35 勝負のゆくえ
水飲み鳥のようにペコペコするプリムラを尻目に、瞼を閉じたまま沈黙を貫くフォンティーヌ。
彼女は竜王のように長考したあと、カッと開眼、グワッと開口した。
そして一番、
『ここにお集まりのみなみなさまが、わたくしの「パッションポーション」を欲する気持ち……痛いほど伝わりましたわ! そこでわたくしは、今ここで、決意をいたしました!』
お嬢様の『決意』、それは……?
『わたくしの「パッションポーション」は、このイベントを皮切りに、ガンクプフルのゴージャスマート全店にて販売されます! そこで、決めましたわ! 今回のイベントでお配りしている記念品をお持ちいただいた方には、各店でも同様に20%割引で「パッションポーション」をお求めになれるようにいたします!』
お嬢様の『決意』……。
それは試合が終わってもなお、勝負にこだわる飽くなき姿勢であった……!
これには当然、騒いでいた観客も大喜び。
「わあっ! さすがフォンティーヌ様っ!」
「イベントと同じ値段で売ってくださるだなんて……!」
「ゴージャスマートとは思えない、気前の良さね!」
「そうそう、ゴージャスマートのイベントはいつも、イベント価格とかいって、割り増しにするのに……!」
「フォンティーヌ様がイメージキャラクターになってからのゴージャスマートって、すっごくいいよね!」
「うん! 勇者様の不祥事が続いてたから、一時期は嫌いだったけど……また好きになれそう!」
観客の好反応に、手応えを感じるフォンティーヌ。
お嬢様は、このたったひとつの決定だけで、品切れの悪印象を一気にひっくり返してしまった。
しかし、まだまだ彼女のターンは終わっていない。
フフンと笑いながら、プリムラをちろりと見やると、
『さて、プリムラさんはどうなさるおつもりかしら? まさかご迷惑をかけた方々に、頭を下げるだけですませるだなんて、思ってはおりませんわよねぇ?』
急に振られたプリムラは、うぐっと言葉に詰まってしまう。
しかし、その隣にいたランが、
『当然だっ! ガキんちょの頭なんかで済ますつもりはねぇよっ! こっちも20%引きだっ!』
すると、「わぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」と歓声と拍手が起こった。
プリムラは青い顔で、ランに囁きかける。
「ランさん! 『オーバーリーチ』は原価ギリギリの価格設定なのです! このイベント分の2万セットはプロモーションの費用として織込み済みですが、これ以上の数を20%で販売してしまったら、赤字になってしまいます!」
「うるせえっ! だからってここで引き下がったら、客の信用ガタ落ちじゃねぇか!」
言い争うふたりの少女を眺めながら、フォンティーヌはほくそ笑む。
――『パッションポーション』は、元はといえば魅了のポーション……。
それを応用しただけですから、たいして原価はかかっておりません。
ブランドイメージを付けるためにむしろ、お高い値段設定にしているのですわ。
だから20%値引いたところで、痛くも痒くもありませんの。
しかし『オーバーリーチ』は、違う……!
材質と縫製からいって、あの値段ではトントンくらいのはず……。
そう思って仕掛けてみたのが、見事当たりましたわね……!
これでスラムドッグマートは、『オーバーリーチ』を売れば売るほど、赤字になる……!
数量は限定ではあるものの、そのダメージはボディブローのように効いてくるはずなのですわ……!
試合に勝って、勝負にも勝つ……!
それがわたくしのやり方……!
今回は試合は引き分けでしたけど、だからこそ、勝負には大差を付けて勝つのですわっ!
どうやらこの勝負も、いただきのようですわねっ!
おーーーーーーーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!!
