28 神威弔う3
グレイスカイ島を目指して足止めを食らっていた勇者たちが、聖女たちを慰みモノにするのは珍しい事ではなかった。
そもそも勇者に仕える聖女や魔導女たちは、こういった時の『ヒマ潰し』として使われるのが当たり前であったからだ。
そしてここにまたひとり、幼い純潔が……。
遊び半分で散らされ、心に一生残る深い傷を負わされようとしていたのだが……。
寸前で、奇跡としかいえないことが起こったのだ。
とある勇者が、船の上で聖女姉妹に乱暴しようとしていたのだが、水底からの突き上げによって船ごと粉砕。
聖女姉妹たちは、人魚たちがつくり出したかのような柔らかな泉に受け止められる。
勇者のほうは、十字型に突き上げた噴水、いや『憤怒水』のようなしぶきによって、磔にされてしまったのだ。
まわりの船にいた同業者たち、そしてマスコミたちは、その光景に言葉を失っていた。
船を爆散させること自体は、炎の大魔法を使えばできなくもない。
局地的に水を操って噴き上げさせることも、水の大魔法を使えばできなくもない。
しかし、それらを同時にこなしたうえに、あまつさえ勇者を磔にするなど……!
神にしかできない、神をも恐れぬ所業であった……!
記者たちは最初のうちは、特ダネだと大喜びしていたが、思わず真写機をぽろりと落としてしまうほどの、衝撃的光景。
筆舌に尽くしがたい瞬間を目の当たりにして、
エヴァンタイユ諸国の沖合いの海は、異様な雰囲気に支配されていた。
轟き渡るのは、丸出しにさせられてしまった下半身を、隠すことも許されない、哀れな勇者の哀号のみ……!
「なんだよこれっ!? なんだよこれぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!? はなせ、はなせ、はなせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!」
唯一自由になる顔を左右に激しく振ると、それにあわせて仔犬のしっぽのような突起がぴこぴこ揺れる。
そのあまりの無様さに緊張がゆるみ、周囲からどっと爆笑が起こった。
しかし、その笑いは一瞬にして氷結した。
……ざっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!
新たなる水しぶきとともに、人ほどもありそうな黒い影が飛び出してくる。
その特徴的な口吻で、何者かはすぐにわかった。
『メカジキ』っ……!
その槍のような切っ先が、
……ドッ……!
と、磔勇者の脇腹を、貫いたっ……!
「ぎゃあああああああああーーーーーーーーーーーっ!?」
しかも悶絶する間もなく、水面から飛び出しきたメカジキによって、次から次へと……!
……ドスッ! グサッ! バスッ! グッシャァァァァァァァーーーーーッ!!
身体のあちこちを、滅多刺しっ……!!
瞬きほどの間に、血だるまを通り越し、血のボロ雑巾と化した罪人。
最後のメカジキが仔犬の尻尾を、イチゴ狩りのようにもぎ去っていくと、股間が大浴場のマーライオンと化す。
そして磔台のように噴き上げていた水は、
……ぽいっ。
海に生き餌でも撒くかのように、罪人を投げ捨てた。
あまりにも刹那的で、あまりにも無残な最期であった。
いったい、現世でどんな悪行を積んだらこんな死に方をしてしまうのだろう、と思えるほどの。
しかし思い当たるフシは、多分にあった。
「ひっ……!? ひいいいいっ!? ひいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーっ!?!?」
とある勇者が恐れをなして操舵席に飛び込み、船を転回させようとする。
触発されてしまった勇者たちが、我先にと逃げだそうと、沖合はパニックに陥った。
……そこからは、もはや『完全なる蹂躙』であった。
悪魔は無遠慮に、水晶玉を弄ぶ。
陥落させた女神を、己がモノとするかのように。
ずっと眠っていた機雷が急に目覚めたかのように、あちこちで爆発が起こる。
全方位からガトリング砲のような鉄砲水が浴びせられ、乗っている人間ごと船を蜂の巣にする。
海底から現れた巨大なタコやイカが、神樹の根のような巨大な脚で船を絡め取り、そのまま一気に握り潰す。
中には束縛から逃れ、逃げ延びることができそうな船もあった。
ずっと藻が絡まっていたかのように進めなかったはずなのに、解き放たれたような速度を得る。
「や……やった! 動いた! 動いたぞ! ずっと先に進めなかったのに! しかも、こんなに速く……!? はっ、速いっ!? 止まれ止まれ止まれ止まれっ!? 止まぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」
しかし一瞬にして超高速域に達し、そのあまりの速さに耐えられず船は航行分解。
乗っていた勇者は、川の水切り遊びの石のように、水面を跳びはねていった。
それは、実に不思議な光景であった。
海の神の怒りに触れたのであれば、沖合にいるすべての船が、すべての人間が裁かれていなければおかしいのに……。
なぜか、一部のマスコミの船だけは、無傷であった。
それどころか、勇者の船に乗り合わせていた、一部の聖女や魔導女たちは、触手のような水に身体をかっさらわれて無事であった。
それとは真逆に、顔の売れている高名な勇者ほど、より念入りにやり込められていた。
まるで、現世での罪を勘案するかのように……!
しかも相手が超自然の力ともなれば、いくら高名なる勇者であっても、太刀打ちできない……!
まさにただの罪人のように、否応なく裁かれるのみ……!
この世界に初めて誕生した『新たなる秩序』によって……!
勇者たちは次々と、魚の練り餌のようになっていったのだ……!
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名もなき戦勇者 3375名 ⇒ 3801名
名もなき創勇者 62名 ⇒ 334名
名もなき調勇者 316名 ⇒ 527名
名もなき導勇者 170名 ⇒ 306名
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しばらくして海は、何事もなかったかのように静けさを取り戻す。
泉によって救われた者たちは、海上に残っていた数隻の船の上に、そっと移されていた。
海の様相は、大きく異なっていた。
そこにあったのは、紅潮のように染まり、無数の瓦礫が浮く、明らかなる死の痕。
残された者たちは、言葉なく、ただただそれを見つめるばかり。
そして……。
そんな彼らを、悪魔は視ていた。
そして、つぶやいていた。
……この、力があれば……。
『エヴァンタイユ諸国』は、手に入ったも同然です。
これにて幕間、終了です!
このあとは登場人物紹介を挟んで、いよいよ新章へとまいります!
新章では、この幕間のオッサン最後の台詞にもありますように、エヴァンタイユ諸国の攻略に着手します。
今章は戦闘メインの内容でしたが、新章は商売のお話に戻る予定です。
そして殺伐としておりましたので、新章は「ほのぼの」を目指してまいりたいと思っております。
さらにもうひとつ。
前章と今章につきましては、多くの読者様から「展開が遅い」とご指摘を受けておりました。
どちらの章も200話近く、日数にして半年以上も費やしていたので、自分でも反省しております。
そこで…
次章は、60話以内に収めることを、ここに宣言いたします!
敢えてこの場で宣言したのは、自分へのハードル設定でもあります。
果たして次章を、60話以内に終わらせることはできるのか……!?
ご期待ください!





