138 狩リノ時間7
「い、いっでぇ……! で、でも我慢だ! プリムラさんの癒しの効果は、まだ残っている……! これで俺は、ゴッドスマイル様より早く、ホーリードール家の癒しを得た、最初の勇者になるんだ……!」
ひとりの勇者が己を傷付けた途端、まるで疫病が伝染するかのように、他の勇者たちもこぞって真似しはじめる。
……プスッ! プツッ!
指の腹を刃に押し当てる者、刀身を手のひらで握りしめる者……。
戦いの真っ最中に自らの身体を傷付けるなど、狂気の沙汰があちこちで繰り広げられる。
しかしそれらまだ、かわいいほうであった。
……ザクッ! ブスッ!
こじらせた者になると、腕を切り裂き、太ももを突きはじめる。
それらはまるで生血金をはたいてアイドルに貢ぐ、熱狂的ファンのようであった。
彼らは争うようにして己の身体を傷付けていく。
そして、ついには……!
……ドスゥゥゥゥゥゥゥッ!
首筋を掻き斬り、腹をかっさばく者まで……!
鮮血と、苦痛に満ちた喘ぎが流れ出る。
それらはこれから行なわれようとしていた、虐殺とはまた違った異様すぎるムードがあった。
ワイルドテイルたちは極上の『癒し』を得て、元気を取り戻したばかりだというのに、ドン引きっ……!
元凶となったプリムラ自身は、うつむいて目を閉じたまま祈り続けていたので、眼下の惨状に気付いていない。
彼女の『無償の愛』は、まだまだ続いている。
勇者たちは、返り血を自らの血で洗い流しながら、ドロリと嗤った。
「よぉし、これで……!」
「俺も、プリムラさんに『癒し』てもらえる……!」
「すべてを手に入れたゴッドスマイル様ですら得られなかったものを、ついに……!」
「俺はついに掴んだんだ! 勇者の誰もが憧れる、聖女の身体を!」
「ついに俺の聖女に……ついにプリムラを手に入れたんだぁ!」
「ホーリードール家の聖女たちを俺のモノになれば、準神級の昇格も夢じゃねぇっ!」
「やったぞっ! 俺はついにやったんだっ!」
「ひゃっはっはっはっはっはっ! ひゃーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはーーーーーっ!!!!」
宝くじの特賞が当たって人格が変わってしまった貧乏人のように、瞳孔の開ききった目で哄笑する勇者たち。
庶民にとって聖女の『癒し』というのは、プレミアムチケットにも等しい。
逆に勇者にとっては、手を伸ばせばいつでも使える鼻紙のような存在である。
ならばなぜ彼らは、自傷行為に及んでまで、その癒しを得ようとするのか……?
それは聖女の名門、ホーリードール家というブランド欲しさのためである。
ホーリードール家の『癒し』というのは、彼らにとってはチョコレート工場への招待状にも匹敵する、プレミアムチケットなのだ……!
そしてただ『癒し』を得ただけ……。
しかも割り込むようにして無理やりおこぼれにあずかっただけなのに、なぜここまで喜べるのか。
そしてなぜ『癒し』を得ただけなのに……。
もはやプリムラどころかホーリードール三姉妹、さらにはゴッドスマイルの側近の座まで射止めたように大喜びできるのか。
それは、先人であるリグラスの言葉が、全てを表していた。
「プーちゃん、勇者様が怪我してても、祈りは絶対にあげちゃダメなのです! 勇者様にいちどでも祈りをあげちゃうと、それを既成事実にして、どんどん踏み込んでくるのです!」
そう……!
これは通りすがりに肩が触れ合っただけで、持ち家まで奪っていくような、ヤクザ同然のフローチャート……!
肩がぶつかった
↓
慰謝料よこせ
↓
一度払ったということは、自分の非を認めたといこと
↓
もっとよこせ
↓
家ゲット
しかし、反社会勢力と呼ばれ世間から嫌われている『悪者』たちとは大きく違う。
彼らは大正義と呼ばれ、世間から尊敬と畏怖と羨望を集めている、『勇者』……!
