149 射貫かれしもの
聖女とは思えぬ、堂に入った構えでクロスボウを天に向けるザマー。
「チュチュチュ……! マザーの偽りの仮面を、いまこそ剥いでやるでチュ……!」
すでに彼女自身の仮面すらも危うそうなほどに、ニタァと顔を歪めている。
その表情は、ネズミ取りに猫を誘導する、老獪なるネズミさながらであった。
隣にはすでに、真写機を構えたベインバックがスタンバっている。
このあたりの以心伝心っぷりは、さすがに姉妹であった。
彼女たちは言葉こそ交わしていないものの、マザーの死に様を喧伝する気マンマン。
姉妹の頭上にはおそらく、寸分違わぬ雲形の吹き出しが浮かび上がっていることだろう。
その吹き出しの中では、実に都合のいい未来が展開されていた。
射貫かれて墜落したマザーが、頭から砂浜に突き刺さり、足だけ出してもがき苦しむ様であった。
そのみっともない姿には、その場にいた全員が魔法が解けたかのようになってしまう。
マザーは誰からも助けてもらえず、さんざん苦しんで醜態を晒した挙句……。
やがて、ピクピクと絶命……!
ベインバックはその一部始終をあますところなく押さえ、匿名で新聞社にばら撒く。
すると、即日トップ扱いで……!
『マザー、自らのプライベートビーチで埋没!』
『マザー、邪教徒を煽動したあげく、最後は不様な死に様!』
『マザーの化けの皮、ついに剥がれる! 勇者に仇なす不徳の人物であった!』
『今こそ時代は真の聖女、ザマーを求めている!』
『素晴らしきザマー! 永遠なる絶対聖女様!』
『このご活躍にはゴッドスマイル様も感服! ついにはハーレムの第一夫人に!』
マザーを矢ガモにしただけで、ザマーの妄想はすでにゴッドスマイルの寵愛を受けるところにまで発展していた。
なぜならば彼女の思考は、『マザーがいるから自分はゴッドスマイル様の第一夫人になれない』であったから。
しかしその屈辱も、もう終わる。
このクロスボウのトリガーを引きさえすれば、すべて……!
「でも、勇者ですら攻撃をためらうマザーを射貫いてしまったら、ザマーもただではすまないのでは……?」
と、思う方もおられるかもしれない。
だが、そのあたりの対策も万全であった。
ザマーは勇者からクロスボウを奪う前に、白手袋をはめている。
これは、『下っ端の持っていたものなんて触りたくない』という意思表示でもあったのだが……。
なによりも、『指紋を残さない』という企みが隠されていた。
そう、彼女はすでに……!
マザー射殺のあと、勇者に罪をおっかぶせるところまで、ワンセットで計画していたのだ……!
半ば衝動的に及んだ犯行だというのに、証拠隠滅までバッチリ……!
そのナチュラル・ボーン・クライムっぷりこそが、ストロードール家を名門たらしめる由縁でもあった……!
もはや彼女たちに、後顧の憂いは何ひとつとしていない。
あるのはバラ色の未来だけ。
そして、構えた矢の切っ先の向こうにあるのは……。
これから撃ち落とされる、憎きライバルクソ聖女だけ……!
「チュチュチュ! マザー、これでお別れでチュ……! ザマからの手向けとして、アナタが砂に埋まった瞬間を、銅像にしてあげるでチュよぉ……! 地面からガニマタの足だけを出した、みっともない銅像を……! 前代未聞の、爆笑モノの銅像でチュねぇ……! それを全世界の至るところに建造して、永遠に笑い物にしてあげまチュ……! チュチュチュチュチュチュ! チューーーーッチュッチュッチュッチュッチュッチューーーーッ!」
彼女にそこまでの自信があったのは、クロスボウの扱いには覚えがあったから。
幼少の頃などは、妹を木に縛り付け、頭上に載せたリンゴを射貫く遊びをやっていたほどである。
それで培ったクロスボウの腕前は、隠れ名人級。
たとえターゲットが、高速で頭上を飛び交う大鷲だったとしても、一撃で……!
「ジ・エンドでチュッ……!」
……バチュッ!
悪魔の口づけのように撃ち放たれた矢は、誰もいない大空に向かって吸い込まれていく。
一見、見当違いの場所に撃ったかのように見えるが、違う。
これは、高速移動する対象を狙うための高等テクニック。
対象の移動先を予測して、あらかじめその先を狙って、矢を撃っておくという……。。
『偏差射撃』っ……!
そのザマーの狙いは完璧であった。
空を飛ぶものであれば、たとえ鳳凰であっても撃ち落とせていたかもしれない。
しかし、彼女は知らなかった。
いいや、マザー自身さえも……。
それどころかこのビーチにいる誰ひとりとして、知らなかったかもしれない。
いま、マザーを空の旅にエスコートしているのは、鳳凰ですらもブチ転がせる……。
『死を運ぶ冥鳥』であることを……!
矢はジャストタイミングで、マザーの胸先をタッチしようとしていた。
しかし寸前で、
……ぱしっ。
と大きな翼によって、はたき落とされてしまう。
「くっ……!? なんたる偶然でチュ!?」
とザマーは歯を食いしばりながら、すばやくクロスボウのボルトを引き絞り、次弾を装填して構える。
これまた見事なクイックリロードであった。
そして、彼女は見張る。
そして、彼女は開眼する。
それが……偶然などではないということを。
なんと……!
はたき落とされたはずの矢が、撃ち出された時以上の勢いを持って……。
……シュパァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!
と、ザマーに降り注いでいたのだ……!
「しまっ……!?」
と、気付いたときにはもう遅い……!
……ストオォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーンッ!!
矢は見事なまでの快音を響かせながら、彼女の膝の皿を貫いたっ……!
「ぎょえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
地獄の釜蓋が開いてしまったかのような大絶叫を轟かせ、のたうち回るザマー。
それは地獄の鬼自身が焼かれるような、すさまじい暴れっぷりであった。
「ぎょえっ!? ぎょえっ!? ぎょえっ!? ぎょえっ!? ぎょええええええええーーーーーっ!?」
矢も盾もたまらず、とうとうブレイクダンスのヘッドスピンまで始めてしまう。
そう、ザマーは弓術だけでなく、ダンスもお上手なのであった……!
頭を支点として、コマのようにギュルギュルと高速回転するたびに、膝から吹き出した血がスプリンクラーのごとくあたりに飛び散る。
「うわああっ!? 汚えっ!?」
「キャアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!?」
返り血を浴びたくなくて、まわりにいた聖女たちは悲鳴をあげて逃げ惑った。
周囲を恐怖の渦に巻き込んでしまうほどの、その痛がりよう。
ビーチでは数百の者たちが、命をかけた戦いの真っ最中であったが……。
その手すらもすべて止めてしまうほどの、大迫力があった。