17 開戦
話は、プリムラ軍団のほうに戻る。
プリムラは『エヴァンタイユ諸国』攻略の初手として、『魔導女の国』である『ガンクプフル小国』にスラムドッグマートを展開することに決めた。
これには、ふたつの理由からである。
ひとつ目は、すでにイメージキャラクターの知名度があるという点。
同店の魔導女といえば、女子高生カリスマモデルの『ビッグバン・ラヴ』である。
ふたりは『ハールバリー小国』を主たる活動の場にしており、他国での知名度はそれほどでもなかった。
しかし先の『ゴーコン』で勇者に大魔法をカマすという大活躍をして、『エヴァンタイユ諸国』で名が知れ渡る。
若い魔導女の間ではホットな人物なので、イメージキャラクターとしては申し分ない。
そしてふたつ目は、狙う顧客がプリムラの同性であるということ。
ターゲットとなるのは魔導女という、聖女のプリムラと異なる職種ではあるものの、同じ女の子ということで、まだ需要が理解できると思ったからだ。
ちなみに『戦士の国』である『ロンドクロウ小国』では男性の顧客が多い。
これらの理由から、プリムラは『ガンクプフル小国』に決めたのだが……。
しかしこれは、大きな判断ミスであった。
彼女はやはり、『聖女の国』である『キリーランド小国』から攻めていくべきであったのだ。
なぜならば、イメージキャラクターは同国で人気絶頂のホーリードール家がいるし、顧客はよりプリムラに近い聖女なのだから、需要を掴むのは難しくない。
そして何よりも、敵方の大聖女……。
フォンティーヌの知名度が、今ならば『キリーランド小国』に根付いていないからだ……!
フォンティーヌはもちろんそのことに気付いていたので、『キリーランド小国』での知名度獲得に乗り出していた。
プリムラは何よりも先に同国に攻勢をかけ、相手の地盤が固まる前に野良犬軍を派遣し、一気に攻め潰してしまうべきだったのだ。
『スラムドッグランド』と『ドッグレッグ同盟』で、同国の勇者株が最低になっている今であれば、なおのこと……!
プリムラは、石橋を叩きすぎていた。
いや……。
何よりも、同じ聖女であるフォンティーヌと戦うことを、恐れていたのだ。
フォンティーヌの邸宅で、彼女の聖女としてのポテンシャルと、『愛の形』を見せつけられたプリムラは、知らず知らずのうちに及び腰になっていた。
フォンティーヌは自信に満ち満ちていて、自分なりの『愛の形』という強い信念がある。
その愛を実現するために、そして愛する人に振り向いてもらうために、脇目も振らず邁進している。
プリムラは、それとは真逆であった。
心配性で、自分なりの『愛の形』はいまだにない。
愛する人はいるが、自分からは手を繋ぐこともできない有様……。
自分にはないものを、いくつも持ち合わせているフォンティーヌがうらやましくもあり、怖かったのだ……!
プリムラ自身も、そのことには気付いていた。
しかし、迷い込んでしまったのだ。
フォンティーヌの邸宅を訪れた、あの日から……。
『愛』という名の、迷宮に……!
そのため、見誤ってしまった。
本来はガンガン攻めるべきはずの初手で、『逃げの一手』を打ってしまったのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『スラムドッグマート』はついに、『ガンクプフル小国』へ出店した。
ゴルドウルフがすでに押えてあった、主要都市の店舗で、ゴルドウルフが引き抜いてきた店員たちを使って。
同国では勇者サゲの状態が続いていたので、開店については民衆から大いに歓迎された。
開店イベントでは、ビッグバン・ラヴのステージイベントを開催。
いまをときめく魔導女をひと目見ようと、多くの魔導女たちがつめかけ、開店記念商品は飛ぶように売れる。
さらには、かつて『ゴーコン』でともに戦った地元の有力者や、女王のゴールドベアからも祝いの花輪が贈られてきて、開店当初は連日大賑わいを見せた。
通常、新天地で商店を展開する場合、開店当初は困難の連続だと言われている。
単純に、その地での知名度が無いからだ。
『スラムドッグマート』も例外ではない。
今まではゴルドウルフが難なくこなしていたので、順調のように見えるが、実は並々ならぬ苦労があったのだ。
しかし、今回ばかりは違っていた。
プリムラが指揮を取った『スラムドッグマート』は、今までとは比べものにならないほどの大成功を収めていたのだ……!
部下たちや店員たちは、プリムラを商売の女神様だともてはやした。
しかしこの成功の裏には、オッサンの下地作りがあってこそのものである。
『合同クエスト』で『反勇者派』の王族を台頭させ……。
『ゴーコン』で『勇者派』の王族を始末し……。
『スラムドッグランド』で民衆の心を掴んでいた、オッサンの下ごしらえがあったからに、他ならない……!
しかしだからこそ、オッサンはプリムラに一任できたともいえる。
よほどのことをしなければ失敗はありえないほど下地は整っているので、プリムラに自信を付けさせるのに、今回の人事はピッタリだと思っていたのだ。
しかし、オッサンは気付いているのだろうか?
今回の相手は、ボンクラ勇者ではないことを……。
いいや、たしかに張り子の虎はボンクラなのだが、その屏風の後ろには、本物の虎が控えていることを……!
情熱フォンティーヌと、冷静のシュル・ボンコス……!
2匹もの虎が、今まさに、野に解き放たれんとしていることを……!
オッサンは、気付いているのだろうか……!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その虎たちは、『スラムドッグマート』の侵攻を受け、本部にて作戦会議を開いていた。
「最初はてっきりキリーランド小国に出店するかと思っていのたのだけれど、アテがはずれましたわね」
「フン! ワシはわかっとったぞ! やっぱりお前みたいな小娘が口を挟むこと自体が間違っとるんじゃ! 女はワシら男の言われたとおりにするのが、なにもかもうまくいくんじゃ!」
「ステンテッドさん、わたくしの話はまだ終わっておりませんわ。少し、静かにしてくださいませんこと? アテははずれてしまいましたが、ガンクプフル小国に出店した際の対抗策も、すでに考えておりますわ」
「うるさいっ! 女がでしゃばると、ロクなことがないんじゃ! さっさと出て行け!」
「いいえ、出て行きませんわ。なぜならば、わたくしは総合プロデューサーですもの。『ゴージャスマート』の戦略立案を一任してくださるという条件でしたから、今回のオファーを引き受けたのですわ」
「フン! なにを生意気なことを! 貴様のようなヤツが戦略立案など、百年早いわ! ボンクラーノ様、こんな小娘はさっさと追い出して、ワシらだけで考えましょう!」
「ふしゅるるる、落ち着いてください、ステンテッドさん。フォンティーヌ様にはなにかお考えがあるようですから、まずはそれを聞いてみようではありませんか、しゅるしゅる、ふしゅる」
「ステンテッド様だっ! 小娘もシュル・ボンコスも、今度そんな呼び方をしたら、勇者不敬で斬り捨ててやるぞっ!」
「まぁまぁ、ステンテッド、シュル・ボンコスの言うとおりだボン。フォンティーヌがどんな案を考えているのか、聞いてみるボン」
「し、しかし……!」
「いいから黙っているボン。さぁフォンティーヌ、話して聞かせるボン」
「承知いたしましたわ、ボンクラーノ様。わたくしが考えた案は、斬新かつ大胆で、成功間違いなしの神算鬼謀。それは……!」
……わたくしがイメージキャラクターとなって、打って出るのですわっ……!!





