150 ザマーの癒し
「ぎょえっ!? ぎょえっ!? ぎょえっ!? ぎょえっ!? ぎょええええええええーーーーーっ!?」
生きたまま猫に噛み殺されるネズミのような悲鳴が、ビーチを席巻する。
派手な絶叫と、壊れたベッドメリーのような大回転……!
それはダメージモーションであるはずなのに、まるで亡者に襲いかかる火車のような、地獄のスリラーっぷりであった。
柔らかい砂の上でヘッドスピンなどをしているので、人間ドリルさながらに、だんだん埋没していく。
そのおかげで、ようやく回転がストップした。
しかしそこに残されたのは、さらなる無惨……!
下半身だけ砂浜に出した状態でジタバタともがく、新種の妖怪のような有様……!
ドレスはすっかりめくれあがって、パンツは丸出し。
勇者たちにとっては、本来は嬉しいパンチラチャンス……。
いやいや、それすらも遙かに通り過ぎた、パンモロチャンスだったのだが……。
喜ぶ者は誰もいなかった。
「ぎょむっ!? ぎょむっ!? ぎょむぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
砂に埋没したザマーの声はくぐもり、さらなる物の怪っぷりを醸し出し……。
飛び出た脚は、狂った双頭の蛇のようにビュンビュンと唸り……。
パンツは血と砂にまみれ、鬼婆のふんどしかと思うほどに、ボロボロ……!
この、絶望の底なし沼から現れたような生物に、誰もが恐怖する。
そして、誰もが聞いていた。
……ざわっ!
悪寒が這い上ってくる音を……!
「ぎょむぅぅぅぅぅっ! はっ、はやぐ助けるでヂュゥゥゥッ! ヂュゥッ! ヂュゥゥゥゥゥゥゥゥ------------------ッ!!」
ソレが触手、いや、触足をバタつかせながら、ようやく人語を発したので……。
人々は、我にかえった。
聖女軍団が慌てて駆け寄る。
ザマーの脚を、大根の葉っぱを掴むみたいにして引っ張り、ズボンと引っこ抜いた。
もはや美しい面影はどこにもない。
砂と死相にまみれた顔は、寿命間近の信号機のように赤くなったり青くなったりしている。
「ぶはあああっ!? し、死ぬかと思ったでチュ……!」
ぜいぜいと肩で息をするザマー。
しかし、大人しいのはその一瞬だけであった。
「ぎょえっ!? は、早くこの矢傷を治すんでチュ! 役立たずのアナタたちでも、30人で単体治癒をすれば、すぐに治せるはずでチュ!」
そう言うや否や、彼女は、
「ぬうんっ!」
まるで女傑のような気合いとともに、膝に刺さっていた矢を引っこ抜いた。
するとさらに血が噴き出す。
……ブシュゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!
「キャアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!?」
聖女たちはこれ以上、どす黒い血で汚れたくなくて、我先に逃げようとする。
しかしそれよりも早く、ザマーは四つ足で飛びかかり、彼女たちのローブの裾を掴んで引きずり戻した。
師匠であるはずの大聖女を置いて、逃げようとする聖女たちもアレだが……。
それを見越して捕まえる大聖女も、かなりアレである。
「ザマの傷を治さない悪い仔は、破門にするでチュよっ!? ザマに逆らった者がどうなったのか……アナタたちはいちばんよく知っているはずでチュ!? 路地裏の聖女になりたくなれれば、今すぐにザマを癒やすでチュッ!!」
神聖さのカケラもない態度と言葉で凄まれて、聖女たちはやむなくザマーの元に跪く。
なおもぴゅうぴゅうと鮮血が吹き出す傷口に向かって、30人分もの癒しが集中した。
……ぱぁぁぁぁぁ……!
それだけの単体治癒ともなると、さすがに頼もしい輝きが生まれ、傷口はあっという間に塞がる。
そして傷跡どころかシミひとつない、きれいな膝小僧が現れた。
すると、急に人が変わったようになるザマー。
「アラアラ、みんな、そんなにザマーのことが心配だったんでチュねぇ。他人のことをここまで思いやれるだなんて、ほんとにみんないい仔いい仔ねぇ。みんながこんなに立派な聖女になってくれて、ザマ、とっても嬉しいでチュ!」
勇者といえば、『番茶に煎餅』と呼べるほどに、茶番が付きものであるが……。
聖女のそれは、遙かに超越していた。
もはや敵味方もなくなったようなふたつの軍勢は、見下げ果てた様子でザマーを見ていた。
「俺たちが癒やしを求めたら、階級が低いからって断ったくせに……」
「俺なんて、今にも死にそうだってのに、断られたのに……」
「自分がケガをした時だけ、あんなに大騒ぎして……」
「たいしたケガでもねぇのに、大騒ぎして……」
「聖女たちを脅迫してまで、癒やさせるなんて……」
悔しさを滲ませる勇者に賛同するように、ワイルドテイルたちがつぶやく。
「ああ、やっぱり大聖女様というのは、あんな風に、自分のことがいちばん大切なんじゃのう……」
「あれが普通だったんだ……。やっぱり、ホーリードール家の方々のほうが、特別だったんだ……」
「ホーリードール家の聖女様たちは、ワシらに擦り傷があるだけでも、癒しをくださった……」
誰からともなく、岩の上を見る。
するとそこには、雪像のように微動だにせず、跪いたまま祈りを捧げ続けるプリムラが。
その上空を、さんさんと癒しの雨を降らせるリインカーネーションが通り過ぎていく。
真摯に、そして陽気に……。
人々を癒やし続ける、ホーリードール家の聖女たち。
彼女たちのひたむきな姿は、もうひとつの聖女姉妹の不様さをより際立たせていた。
彼女たちに比べたら、ストロードール家などエセ聖女を通り越し、生き恥レベルである。
人々は、例の大聖女のほう視線を戻す。
彼女も、少しは反省しているかと思いきや……。
「アラアラ、ザマのドレスがすっかり血と砂で汚れてしまったでチュねぇ。そこのアナタ、ザマにローブをよこすでチュ。本当はドレスでないとダメなんでチュが……。さあ、いますぐここで脱ぐでチュ」
「ええっ!? そ、そんな! それだけはお許しください、ザマーっ!」
「アラアラ、そんなこと言っていいんでチュかぁ? たしかアナタには、重い病気の母親がいるんでチュよねぇ? もしザマに見放されたら、その母親の病気なんて、一生治らないでチュよねぇ?」
なんと、ザマー……!
舌の根も乾かないうちに、追い剥ぎ行為っ……!?





