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108 希望の徒花6(ざまぁ回)

 『攻撃』と呼べるものすべてを拒絶することのできる魔石、『拒絶の石』。

 それはたとえ魔界に咲く花の、人智と物理を超越した花粉ですら、シャットアウト。


 その持ち主であるスキュラはかつて、勇者に反逆した小国の城を、たったひとりで攻め滅ぼしたこともある。

 大砲などの攻城兵器を撃ち込まれても、高位の魔法使いたちから叩き込まれた大魔法の嵐も、ランウェイを歩くファッションモデルのように、涼しい顔でくぐり抜け……。


 妖術剣により、その城すべての者たちを、自害させたのだ……!


 なにものも拒む『拒絶の石』であったが、特定の条件を満たすことにより、持ち主に触れることができる。

 それは持ち主に忠誠を誓い、持ち主の血を飲むこと。


 しかも忠誠というのは、うわべのものではなく、心の底からのものでなくてはならない。

 そして、いちど誓って触れられるようになったからといって、持ち主に対してよからぬ気持ちを抱いた時点で再び拒まれてしまう。


 よって、この石を持つものを傷付けることは、不可能……!

 なぜならば、主に絶対の忠義を誓いながら白刃を振りかざすことなど、不可能だからだ……!


 ……不可能?

 本当に不可能なのだろうか?


 もし、本当に本当に不可能なら、この光景は、どう説明すればよいのやら……。


 グレイスカイ島の大通りを、軍靴を伴奏がわりに歌い進む、ある小隊がいた。



 ♪そのお姿は、高嶺の花より美しく

 ♪そのお心は、紺碧の海より澄み渡る


 ♪誰も誰もが、触れたがる

 ♪誰も誰もが、ひざまずく


 ♪しかし触れぬ、何人たりとも

 ♪幻の聖獣よりも、永久凍土の鋼氷よりも


 ♪我らが幻想、我らが理想

 ♪スキュラ・ゴージャスティス様、ここにあり


 ♪スキスキ大好き、スキュラ様

 ♪スキュラ様の、おんためならば


 ♪地獄の釜も、開けましょう

 ♪天への梯子も、登りましょう



 29名もの隊員たちは、そのスキュラという人物に捧げるように、高らかに歌を……。

 そして槍を高く掲げながら進軍していた。


 その切っ先には……長崎くんちの龍のごとき、スキュラの姿が……!

 晴天の霹靂のごとく、血の雨をしたたらせながら、突き刺さっていたのだ……!


