139 狩リノ時間8
ビーチは、勇者たちの死体で足の踏み場もないほどになっていた。
しかもそれらは、わんわんクルセイダーズによるものではなく、すべて自殺体。
後続の勇者たちは、倒れた仲間たちを前に、現実を思い知る。
ホーリードール家の聖女プリムラの『癒し』を得られなかったことに、愕然としていた。
しかし勇者は、しぶといことで有名。
そのタフネスさは肉体だけではなく、当然メンタルにも及んでいる。
「く……くそっ! 聖女の癒しなど得られなくとも、我らは勇者! 邪教徒などに後れを取ることはない!」
「そうだ! あ、あんな可愛くてやさしい聖女の癒しなんて、我らには不要!」
「いや! むしろプリムラさんはワイルドテイルたちに脅されて、仕方なく協力しているんだ!」
「そうだ、そうとしか考えられない! 彼女は我々を癒やせなくて、心の中で泣いているんだ!」
「よぉし、プリムラさんの笑顔をとりもどすぞ!」
「邪教徒たちを倒して、プリムラさんを我らの手に取り戻すのだ! そしてハーレムに迎え入れてさしあげるのだ!」
「おおーーーーーーーーーーっ!!」
彼らの思考ルーチンは、インベーダーどころか完全にストーカー男のそれであった。
無理もない。
彼らの勇者というブランドは、いまだかつて女性に拒まれたことなどないからだ。
いくら面と向かって「嫌い!」と宣言されても、彼らにとっては「抱いて!」に翻訳されてしまう。
しかもホーリードール家は「嫌い」というよりも勇者に対しては「無関心」なのだが、それすらも、酸っぱい葡萄だと思い込んでいるのだ。
レジスタンス殲滅から、ホーリードール家奪還という新たな目標を得た勇者たち。
モチベーション的にも人員的にも数倍に膨れ上がり、街角から森、森からビーチへと雪崩を打つ。
ワイルドテイル狩りのため街に派遣された『野良犬バスターズ』は、総勢で400名。
すでに100名ほどが戦没させられ、残りは300名となっていた。
その数が一気に、押し寄せてきたのだ……!
落とし穴はすでに満杯となったので、上を乗り越え、その先にあった仲間の死体も踏みにじる。
美しいプライベートビーチはついに、大混戦となってしまった。
『わんわんクルセイダーズ』はプリムラの『癒し』のおかげで死者どころか負傷者もいまだに出ていない。
しかしその状況も、変わりつつあった。
なにせ相手は今までの3倍の数の上に、プリムラが祈りを捧げ続けるにも限界がある。
彼女の集中力も途切れがちになり、それまで負傷してもすぐに治っていた者たちにも再びケガが目立ち始める。
勇者たちはますます勢いづいた。
「よぉし、プリムラさんの癒しが尽きかけているぞ!」
「これほどまでの人数をずっと癒し続けていたのは驚愕に値するが、ついに限界が来たか!」
「やはり女神の生まれ変わりと言われるほどの聖女の名門であっても、しょせんはやさしくて可愛い美少女!」
「いいや、我らの武勇に、ワイルドテイルに脅されていた彼女もついに勇気を出したのだ!」
「そうか、そういうことか! ならばこのままワイルドテイルたちをブチ殺せば、癒しは我らに向く……!」
「よぉし、極上の聖女の癒しまで、あと一息だっ! がんばるぞっ!」
「おおーーーーーーーーーーっ!!」
勇者たちは、障害の多い恋に燃え上がるヒーローのように奮起する。
わんわんクルセイダーズも、いよいよ万事休す……!?
……そんなわけないのは、もはや言うまでもないだろう。
なぜならば、彼らには、彼女たちにはまだ、残っているからだ。
王と飛車と角と桂馬と、クイーンとスパイと地雷を足したような、『超大駒』がっ……!
それはルール無用とばかりに、空から降り注いだ。
「あらあらぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!? いたいのいたいの、とんでけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
それはさながら、ビーチに『ママ爆弾』が投下されたような瞬間であった。
SFアニメのオープニングのような、すべてを包み込むようなドーム型の閃光が広がる。
……ごっ!!
ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっっ!!
