151 ザマーの狙い
山賊に襲われたあとのように、下着姿で泣き崩れる聖女をよそに……。
返り血ひとつついていないローブに着替えたザマーは、再び岩の上に立っていた。
赤子に戻ったベインバックを、大きな胸に抱き……。
眼下の者たちの視線を、一身に集めていた……!
「大聖女ともあろうか人物が、祈りではなくクロスボウを使うだなんて……」
「それでマザーを射貫こうとして、失敗したあげく、返り討ちにあって……」
「膝に矢を受けて、みっともなくのたうちまわって、砂に埋まって……」
「そのうえ自分がケガをした時だけ、聖女に治させるなんて……」
「あまつさえ、治してくれた聖女のローブを、奪い取るだなんて……」
「ひどい……ひどするぎる……!」
「なんて……なんて大聖女なんだ……!」
その流れるような非道っぷりの連続に、もはやビーチはノーサイド状態と化す。
すべての軍勢は、岩上の彼女に蔑みの視線とささやきを浴びせていた。
まさに巌上におかれてしまった、ザマー・ターミネーション。
しかし当人は、暴力系ツンデレヒロインのごとく、どこ吹く風とばかりに一身に潮風を浴びている。
このままでは、勇者と野良犬両軍から、晒し首にされてしまいそうな勢いであったが……。
彼女の自信はひとつも揺らいでいない。
なぜならば……!
「アラアラ、みんな、そんな怖い顔をして……。いけませんでチュよぉ! 悪い仔の集まりである野良犬はともかく、良い仔の勇者様までもが、勘違いしちゃうだなんて……!」
「勘違い……?」と勇者のひとりがつぶやいた。
「チュチュチュチュチュ! ザマは、そしてストロードール家は、勇者様のあとを三歩さがってついていく、聖女のなかの聖女……! ザマたちがしていることは、勇者様がしていることと同じなのでチュよぉ! これはすなわち、全てが『正しい』こと……! 良い仔の勇者様たちのためなんでチュよぉ!」
「ふ……ふざけるなっ!? マザーを射貫くことが、俺たちのためになるってのかよ!?」
「そうだ! それに、あなたは大聖女のはずだ! だったらすべきことは、俺たちを癒やすことのはずだ!」
「そうだそうだ! あなたが大聖女としての聖務をまっとうしてくれれば、我々は勝てるんだ!」
足元から噴き上がる不満すらも、「アラアラ」と本家さながらの余裕で受け止めるザマー。
「良い仔の勇者様たちは、いま一生懸命になって、戦っているんでチュよねぇ。では、なんのために戦っているんでチュかぁ? それは、ただひとつ……『勝つため』でチュよねぇ? だからこそがんばって、一生懸命に剣を振り回している……」
ザマは、パタパタと自らを扇いでいた、白い扇子を口元に当てる。
そうやって口を隠すのは、彼女が大きな声を出す予兆でもあった。
そして快声一喝、放たれたのは……。
「……だからこそザマも、『勝つため』に、一生懸命がんばっていたんでチュ! ザマのしたことはすべて、『勝つため』の、布石だったんでチュ……!」
……ザッ!
すると彼女の隣に、新たな人影が現れる。
今まで姿を消していた、ブリギラであった。
ザマーと同じく、彼女の胸にはひとりの幼子が抱かれていた。
それを目にした途端、誰もが度肝を抜かれるほどに驚いてしまう。
ブリギラが、白い手袋ごしに、ごっついナイフをあてがっていたのだ……!
怯えきった様子で、犬耳をぺたんと立てる、幼子の首筋に……!
ワイルドテイルの幼子は、口も塞がれてムームー唸っていたが、ブリギラはその手だけを解放する。
すると、
「うわあああああああんっ! 助けて! 父ちゃんっ! 父ちゃああああああーーーーんっ!!」
声をかぎりに、泣き叫びはじめた……!
そして脊髄反射のような速度で、とあるワイルドテイルの戦士が反応する。
「ああっ!? マイラン! お、俺の息子をどうして……!? 離せっ! 離してくれっ!」
父親らしき彼が駆け寄ろうとするも、
「動いてはなりません! それ以上近づいたら、このくっさい仔から、きったない血のシャワーが飛び出すでございますよっ!?」
ブリギラは幼子の首筋に、さらに凶刃を押し当てて脅迫。
その場にいる者たちすべてを凍りつかせていた。
……そう!
ザマーの狙いは、マザーを矢ガモにすることではなかった……!
それは第1プランであり、もし成功すれば、それはそれで良かった。
しかし彼女は失敗した時のことを考えて、密かに第2のプランも遂行させていたのだ。
ブリギラは森を大きく回り込んで、ワイルドテイルたちの補給基地へと侵入していた。
そこには多くの非戦闘員と、見張りの戦闘員がいたのだが……。
ビーチはちょうどザマーのブレイクダンス騒ぎで、見張りは手薄になっていた。
ブリギラは『やさしくて慈悲深い』聖女を装い、ワイルドテイルたちの懐に、入り込んでいく……!
「はじめましてでございます。ワタシはホーリードール家の親戚筋にあたる聖女なのでございます。とくにプリムラさんとは懇意で、『パーフェクトビューティー』そして『ゴミ女』と呼びあうほどの仲なのでございます。どうか皆様も、プリムラさんのことを『ゴミ女』呼んでさしあげてください。きっと大喜びするのでございます」
しかし普段のワイルドテイルたちなら、聖女に心を許したりはしない。
聖女には、勇者の次くらいに酷い目に遭わされてきたので、むしろ警戒するのだが……。
皮肉にもホーリードール家との接触によって、彼らの心のハードルは、地面に埋没するほどに下がってしまっていた。
ブリギラがプリムラばりの美少女であったのも、それに拍車をかけてしまう。
ブリギラはプリムラとの近親っぷりをこれでもかとアピール。
「今回のことも、あのゴミ女が撒いた種なんでございますよね? 毎度ワタシがこうやって、お尻を拭いてまわっているのでございます。そんなワタシが来たからには、もはや心配無用なのでございます。ああ、子供たちも怖くて泣いているのでございます。子供をあやすのは、ワタシの最も得意とすることなのでございます。ささ、こちらに……」
「うーん……。プリムラ様とそこまでお親しい聖女様であるならば、子供たちのことをお任せしても大丈夫だろう」
ワイルドテイルたちは飛び入りの聖女をすっかり信用し、子守りなどを任せてしまった。
そしてブリギラはまんまと、ワイルドテイルの幼子をゲット……!
人質として、連れ去ることに成功……!
そう……!
これはすべて、ザマーの言うとおり……!
第1の『矢ガモ作戦』はあくまで、衆目の気をそらすためのでしかなく……!
あくまで、『勝つため』の布石にすぎなかった……!
そしてこの第2の『人質強奪作戦』こそが、本命……!
一気に戦いを終結させる、究極の一手だったのだ……!!
……形勢、大・逆・転っ……!?!?