146 懲りもせず再登場
ビーチに展開している勇者軍は300名。
それに対する野良犬軍は、援軍により100名から200名へと膨れ上がった。
戦力差、1.5倍……!
単純な数だけを見ればそうであったが、兵士の質としてはいまだに勇者軍のほうが上である。
なにせ主な構成員である神尖組の隊員たちは、下手をしても剣術道場の師範代クラスの腕前があるからだ。
しかし彼らには、大いなる弱点があった。
それは、兵科……!
リヴォルヴはシンイトムラウ以外の島じゅうを掃討させるために、下級の勇者たちを集めて分隊を組織した。
相手は小規模なゲリラだということを想定していたので、『勇者』のみで。
これはいわば、ゴブリン討伐のパーティを組むにあたって、全員、『戦士』で構成するようなものである。
そう、分隊の勇者軍にはいなかったのだ。
傷を癒やす『僧侶』も、魔法で敵を撃つ『魔法使い』も……!
それらの兵科はすべて、シンイトムラウ攻略の本隊に回されてしまった……!
しかしこれは、リヴォルヴの判断ミスを責めるには、あまりにも酷であろう。
だいいち、誰が想像できるであろうか?
いままで彼らの手によって、屠殺される豚同然だった存在が、反旗を翻し……。
しかもそれに対して、立派な武器や防具が支給され……。
それどころか、高名な聖女や魔導女たちまでもが参戦し……。
さらにさらに、小国とはいえ、ひとつの国が支持を表明するなど……。
いったい誰が、想像するであろうか……!?
いずれにせよ、この兵科のバランスの悪さは、戦いにおいては致命的であった。
言うなればこれは、ジャンケンでチョキやパーを奪われ、グーだけで戦うようなものである。
いくらグーがたくさんあったところで、パーという名の魔導女の前には、ひとたまりもない……!
いくらグーでチョキという名のワイルドテイルたちを仕留めたところで、パーという名の聖女たちによって、元通りさせられてしまう……!
となると彼らに残された道は、それほど多くない。
もはやお気づきかもしれないが、彼らのベストプラクティスはただひとつ。
『撤退』……!
農民にやられた武士のごとく、恥を振りまきながら戻ってリヴォルヴに泣きつく他なかったのだ。
しかしプライドのポジティブシンキングの煮こごりのような彼らが、そんなことは思いつきもしない。
『戦う』という選択肢に限定し、なおかつ『勝つ』ためには……。
まず、ワイルドテイルたちを即死させること。
空と大地から絶えず与えられているホーリードール家の癒しは、たとえ重症クラスであっても、まるでミュータントにでもなってしまったかのような平易さで治してしまう。
たとえ腕を切り落としたとしても、瞬間的にくっついて戻ってしまうのだ。
そのため、首を斬り落とすなどの即死クラスのダメージを与える必要があった。
しかしそれは、できなかった。
なぜならば、
「くっ! なんだよこの鎧っ!? コイツらの着てる鎧、首の所が異様に頑丈だっ!?」
「俺の得意な首跳ねが、ぜんぜん通用しねぇ!? いままで多くのゴミどもの首を跳ねてきた俺の豪剣が……!」
「リヴォルヴ様からいただいた、一流の剣なのに!? なんでっ!? なんでなんだよっ!?」
「なんで……なんでこんなチンケな鎧に、歯が立たねぇんだよぉぉぉぉぉっ!?」
……この世界には、首筋を守るための防具や、専用の魔法練成が存在する。
主に背後から忍び寄って首を搔っ切る暗殺者から身を守るために、権力者などが好んで身に付ける。
しかし暗殺の場合などはともかく、戦闘中に首を斬るのは至難の技。
一般的な戦闘や戦争においては、首を守る者などほとんどいなかった。
だが偶然にも、ハールバリーのスラムドッグマートから木箱に詰められた鎧には、掛かっていたのだ。
『首斬り防止』の魔法練成が……!
もちろん普段であれば、そんなものは役に立つはずもなかった。
なぜならばわざわざ首など斬らなくても、ワイルドテイルたちを殺すことは容易だったからだ。
しかし最悪の組み合わせによって、悪夢のような光景が実現する。
斬っても斬っても、切れないものってなーんだ?
それは、『水』……?
否……!
それは、『無限の癒しと、首斬り防止の鎧を得たワイルドテイル』っ……!
相手はいくら斬ってもノーダメージで迫ってくるのに、勇者たちのダメージは微少とはいえ、蓄積する一方……。
そのうえ、屋根の上から一撃必殺の大魔法が降り注いだとなれば……。
もはや1.5倍程度の兵力差など、無いも同然であった……!
混成野良犬軍はひとりの負傷者も出ていないのに、勇者たちは次々と倒されていく。
ついに兵力差までもが200名という同数にまで追いつかれてしまった。
さすがの勇者たちも、焦りを感じ始める。
「くっ……! このままじゃ、ヤベぇぞっ!」
「こっ、このままじゃ、みんなやられちまう!」
「せ、せめて、せめてこっちにも聖女がいてくれたら……!」
その祈りが通じたのか、彼らの元にもついに、救いの女神が訪れる。
ビーチの岩の上に突如として現れた、ストロードール三姉妹。
「アラアラっ! 大変! 薄汚い野良犬たちが大暴れしているでチュねぇ! でもザマの率いる聖女軍団が来たからには、もう大丈夫でチュよぉ!」
「さあっ、みなさん! 勇者様の傷を癒やしてさしあげるのでございます!」
「みんな、がんばるでしゅーっ!」
彼女たちの掛け声にあわせ、新たにビーチに流れ出でたのは、白きローブの美少女集団。
総勢30名もの聖女たちが、過美なドレスをまとった大聖女の指示で、一斉に跪いて祈りを捧げ始める。
勇者たちにとってそれは、まさに地獄に仏であった。
「やっ! やったぞ! ザマー殿が聖女を引きつれて、我々の元に駆けつけてくださった!」
「30人もの聖女の力があれば、もう怖くはない!」
「さあっ! 一気に反撃だっ!」
「ウオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッ!!」
息を吹き返す勇者たち。
しかし彼らがすがった仏は、段ボールでできていた。
ホーリードール家の白くてみずみずしい癒しの光に比べ、聖女軍団の癒しの光は、スモッグに覆われた空のようにどんよりしている。
それでも効果があれば良かったのだが、
「なっ、なんだよこれ、ぜんぜん治らねぇじゃねぇか!?」
「聖女がいるなら無茶できると思ったのに、これじゃあ、前と変わらねぇ……!」
「お、オイッ! もっとしっかり祈りを捧げてくれよ! 血が、血が止まらねぇよぉ!?」
「あっ!? な、治った! 指のささくれがっ! って、そうじゃねぇよぉぉぉっ!?!?」
ノリツッコミをしていた名もなき勇者は、血が止まらずに倒れ伏し、そのまま動かなくなった。