その極光は、勇者たちの目を灼いた。
「ぎゃああああああっ!?」
「まぶしいっ、まぶしいいいいっ!?」
「目がっ!? 目があああああっ!?」
特殊部隊に突入されてしまったテロリストのように、顔を押さえて悶絶する。
それは、眼球の中に焼け火箸を突っ込まれてしまったような灼爛であった。
しかし、彼らにだけは違っていた。
温厚なる母の胸に抱かれる赤子のような、どこまでもやさしくあたたかな恩光。
「お、おお……!」
「な、なんということじゃ……!」
「今ついたばかりの傷どころか、昔、神尖組どもに付けられた傷まで、治っていく……!」
「ああっ、私の火傷跡まで、きれいに……!? 信じられない!」
「み、見ろ! ワシなんて、十年来悩まされてきた腰痛が、きれいさっぱりじゃ!」
圧倒的、そして絶対的な癒しのパワー。
それを彼らに与えた人物は明らかであったが、なぜか姿はどこにも見えなかった。
戦いも忘れ、足元に転がっている芋虫のような勇者たちも忘れ、ワイルドテイルたちはきょろきょろとあたりを見回す。
岩の上にいたプリムラも祈りを中断し、その姿を探していた。
人は、人を探すとき、人がいそうな場所しか見ない。
しかしその場にいた、誰よりも純粋で、誰よりも無垢な少女は違っていた。
彼女は誰かを探すとき、真っ先に上を見上げるのだ。
「あっ!? とんでう! とんでうーっ!」
しめじのような小さな指が示していたのは、彼女にとってはキャンパスのような空。
てっきり珍しくない鳥でも飛んでいるのだろうと、何の気なしに顔を上げた大人たちが、目にしたものは……。
「えっ……えええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
両手を翼のように広げた、『空飛ぶママ』の姿が……!
しかも彼女の背中には、純白の翼がはためいていたのだ……!
強い南国の日差しすらも、後光のように従えて飛ぶその姿。
まるで自らが太陽になったかのような、満面のニコニコ笑顔。
それは我が目を疑いたくなるほどに信じられず、またこの世のものとは思えないほど神々しいものであった。
もはや彼女は『全人類の母』どころではない。
『全天空の母』っ……!!
「な、なんでお姉ちゃんに、翼がっ!?」
「ま……マザーはっ……!? マザー・リインカーネーション様はっ……!」
「ほ、本当に、本当に女神さまだったんじゃ……!!」
「まさか生きているうちに、女神さまを拝めるだなんて……!」
「あああっ! ありがたやぁ! ありがたやぁぁぁぁ……!」
もはや戦いどころではなくなったワイルドテイルたちは、一斉にひれ伏した。
……さて、ここでちょっとだけ、時間を戻してみよう。
場所は、この島いちばんの高級ホテルの展望台。
「ふーん、チープじゃん」
「ブリっちってば、この島に来てからそればっかじゃなくなくない?」
「だって、バーちゃん……。この島ってキモいんだもん、なにもかも」
「だよねぇ、ショッピングモールも遊ぶところもぜんぶ成金っぽくてダサいし……。あーあ、『スラムドッグマート』で買い物したいなぁ……。この島になくなくないのかなぁ?」
「それは、この島に来たときからさんざん探したでしょ」
「そーそ! ホテルのコンシェルジュに聞いても鼻で笑われちったし、マジでムカつかなくなくない!?」
「しょうがないよ。スラムドッグマートはまだ、ハールバリーにしかないみたいだし」
「あーあ、なんでプロデューサーってば、今回に限ってペンペン組なんかの招待を受けたんだろ」
「ふーん、ペンギンじゃん。それを言うなら神尖組だよ、バーちゃん」
「もう、なに組だってどうでもいいっしょ!? せっかく気晴らしになるかと思って展望台に登っても、観るものなんてなーんもないし!」
「……」
「ん? どったのブリっち? ボケーっとして」
「ん……なんでもない。どうもマザーに会いたすぎて、幻を見ちゃったみたい」
「そういえば、ホーリードール家の人たちとも最近会ってないね。でもマザーだったら、ウチらがお願いすれば、飛んできてくれなくなくない?」
「うん……そうかも……」
「ブリっち、急にどうしたん? 目、こすこすしたりなんかして」
「いや……マザーがこっちに飛んできてるみたいに見えて……。ほら、あそこ」
「ハァ? そんなこと、あるわけなくなくなくなく……あるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!?!?」
「あらあらっ、まあまあっ!? バーちゃんにブリちゃんもこの島に来てたのねっ!? あとでみんなで一緒に、ごはんでも……! あっ、そうだ、ゴルちゃん見なかった!? ……ああっ、それよりもみんなが大変みたい! ママ、もう行くわねっ! いたいのいたいの、とんでけぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!」
……びしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
「ふーん、やっぱりマザーじゃん」
「い、今の見た!? ブリっち! マザーが鳥みたいなのに掴まれて、空飛んでたよっ!?」
「ふーん、フクロウじゃん」
「あっ、見て! マザー、なんかビーチの上をぐるぐる飛んでるよ! きっと、あそこでなんかやってるんだよ! ブリっち、あーしらも行こうっ!!」
「ふーん、別にいいけど」
クール少女はこんな時でも身に付けている、スラムドッグマート製のしっぽをパタパタ振りながら言った。





