34 イキリインパラ
待機列から飛び出した、ひとりの少女。
その時の状態を形容するならば、『群れから飛び出した、イキリインパラ』。
いいや、レディに失礼を承知で、ありのままに表現するならば……。
ただの、『イキリブタ』っ……!
少女は……。
いや便宜上、『少女』と呼んではいるが、年齢不詳。
それどころか女性かどうかも怪しかった。
太めの身体をパッツンパッツンのドレスに包み、ぶよぶよの顔を太夫のような真っ白いメイクで覆う。
金髪のロングヘアなのだが、走る勢いでズレてしまっている。
その姿は、ブタと呼ぶにはブタに失礼な醜さであった。
その見目と行動の異様さを鑑みて、新たな呼び名を付けるとしたら……。
『奇行種』っ……!
……さて、勘の良い方なら、この奇行種の正体がもう、おわかりであろう。
彼女は脂肪をぶよぶよと波打たせ、少し走っただけだというのにもう息切れを起こしていた。
ぜいぜいと、死にそうな顔で向かった先は……。
スラムドッグマートの待機列っ……!
本来ならば、スラムドッグマート勢はここで大喜びしていたはずだった。
なにせ、彼女が新製品を買ってくれれば、その時点で勝利確定といってもいいからだ。
しかしステージ上のプリムラとラン、ビッグバン・ラヴのふたりは、実に微妙な表情をしていた。
「あ、あちらの方は、いったい……?」
「な、なんだぁ? あの気持ち悪い野郎は……!?」
「うわぁ、ありえなくなくなくないっ!?」
「ふーん、完全に男じゃん」
完全に、招かれざる客の反応である。
しかしそれでもいちおうは客なので、売らざるをえない。
彼は、スラムドッグマートの販売ブースにたどり着くと、テーブルをバンバン叩きながら、がなり立てる。
「おいっ! そこにあるゴミみたいなローブを、100着……いいや、1000着よこせっ!」
本当に欲しくて来たのかと、疑いたくなるような第一声であった。
……さて、ここまで来れば、勘の良くない方でも、もはや彼の正体は明白であろう。
そう、この奇行種の正体は、ステンテッド……!
彼はお嬢様を敗北させるために、女装してまでこのイベントに潜り込んでいたのだ……!
ちなみにではあるが、彼は100人ほどの魔導女に声をかけて、サクラとして潜り込ませていた。
その魔導女たちには、スラムドッグマートの商品を購入するように、言い聞かせていたのだが……。
しかし両店のプレゼンが終わると、息のかかった魔導女たちはみな、『どちらも購入』の待機列に並んでしまった。
100人全員から裏切られてしまうとは、この男、底なしの人望ナシ男である。
自分ひとりとなってしまった女装ステンテッドは、待機列のなかで頭を抱えた。
――クソっ!
どいつもこいつも裏切りおって!
これじゃあ、スラムドッグマートに圧倒的大差をつけて勝たせて、あのクソ生意気な聖女を追い出すワシの作戦が、台無しではないかっ!
どいつもこいつも、目先の欲につられおって!
まるでブタではないか!
やっぱり女というのは、信用ならん生き物じゃ!
そして、彼なりの名案をひらめく。
――そうじゃ!
ワシが、100人ぶん買えばいいんじゃ!
メスブタどもに頼らずとも、これなら大差が付けられる!
100着分の持ち合わせなどないが、なぁに、ワシは勇者じゃ、なんとかなるじゃろう!
と……!
そして、現在に至る。
……彼の作戦というのは、基本的には悪くなかった。
ただひとつだけ、彼の『人の話を聞かない』という、欠点さえなければ……。
いいや、もうひとつ……。
身の丈にあわない欲深さを、持ち合わせていなければ……。
なぜならば、彼が買い求めるのは、スラムドッグマートの『オーバーリーチ』、1点だけでよかったのだ……!
それだけで、永遠に埋まらない差ができあがる……!
あとは、なりゆきを見守るだけで、『スラムドッグマート』は勝利となり……。
お嬢様は、「ぎゃふん!」と言っていたであろう……!
でも、彼は知らなかった。
購入できる商品は、各店につきひとつ、という事実を……!
いや、知っていてもゴリ押ししていたかもしれない。
現に彼は、店員から「おひとり様1点までです」と断られても、引き下がろうとはしなかった。
「なんじゃと!? ワシは……いや、ワタクシは客ですのよっ! それにいまはこんな格好をしておるが、勇者……! いやいや、勇者の知り合いがいっぱいいる……とっても偉い人間なのですわよっ!」
急に思い出したように女のフリをするのが、見ていて腹立たしかった。
しかもなぜか、お嬢様口調……!
フォンティーヌは奇行種の正体に気付いてはいなかったが、不快極まりない表情を浮かべていた。
ステンテッドはとうとう暴れだし、『どちらも購入』に並んでいた魔導女たちを引っ張ろうとした。
「おいっ! そこのメスブタ! こっちに来て並ぶんですわっ! ワタクシの言うことが、聞けないんですのっ!?」
「ちょ、なんなのコイツ!? 引っ張らないでよっ!?」
「コイツよく見たら男じゃね!?」
「あっ、ホントだ! 完全に変質者じゃんっ!」
「最近魔導女学校のまわりにへんなオッサンが出るて言ってたけど、コイツじゃねぇ!?」
「気持ち悪い、やっちゃおうよ!」
魔導女たちに取り囲まれるステンテッド。
ひとりやふたり相手ならともかく、これだけの相手では多勢に無勢、あっという間に女の敵として、袋叩きにあってしまった。
警備員が駆けつけてきて、ボロボロになったステンテッドをズルズルと引きずっていく。
その哀しい姿はまさに、『駆逐された奇行種』であった。
……さて、そんなトラブルがあって一時中断はあったものの、そのあとの販売は順調に進んだ。
そしてそれからは奇行種が現れることもなかったので、結局……。
『スラムドッグマート』と『ゴージャスマート』の新製品は、どちらも……。
まったく、ぴったり、完全に、寸分の狂いもなく……。
同時に、売り切れっ……!!
結局、今回の『合同新製品発表会』は、『引き分け』という結果になってしまった。
それどころか、『どちらも購入しない』という選択をする者がひとりもいなかったので、多くの観客が買いそびれるという、異常事態になってしまう。
「えーっ、そんなぁ! もう売り切れ!?」
「せっかく並んだのに、そんなのないよぉ!」
「ああん、じゅうぶんな数が用意してあるから、慌てるなって言ったじゃない!」
「欲しくてたまらなかったのに、どうしてくれるのよ!」
観客たちはブーイングをあげはじめる。
とうとうスタッフに詰め寄る者まで出る始末。
プリムラは発表会が終わって、敗北だけは免れたという気の緩みから、すっかりいつもの弱気に戻っていた。
『あ、あの、みなさま、落ち着いてください……! 本当にすみません! わたしが、余計な提案をしたばっかりに……!』
ステージ上で、観客たちに向かって、決して安くはない頭を、何度も何度も下げている。
しかし、お嬢様は違った。
プリムラと違って、謝りもせず仁王立ちのまま、観客たちを睨み据えている。
彼女はなにかを考えているようだった。
そして彼女はまだ、張り詰めた気を抜いてはいなかった。
なぜならば、彼女は知っていたからだ。
試合は、これで終わったが……。
勝負は、これからが本番だということを……!





