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189 最後の男1

 瞼の裏に貼り付くような光と、頬を洗われる感覚で、男は目覚めた。



「んぐっ……」



 そしてすぐさま、天地がひっくりかえったような感覚に襲われる。

 まるで荒波の中を漂っているかのように、意識が流転する。



 ――ううっ、最低の朝だナ……。

 まるで安いバーボンをしこたま飲んだみてぇに、目覚めは最悪だ……。



 悪いのは意識だけではなかった。

 いつもであればどこで酔い潰れても、必ず自室のベッドで目覚めていたのに……。


 男が肌で感じていたのは、シーツの感触ではなく、ざらついた砂。

 朝一番に誰よりも早く迎えてくれる、天井の白いシーリングファンのかわりに、天上の黄色い太陽。


 無数に伸びたその脚で、目玉を踏みつけられているかのように痛い。

 手をひさしがわにかざして、空を見上げる。


 いつもとは違う色の青さだと、男は思った。


 寄せてくる波にもかまわず、そのまま寝転っていると……気分の悪さは幾分まぎれる。

 しばらくして、ようやく身体を起こした。


 そして、自分がいま置かれている状況を確認する。

 服装は、いつものタキシードだった。


 いつもパリッとした着こなしを心がけているのだが、いまは波と砂にまみれて悲惨なことになっている。

 肌は濡れてヒリついていて、髪の毛はパサパサ、身体じゅうから潮の匂いがした。



 ――まるで、漂流者みてぇだナ。



 ふと視線を足元まで伸ばすと、ズボンと革靴の隙間になにかが見えた。

 足を持ち上げてみると、



 ……ちゃり。



 と音がした。


 それは、足首に嵌められた、黒い鉄環だった。

 鎖が付けられていて、それが音をたてたのだ。


 足をさらに持ち上げてみると、畑の芋づるように、砂の中から鎖が出てくる。

 ちゃりちゃりと音をたてるそれを、目で追ってみると……。


 そこには、予想だにしないものが……!



「うっ!? ナ……!? ナナっ!? ナナナ、ナんだっ!? ……ナ……!? ナんだなんだなんだっ!? ナっ……ナんじゃ、こりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 たとえ爆弾が繋がっていたとしても、男はここまで叫ばなかっただろう。


 鎖の先には、なんと……。


 男の(ワイフ)っ……!


 潮と砂でボロボロになったマタニティドレス姿で、転がっていたのだ……!



「お、おいっ! しっかりしろ! おいっ!」



 男は血相を変えて妻に飛びつき、頬を叩いた。



「う……うっ……ううん……? あ、あなた……?」



「ああっ、よかった! 無事だったか!」



「ん、まぁ……。ぶ、無事っていうか、すごく気分が悪いの……。それにここ、どこ……?」



「わからん! 俺もいま気付いたばかりナんだ! とにかく起きろ! ただごとじゃないなのは確かナんだ!」



 男は身重の身体を支えてやり、妻を起こした。

 そして、ケガなどしていないか確認する。


 なにせ二人目の誕生を控えた大事な身体。

 なにかあっては大変だと、男は気を揉んだ。


 しかし髪や服がゴワゴワだったくらいで、外傷などはないようだった。

 ひと安心した男は、この浜辺がどこなのかを確かめる。


 あたりを見回していくつかの情報を得たところで、男は確信した。



「どうやらここは、エヴァンタイユ諸国のどっかの浜辺だろうな」



「んまぁ、エヴァンタイユ!? 私たちの住んでいたグレイスカイ島じゃないの!?」



「ああ、たぶんナ。太陽の位置がいつもと違う。それに浜辺で流れ着いているゴミが、明らかにグレイスカイのものじゃナい」



「んまぁ、流されてしまったということ!? でも、どうして!? それに、この囚人みたいな輪っかはなんなの!? お願い、外してくださらない!?」



「俺が付けたわけじゃないから、外せるかどうか……」



 でももしかしたら、なにか解錠できる道具を持っているかもしれないと思い、男は身体をまさぐる。

 いつも吸っている葉巻も、ハンカチーフも、ポケットにはなかった。


 しかし、



 ……ゴツッ。



 男にとっては何よりも頼もしい感覚が、内ポケットにはあった。



「ついうっかり、忘れちまってたナ……! 相棒(コイツ)がずっと、そばにいてくれてるのを……!」



 黒光りするそれを取り出し、男は片笑む。


 男は片時もこの回転式拳銃(リボルバー)を手放すことはなかった。

 まるで自分の半身であるかのように、トイレも、風呂も、寝るときでさえも……。


 そして、この謎の漂着においても添い遂げていたのだ。


 しかし、喜ぶのはまだ早い。

 リールを傾けて残弾を確認する。


 男は事あるごとに、『ロシナンテルーレット』という遊びを嗜んでいたので、弾を一発しか込めていないことが多かった。

 それでも、一発でも残っていれば御の字であった。


 だが、そこには……。

 空白(ブランク)ひとつない、頼もしいヒップがあったのだ……!


 このリボルバーにおいて、普段は空白こそが『生』を意味するのだが、今は違った。

 このぎっしりと詰まった弾丸こそが、『生』……!


 男は百人の兵の力を得た気分になる。



「コイツがありゃ、たとえ地獄の底に置き去りにされたって安心だ」



 軽口を叩く余裕も見せつつ、自分と妻とを繋いでいる鎖に銃口をあてがう。

 そして、引き金を絞った。



 ……ズガァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーンッ!!



 耳をつんざく轟音がビーチに響く。

 妻はこの音を聞き慣れていたので、肩をピクリと弾ませるだけで済んでいた。



「閻魔大王だってブチ抜けるコイツがありゃ、こんな鎖なんて一発だナ」



 男はようやく自由になった足を持ち上げようとした、



 ……ちゃり。



 しかし鎖はなおも、ふたりの間を繋いだままであった。



「……おかしいナ? 外しちまったのか?」



 男は首を傾げながら、今度はしっかりと銃口をあてがい、鎖を地面に押しつけた。

 そして、今度は2連射。


 くぐもった爆音とともに、たかく砂塵が舞い上がる。


 今度こそうまくいっただろう、と思ったのだが……。



 ……ちゃり。



 鎖には、傷ひとつついていなかった……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] リヴォルブ 始まりましたか! そして妻も一緒ですか! あの刑罰は いったいどうなるのか楽しみですね!(期待) [気になる点] とりあえず妻は どういう経緯でのクズでしょうかな?(元聖女とか…
[気になる点] ついにはじまった永久の狭間 どんな恐ろしい罰なのか・・・しかも、夫婦そろって、いや、おなかの赤ちゃん諸共・・・!? ・・・おなかの赤ちゃん、せめて安らかな冥福を・・・ いや、まさかこの…
[一言] あー、今回はゴールド・エクスペリエンス・レクイエム(ジョジョ)の裁きか。 永遠の裁きがこれから待っているんだよね。 妻ともどもみたいだけど、アホな息子とどうリンクするのやら。
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