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144 権力者たち

 ハールバリー小国の王女、バジリスが蹴ったのは、勇者からのゴーコンだけではなかった。

 彼女は、その勇者のケツを蹴り上げるどころか……。



「わらわはここに宣言する! 我が国において……! いいや、このグレイスカイ島からも、勇者たちを一掃……! 1匹残らず駆除することを!!」



 蹴り殺すことを、宣言してしまったのだ……!


 しかも天蓋つきのベッドの中で、ウトウトしながら召使いに話して聞かせたのとは、わけがちがう。


 ハールバリーを含めた、近隣諸国の実力者たちの前で……!

 もはやこれは、国家が発令した正式な声明に他ならなかった……!


 さらに断絶ではなく、駆逐……!

 もはやこれは、完全なる宣戦布告に他ならない……!


 ハールバリー小国のほうは、まだいい。

 同国内では勇者の不祥事が相次いでいたからだ。


 いままでは敵なしだった、勇者たちの店である『ゴージャスマート』。

 そこに『スラムドッグマート』という、ライバルチェーン店が出現。


 最初は犬の骨のようだったその店に、あっという間にシェアを奪われしまった。


 それを取り戻すために調勇者(ちょうゆうしゃ)たちは躍起になり、身内争いを始めて自滅。

 しかも彼らが掲げていた『伝説の販売員』の存在が別の人物だとわかり、民衆の反感をかつてないほどに買ってしまったのだ。


 ハールバリーの民衆は、表向きでは勇者を称えていたが、裏ではディスりまくり。

 そんな時に、新たに国王に就任したバジリスが、勇者殲滅の宣言をしたとなれば、支持率大幅アップは間違いないだろう。


 ハールバリー小国は、着実に『勇者離れ』の道を辿りつつあった。


 しかしこのグレイスカイ島ともなると、事情が異なる。


 ハールバリーの国境を遙かにこえた孤島において、これから勇者と交戦しようというのだ。

 たしかにそれは彼女の戴冠にあたり、バールバリーの民衆の心を掴むにじゅうぶんなパフォーマンスとなるだろう。


 同国的には、胸のすくゴキブリ駆除のように受け止められたとしても……。

 しかし他国的には、世界的アイドルを煙でいぶすようなもの……!


 それは、太陽に向かって戦争を仕掛けるも同然の行為……!

 ゴッドスマイルという名の太陽に、骨まで残らず灰にされることを、意味している……!


 だが、宣言を終えたバジリスの顔には、狂気も後悔も感じられなかった。

 ただ、トゲを蹴散らしながら、咲き乱れる荊薔薇(イバラ)の道を進むと決意した、幼王の表情……!


 美しい薔薇を散らすことで、どれだけまわりから非難されようとも……。

 その薔薇は、世界を破壊するバオバブであると信じ、伐採する……!



「わらわはこれから出陣し、神尖組と戦うっ! まずはビーチにいるマザーの元へと向かい、レジスタンスと合流する! わらわはもう決めたのだ! よって次は、そなたらが意思表明をする番だ! わらわの味方となるか、敵となるか!!」



 くわっ! と大きく口を開けるバジリス。


 それは威嚇する仔ライオンのように愛らしかった。

 しかしひれ伏している者たちにとっては、百獣の王に吠え掛かられたも同然。


 びくっ! を身を引き締まらせる民衆たち。


 彼らはいま縮こまっているものの、国に帰ればいっぱしの権力者である。

 しかも村長や町長などのレベルではない。


 領主……!

 彼らの意思判断は、その領内にいる大勢の者たちを動かすこととなるのだ。


 そして、彼らはまだこの決断の重要性に、気付いていない。


 一見してこれは、バジリスとザマー、どちらの側につくか話に見える。

 それですら一大決心が必要な事柄であるが、そうではない。


 『勇者』と『野良犬』……!

 『神』と『狼』……!


 どちらに仇なす存在になるのかという、究極の選択でもあったのだ……!


