163 肉料理(ざまぁ回)
なおも砂に埋められたままの三姉妹。
しかしながらその動向は、ずいぶんと鳴りをひそめていた。
「ううっ……! ザマのお顔が、ザマのお顔がぁ……! 世界一の美女と呼ばれた、ザマのお顔がぁ……! このままじゃ、世界で二番目になってしまうでチュウ……!」
「くうっ……! ワタシの顔が、ワタシの顔がぁ……! 羽衣を忘れた天女と呼ばれた、ワタシの顔がぁ……! このままじゃ、天に帰れません……!」
「げひっ……! ベインたんの顔が、ベインたんの顔がぁ……! 翼のない天使と呼ばれた、ベインたんの顔がぁ……! このままじゃ、堕天使になってしまうでしゅ……!」
鏡で現実を突きつけられ、そのショックのあまり、さめざめと泣いている。
しかしそれでもなお、図々しい自己肯定っぷりは健在であった。
こんな所に、彼女たちの強さの秘訣があるのかもしれない。
とはいえ、二番に落ちることですら、彼女たちには許しがたいことであった。
「二番じゃダメなんですか?」というワードは、ストロードール家にとっては禁忌の言葉とされているほどに。
もちろん、いまの彼女たちの顔は、上から二番目どころか、下から二番目すらも怪しいものになってしまったのだが……。
だからこそ、いま彼女たちが受けている衝撃と屈辱は計り知れないものがあった。
繰り返しになってしまうが、この世界の聖女の常識として、
『聖女は、一に顔、二に身体、三四がなくて、五に祈り』
という言葉がある。
ストロードール家は、その第一条件である『顔』において、近隣諸国に響き渡るほどのモノを持っていた。
通りすがる老若男女は言うに及ばず、犬猫どころか花壇の花まで振り返らせてしまうほどの、美貌を……!
とあるイケメン勇者は、彼女たちにこう言った。
「なぜ太陽があんなにも明るく、そして夜なのに月が輝いている理由がわかるかい? それはキミたちストロードール家の美しさに嫉妬して、張り合っているからさ……!」
ちなみにそのイケメン勇者は、今は石を投げられているという。
そんなどうでもいいことはさておき、ストロードール家の少女たちは『顔』と『邪計』でここまでのし上がってきた。
しかしここにきて、彼女たちにとって剣と盾とも呼べる要素のうち、ひとつを失ってしまった。
となると……。
彼女たちは、『完全に終わり』っ……!
これこそが、今回の『処刑』のメインディッシュのひとつ……。
いわば『魚料理』である。
彼女たちはホーリードール家の少女たちのことを「顔だけでのしあがってきたエセ聖女」などと罵っていたが、それは自分自身のことでもあることを、痛感させ……。
絶望のどん底へと、叩き落とすっ……!
これは彼女たちにとっては、命を奪われるよりも辛い処遇であった。
なぜならば、いたって簡単な話である。
ストロードール家の聖女……。
いや、女たちは今まで、『顔』だけで勇者たちを虜にしてきた。
この世界では勇者の支持さえあれば、いくらでも偉くなれるのを利用して……。
彼女たちは代々、『顔』の力だけで、名門を名乗り続けていたからだ……!
これは、ホーリードール家とは真逆の思想である。
ホーリードール家の聖女たちは、聖女にとってはゴミともいえる、民衆の支持を集めている。
もしホーリードール家の聖女たちの顔が傷付いたままだったとしても、勇者は見放しこそすれ、民衆はきっと支持をやめないだろう。
しかし、ストロードール家の聖女たちの顔が傷付いてしまった今……。
勇者は容赦なく、彼女たちをポイ捨てするだろう。
民衆にいたっても、言うに及ばず。
となると、彼女たちはもう、四面楚歌……!
いいや、八面楚歌……!
いやいや、それどころか、13面待ち……!
そして、そのあとに待っているのはただひとつ。
生き地獄っ……!
生きながらにして炎に焼かれ続けるような、人生の底の底……!
それが、死ぬまで続くことになるのだ……!
……彼女達は、最後の希望にすがった。
紙っぺらよりも薄く、地獄の鬼よりも薄情そうな、彼女に向かって……。
「うっ……! ううっ……! うううっ……! せめて、せめて『癒し』を、ザマにちょうだい……!」
「はい……! 傷というのは時間がかかればかかるほど、治りが悪く、また後遺症も残ります……! だから今、『癒し』をくだされば、まだ、少しはマシに……!」
「ひぎっ……! お、おねえちゃん、お願いでしゅ……! おねえちゃんの『癒し』があれば、ベインたんはまた天使になれるかもしれないんでしゅ……!」
しかし、彼女たちを見下ろす、血染めのローブの少女は……。
ストロングランゲージの雄は、トドメの一撃を放つ。
「私が癒しを差し上げても、無意味だと思いますよ。だって、傷をよく見てみてください。何かに似ていると思いませんか?」
そう言われて、ザマー、ブリギラ、ベインバックの3人は、濡れた瞳で鏡を見やる。
そこには、もはや原形もとどめていないほどにズタボロになった、みっつの顔が。
水の中にいるように揺らぐ視界の向こうには、滅亡した惑星のような無数の亀裂。
傷の奥には、地獄の釜蓋が割れてしまったような、赤黒い鈍光がぐろぐろと蠢いている。
「あなた方はその傷を、今までさんざん見てきたでしょう。……まだわかりませんか? ザマーの『絶対不変の後弁天』と同じではないですか」
地獄のメス鬼からのような、その一言に……。
「ハアッ!?」と息を呑む、亡者のような三姉妹。
「だから私の『癒し』どころか、世界最高の治癒術師を呼んできても無駄でしょうね。『絶対不変の後弁天』とは、そういうものなのでしょう? ……でも、ひとつだけ『救い』が残されていて、よかったですね」
『救い』と聞いた途端、グチャグチャになった顔をあげる三姉妹。
彼女たちは眼力だけで、「その救いとは!?」と問うていた。
そして……。
ついに明らかになる。
ストロードール三姉妹に残された……。
悪魔から与えられた、唯一の『救い』が……!
それは少女の口から、か細い蜘蛛の糸のように、紡ぎ出された。
「……であれば、……じゃないんですか?」
それはボソボソとした言葉であったが、三姉妹たちの血を凍りつかせるのに、じゅうぶんな破壊力があった。
まるで、天から地獄へ垂らされた糸が、絶対零度の氷柱であったかのように……!
さて、もうおわかりだろう。
これこそが、今回の『処刑』における、もうひとつのメインディッシュ……!
『肉料理』……!
身も心も醜き乙女たちにもたらされた、大いなる『矛盾』……!
矛で全身を貫かれ、盾でボッコボコにされるような……!
のたうち回るほどの、『苦悩』……!
どっちを選んでも死が待っている、『究極の選択』であったのだ……!
それをもたらした少女は、菩薩のような笑みを浮かべていた。
「ふふっ。そんな、『ウンコ味のウンコ』を食べちゃったみたいな、顔をしなくっても……」