 周囲には、リヴォルヴの命により駆けつけた神尖組の者たちが取り囲んでいるが、誰も手を出さない。


 いや、出せないのだ。

 祭りを見にきた観客のように、黙ってあとをついていくばかり。


 建物に逃げ隠れた観光客たちは、窓の向こうに現れた光景に、困惑と戦慄を同時におぼえていた。



「な、なんだ、アレ……!?」



「第10番隊の勇者様たちが、スキュラ様を担ぎ上げてるぞ……!?」



「いや、アレは神尖組(しんせんぐみ)の方々がよくやる、『邪教徒晒し』だ! ああやって邪教徒の首領とかを半死半生にして、街じゅうを練り歩いて見せしめにするんだ!」



「ええっ!? でも上にいるのは邪教徒じゃなくて、どう見ても隊長のスキュラ様じゃないか! なんだって、あんなことを……!?」



「わからん! 第10番隊の勇者様たちは、本当におかしくなったみたいだ!」



「でもスキュラ様には『拒絶の石』があるんだろう!? 何人たりとも傷付けられないはずじゃなかったのか!?」



「ああ、そのはずなんだが……!?」



 その答えは、第10番隊の隊員たちの雑談にあった。

 隊長を讃える歌を終えた彼らは、瞳孔の開ききった目を見合わせあって、仕事終わりのような和気あいあいとした雰囲気で言葉を交わしあう。



「いやあ、スキュラ様のおっしゃっていたとおり、野良犬マスクはたいしたことがなかったなぁ!」



「まったくだ、これならスキュラ様のおっしゃる通り、ひとりでもじゅうぶんだったんじゃないか!」



「スキュラ様のおっしゃることは、本当になんでも正しい! なぁんにも間違っちゃいないなぁ!」



「ああ! 本当にその通りだ! 俺はますますスキュラ様に心酔してしまったぞ!」



「そうだな! 俺たちにはもう、スキュラ様しかいないといっても過言ではないな!」



 そんな彼らに、したたるような苦悶が降り注ぐ。



「ひぎっ……ひぎぃぃぃ……! スキュラちゃんなら、ここ……よぉ……!」



 白いドレスを真っ赤に染めたスキュラは、絞り出すように声を振り絞る。


 神尖組(しんせんぐみ)の得意とする『邪教徒晒し』は、対象がもっとも苦しみ、そして死なない部位を選んで突き刺す。

 身体じゅうの腱を貫き、動けないようにさせて、下から人形のように操って、さらなる屈辱を与えるのだ。



「スキュラちゃんなら、ここよぉ~」



 隊員たちがからかうように声音を真似しながら、スキュラの両手両足を、野良犬の服従のポーズのように動かす。



「ヒヒヒヒヒ! 自分のことをスキュラ様だと思い込むだなんて、野良犬マスクのやつ、とうとうおかしくなっちまったみたいだな!」



「この『邪教徒晒し』をやられて、正気を保てるやつはいねぇからな! ヒヒヒヒヒ!」



「このままテメーの不様な姿を、これでもかって晒し者にして、生き恥をたっぷりかかせてやるよ! ヒーッヒッヒッヒッヒッヒッ!」



 ……さて、そろそろオッサンの、『打倒スキュラ』の全貌が、見えてきただろうか。


 そう……!


 オッサンはスキュラとの初対戦の際、わざと苦戦を演じたのは……。

 『拒絶の石』を打ち破るため……!


 そのためにはどうしても、スキュラをいちど街に帰す必要があった。

 もしスキュラの目の前で、隊員たちが『希望の徒花』にかかったことがわかれば、スキュラは隊員を全員斬り殺していたであろう。


 そしてさらに気を引き締め、野良犬マスクの追撃にかかったことだろう。


 しかし野良犬マスクが雑魚だとわかれば、スキュラは街に戻り、ひと足はやいリゾートを楽しむ。

 式典に着ていくドレスを選ぶために、ブティックに足を運んだりもするだろう。


 そしていくら剣豪とはいえ、試着の時には剣を手放したりもするだろう。


 剣士にとって生命ともいえる剣を手放したところで、



「スキュラちゃんは決して傷付けられることはないわ。だって、コレがあるのだから……!」



 と指に嵌めた『拒絶の石』を愛でていたことだろう。


 だがその時はすでに、事態は彼の想像を遙かに超越するほどに、悪化しきっていたのだ……!

 彼の身体を守っていた善玉菌がすべて、悪玉菌どころか、ガン細胞へと変わるほどに……!



 ……バリィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 まさか、まさか……!

 魔界の花で幻覚を見せられた、自分の部下たちが……!


 まさか、殺意の歯ごたえギッシリの形相で、ブティックに乱入し、自分に襲いかかってこようなどとは……!

 まさか、彼らの目からはスキュラのことが、野良犬マスクに見えていようなどとは……!


 まったくの、想定外だったのだ……!


 隊員たちの、スキュラに対する忠誠心はじゅうぶん。

 隊員たちの、野良犬マスクに対する敵意はじゅうぶん。


 その何ら矛盾しない、高潔なる意識に、『拒絶の石』は……。

 彼らの凶刃を、すべてフリーパスに……!



 ……ドスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!



 そう……!

 これがオッサンの、『打倒スキュラ』の全貌……!


 いや、その発火点(バーニング・ポイント)である……!


 ……しかし、疑問に残ることはないだろうか?


 第10番隊の隊員たちは、スキュラまで野良犬マスクに見えている以上……。

 いったい彼らの夢世界のなかでは、いったい誰がスキュラになるのか……?


 それは、彼らの『邪教徒晒し』のルートを追えば、すぐにわかる。

 いや、もはや、追うまでもないかもしれないが……。


 彼らの足はまっすぐに、『神の住まう山』へと向けられていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] スキュラの魔法の石は両手に一つずつ嵌められていたかと思います。 しかし、この部分では「首から下げた」状態になっていました。 細かい指摘でスミマセン。
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