187 3人の男1
これまで、『微罪』と『軽罪』に処された勇者たちの行く末を追った。
それでは次に、そのどれにも当てはまらなかったケースについて、追いかけてみよう。
それは、『3人の男』。
まずは、ひとり目から。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
男は、海の底から浮き出た泡が、ゆっくりと海面に浮かぶように……意識を取り戻した。
「……ん、ううん……。な、なんだ……俺様は、寝ちまってたのか……」
混濁する意識と身体を起こし、動かしてみる。
身体じゅうの骨が軋むように鳴り、背中が痺れたかのように感覚がない。
あたりは彼の庭ともいえる見覚えのある山。
節々の痛みから察するに、どうやら木の根元で寄りかかって、長いこと意識を失っていたらしい。
「へんっ……い、いったい、なにがどうなってんだ……。よいしょ、っと」
木にもたれかかりながら、なんとか立ち上がる。
頭がまだクラクラしていて、視界がなんだか狭くて、ぼんやりしている。
そのまましばらく立ち尽くしていると、ゆるい湧き水のように、記憶が蘇ってきた。
「そういえば俺様は、巫女の娘っ子を連れて、神尖組のおかしなヤツから逃げてたんだっけ。あと少しでやられるってところで、天啓が来て、俺様は……」
ハッと気付いて腹を押える。
切腹の勢いで剣を突きたてたはずなのに、衣類には血すら付いておらず、穴も開いていなかった。
「へんっ!? たしかにここん所を、剣でグサリとやったはずなのに……」
男は合点がいったように、ポンと手を叩いた。
「へんっ、わかったぜ! これは、『ミルクルミ』を食ったせいだ! 最近の木の実ってのはケガばかりか、服の傷まで直してくれるんだなぁ!」
男は急に元気になって、意気揚々と歩き出す。
その山は、いつもとかわりない木漏れ日が、いつもと変わらぬ風が吹き抜けていた。
「へへーんっ! さぁて、今日も最強の勇者目指して、いっちょ剣の修行といくかぁ! でもその前に腹ぁ減ったから、麓の集落で、飯でもかっぱらうとするか!」
山道を降りていると、岩棚にさしかかる。
そこには焚き火の跡があり、少し離れたところには洞窟があった。
「そういえば、あの野良犬マスクと娘っ子は、どこに行っちまったんだろうなぁ? ……まぁ、いーけどよ。そういえばアイツらは毎朝、この岩棚から集落を見下ろして、へんな踊りを踊ってたなぁ」
今日はいっちょ俺が、と思った男は、崖っぷちに立つ。
すると、
「あっ!? あああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
麓の集落から、絶叫が突き上げてくる。
男は眉をひそめた。
「へんっ! ったく、なんでぇなんでぇ、また『神様のいる山に勝手に入るな』とか、小うるせぇこと言おうってのかよ! この山は俺様の庭だっ! 言うなれば俺様が神様みたいなもんだっ! どうだっ! 俺様を拝んでみやがれ!」
叫び降ろすと、集落の広場に集まっていたワイルドテイルたちは、一斉に「ははーっ!」とひれ伏す。
まるで本当の神様を見ているかのようなリアクションをされたので、男は飛び上がってしまった。
「へんっ!? ひとの顔を見れば小言しか言わなかったようなヤツらが、なんで急にっ!?」
土下座していた者たちは一斉に、パッと顔をあげると、
「野良犬マスクさま! この島を救っていただき、ありがとうございますっ!!」
歓喜にむせび泣く顔で、男を見上げていた……!
「へっ!? へへぇっ!? この俺様が、野良犬マスク……!? そんなことが、あるわけが……!」
バッ、と頬に手を当てると、皮膚ではなく、布の感触が。
「へんっ!? なっ、なんだこれっ!? どうりで視界がヘンだと思ったら、なんか頭に被さってやがる!? このっ……! とっ……取れねぇ!? なんだコレッ!? ぜんぜん取れやしねぇぞっ!? ふんぎゅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーっ!?!?」
男は岩棚に転がって、ガムテープを貼られた猫のように、ごろんごろんと悶絶をはじめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ふたり目の男は、ボートの上で、海原を漂っていた。
その男はまだ子供だというのに、髪は真っ白、顔はカサカサで、まるで老人のよう。
しわがれ、震える手には、2枚重ねの羊皮紙。
それは、細かく書き込まれた設計図であった。
男は、父の言葉を念仏のように、頭の中で繰り返す。
――いいか、ロータスルーツ。
この2枚の設計図は、パパの生命ともいえる大切ナものだ。
それを今、息子であるお前に託す。
設計図の1枚目は、パパがいつも愛用している拳銃の設計図だ。
しかしこれには大きな問題があったんだ。
手のひらにおさまるサイズにしようとすると、弾に込められる火薬が少なくなって、威力がなくなる。
じゅうぶんな威力にするために火薬を多く入れられる弾にすると、今度は手におさまらなくなっちまうんだナ。
その両方の欠点をなんとかするために、パパは創勇者として長年研究に取り組んできた。
もしこの欠点を克服できれば、小さくて威力のある飛び道具ができあがり……。
銃開発を専門としてきた、我がデスディーラー一族において、覇権を得ることができるんだ。
そしてついに……。
パパはその手掛かりとなる新技術を、手に入れ……いや、開発したんだ。
この2枚目の設計図には、弾丸のサイズはそのままに、入れる火薬を強化する技術が書かれているんだ。
今回の事件が終わったら、パパ自身の手で実用化を目指すつもりだったんだが……。
万が一のことを考えて、これはお前に託しておく。
ナぁに、心配するナ。
今やりあっている野良犬は、パパの敵じゃナい。
簡単にひねり潰すことができるだろうナ。
だが問題は、そのあと……。
野良犬の背後にいるヤツと、やりあうことになったら……。
パパはもしかしたら、ヤバいかもしれナい……!
だからもし、パパに何かあったら……。
お前だけはこの屋敷の地下にある、緊急脱出用の港から島を逃げ出すんだ。
うまく逃げられたら、デスディーラー一族の末裔として、そして、パパの息子として……。
夢の拳銃を、完成させてくれ……!
そしてその拳銃で、パパの仇の眉間を、ブチ抜いてくれよナ……!
落ち葉のような船上で揺れる男は、父との思い出を噛みしめ、アゴからポタポタと雫を垂らす。
それは涙なのかと思いきや……ただのヨダレであった。
男は心に大きな傷を負ってしまったせいで、口が閉まらなくなっていた。
だらんと垂れ下がる舌、漏れ出すように唾液がボタボタと垂れ落ちるその様は、まるで躾のなっていない犬のよう。
「これが……この設計図があれば……。ボクはパパ以上の、立派な創勇者になれるんだモン……!」
糸を引いた雫が、設計図の端にかかる。
濡れてしまった紙を慌てて離すと、それまではそこになかった文字が浮かびあがっているのに気付く。
男は、設計図の真の製作者であろう、その名を口にした。
「……ゴルドウルフ・スラムドッグ……?」





