36 動と静
インスタント勇者、ステンテッドの告白、それは……。
なんと、『パッションポーション』を、『ボンクラ大好きポーション』に、変えてしまったこと……!
これにはフォンティーヌもシュル・ボンコスも同時に椅子を蹴るほどの勢いで立ち上がり、寸分違わぬタイミングで目を剥いて、ほぼ同時に叫んでいた
「「なっ……!? なんということを、してくれたんです(のぉーっ!?)(かぁーっ!?)!?」」
しかしステンテッドはふたりがかりの剣幕にも、動じることはない。
むしろ「わかっておらぬな」とばかりに、鼻毛をそびやかしていた。
「ふん! これは先のことを見据えてのことじゃ! お前のくだらぬ『なんとかポーション』は、たまたま当たっただけに過ぎん! いまは売れておるから増産に増産を重ねておるが、どうせすぐに飽きられて、あとは在庫の山じゃ!」
お嬢様は怒りに震えるあまり、言葉も出せないほどであった。
彼女よりはいくぶん冷静なシュル・ボンコスが、かわりに尋ねる。
「しゅるしゅる、ステンテッドさんは、ポーションの効果対象をボンクラーノ様に書き換えて、魔導女たちに飲ませたあと……。イメージキャラクターをボンクラーノ様に、すげ替えるつもりだった……というわけですかな?」
ステンテッドはそこまで考えてはいなかったが、渡りに船とばかりに横取りする。
「お……おお、そうじゃ! 足りない頭のクセしてワシの考えを読み取るとは、貴様も少しは賢くなったではないか! これも、ワシという有能な人間に仕えているからじゃのう! ボンクラーノ様をイメージキャラクターにすれば、魔導女たちは店に押し寄せ、湯水のように金を使う……! そうなればさらに増収増益じゃ!」
「しゅるしゅる、ふしゅるるる。ステンテッドさんのお考えは分かりました。でも、『パッションポーション』は、魅了のポーション……。それを特定の人間を惚れさせるために飲ませたとあれば、しかも騙して買わせたとあれば、犯罪です……! もし明るみに出てしまったら、憲兵局が黙ってはいないでしょう……! しゅるしゅる、ふしゅるるる……!」
ここでようやく、お嬢様が口を開いた。
「それ以前に、これは愛に対しての冒涜……! 魔導女たちを騙して、想いを弄ぶなど……! そんなことを、絶対に許すわけにはまいりませんわっ!!」
「なにが愛に対しての冒涜じゃ! 貴様のような小娘が愛を語るなど、百年早いわっ! 女の愛というのは、未来永劫ひとつしかない……! それは、男にかしづくことじゃ! がっはっはっはっはっはっはっ!」
「……いますぐポーションの製造中止と、回収を伝達いたしますわっ!」
話にならないと、フォンティーヌは肩をいからせて部屋を出ていこうとする。
しかしそれを止めたのは、意外なる人物であった。
「待つボン! フォンティーヌ!」
「ボンクラーノ様……!?」
「ボンは、ステンテッドの考えが気に入ったボン! ステンテッドのアイデアは、ゴージャスマートにさらなる利益をもたらし……。そのうえボンの名まで知れわたるという、一発浣腸のアイデアだボン!」
ボンは『一石二鳥』を『一発浣腸』と誤解している。
そのくらいバカだったので、少しいい思いをしただけで、完全に流されてしまっていた。
「憲兵のことなら、心配いらないボン! この国の体制は変わっても、憲兵局にはパパの息がかかった人間が大勢いるボン! いざとなったら捻り潰すことくらい、簡単だボンっ!」
「そんな神に背くようなやり方、わたくしが絶対に許しませんわっ!」
「……許さなかったらどうするボン? 嫌なら今すぐクビにしてやってもいいボン? そうしたら、お前は二度とプジェトには帰れなくなるボンっ……!」
「ぐぐっ……!」
背中を向けたまま、握り拳を固めるフォンティーヌ
「わかったら、少し外で頭を冷やしてくるがいいボン! その間にボンたちは、新しいイメージキャラクターについて、話しあいをしておくボン!」
「さすがはボンクラーノ様! この国の魔導女たちの股ぐらを、どうやって開かせるのか考えるというわけですな! それなら、愛などというたわごとを抜かす、バカな女は抜きのほうがいいでしょうなぁ! ヒヒヒヒ……!」
悪代官の裁きと、それに乗っかる越後屋のように笑う、ボンクラーノとステンテッド。
フォンティーヌは無言のまま、本部長室をあとにした。
……それからのガンクプフル小国の『ゴージャスマート』は、元の路線を逆戻りしていく。
フォンティーヌを、同店イメージキャラクターから降板させ……。
かわりに戦勇者でもアイドルでもない、ただのクソ坊ちゃんであるボンクラーノを全面に押し出す。
そしてそれがスマッシュヒットを決める。
当然である。
『パッションポーション』によって偽りの好意を植え付けられた魔導女たちが殺到し、散財をしていったのだから。
同店では、商品購入10万¥ごとに、
『ボンクラーノ様のハーレムに入れる審査を受けられる抽選券』
なるものを付けた。
俗に言う『握手券商法』ならぬ『ハーレム券商法』である。
それも『審査を受けられる権利』が得られるだけであり、憧れのボンクラーノとは手も握ることはできない。
しかし魔導女たちはまさに目の色を変え、瞳をピンク色にして商品を買い漁った。
もちろんそれを不審がる動きもあった。
憲兵局にはいくつものタレコミがあったのだが……。
憲兵たちは知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。
これはボンクラーノの言っていたとおり、憲兵局の上層部が忖度をしたためである。
ゴージャスマートはとうとう、スラムドッグマートの客をほぼ奪い去るまでのシェアを取り戻していた。
こうなるともはや、プリムラの努力ではどうにもならない。
となると、この状況を打破できるのは……。
あの、オッサンしかいない……!
オッサンはプリムラに、いざとなればサポートする旨を明言していた。
さすがにここまで来れば、動き出さざるを得ないかに思われたのだが……。
しかし、あのオッサンは……。
なおも、静観っ……!
それどころかとんでもない事を、プリムラに指示していたのだ……!
「大丈夫、もう勝負はついています。それよりも、これから多くのお客さんが戻ってくるはずです。これまでは一部だった店舗展開を、一気にガンクプフル全域に拡大しておきましょう」
このお話とはあまり関係ないのですが、ペンネームを変更いたしました。
新しいペンネームは、佐藤謙羊です。





