19 ハイブリッド聖女
『バーニング・バラージ・ドラムソロ』と『ブリザード・ブリッツ・ペンタトニック』。
カリスマ魔導女モデルユニットである『ビッグバン・ラヴ』の専売特許であった大魔法。
今回の『スラムドッグマート新製品発表会』でもその技を披露し、多くの注目を集めていたのだが……。
しかしそのお株は、あっさりと奪われてしまった。
馬車で会場に乱入した『お嬢様聖女』が、なんとそっくりそのまま同じ大魔法を披露。
しかも、たったひとりで……!
『バーニング・バラージ・ドラムソロ』と『ブリザード・ブリッツ・ペンタトニック』は、属性が真逆の大魔法である。
それらは『反属性』と呼ばれ、同時に習得するのは一流の魔導女ですら困難とされている。
そのため一般的な魔導女というのは、ひとつの属性か、それに親和性のある属性の魔法のみを習得する。
『反属性』を操れるということは、逆にいえば、『その気になればすべての属性の魔法が操れる』ということを意味する。
これは、努力や修練を越えた先にある、『才能』され……。
すべての魔導女の、憧れでもあるのだ……!
その『憧れ』を目の前で見せられた多くの魔導女たちは、目も口もまんまるく開いたまま、呆然している。
もはや会場の空気はすっかり、あますところなくすべて、お嬢様聖女のものとなってしまった。
お嬢様聖女の右手からは陽炎のような熱気が、左手からはドライアイスのような煙がたちのぼり、先ほどまでの光景が幻などではないことを物語っている。
その片手が腰に、もう片手が口元に当てられた。
俗に言う『お嬢様ポーズ』で、高笑いが響く。
おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!!
いまわたくしが身にまとっている、『パッションローブ』……!
本日から『ゴージャスマート』にて、大好評大発売なのですわっ!
いまなら、ローブにわたくしのサインが入っておりますの!
わたくしが自ら刺繍した、1000着かぎりの限定品なのですわっ!
拡声魔法も使っていないのに、お嬢様の声は会場中に鳴りわたった。
誰もが女王の言葉に耳を傾けるように、すっかり心を奪われてしまっている。
プリムラも、ビッグバン・ラヴも、観客たちも……。
しかし、ただひとりだけ、
「ふ……ふざけんなっ!」
『スラムドッグマート』側のステージの脇から飛び出してきた人物が。
プリムラのアシスタントにして、今回は裏方を務めていた、ツンツンヘアーのランであった。
「いきなり人んちのイベントに殴り込んできやがって、いったい誰なんだテメェ! テメーみてぇな知らねぇヤツのサイン入りローブなんざ、誰が欲しがるかよっ!」
しかしお嬢様は、フフンと鼻であしらう。
「申し遅れましたわね。せっかく振っていただきましたので、この場を借りて自己紹介させていただきますわ。わたくしの名は、『フォンティーヌ・パッションフラワー』。プジェトを発祥とする、由緒正しき聖女一門の大聖女なのですわ。……いいえ、大聖女であった、というべきですわね」
……バッ!
と片手で髪をかきあげるフォンティーヌ。
それはあまりにも優雅な仕草で、見えない薔薇の花びらが舞い散ったかのようであった。
「わたくしはご覧のとおり、祈りによる女神の力だけでなく、魔法の力をも行使いたしますの。ふたつの力を併せ持った存在……。いわば『ハイブリッド聖女』なのですわっ!!」
「は、ハイブリッド聖女ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!?!?」
観客たちがざわめく。
そのハイブリッド聖女は、髪をかきあげた手を、高く掲げ……。
ある人物を、ギラリと睨みつけた。
……ご覧になって!? プリムラさんっ!!
これがわたくしの、諸国漫遊の修行の成果……!
わたくしは百の国を旅して、千のことを学び、万の力を身に付けたのですわっ!!
先ほどお見せした大魔法は、そのひとつでしかありませんのよっ!!
これもなにもかも、すべて……。
ホーリードール家を、叩き潰すためなのですわっ!!
でもその力も、ほとんど使う必要はなさそうですわねっ!!
なぜならば、卵から孵ってだいぶ経つというのに、飛び立とうとはせず……。
いつまでも巣のなかでヌクヌクと暮らしている、プリムラさんと……!
すでに大空に羽ばたいているわたくしとは、すでに天と地ほどの差があるのですからっ!!
フォンティーヌは掲げていた手を、稲妻のような勢いで振り下ろし、指先でプリムラを貫く。
……ビシィィィィィィィィィーーーーーーーーーーンッ!!
途端、射貫かれた少女の身体に、
……ズガァァァァァァァァァーーーーーーーーーーンッ!!
落雷のような衝撃が走った。
すでに真っ白に燃え尽き、もはや言葉もないプリムラ。
勝負は決したとばかりに、フォンティーヌは馬車の出発を御者に命じる。
最後に、観客たちに向かって、
「さあっ! みなの者! わたくしの後に続くのです! 早くしないと、わたくしのサイン入りローブがなくなってしまいますわよっ!? おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!!」
高笑いを残し、走り出す馬車。
客席にいた魔導女たちは、スタートの号砲を聞いたランナーのように我先にと走り出す。
「い、行かなきゃ! ゴージャスマートに行かなきゃ!」
「フォンティーヌ様のローブこそ、私たち魔導女が求めていたものよ!」
「魔導女は、戦場の華……! なんて素敵な言葉なんでしょう!」
「なんとしても、サイン入りのローブを手にいれなくちゃ!」
「ああっ、待ってください! フォンティーヌ様ぁぁぁぁーーーっ!」
……ドドドドドドドド……!
土煙舞う会場。
残されたのはゲホゲホと咳き込む、プリムラやラン、ビッグバン・ラヴをはじめとする、『スラムドッグマート』関係者と……。
このあとの物販で販売予定だった、新製品のローブの在庫の山であった。