……こうして、『合同新製品発表会』は幕を閉じた。
しかし土下座者が出なかったので、マスコミ的には空振りの内容である。
しょうがないのでマスコミは、物販を騒がせた変質者を大いに取り上げた。
変質者は警備員に引っ立てられたものの、スキを見て逃げ出したらしい。
そして、スラムドッグマートと、ゴージャスマート……。
両店はまたしても、明暗に分かれていた。
スラムドッグマートは『オーバーリーチ』が売れに売れた。
しかし20%の値引きは痛く、全店赤字という状況。
逆に原価率が低く、リピート購入が見込める『パッションポーション』は、笑いが止まらないほどの収益をゴージャスマートにもたらしていた。
お嬢様の破竹の勢いは止まらない……はずであった。
『パッションポーション』と『パッションローブ』の組み合わせで、ガンクプフル小国の覇権を一気に手にする……つもりであった。
しかし、フォンティーヌはひとつだけ、見誤っていた。
あの、奇行種の存在を……!
ゴージャスマートの上層部のなかでも、すっかり居場所を失いつつあったステンテッド。
彼は、起死回生の一手とばかりに、とんでもない行動に出ていたのだ。
それは、なんと……!
『パッションポーション』の工房にいる、職人たちを脅し……!
本来は空白であるはずの、『想い人』を……。
ある人物に、書き換えさせていたのだ……!
その人物は、誰かというと……。
そう……!
ボンクラーノ・ゴージャスティス……!
ステンテッドはひとり、ほくそ笑んでいた。
――これで、明日の出荷分から変わるじゃろう。
ポーションを買って飲んだ魔導女たちは、みいんなボンクラーノ様を好きになるように……!
ボンクラーノ様がモテモテになれば、その女どもに、さらにいろんな商品を売りつけることができる……!
ボンクラーノ様はウハウハで、店もウハウハ……!
そしてそれを指示したワシは、どうなるかというと……。
超、ウッハウハ……!
あのクソ生意気な聖女の手柄なぞ、ほんの小さなものとなり……!
このワシが、ボンクラーノ様の大きな信頼を、ひとりじめにできるんじゃ……!
最後に正義が、必ず勝つように……。
やっぱり最後に勝利するのは、男と決まっておるんじゃ……!
女は黙って、男の後ろで這いつくばって……。
ケツの穴でも、舐めておればいいんじゃ……!
それからボンクラーノの日常が、急に華やぎはじめた。
道を歩けば魔導女たちに囲まれ、キャーキャーと騒がれる。
どこに行ってもモテモテで、レストランでも酒場でも、魔導女たちがひきもきらずに寄ってくる。
「ああん! ボンクラーノ様っ!」
「ずっとお慕いしておりました!」
「ボンクラーノ様って、とってもお可愛いんすね! 食べちゃいたいくらい!」
「お願いしますぅ! 私をボンクラーノ様のハーレムに入れてくださいぃぃ!」
ボンクラーノはブタフトッタの息子で、高位の勇者なので、それなりにモテてはいた。
しかしどの女もあからさまに富と地位が目的で、ボンクラーノは本当の愛に飢えていた。
もちろん今回の愛も、ニセモノの極みなのであるが……。
寄ってくる女たちはみな無欲だったので、それがボンクラーノには新鮮に映る。
「お……おおっ! ついにボンの本当の魅力に気付いてくれる世界が、やって来たんだボンっ!」
身体じゅうキスマークだらけになって、ご満悦で本部長室に出勤してきたボンクラーノ。
そこで待っていたのは、フォンティーヌとシュル・ボンコスと……。
そして役者は揃ったとばかりに、満を持して発表をする、ステンテッドであった……!
「ずいぶんおモテになったようですなぁ! 実をいうとワシが、『パッションポーション』の効果を、職人に命じて書き換えさせておったのです! 好意の対象がボンクラーノ様になるように!」
その瞬間の、フォンティーヌとシュル・ボンコスの表情は……。
どんな言葉を尽くしても、表現できるものではなかったという。
強いて言うならば、目の前でキノコ雲を目撃したような……。
そんな、世紀末的な顔だったという。