 バジリスからの問いかけに、真っ先に反応したのは、やはりあのふたりであった。



「行こっ、ブリっち!」



「うん、バーちゃん!」



 手を取り合うようにして立ち上がった女子高生コンビが、何の未練もなさそうにザマーの元を離れ、バジリスの元についた。



「マザーを助けに行こうだなんて、女王サマ、超わかってるじゃん! しかも超キュートだし! あーし、政治のことはよくわかんないけど、バジリスっちなら応援するし!」



「ふーん、失礼じゃん。あの、すいませんバジリス様。バーちゃんは礼儀というものを知らなくて……」



「そのくらい知ってるし! それって、熊の手みたくグワッってなってるやつっしょ!? ホーリードール家の庭で、ガーデニング手伝ってたときに使ったことあるし!」



「ふーん、それはレーキじゃん。っていうかバーちゃん、あの時はずっと、パインちゃんと泥んこ遊びしてただけっしょ」



「あの時の泥んこ遊び、チョー楽しかったよねぇ! あっ、そうだ! こんどバジリスっちも一緒にやろうよ!」



「ふーん、グッドアイデアじゃん。……って、ちょっとバーちゃん! 調子に乗りすぎだよ!」



「あっはっはっはっはっ! ブリっちってば超あわててる!」



 さっそくキャピキャピしている彼女たちを見て、バジリスは真似るように笑った。



「あっはっはっはっはっ! そなたらがスラムドッグマートのイメージキャラクターをしているという、ビッグバン・ラヴであるな! 言葉遣いなら気にするでない! わらわに対して、そなたら以上に無礼な男がおるからな!」



「マジでっ!? それって、どんなんなんなん?」



「聞いて驚くでないぞ! その者はわらわを、たったのチョコレート1枚で、1日こき使いおったのだ!」



「えええええっ、それマジーっ!?」



「ふーん、ブラックじゃん」



「しかも、それだけではないぞ! その者はわらわを、大の勇者嫌いにしおった! 今では余にとって、勇者はニンジンよりも大敵じゃ!」



 意気投合し、そろってキャピキャピしている彼女たちを見て、ザマーは齧り付くような怒声をあげた。



「チュウウウッ!? アラアラッ!? なんという事なの!? ビッグバン・ラヴどころか、ハールバリー小国の王女様まで、邪神に取り憑かれていただなんて……! でも賛同したのはたったのふたり! 悪魔に協力しようだなんて悪い子は、この中にはいないんでチュよぉ!!」



 彼女に呼応するかのように、眼下にいた者たちがザザッと立ち上がる。



「アラアラ、いい子ちゃんたちはビーチに着くまで我慢できないようでチュねぇ! これだけの権力者たちを敵に回したら、どうなるか思い知らせてやるんでチュよぉ! チュチュチュチュチュチュチュ!」



 すでにザマーの配下に成り下がってしまったかのように、進軍を始める権力者たち。


 ビッグバン・ラヴはバジリスを庇うようにして、両脇につく。

 いつでもブッ放せるように、手にはすでに炎と氷が浮かんでいる。


 周囲にいた兵士たちも駆けつけてきたが、バジリスは「待て」と手で制した。


 権力者たちが身に付けているのは、礼装用の剣。

 見た目の美しさを重視しているので、戦闘には向かない。


 しかしながら、ひとりの幼女とふたりの女子高生くらいであれば、やすやすと切り裂いてしまうであろう……!


 そして反撃などしようものなら、最後……!

 彼らとの決定的な溝ができてしまい、バジリスが女王になったあとに、大いなる禍根となってしまうであろう……!



 ……ざんっ!



 着飾った権力者たちは、バジリスの目の前で足を止めた。

 しかしバジリスは、逃げも隠れもしない。


 むしろ彼らの想いを真っ向から受け止めるように、一歩前に出た。


 人垣の向こうから、チーズを見つけたネズミのような鳴き声がする。



「チュチュチュチュ……! 自らすすんで首を差し出すとは、ようやく自分が言ったことの大きさに気付いたんでチュねぇ! そう! 勇者と違って権力者たちは地域に根付いている……! この子たちを敵に回して、ハールバリー小国がやっていけるわけがないと、ようやく気付いたようでチュねぇ……! チュチュチュチュチュチュ!」



 ザマーはすでに敵将を追い詰めた大将のように、手をふりかざした。



「さあっ! その悪魔を、みんなで串刺しにするんでチュよぉ! そのまま担ぎ上げてビーチまで向かって、神尖組の勇者様たちを景気づけるんでチュ! そうすれば、愚王の反逆を未然に防いだ希代の大聖女として、このザマは……! チュチュチュチュチュチュチュ! チューッチュッチュッチュッチュッチューーーーーーッ!!」



 ……ガッ!



 権力者たちは一斉に、剣の柄に手をかける。

 同時に、周囲の兵士たちやビッグバン・ラヴも身構えた。



「やれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーいっ!!」



 興奮のあまり、軍配のように白い扇子を振りかざすザマー。

 しかしその高まる気運を感じていたのは、彼女ひとりだけであった。


 勝負は、あっけなく決する。



 ……ザンッ!



 権力者たちは、一斉に膝を折った。

 剣の柄に手をかけたままの平伏、それは……。



「我らも勇者の横暴には、耐えかねておりました! 特にこの島に来ての暴虐ぶりは、目に余る……! バジリス様、我らはあなた様の生命を賭けての決意に、心底感銘を受けました! 我らもバジリス様の軍に、加えてくださいっ!」



 永遠なる、忠誠の誓いっ……!

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