われるタイプの勇者ではなかった。

 しかしイメージキャラクターとして打って出たときの、勘違いナルシストっぷりが、魔導女たちの嫌悪感に火付けていたのだ。


 そして一連の騒ぎにおいて、もっとも影響を受けていたのは……。

 言うまでもなく『スラムドッグマート』である。


 『オーバーリーチ』での赤字分と、『パッションポーション』攻勢で瀕死寸前だった、同店……。


 しかしプリムラの、地味ではあるものの、誠実で堅実な商売が、ここにきて身を結び……。

 魔導女たち信頼を、大きく勝ち得ていたのだ……!


 しかも致命傷を覚悟で行なったガンクプフルへの全国展開も、手伝って……。

 売り上げは、超V字回復っ……!


 それはさながら、真っ白な鯉が、人知れず、ひたむきに滝を登り……。

 落ちても落ちても、何度でも這い上がり……。


 そしてとうとう、白き龍となって、天翔(あまかけ)るような……。

 奇跡ともいえる、大復活劇であった……!


 しかしその白き龍は、決して驕ることはなかった。


 今回の逆転劇は、『ゴージャスマート』側の自爆が要因となったに過ぎない。

 自分は幾度となく心が折れかけていたが、まわりにいる人たちが励ましてくれたおかげで、耐えきることができた。


 自分が滝を登り切ることができたのは、多くの大人たちの手によって、すくいあげられてきたから……!


 そう、彼女は龍となってもなお、忘れることはなかったのだ。


 自分はまだまだ未熟な、恋する鯉であることを……!


 しかしだからといって、彼女自身の力が無かったわけではない。


 彼女は『オーバーリーチ』の割引で損害を被った時でも、品質だけは決して下げることはしなかった。

 安い材料を用い、工程を省いて原価を引き下げる提案もあったのだが、彼女は承諾しなかった。



「それをしてしまうと、お客様を騙してしまうことになってしまいます。『合同新製品発表会』で発表したものと、お店でお売りするもの差が出ないようにしてください。コストカットにつきましては、品質に影響のない程度にとどめておきましょう。すべては、割引を決定したわたしに責任があります。赤字分につきましては、わたしからおじさまにご説明しておきます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ゴーストマート!!(笑) ・・・経営者はサタニストですか? それはそれとしまして、白き龍になっても、プリムラさんはプリムラさんですね♪ 素晴らしい!!(拍手) [気になる点] ポーション…
[良い点] ゴーストマート! またまたタイトル見て吹きました!(大笑) すっごく良いので 今後も落ちぶれてったゴージャスマートは  ゴーストマートとでてほしいですね!(ニヤリ) 最終的に人々の記憶でさ…
[一言] 自爆する事を読んでいたか。しかしシュル・ボンコス意外とドライやな……或いは意趣返し?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