だから、余計にタチが悪い……!
ケガをした
↓
そしたら、プリムラが血相変えて飛んできて、癒しをくれた(誇張あり)
↓
ということは、好意があるということ
↓
マスコミに喧伝して、記事にしてもらう
↓
公認カップルとなり、世論の後押しを受けてプリムラをハーレム入りさせる
↓
ホーリードール家ゲット
勇者たちが指や手のひらだけでなく、腹までかっさばく者が出てしまったのも、ここに理由のひとつがあった。
なぜならば、
『指先をケガした勇者様を、プリムラ様が癒されました!』
よりも、
『腸がはみ出るほどに腹部を切り裂かれ、瀕死の重傷を負ってしまった勇者様! しかしそこに、救いの女神が現れたのです! その名は、プリムラ様! プリムラ様の癒しによって、勇者様は一命をとりとめたのです!』
のほうが記事にしたときのドラマティック度、そして愛情度が格段に違う……!
そして最悪なことに、ビーチの沖合では、マスコミたちが激写中……!
嗚呼、プリムラ様っ……!
彼女はこのまま、蜘蛛の糸に絡め取られた蝶のように、堕ちていってしまうのか……!?
……まあ、そんなことがありえないことは、もはや言うまでもないだろう。
なぜならば、勇者たちの思考ルーチンは、インベーダーのフン以下。
すでに先人の勇者たちが、ホーリードール家の『癒し』を得ようと、同じような愚行を試みていたことなど、知る由もない。
そのためホーリードール家の聖女たちは代々、幼少のみぎりからとある訓練を積んできていた。
それは本来、『範囲効果』であるはずの『癒し』の対象を、選別する訓練である。
聖女が『癒し』を与えられる対象は、主に『単体』と『範囲』のふたつ。
『単体』というのは対象1体のみのことで、『範囲』というのは円形に広がる光のなかにいた者たちすべてが対象となる。
前者のほうがより深い傷を治すことができ、後者はより大勢の負傷者を治すことができるという違いがある。
そして『範囲』のほうは、対象を選ぶことはできないとされている。
たとえばモンスターとの戦闘中に発動した場合、仲間だけでなく、範囲内にいたモンスターも治してしまうのだ。
それが世間一般における、聖女の『常識』である。
しかしこの世界において、『名門』と呼ばれる聖女一家は、その『常識』を覆す力を持っていた。
それこそが、『名門』たるゆえん。
そしてそれこそが、ホーリードール家が特訓の末、持ち得た力、
『勇者だけは、癒やさない』っ……!
それは、信条だけではなかったのだ。
たとえ、範囲効果であったとしても、
『勇者だけは、癒やさない』っ……!!
インベーダーのフンにたかるハエ以下といわれた勇者たちでも、そのことに気付くのに、それほど時間はかからなかった。
なぜならばプリムラの癒し効果はまだ続いているのに、彼らの傷だけは一向に治らなかったからだ。
彼らは我が身を持ってして、ようやく得たのだ。
『火に触ると熱い』くらいの知識を……!
「な、なん、で……」
「なんで、癒されないんだ……?」
頸動脈から血のシャワーを振りまいていた男の顔から、笑顔が消える。
彼が膝を折って崩れ、どさりと倒れた途端、勇者一同はパニックに陥った。
「ひいっ!? なんでっ!? なんで治らないんだっ!?」
「し、知るかよそんなことっ!?」
「俺なんて、腕ぇ斬っちまったぞっ!?」
「バカ野郎っ! 俺なんて腹を……! あああっ、ハラワタが、ハラワタがぁぁぁぁぁ……」
……どさりっ!
わんわんクルセイダーズ、勇者たちの自滅によって、形勢逆転っ……!
次回、ついにあのコンビが登場!