41 密かな反撃準備
今回勃発した、『パッションポーション書き換え事件』。
ゴージャスマート側のグダグダっぷりはすでにご覧いただいたとおりだが、その間、スラムドッグマートはどうしていたかというと……。
ただ、指を咥えて相手の没落を見守っていたわけではなかった。
ではこれから、それを見ていくとしよう。
時間は少し戻る。
プリムラは『合同新製品発表会』での一件を、ゴルドウルフに報告しに行った。
報告は不要と言われていたが、当初見込んでいた赤字がオーバーし、膨大になることが予想されたので、説明する必要があると判断したためだ。
以下は、そのやりとりの一部始終である。
「……というわけなのです。おじさま、本当に申し訳ありませんでした」
「謝る必要はありません。過剰なコストカットを避けて、敢えて赤字を受け入れることについては、プリムラさんの判断ですので、私からはなにも言うことはありません。ただ、赤字の埋め合わせをする方法としては、なにも『オーバーリーチ』の製造コストを見直すだけではないと思います」
「えっ? 製造コストを見直す以外にも、できることがあるとおっしゃるのですか? でしたらあとは、管理コストや販売コスト、輸送コストなどを見直す、と……?」
「違います。『合同新製品発表会』で販売した2万セットの割引分については、『オーバーリーチ』のプロモーション費として計上してありますよね? でしたら今回の割引も、同じような目線に立ってみてればよいのではないですか?」
「えっ? 追加の割引分も、プロモーション費に計上してもよいということですか?」
「そうなのですが、考え方を変えてみるのです。お客様が、『合同新製品発表会』にて配られた記念品を店で提示すれば、発表会の時と同じ割引が受けられるんですよね? であるならば、店に来ていただくのに、これほど効果的なプロモーションはないと思いませんか?」
「あっ、なるほど……! 『オーバーリーチ』のプロモーションではなくて、『スラムドッグマート』全体のプロモーションだと考えれば……!」
「そうです。ガンクプフル小国において、『スラムドッグマート』はまだそれほど知名度がありません。今回の割引は、かなり強力な店舗への誘引となるでしょう。記念品を受け取ったお客様は、まず間違いなく『スラムドッグマート』に足を運んでくれます」
「わ……わかりました! そのお客様に、他の商品もおすすめする、というわけですね!」
「そうですね。でも、それだけでは一度だけの買い物で終わってしまうかもしれません。一度でも店に来てくれたお客様が、また来たくなるようにするには、どうしたらいいと思いますか?」
「一度お越しくださったお客様が、またお越しくださるようなこと、ですか……? 魔導女さんたちが喜んでくださるような、お店づくりでしょうか?」
「はい、それもあります。しかしインパクトが足りません。もっともっとインパクトを考えてみてください」
「インパクト……」
「ムム……」とかわいく唸って長考に入るプリムラ。
しばらく待っても答えは出なさそうだったので、おじさまはヒントを出した。
「お客さんというのは、同じ店に3度通うと『常連』になってくれるという法則があります。そのためには、どうすればいいと思いますか? もう、損得は度外視して考えてみてください」
それでようやくプリムラは察した。
「あっ……! 継続して割引を、受けられるようにすれば……!」
「そうです。たとえば最初の記念品提示で、『オーバーリーチ』を購入したお客様に対して、次回来店で使える割引チケットを3枚お渡しするんです。これでお客様には、『オーバーリーチ』を買ったあともお店に来る理由ができました」
おじさまのこの手法は、現在では当たり前のものとなっている。
ラーメン屋で会計時にもらえる、『煮卵無料券』などがいい例だろう。
「な、なるほどっ……! さ、さすがですっ、おじさま! さっそく、割引チケットの手配を……!」
「待ってください。私は先ほど、同じ店に3度通うと『常連』になってくれる、と言いましたが、それだけではまだ足りないのです。なぜだかわかりますか? ヒントは『常連』です。『常連』になるためには、なにが必要だと思いますか?」
「……えっと、『スラムドッグマート』を好きになってくださる気持ち、ですか? 店のイメージキャラクターであるゴルドくんを、魔導女さんたちに親しんでもらえるように、変えてみるとか……?」
「それもいいですね。でも、そうやって店のほうをいじってみたところで、肝心の店が近くになければ、それも伝わりません」
「あっ……! わ、わかりました! 割引が受けられる間は、お店が遠くにあっても来てくださいますけど、受けられなくなったら、足が遠のいてしまいます!」
「そうです。では、それをなんとかするためにはどうすればいいと思いますか?」
「ま……まさか……。お店を、増やすということですか?」
「そう、そのまさかです」
「ええっ!? でも、いまガンクプフルでは『パッションポーション』が大ブームで、魔導女さんたちはみんな『ゴージャスマート』さんにいます! 誰も、『スラムドッグマート』には来てくださいません! それなのに、新しいお店を出すだなんて……!」
話はそれるが、この手の追加投資は『ゴージャスマート』内部でも、よくそそのかされる。
しかしそれは、他の勇者を蹴落とすためのものでしかない。
負債に頭を抱えている、仲間の勇者を見つけたら、ハイエナのように忍び寄り、
「いまここであきらめたら、赤字だけが残るぞ! きっとうまくいくから、もっと金をつぎ込むんだ! 俺はお前のことを応援してるんだ!」
などと囁いて、奈落までの道のりを、強力プッシュ……!
しかも、それが上司であったりするからタチが悪い。
そして、いざ取り返しのつかない段階まで行ったら、
「俺が追加投資を指示した? 知るかよそんなの。ムダ金を遣ったのは、お前ひとりの責任だろ?」
と、奈落に落ちかけて、必死に崖っぷちに掴まっているカモの手の、踏み砕くっ……!
もちろんおじさまは、そんなことはしない。
たとえ見た目はハイエナ以下の、野良犬であっても。
彼は、子狼に接する親狼のように、厳しくもあたたかい瞳で言った。
「『パッションポーション』のブームは長くは続きません。下準備をするなら、今のうちです」
「……おじさまは、赤字を重ねる覚悟で、一気に勝負に出ろ、とおっしゃるのですね?」
「大丈夫、もう勝負はついています。それよりも、これから多くのお客さんが戻ってくるはずです。これまでは一部だった店舗展開を、一気にガンクプフル全域に拡大しておきましょう」
プリムラはなおも不安そうだった。
無理もない。
ここに来ての店舗拡大は、難病の治療に新薬を試すようなものだったからだ。
しかも治る可能性は低いうえに、失敗したら、死……!
しかしおじさまは、それほどの大手術であるというのに、まるでグラグラしている乳歯を抜く歯医者みたいに動じていなかった。
そして、酸素が足りない鯉みたいに口をパクパクさせて不安がるプリムラに対して、こう言った。
「赤字のことなど気にせずに、思い切ってやってみましょう。他にも思いついた施策があったら、これを期に試してみるのもいいかもしれませんね。いざとなったら、すべての責任は、私が取りますから」





