11 スラムドッグマートの倒し方
『スラムドッグマート』のとある幹部が語った、『スラムドッグマートの倒し方』はこうであった。
ドッグレッグ諸国では、まずは女性客をメインとして狙う予定となっている。
なぜならば、キリーランド小国は聖女が多く、ガンクプフル小国は魔導女が多い。
そのふたつの国では女性客の支持を得ることが重要なんだ。
スラムドッグマートにはホーリードール家とビッグバン・ラヴがいるから、それぞれのイメージキャラクターとしては申し分ない。
あとは、展開するお国柄のニーズに合わせた商品を出していけば、おのずと客は食いついてくる。
もしそれに先手を打たれてしまったら、かなりの痛手となるであろうな。
「……しゅるしゅる、ふしゅるるる……。スラムドッグマートは、女性客を狙うというのがわかりました」
「そ……そのくらい、わざわざ聞き出さなくてもワシにもわかるわ! 大切なのは、それを受けてどうするかじゃろう!? まったく、お前というヤツは、詰めが甘い……! それでボンクラーノ様の右腕を気取ろうなどとは、十年早いんじゃ!」
「ふしゅるるる。しゅるの話はまだ終わってはいません。その情報を得て、しゅるが考えたのは……。ホーリードール家とビッグバン・ラヴをも凌駕する、最高の人物の起用、です」
「ほう、アテはあるのかボン?」
「しゅるしゅる、ふしゅるるる。はい、パッションフラワー家の大聖女、フォンティーヌ・パッションフラワー様でございます。フォンティーヌ様は聖女修行のため世界を渡り歩き、各地で功績をあげた、世界的に有名な聖女様です」
「世界的に有名じゃと!? ワシは聞いたことがないぞ!」
「ふしゅるるる。フォンティーヌ様は、最近になってハールバリー小国に越してきたので、近隣諸国での知名度はまだありません。でも、それも時間の問題でしょう。なぜならば彼女の聖女としての能力は、ホーリードール家に匹敵すると言われていますから」
「それはすごいボン。でも、パッションフラワー家……? どこかで聞いたことがあるボン。あっ!? もしかして、パパに斬りかかったという、あの……!?」
「ふしゅるるる、左様でございます。だからこそ、しゅるは選んだのです。なぜならばフォンティーヌ様は、パッションフラワー家の故郷である、プジェトに戻りたがっています。そのためには勇者に取り入り、汚名を払拭しなくてはならないのです」
「なるほど……! かつて斬りかかった勇者の、その息子であるボンに取り入って、許しを引きだそうとしているんだボン!」
「しゅるしゅる、ふしゅるるる……! お察しの通りです。となればフォンティーヌ様は、絵に描いたニンジンに騙された馬車馬のごとく、身を粉にして働いてくださることでしょう……! ご本人とは、すでに話をつけてあります。ホーリードール家に並々ならぬ恨みを持っていて、一も二もなく承諾してくださいました」
シュルボンコスはここで、真っ赤な舌を口からチロチロと出し入れした。
これから述べることが、この作戦の本命であるといわんばかりに。
「しかも、こちらも聖女を起用することにより、ホーリードール家とパッションフラワー家の争いのように話を持っていくことができます。勝てば、ホーリードール家は勇者の軍門に下り……ゴッドスマイル様のお気に入りの聖女たちも、手に入るというわけです。しゅるしゅる、ふしゅるるるる……!」
「だ……ダメじゃダメじゃダメじゃ! 勇者の店である『ゴージャスマート』に、女なんかを入れるなど、言語道断じゃ! 『ゴージャスマート』にいる女は、みいんなアルバイト……。男の下働きとして、男の世話をさせ、男をもてなすためだけに飼っとるんじゃ! 女は、イメージキャラクターにだって起用されたことがないというのを知らんのか!」
「黙るボン、ステンテッド! 最高ボン、シュル・ボンコス! その作戦で行くボンっ! ボンのパパは、パインパックが大のお気に入りボン! パパに献上できれば……! きっと、ほめてもらえるボンっ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時は、再び現在。
パッションフラワー家の書斎へと戻る。
その部屋の主である、お嬢様聖女は、両手を翼のように広げて雄弁に語っていた。
……プリムラさん、あなたが『スラムドッグマート』で秘書を務めていることは、とっくにお見通しですわ。
だからこそわたくしは、『ゴージャスマート』の、ドッグレッグ諸国における、『総合プロデューサー』のオファーを承諾いたしましたの。
となればこれは、商店どうしの争いなどではありません。
パッションフラワー家と、ホーリードール家の、全面戦争……!
かねがねわたくしは、リインカーネーションさんの提唱する愛の形に、異論を呈したいと思っておりましたの。
リインカーネーションさんは、『愛はみんなに等しく分け与えるもの』などとおっしゃっておりますが、それはおおきな間違いですわ。
愛というものは、『低きに流れるもの』……!
なぜならば、愛というのは余裕のある者が、自分より余裕のない者に分け与えるものだからですわ!
プリムラさん、考えてもごらんなさい。
愛の根源とされる『母親の愛』も、親という高みから、子に注がれるでしょう?
そして国を治める王は、臣下や民衆に寵愛を与えることはあっても、臣下や民衆からの愛を受け取ることは、決してありませんわ。
このことからもわかるように、上の者から下の者に与えられる愛こそが、真実の愛……!
そう、湧き出る噴水のように……!
わたくしは、自分より下のものに、いっぱい愛を与えたいと思っているのですわ。
そのためにはわたくしも、上からいっぱい愛を受け取らなくてはならない……!
でも、受け取る愛はなんでもいいというわけではありませんの。
わたくしが受け取るに相応しい愛は、ただひとつ……!
そう、『神の微笑』をたたえる、あのお方……!
だからこそわたくしは、『ゴージャスマート』を導く聖女となり、全力で『スラムドッグマート』を叩き潰すことに決めたのですわ!
そうすればきっと、プジェトで喫したパッションフラワー家の汚名が晴らされ……!
わたくしは、あの『神の微笑』に、一歩近づくことができるのですわ……!
この部屋がわたくしの肖像画で埋め尽くされているのには、理由がありますの。
それは、わたくしの愛のピラミッドの頂点が、わたくし自身だからですわ。
あの『神の微笑』を、わたくしが独り占めできた暁には……!
あのお方がピラミッドの頂点に立ち、わたくしが二番手となり……!
ここにある肖像画が、すべてあのお方のものに変わるのですわ……!
肖像画からあふれ出る、『神の微笑』と、しとどに流れる愛さえあれば……!
わたくしは、世界一の聖女になれるのですわっ……!
おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!!
出た……!
お嬢様名物、『手の甲を口に当てた、高笑い』……!
ちなみに、ホーリードール家の聖女たちが笑うときは、手のひら側を口に当てる。
両家は愛の捉え方や笑い方に至るまで、表裏であった。
そして今ここに、加勢する商店までもを、分かつに至ったのだ……!





